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第二部 雪華の祈り
55.神の規則
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アルバートの瞳に強い意志の光が宿る。それと共に脳裏に浮かぶ、一つの魔法陣。
神聖魔法では魔法陣を描かない。あらかじめ設定された体系を詠唱により呼び出して実行しているにすぎないから、既存の神聖魔法では魔法陣を必要としないのだ。
(これはきっと、体系づけられていない魔法式だ)
アルバートの周囲から無数の光の粒子が放出される。草木から、岩から、近くでせせらぐ渓流の水から光の粒子が浮かび上がり、アルバートの周囲に収束していく。
アルバートは脳裏に浮かんだ魔法陣を再現するかのように光の粒子で円陣を形作ると、複雑な紋様の魔法陣がアルバートの目の前に浮かび上がった。魔法陣に触れると、優しい温かさが指先から伝わってくる。
「ほう、これがリオルを退けたという噂の魔法式か。人間がそれを展開できるとは面白い」
ディアーナの双眸に魔法陣が映り込み煌めく。彼女は微動だにすることなくその構築された魔法陣を眺め、興味深そうに目を細めた。
『警告。神の規則への接続を確認。規定外の体系です。実行しますか?』
どこからともなく声が降ってくる。浄化を初めて発動させた時と同じ、抑揚のない無機質な女の声だ。
「する……実行する!」
アルバートはその声に向かって叫んだ。しかし声は彼の予想に反した通告を返してくる。
『認証情報が不正です。再度実行しますか?』
「そんな……どうして」
浄化はすんなりと展開したではないか。今度は何を間違えたというのか、アルバートには理解できない。アルバートが答えられずにいると、降ってきた無機質な声が無慈悲な宣告をしてきた。
『応答なし。不正な接続と認定し、回路を切断します』
展開した魔法陣が消えていく。
何を間違えたというのか。何が不足していたというのか。
「待って……!!」
アルバートが呼び止めるが、虚空に虚しく響くだけで何も起きず、魔法陣が徐々に消えていってしまう。
消えゆく魔法陣を見つめながら、アルバートは呆然とした表情で膝をついた。
「当たり前だ阿呆が」
茫然自失な状況の彼に助け舟を出したのは傍で見ていたディアーナだった
横からディアーナの細い腕が伸びてきて、消えゆく魔法陣に触れてくる。すると、霧散し空気に溶けて消えつつあったマナの光が再び魔法陣の形を成す。
「お前が展開しようとしたものは『神の規則』と呼ばれる、この世界の根幹を形作る魔法体系だ。それは世界の管理者が許可した者にしか行使は許されない」
ディアーナは消えかけた魔法陣に触れると、周辺に散ったマナを呼び集め、再び魔法陣を再現する。
「まあ良い、愉快なものを見せてもらった礼だ。本物を見せてやる。そこで見ていろ」
彼女はそう言うと、虚空に向かって声を発した。
「――おい、黒龍ディアーナが接続を要求する」
『声紋により接続を許可します』
無機質な声が応える。それ同時に、魔法陣が輝き出す。魔法陣から白い光が溢れ出し、それは白銀の剣の形を構成した。
ディアーナが手にした剣は、それはアルバートが展開しようとした魔法のイメージそのものだった。ディアーナは浄化では倒せない。だから物理的に倒そうと願ったのだ。
驚愕に目を見開くアルバートの目の前で、その剣がゆっくりと引き抜かれる。それは白銀の剣身を持つ美しい長剣だった。柄には精緻な龍の紋章が施されており、刀身は鏡のように磨かれていた。
「『神の規則』……」
アルバートはディアーナの言葉を繰り返す。初めて耳にする言葉だった。
「ディアーナはその『神の規則』を使えるのか?」
アルバートは震える声で尋ねた。もしそうだとしたら、彼女は神にも等しい力を持っているということになるからだ。
「ああ、そうだとも」
彼女は不敵に笑う。そして白銀の剣先をアルバートの首元に突きつけた。剣先が軽く首に触れ、ぷつりと皮膚が裂ける感触がした。赤い血が一筋流れ出すのを見て、思わず背筋が凍った。
「通常、人間を含む普通の生物では、発動はおろか、その存在を認知することさえ叶わん。故にアクセスできるだけでも驚きだ。さすがは宿命の子といったところか。その先へ進みたくば認証情報を手に入れることだな」
「認証情報って?」
「この魔法体系は世界を管理する管理者との対話で成立する。それ相応の資格が必要ということだ。もっとも、神龍には生まれつき付与されているから、どうやって資格を得るのかは知らんがな」
そう言うと、彼女はアルバートの首元から剣先を離し、にやりと笑った。その表情には愉悦が滲んでおり、彼女がこの状況を楽しんでいることが察せられた。
「それで、お前はこの剣で我を斬りつけるつもりだったか」
突然の声を潜めた詰問にアルバートはゴクリ、と唾を飲み込んだ。ディアーナの言っていることの意味が分からないほど馬鹿ではない。マナを捧げる――その要求に抵抗するためとはいえ、自分は彼女に明確に害意を持ったのだ。
「それは……」
アルバートは咄嵯に言葉が出てこなかった。何か言おうと口を開いてみるが、言葉にならない呻き声のようなものしか出てこない。
そんな様子を見て彼女はおかしそうに笑う。まるで小さな子供が悪戯を見つかって狼狽えているのを見る母親のように楽しげに笑った。
