神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

文字の大きさ
45 / 106
第二部 雪華の祈り

44.模範的神官2

しおりを挟む
 そろそろ午前の奉納も切り上げる頃合いか――ソルニアが口を開こうとしたその時、突然外が騒がしくなった。

 喧騒のほうに目を向けると、一人の女性が駆け込んでくる姿が映った。年の頃は三十代半ばといったところだろうか。両手に小さな子供を抱えながら、彼女は息を切らせて礼拝堂に踏み入れると、アルバートの姿を認めて縋るように駆け寄ってきた。

「神龍の愛し子様、どうか……どうかこの子をお救いください!!」

 そう叫ぶと、彼女は腕の中に抱えた子供をアルバートに差し出す。

 アルバートは突然のことに驚いたように目を見開いたが、子供を見て察したようだった。彼女の抱える子供は、身体中傷だらけで真っ赤に染まっていた。泣く気力すらないらしく、母親の腕の中でぐったりと横たわっている。辛うじて上下している胸が無ければ、生きているのか死んでいるのかさえわからない状態だ。

 アルバートは表情を引き締めると、子供の額にそっと手を当てた。すると手のひらから光が溢れ出し、子供の体を包み込むように収束する。

「神聖魔法『治癒』発動」

 それはまるで暖かい春の日差しのような優しい光だった。光が触れたところから、緩やかな速度で傷を癒していく。まだまだ速度が足りない。アルバートは発動する魔法を見つめながら、その出来栄えを心の中で酷評する。治癒は神聖魔法の基本的魔法であるが、どうにも苦手だった。

 しばらくするとその光は消え去り、子供は穏やかな表情で寝息を立て始める。

「これで大丈夫です」

 アルバートがそう言うと、女性は安心したようにその場に崩れ落ちた。

「ありがとうございます……本当に、なんとお礼を申し上げてよいか……この雪の重みで屋根が落ちてしまい、傷だらけのこの子を見た時は心臓が止まるかと思いました……」

 涙ながらに頭を下げる女性にアルバートは優しく微笑みかける。

「そうだったのですね。間に合って良かったです」

 アルバートはほっとしたように言うと、子供の額を撫でながら微笑んだ。その様子を見ていた女性は涙を流しながら何度も頭を下げると、子供を連れて礼拝堂を後にしていった。

 一連の事態を静観していたソルニアはアルバートが聖人のように見えた。

「アルバート殿」

 思わず声をかけると、彼は静かに目を開き顔を上げた。その瞳には一切の迷いがなく、どこまでも澄んでいて美しかった。

「はい、ソルニア様」

「今日はここまでにしましょう」

「はい」

 ソルニアの言葉に素直に頷き立ち上がるアルバート。ここ数日で、彼の表情には濃い疲労の色が滲み、身体が若干強ばっていた。心無しか、少し痩せたようにも見える。
 ソルニアはそれを、連日の神事による疲労と解釈していた。この寒い中、ずっと祈りを捧げている上に、治癒の神聖魔法まで施したのだから無理もないだろうと。

 しかしアルバートは文句ひとつ言わずに自らの行うべきことを遂行していた。その姿に感心すると同時に無理をしていないか心配にもなる。

(この子は本当に大丈夫だろうか)

 ふとそんな不安が胸をよぎる。疲れているのは当然だろうが、彼に浮かんでいる表情はそれだけではないように思えた。

「アル、大丈夫? 顔色が良くないみたいだけど」

 ソルニアの隣に立っていたアレスタもまた、アルバートの様子が気になったようで、心配そうに声をかけた。しかし彼は大丈夫だと首を横に振るだけだった。その様子にソルニアは違和感を覚えた。いつもなら素直に頷くはずなのに今日はどこか頑なな印象を受けたのだ。

「本当に大丈夫ですか?」

「ソルニア様、心配にはおよびません。今日は一段と寒いので、冷えてしまっただけですよ」

 再度確認するように問いかけるも、やはり返事は同じだった。心なしか、彼は苛立ったようにほんの僅かに顔をしかめたが、それに気づいたのは付き合いの長いアレスタだけで、ソルニアは気づかない。

「それでは、これで失礼します」

 ぺこりと頭を下げて礼拝堂を後にするアルバートを見送ると、アレスタは小さくため息をついた。

「アレスタ殿?」

「ああ……いえ、なんでもありません」

 訝しげに見つめてくるソルニアの視線に気付き、慌てて取り繕うが内心は穏やかではなかった。

(あの反応は明らかにおかしかった)

 何か隠し事をしているような態度だった。しかしそれを追及したところで素直に話すとも思えない。どうしたものかと考え込んでいると、ふとある考えが浮かんだ。

(もしかして……)

 アルバートは何かを隠しているのかもしれない。それは確信にも似た予感だった。しかしそれが何かまでは分からない。ただ漠然とした不安だけが胸の中で渦巻いていた。

「アレスタ殿、どうかされましたか?」

「いえ……私も失礼しますね」

 ソルニアに声をかけられて我に帰ると、慌てて笑顔を取り繕った。アレスタは半ば逃げるように礼拝堂を後にすると、アルバートを追うことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

精霊のお仕事

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
【完結】 オレは前世の記憶を思い出した。 あの世で、ダメじゃん。 でもそこにいたのは地球で慣れ親しんだ神様。神様のおかげで復活がなったが…今世の記憶が飛んでいた。 まあ、オレを拾ってくれたのはいい人達だしオレは彼等と家族になって新しい人生を生きる。 ときどき神様の依頼があったり。 わけのわからん敵が出てきたりする。 たまには人間を蹂躙したりもする。? まあいいか。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...