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第二部 雪華の祈り
47.侵蝕
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どこか深い暗闇の中を沈んでいくような感覚がして、アルバートは自らを抱き抱えた。
目を開いても何も映らず、手を伸ばしても掴めるものは何も無い。指先や腕から伝わってくる温もりだけが彼に伝わってくる感覚のすべてだった。
その場所は、まるで虚無のような空間だと思った。
現実世界はどこなのだろう。考えてみるが、答えは見つからない。ただ一つわかることは、自分自身の中にある最後の記憶は、救護室で眠っていたというものだけだ。だからきっとこれは夢なのだろう。彼はそう結論づけた。
しかし、夢であるなら醒める方法がわからない。
それに、夢にしてはこの虚無の空間はいささかリアリティがありすぎるようにも思えた。
どうすることもできなくて、その暗闇に身を委ねてみることにする。すると、息を吸う鼻から、だらしなく開かれた口から、開かれた両目から、何かがアルバートの中に入り込んでくるような感触が大きくなっていくのがわかる。それはまるで、だんだんと自分が自分でなくなっていくような、そんな気持ちになっていく。
衝動的な、攻撃的な何かが自分の中に蓄積されていって、主導権を奪って行こうとしているような、そんな感じ。
「……」
誰かが呼んでいる気がした。
辺りを見回しても闇ばかりで何も見えない。
誰もいない――ように思えた。
いや。
違う。
「だれ?」
暗闇に向かって、アルバートは声を上げた。
すると、その闇はゆらりと蠢いて人の形を成した。
見覚えのある顔。姿形。面影。
つい今しがたまで自分を気遣う目を向けてくれていたその面差しは。
「アル」
彼が喋った。聞き覚えのあるその声に、アルバートは震え、そして自らの頬に触れた。そこにあった、彼の手の温もりを追った。
嫌な予感がした。
だからその先は聞きたくなかったし、見たくなかった。最悪なことに、この予感はだいたい的中するのだ。
「……ごめんね」
その瞬間、立ち込めていた闇が大きく歪み、暗闇が剥げた。
見えてきた場所は、見覚えのあるところだった。
豪雪地帯の真冬にも関わらず雪がなく、青々とした木々が立ち並び、その奥に小さな祠がある。見覚えのある、その場所。違うのは、その祠の扉が開いていて、その前に男性が倒れていることくらいだ。
――ああ、やっぱり。
感じていた悪い予感が当たってしまったことを確信して、アルバートは絶望する。
「アレスタ」
名前を呼ぶが、返事はない。慌てて駆け寄るも、この手は彼の身体をすり抜けていくばかりであった。現実で起きていることをアルバートは夢で見ているに過ぎない。だから傍観者であるしかないのだ。
開かれた祠の扉から闇が這い出てくる。
それは傍で倒れるアレスタを飲み込むと、彼の身体の中に入っていった。
「アレスタ!」
再び名前を叫ぶも、やはり返事はない。自分の声は彼には届かない。
アルバートは拳を握りしめた。誰よりも慎重で冷静なアレスタが不用意に祠の扉
を開けるとは思えなかった。きっと祠に辿り着き、中にいる何かに襲われて、開けさせられたのだ。
「アレスタ……」
選択を間違えた。事情を説明してはいけなかった。彼をあの場所に向かわせてはいけなかった。
アルバートは唇を噛み締め、もう一度彼の名前を呼ぶ。
しかし、彼は地面に倒れたまま動くことはなかった。
目を開いても何も映らず、手を伸ばしても掴めるものは何も無い。指先や腕から伝わってくる温もりだけが彼に伝わってくる感覚のすべてだった。
その場所は、まるで虚無のような空間だと思った。
現実世界はどこなのだろう。考えてみるが、答えは見つからない。ただ一つわかることは、自分自身の中にある最後の記憶は、救護室で眠っていたというものだけだ。だからきっとこれは夢なのだろう。彼はそう結論づけた。
しかし、夢であるなら醒める方法がわからない。
それに、夢にしてはこの虚無の空間はいささかリアリティがありすぎるようにも思えた。
どうすることもできなくて、その暗闇に身を委ねてみることにする。すると、息を吸う鼻から、だらしなく開かれた口から、開かれた両目から、何かがアルバートの中に入り込んでくるような感触が大きくなっていくのがわかる。それはまるで、だんだんと自分が自分でなくなっていくような、そんな気持ちになっていく。
衝動的な、攻撃的な何かが自分の中に蓄積されていって、主導権を奪って行こうとしているような、そんな感じ。
「……」
誰かが呼んでいる気がした。
辺りを見回しても闇ばかりで何も見えない。
誰もいない――ように思えた。
いや。
違う。
「だれ?」
暗闇に向かって、アルバートは声を上げた。
すると、その闇はゆらりと蠢いて人の形を成した。
見覚えのある顔。姿形。面影。
つい今しがたまで自分を気遣う目を向けてくれていたその面差しは。
「アル」
彼が喋った。聞き覚えのあるその声に、アルバートは震え、そして自らの頬に触れた。そこにあった、彼の手の温もりを追った。
嫌な予感がした。
だからその先は聞きたくなかったし、見たくなかった。最悪なことに、この予感はだいたい的中するのだ。
「……ごめんね」
その瞬間、立ち込めていた闇が大きく歪み、暗闇が剥げた。
見えてきた場所は、見覚えのあるところだった。
豪雪地帯の真冬にも関わらず雪がなく、青々とした木々が立ち並び、その奥に小さな祠がある。見覚えのある、その場所。違うのは、その祠の扉が開いていて、その前に男性が倒れていることくらいだ。
――ああ、やっぱり。
感じていた悪い予感が当たってしまったことを確信して、アルバートは絶望する。
「アレスタ」
名前を呼ぶが、返事はない。慌てて駆け寄るも、この手は彼の身体をすり抜けていくばかりであった。現実で起きていることをアルバートは夢で見ているに過ぎない。だから傍観者であるしかないのだ。
開かれた祠の扉から闇が這い出てくる。
それは傍で倒れるアレスタを飲み込むと、彼の身体の中に入っていった。
「アレスタ!」
再び名前を叫ぶも、やはり返事はない。自分の声は彼には届かない。
アルバートは拳を握りしめた。誰よりも慎重で冷静なアレスタが不用意に祠の扉
を開けるとは思えなかった。きっと祠に辿り着き、中にいる何かに襲われて、開けさせられたのだ。
「アレスタ……」
選択を間違えた。事情を説明してはいけなかった。彼をあの場所に向かわせてはいけなかった。
アルバートは唇を噛み締め、もう一度彼の名前を呼ぶ。
しかし、彼は地面に倒れたまま動くことはなかった。
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