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第二部 雪華の祈り
44.模範的神官2
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そろそろ午前の奉納も切り上げる頃合いか――ソルニアが口を開こうとしたその時、突然外が騒がしくなった。
喧騒のほうに目を向けると、一人の女性が駆け込んでくる姿が映った。年の頃は三十代半ばといったところだろうか。両手に小さな子供を抱えながら、彼女は息を切らせて礼拝堂に踏み入れると、アルバートの姿を認めて縋るように駆け寄ってきた。
「神龍の愛し子様、どうか……どうかこの子をお救いください!!」
そう叫ぶと、彼女は腕の中に抱えた子供をアルバートに差し出す。
アルバートは突然のことに驚いたように目を見開いたが、子供を見て察したようだった。彼女の抱える子供は、身体中傷だらけで真っ赤に染まっていた。泣く気力すらないらしく、母親の腕の中でぐったりと横たわっている。辛うじて上下している胸が無ければ、生きているのか死んでいるのかさえわからない状態だ。
アルバートは表情を引き締めると、子供の額にそっと手を当てた。すると手のひらから光が溢れ出し、子供の体を包み込むように収束する。
「神聖魔法『治癒』発動」
それはまるで暖かい春の日差しのような優しい光だった。光が触れたところから、緩やかな速度で傷を癒していく。まだまだ速度が足りない。アルバートは発動する魔法を見つめながら、その出来栄えを心の中で酷評する。治癒は神聖魔法の基本的魔法であるが、どうにも苦手だった。
しばらくするとその光は消え去り、子供は穏やかな表情で寝息を立て始める。
「これで大丈夫です」
アルバートがそう言うと、女性は安心したようにその場に崩れ落ちた。
「ありがとうございます……本当に、なんとお礼を申し上げてよいか……この雪の重みで屋根が落ちてしまい、傷だらけのこの子を見た時は心臓が止まるかと思いました……」
涙ながらに頭を下げる女性にアルバートは優しく微笑みかける。
「そうだったのですね。間に合って良かったです」
アルバートはほっとしたように言うと、子供の額を撫でながら微笑んだ。その様子を見ていた女性は涙を流しながら何度も頭を下げると、子供を連れて礼拝堂を後にしていった。
一連の事態を静観していたソルニアはアルバートが聖人のように見えた。
「アルバート殿」
思わず声をかけると、彼は静かに目を開き顔を上げた。その瞳には一切の迷いがなく、どこまでも澄んでいて美しかった。
「はい、ソルニア様」
「今日はここまでにしましょう」
「はい」
ソルニアの言葉に素直に頷き立ち上がるアルバート。ここ数日で、彼の表情には濃い疲労の色が滲み、身体が若干強ばっていた。心無しか、少し痩せたようにも見える。
ソルニアはそれを、連日の神事による疲労と解釈していた。この寒い中、ずっと祈りを捧げている上に、治癒の神聖魔法まで施したのだから無理もないだろうと。
しかしアルバートは文句ひとつ言わずに自らの行うべきことを遂行していた。その姿に感心すると同時に無理をしていないか心配にもなる。
(この子は本当に大丈夫だろうか)
ふとそんな不安が胸をよぎる。疲れているのは当然だろうが、彼に浮かんでいる表情はそれだけではないように思えた。
「アル、大丈夫? 顔色が良くないみたいだけど」
ソルニアの隣に立っていたアレスタもまた、アルバートの様子が気になったようで、心配そうに声をかけた。しかし彼は大丈夫だと首を横に振るだけだった。その様子にソルニアは違和感を覚えた。いつもなら素直に頷くはずなのに今日はどこか頑なな印象を受けたのだ。
「本当に大丈夫ですか?」
「ソルニア様、心配にはおよびません。今日は一段と寒いので、冷えてしまっただけですよ」
再度確認するように問いかけるも、やはり返事は同じだった。心なしか、彼は苛立ったようにほんの僅かに顔をしかめたが、それに気づいたのは付き合いの長いアレスタだけで、ソルニアは気づかない。
「それでは、これで失礼します」
ぺこりと頭を下げて礼拝堂を後にするアルバートを見送ると、アレスタは小さくため息をついた。
「アレスタ殿?」
「ああ……いえ、なんでもありません」
訝しげに見つめてくるソルニアの視線に気付き、慌てて取り繕うが内心は穏やかではなかった。
(あの反応は明らかにおかしかった)
何か隠し事をしているような態度だった。しかしそれを追及したところで素直に話すとも思えない。どうしたものかと考え込んでいると、ふとある考えが浮かんだ。
(もしかして……)
アルバートは何かを隠しているのかもしれない。それは確信にも似た予感だった。しかしそれが何かまでは分からない。ただ漠然とした不安だけが胸の中で渦巻いていた。
「アレスタ殿、どうかされましたか?」
「いえ……私も失礼しますね」
