神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第二部 雪華の祈り

41.かくれんぼ1

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 出発するハデスを名残惜しそうに見送ると、アルバートは井戸に向かう。中庭は何らかの魔法が展開されているのか外より少しだけ暖かく、雪が積もっていない。寒さで落葉した草木に混ざって、ところどころ緑の葉をつけた草も生えていた。

 冬の井戸水は身が引き締まるほどに冷たい。そんな冷水を何度か顔にかけて洗った後に、タオルで拭う。まとわりつく倦怠感は冷水のおかげでいくらかマシになった気がしたが、どこか拭いきれなかった。夢見が良くなかったからかもしれない。

「あら、アルじゃない。おはよう!」

 背後から声をかけられて振り返ると、そこにはロゼッタの姿があった。彼女はいつもと変わらず、元気そうな笑顔を浮かべている――が、客室には洗面所も浴室もあったはずだ。一国の王女が共も引き連れずに井戸までわざわざ訪れる理由がわからなかった。

「おはようございます。こんなところまでお一人でどうされたんですか?」

「あ、ちょっと待って」

 何かに気づいたロゼッタが慌てて近くの草の陰に隠れる。その行動にアルバートは首を傾げた。

「ロゼッタ様?」

「……しーっ、静かに。アルは井戸の方見てて、私がここに隠れているの、誰にも言っちゃダメだからね!」

「え、あ……はい」

 アルバートは困惑しながらもロゼッタの言われた通りに井戸の方を向いた。すると、遠くの方から騎士風の男たちが辺りを見回す姿が見えた。
 その数、四名。

「見つかったか?」

「いや……いないな」

「まったく、どこに隠れたやら。」

 そんな会話が聞こえてくる。どうやら誰かを探しているようだった。状況からしてロゼッタを探しているのだろう。

 アルバートが騎士風の彼らを凝視していると、その視線に気づいた男の一人がアルバートに近づいてきた。
 赤い髪の精悍な若者だ。白銀の鎧は傷ひとつなく、陽光を浴びてキラキラと輝いている。彼の背中にある大きな槍が一際目を引いた。

「なあ、この辺でちょうどお前くらいの金髪の女の子見なかったか……って君は神龍の愛し子のアルバートか!」

 男はアルバートの瑠璃色の瞳でその素性を把握したようだ。

「え、あ……はい」

「ああ、やっぱりか! 雪華の祈り、お疲れさん」

 男は破顔し、その大きな手のひらでまるで犬や猫でも可愛がるようにわしゃわしゃと撫で回した。

「うわっ!? あ、あのっ……!?」

 突然の行動にアルバートは目を丸くするが、男はまるで気にする様子がない。

「よしよし、おにーさんが高い高いしてやるぞ」

「はい!?」

 対象年齢の間違えてそうな発言が飛び出してきて、アルバートは顔を引きつらせる。思わず逃げようとしたが無駄だった。男はそんな反応も気にせずにアルバートを抱き上げると、頭上に持ち上げた。

「よーし、高い高ーい!」

「うわああ!?」

 何がしたいのかわからない行動にアルバートから悲鳴を上がる。

 助けてくれそうな人を探すと、教会の二階の窓からこちらを見ているアレスタと目があった。
 アレスタは助けを求めて訴えかけるアルバートの視線に気がつくと、にっこりと笑って手を振りながら、唇が動いた。

「遊んでもらえて良かったね」

 読唇なんて技術はアルバートに備わっていないが、彼の雰囲気からそう言っているように思えた。違う。そうじゃない。そう言いたかったが、さすがに距離があるので声は届かなそうだった。
 傍観する彼を睨み、アルバートは心の中で悪態をついた。

(アレスタ覚えてろ!!)

 悪態をつかれていることも知らずに、アレスタは涼しい顔で中庭で戯れる二人を見つめていた。

 行き交う修道士の数が徐々に増え始める。通り過ぎる彼らは皆、井戸の前で騒いでいる二人に目を向けていく。無数の視線を感じて、アルバートは恥ずかしくて顔を真っ赤にさせた。

「どうだ? 楽しいだろう!」

 有無を言わさぬ口調で嬉々として言われると、否定することができなかった。なまじ邪気がないため、余計に性質が悪い。
 アルバートは半ば誘導されるように首を縦に振る。

「た、楽しいです……」

 アルバートの返事に男は満足げに笑い声を上げると、信じられない言葉を口にした。

「んじゃ、次はもうちょっとアクティブな感じでやってやるよ!」

「……え?」
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