だがその笑みはすぐに消え去り、彼女は無表情に戻ってしまう。
そしてディアーナは追い討ちをかけるように囁きかけてきた。
「さて、それじゃあ遊びはここまでにして、続きといこうか――」
神聖魔法では魔法陣を描かない。あらかじめ設定された体系を詠唱により呼び出して実行しているにすぎないから、既存の神聖魔法では魔法陣を必要としないのだ。
(これはきっと、体系づけられていない魔法式だ)
アルバートの周囲から無数の光の粒子が放出される。草木から、岩から、近くでせせらぐ渓流の水から光の粒子が浮かび上がり、アルバートの周囲に収束していく。
アルバートは脳裏に浮かんだ魔法陣を再現するかのように光の粒子で円陣を形作ると、複雑な紋様の魔法陣がアルバートの目の前に浮かび上がった。魔法陣に触れると、優しい温かさが指先から伝わってくる。
「ほう、これがリオルを退けたという噂の魔法式か。人間がそれを展開できるとは面白い」
ディアーナの双眸に魔法陣が映り込み煌めく。彼女は微動だにすることなくその構築された魔法陣を眺め、興味深そうに目を細めた。
『警告。神の規則への接続を確認。規定外の体系です。実行しますか?』
どこからともなく声が降ってくる。浄化を初めて発動させた時と同じ、抑揚のない無機質な女の声だ。
「する……実行する!」
アルバートはその声に向かって叫んだ。しかし声は彼の予想に反した通告を返してくる。
『認証情報が不正です。再度実行しますか?』
「そんな……どうして」
浄化はすんなりと展開したではないか。今度は何を間違えたというのか、アルバートには理解できない。アルバートが答えられずにいると、降ってきた無機質な声が無慈悲な宣告をしてきた。
『応答なし。不正な接続と認定し、回路を切断します』
展開した魔法陣が消えていく。
何を間違えたというのか。何が不足していたというのか。
「待って……!!」
アルバートが呼び止めるが、虚空に虚しく響くだけで何も起きず、魔法陣が徐々に消えていってしまう。
消えゆく魔法陣を見つめながら、アルバートは呆然とした表情で膝をついた。
「当たり前だ阿呆が」
茫然自失な状況の彼に助け舟を出したのは傍で見ていたディアーナだった
横からディアーナの細い腕が伸びてきて、消えゆく魔法陣に触れてくる。すると、霧散し空気に溶けて消えつつあったマナの光が再び魔法陣の形を成す。
「お前が展開しようとしたものは『神の規則』と呼ばれる、この世界の根幹を形作る魔法体系だ。それは世界の管理者が許可した者にしか行使は許されない」
ディアーナは消えかけた魔法陣に触れると、周辺に散ったマナを呼び集め、再び魔法陣を再現する。
「まあ良い、愉快なものを見せてもらった礼だ。本物を見せてやる。そこで見ていろ」
彼女はそう言うと、虚空に向かって声を発した。
「――おい、黒龍ディアーナが接続を要求する」
『声紋により接続を許可します』
無機質な声が応える。それ同時に、魔法陣が輝き出す。魔法陣から白い光が溢れ出し、それは白銀の剣の形を構成した。
ディアーナが手にした剣は、それはアルバートが展開しようとした魔法のイメージそのものだった。ディアーナは浄化では倒せない。だから物理的に倒そうと願ったのだ。
驚愕に目を見開くアルバートの目の前で、その剣がゆっくりと引き抜かれる。それは白銀の剣身を持つ美しい長剣だった。柄には精緻な龍の紋章が施されており、刀身は鏡のように磨かれていた。
「『神の規則』……」
アルバートはディアーナの言葉を繰り返す。初めて耳にする言葉だった。
「ディアーナはその『神の規則』を使えるのか?」
アルバートは震える声で尋ねた。もしそうだとしたら、彼女は神にも等しい力を持っているということになるからだ。
「ああ、そうだとも」
彼女は不敵に笑う。そして白銀の剣先をアルバートの首元に突きつけた。剣先が軽く首に触れ、ぷつりと皮膚が裂ける感触がした。赤い血が一筋流れ出すのを見て、思わず背筋が凍った。
「通常、人間を含む普通の生物では、発動はおろか、その存在を認知することさえ叶わん。故にアクセスできるだけでも驚きだ。さすがは宿命の子といったところか。その先へ進みたくば認証情報を手に入れることだな」
「認証情報って?」
「この魔法体系は世界を管理する管理者との対話で成立する。それ相応の資格が必要ということだ。もっとも、神龍には生まれつき付与されているから、どうやって資格を得るのかは知らんがな」
そう言うと、彼女はアルバートの首元から剣先を離し、にやりと笑った。その表情には愉悦が滲んでおり、彼女がこの状況を楽しんでいることが察せられた。
「それで、お前はこの剣で我を斬りつけるつもりだったか」
突然の声を潜めた詰問にアルバートはゴクリ、と唾を飲み込んだ。ディアーナの言っていることの意味が分からないほど馬鹿ではない。マナを捧げる――その要求に抵抗するためとはいえ、自分は彼女に明確に害意を持ったのだ。
「それは……」
アルバートは咄嵯に言葉が出てこなかった。何か言おうと口を開いてみるが、言葉にならない呻き声のようなものしか出てこない。
そんな様子を見て彼女はおかしそうに笑う。まるで小さな子供が悪戯を見つかって狼狽えているのを見る母親のように楽しげに笑った。
だがその笑みはすぐに消え去り、彼女は無表情に戻ってしまう。
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