ソルニアに声をかけられて我に帰ると、慌てて笑顔を取り繕った。アレスタは半ば逃げるように礼拝堂を後にすると、アルバートを追うことにした。
喧騒のほうに目を向けると、一人の女性が駆け込んでくる姿が映った。年の頃は三十代半ばといったところだろうか。両手に小さな子供を抱えながら、彼女は息を切らせて礼拝堂に踏み入れると、アルバートの姿を認めて縋るように駆け寄ってきた。
「神龍の愛し子様、どうか……どうかこの子をお救いください!!」
そう叫ぶと、彼女は腕の中に抱えた子供をアルバートに差し出す。
アルバートは突然のことに驚いたように目を見開いたが、子供を見て察したようだった。彼女の抱える子供は、身体中傷だらけで真っ赤に染まっていた。泣く気力すらないらしく、母親の腕の中でぐったりと横たわっている。辛うじて上下している胸が無ければ、生きているのか死んでいるのかさえわからない状態だ。
アルバートは表情を引き締めると、子供の額にそっと手を当てた。すると手のひらから光が溢れ出し、子供の体を包み込むように収束する。
「神聖魔法『治癒』発動」
それはまるで暖かい春の日差しのような優しい光だった。光が触れたところから、緩やかな速度で傷を癒していく。まだまだ速度が足りない。アルバートは発動する魔法を見つめながら、その出来栄えを心の中で酷評する。治癒は神聖魔法の基本的魔法であるが、どうにも苦手だった。
しばらくするとその光は消え去り、子供は穏やかな表情で寝息を立て始める。
「これで大丈夫です」
アルバートがそう言うと、女性は安心したようにその場に崩れ落ちた。
「ありがとうございます……本当に、なんとお礼を申し上げてよいか……この雪の重みで屋根が落ちてしまい、傷だらけのこの子を見た時は心臓が止まるかと思いました……」
涙ながらに頭を下げる女性にアルバートは優しく微笑みかける。
「そうだったのですね。間に合って良かったです」
アルバートはほっとしたように言うと、子供の額を撫でながら微笑んだ。その様子を見ていた女性は涙を流しながら何度も頭を下げると、子供を連れて礼拝堂を後にしていった。
一連の事態を静観していたソルニアはアルバートが聖人のように見えた。
「アルバート殿」
思わず声をかけると、彼は静かに目を開き顔を上げた。その瞳には一切の迷いがなく、どこまでも澄んでいて美しかった。
「はい、ソルニア様」
「今日はここまでにしましょう」
「はい」
ソルニアの言葉に素直に頷き立ち上がるアルバート。ここ数日で、彼の表情には濃い疲労の色が滲み、身体が若干強ばっていた。心無しか、少し痩せたようにも見える。
ソルニアはそれを、連日の神事による疲労と解釈していた。この寒い中、ずっと祈りを捧げている上に、治癒の神聖魔法まで施したのだから無理もないだろうと。
しかしアルバートは文句ひとつ言わずに自らの行うべきことを遂行していた。その姿に感心すると同時に無理をしていないか心配にもなる。
(この子は本当に大丈夫だろうか)
ふとそんな不安が胸をよぎる。疲れているのは当然だろうが、彼に浮かんでいる表情はそれだけではないように思えた。
「アル、大丈夫? 顔色が良くないみたいだけど」
ソルニアの隣に立っていたアレスタもまた、アルバートの様子が気になったようで、心配そうに声をかけた。しかし彼は大丈夫だと首を横に振るだけだった。その様子にソルニアは違和感を覚えた。いつもなら素直に頷くはずなのに今日はどこか頑なな印象を受けたのだ。
「本当に大丈夫ですか?」
「ソルニア様、心配にはおよびません。今日は一段と寒いので、冷えてしまっただけですよ」
再度確認するように問いかけるも、やはり返事は同じだった。心なしか、彼は苛立ったようにほんの僅かに顔をしかめたが、それに気づいたのは付き合いの長いアレスタだけで、ソルニアは気づかない。
「それでは、これで失礼します」
ぺこりと頭を下げて礼拝堂を後にするアルバートを見送ると、アレスタは小さくため息をついた。
「アレスタ殿?」
「ああ……いえ、なんでもありません」
訝しげに見つめてくるソルニアの視線に気付き、慌てて取り繕うが内心は穏やかではなかった。
(あの反応は明らかにおかしかった)
何か隠し事をしているような態度だった。しかしそれを追及したところで素直に話すとも思えない。どうしたものかと考え込んでいると、ふとある考えが浮かんだ。
(もしかして……)
アルバートは何かを隠しているのかもしれない。それは確信にも似た予感だった。しかしそれが何かまでは分からない。ただ漠然とした不安だけが胸の中で渦巻いていた。
「アレスタ殿、どうかされましたか?」
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ソルニアに声をかけられて我に帰ると、慌てて笑顔を取り繕った。アレスタは半ば逃げるように礼拝堂を後にすると、アルバートを追うことにした。
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