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第二部 雪華の祈り
56.甘美な誘惑
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「ティーア・アンクローゼを救いたいとは思わぬか」
ディアーナのその言葉を皮切りに、治っていたはずの衝動が再び込み上がってくる。身を焼かれるような激痛が全身を駆け巡り、アルバートの呼吸が荒くなった。
「……っ!!」
アルバートが苦悶の声を上げると、彼女はその反応を楽しむように目を細める。そして再び顔を近づけてきた。彼女の漆黒の瞳がすぐ目の前に迫り、思わず後ずさる。しかし背中はすぐに木にぶつかってしまい逃げ場はなかった。ディアーナはそんな様子すら楽しんでいるかのようにゆっくりと近づいてくると、耳元で囁くように言った。
「我が力は眷属化を解くことができる。お前が望むなら力を授けよう」
甘い毒のように脳内を侵食する言葉だ。それはまるで麻薬のように思考を狂わせる力を持っているように思えた。
「教えてほしい。『神の規則』が世界の根幹を形作る魔法体系なら、『神の規則』でも眷属化の解除はできるんじゃないのか?」
「理論上はできる。だが、魔族の精神干渉魔法――それも眷属化の構成も知らずに相殺の魔法陣を構築できるのなら、だ。精神干渉魔法は魔族の魔法だからな、シュカも眷属化の構成は知らぬはずだ」
「……」
黙りこくったアルバートを見つめると、彼の顎を掴んでさらに顔を近づけてくる。鼻と鼻が触れ合うほど近い距離だ。彼女の長い睫毛に縁取られた黒い双眸が目の前に迫り、その深淵のような瞳から目が逸らせない――いや、逸らしてはいけない気がした。
そして彼女はゆっくりと口を開いたかと思うとこう続けた。
「我ならできる」
それはまるで悪魔の囁きのように甘美で蠱惑的な言葉だった
(欲しい)
眷属化を解く。
アルバートの脳内に彼女の言葉が反響する。神聖魔法では解呪不可とされた眷属化の解除、それは彼女ならできるのだという。
強い、強い誘惑が囁いた。沸き上がる衝動が背中を押してくる。
それと同時に、自分がしようとしていることへの罪悪感が湧き上がる。これはきっとシュカへの反抗だ。許されるというのだろうか。しかし、衝動に後押しされた自分の本能を今さら理性で抑えつけることなどできるはずがなかった。
それはまるで、悪魔が囁きかける甘い誘惑だと思った。素直に頷きそうになる自分を諫めるように首を横に振るが、それも刹那の間でしかなかった。
喉の奥が焼けるように熱い。言葉を紡ごうと声帯が振動する。抗う。すると、口から呻き声のような言葉になっていない音がこぼれ出る。
空気を吸おうとすると、何かが気道を塞ぐかのような感覚に陥る。自然と呼吸が浅くなり、思考に霞がかったように何も考えられなくなっていく。
いやだ。
抵抗する。抵抗する!!
それを妨害するかのように、ディアーナは彼の耳元に唇を寄せた。
生温かい息が耳たぶにかかると、ぎりぎりを保っていた理性が飛びそうになった。
「さあ、どうする?」
自分の意思に反して身体が動かされている気分になる。それが精神干渉魔法による作用なのか、アルバートの思考が巻き起こしている感覚なのか、区別がつかなかった。
「ああ……ああああ………」
アルバートは呻き声を上げた。目から涙がこぼれ落ちた。
衝動が、本能が主導権を握ったのが、自分でもわかった。
「……欲しい。欲しいよ……それで……それでティーアが元に戻るなら……」
言ったのか言わされたのかわからなかった。
熱に浮かされるようなアルバートの返答に、ディアーナは満足そうに笑った。
「良いだろう。ならばお前に力をやろう」
ディアーナはそう言うと、アルバートの右手の甲に刻まれた白い聖印に手を伸ばした。
ディアーナのその言葉を皮切りに、治っていたはずの衝動が再び込み上がってくる。身を焼かれるような激痛が全身を駆け巡り、アルバートの呼吸が荒くなった。
「……っ!!」
アルバートが苦悶の声を上げると、彼女はその反応を楽しむように目を細める。そして再び顔を近づけてきた。彼女の漆黒の瞳がすぐ目の前に迫り、思わず後ずさる。しかし背中はすぐに木にぶつかってしまい逃げ場はなかった。ディアーナはそんな様子すら楽しんでいるかのようにゆっくりと近づいてくると、耳元で囁くように言った。
「我が力は眷属化を解くことができる。お前が望むなら力を授けよう」
甘い毒のように脳内を侵食する言葉だ。それはまるで麻薬のように思考を狂わせる力を持っているように思えた。
「教えてほしい。『神の規則』が世界の根幹を形作る魔法体系なら、『神の規則』でも眷属化の解除はできるんじゃないのか?」
「理論上はできる。だが、魔族の精神干渉魔法――それも眷属化の構成も知らずに相殺の魔法陣を構築できるのなら、だ。精神干渉魔法は魔族の魔法だからな、シュカも眷属化の構成は知らぬはずだ」
「……」
黙りこくったアルバートを見つめると、彼の顎を掴んでさらに顔を近づけてくる。鼻と鼻が触れ合うほど近い距離だ。彼女の長い睫毛に縁取られた黒い双眸が目の前に迫り、その深淵のような瞳から目が逸らせない――いや、逸らしてはいけない気がした。
そして彼女はゆっくりと口を開いたかと思うとこう続けた。
「我ならできる」
それはまるで悪魔の囁きのように甘美で蠱惑的な言葉だった
(欲しい)
眷属化を解く。
アルバートの脳内に彼女の言葉が反響する。神聖魔法では解呪不可とされた眷属化の解除、それは彼女ならできるのだという。
強い、強い誘惑が囁いた。沸き上がる衝動が背中を押してくる。
それと同時に、自分がしようとしていることへの罪悪感が湧き上がる。これはきっとシュカへの反抗だ。許されるというのだろうか。しかし、衝動に後押しされた自分の本能を今さら理性で抑えつけることなどできるはずがなかった。
それはまるで、悪魔が囁きかける甘い誘惑だと思った。素直に頷きそうになる自分を諫めるように首を横に振るが、それも刹那の間でしかなかった。
喉の奥が焼けるように熱い。言葉を紡ごうと声帯が振動する。抗う。すると、口から呻き声のような言葉になっていない音がこぼれ出る。
空気を吸おうとすると、何かが気道を塞ぐかのような感覚に陥る。自然と呼吸が浅くなり、思考に霞がかったように何も考えられなくなっていく。
いやだ。
抵抗する。抵抗する!!
それを妨害するかのように、ディアーナは彼の耳元に唇を寄せた。
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「さあ、どうする?」
自分の意思に反して身体が動かされている気分になる。それが精神干渉魔法による作用なのか、アルバートの思考が巻き起こしている感覚なのか、区別がつかなかった。
「ああ……ああああ………」
アルバートは呻き声を上げた。目から涙がこぼれ落ちた。
衝動が、本能が主導権を握ったのが、自分でもわかった。
「……欲しい。欲しいよ……それで……それでティーアが元に戻るなら……」
言ったのか言わされたのかわからなかった。
熱に浮かされるようなアルバートの返答に、ディアーナは満足そうに笑った。
「良いだろう。ならばお前に力をやろう」
ディアーナはそう言うと、アルバートの右手の甲に刻まれた白い聖印に手を伸ばした。
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