生まれ変わっても一緒にいたい人

把ナコ

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アレク編

8.告白

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ディアナを見送ってからひと月が経った頃、朝の風と共にヨシュアが家を訪れた。

ディアナを看病する為に用意した屋敷も1人で住むには広すぎる。
ディアナ失ってひと月、面倒を見なかった畑は荒れ果て、ディアナの部屋へ季節を伝える花も枯れてしまい、見窄らしい庭へと変貌していた。
俺の家族や義兄も義父も何度か訪れたようだが、何かを言っては声を荒げて勝手に去って行った。
通いの使用人が来る為、辛うじて家は維持できていたが、俺はまた酒浸りになって何もする気が起きなくなっていた。

---

ヨシュアが来たと、使用人に告げられたが俺は一度目配せしただけで、日差しの眩しさに目を閉じた。どうせすぐに帰るだろう。

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ヨシュアは2年前の作戦中に怪我を負った脚を引きずり、杖をつきながらも俺に紅茶を入れて横向かいに座った。こんなこと使用人にさせればいいのに、と思って首をもたげると、外は既に暗かった。
使用人はもう帰る時間か。
さっきは朝だった気がするが…まあそんなことどうでもいいか。


俺は酒を飲もうとテーブルに手を伸ばしたがそこにはもう目的のグラスはなく、紅茶のカップと水の入ったグラスしかなかった。

「水、飲めるか?」

酒の代わりに置かれていた水のグラスを俺の手の届くところまで持ち上げるとヨシュアは優しい笑顔をくれた。
こんな俺に。こんなになってる俺に。

「それとも、飲ませて欲しいか?」

俺は起き上がった。

「なんだ。本当に飲ませて欲しいのか、素直なやつだな」

そう言うとヨシュアは椅子から立ち上がり俺が座っているソファーの縁に腰掛けグラスの水を煽ると、俺に口移しで流し込んできた。

何が起きているんだ。

「ヨ、シュア、?」
「おかわりか?」
「ちが…」

言い切る前にもう一度口移しで飲ませてくる。
冷たい水が喉を通って混乱していると、舌先に微かに触れるヨシュアの熱い舌が、この上なく美味しそうに思えて本能にあらがえず絡め取ってしまった。
ヨシュアもそれに応えるように俺と唇を重ねた。

ヨシュアの唾液が飲みきれず口の端から溢れると、ヨシュアは口を離してそれを舐めた。
何が、起きているんだ。

「少しは正気に戻ったか?」

そんなことのために、口づけを?
俺の気持ちを知っている筈なのに。
長年言えずにいるこの気持ちを。
今、誰も止める者がいないこの状況で。

「バカに…してるのか?」
途端、頭に血が上った。
「アレク?なに、を…っ」

俺は衝動的にヨシュアを押し倒していた。
あの時のように強く唇を貪ると、ヨシュアは嫌がる素振りもなく応えてくる。それどころか、俺の背中に手を回してきた。
その態度が余計に虚しくなって、俺は口を離した。
寂しい俺を慰めてやるとでも言うのか。

「俺が、どんな思いで。どんな気持ちで諦めたかも知らずに…あんたは俺にこんな仕打ちをするのか」
「アレク、何を」
「クソっ」

俺はヨシュアを残して自室に戻り、ベッドに埋もれた。こんなひどい気持ちになったのは久々だ。
ヨシュアは何度かドアをノックしていたようだが、しばらくして諦めたようだった。

頭の中がぐちゃぐちゃだ。もう誰も要らない。
こんな俺を必要としてくれる人などいない。
ヨシュアだって呆れて帰ってしまった。
さっき馬車の出ていく音が聞こえた。


俺はもう1人だ。1人に、なってしまったんだ。

---

そのうち考えるのも面倒になりそのまま不貞寝したが、暑い日差しに照らされて目を覚ました。汗だくで気持ちが悪い。
シャワーを浴びようと、二日酔に揺れる頭を押さえながら浴室へ向かった。
汗を流すと、少しスッキリして久しぶりに体のアルコールも抜けた気がした。
最近、食事もまともに取っていなかった気がする。
そろそろ使用人ががくる時間だろう。何か作ってもらうか。
俺は使用人が来るまでの時間、何かつまめる物でもないかと厨房へ向かった。
すると、そこに慣れない手つきでパンを焼く男がいた。

「起きたか。酒は抜けたか?」
「何故…いるんだ」
「昨日来たこと覚えていないのか?」
「帰ったんじゃなかったのか?」
「そんなお前を残して帰れるわけないだろ」
「だって、馬車は」
「馬車をここに置いとくわけにもいかないだろ。帰ってもらったよ」
「なんで、ここに」
「まだ酔っ払ってるのか?話が堂々巡りしてるぞ。いいからあっちで待っとけ。お前ほど上手くはないが、朝飯を作ったから。いや、もう昼飯か?」

混乱する頭を冷やそうと、リビングへ行き、テーブルについた。
冷えたテーブルに頭をつけて思い出す。昨日のあれは夢ではなかった筈だ。
ヨシュアが俺に口付けたのも、俺がなじったのも。
もしかするとヨシュア的には昨日も昔もただ水を飲ませるためだけの行為だったんだろうか。

「テーブルと仲良ししてないで、俺と仲良くしてくれないか」

どう言うことだ。ヨシュアがこんな軽口をいうなんて。これは夢の続きか?
体を起こした俺はヨシュアが持ってきたものを目の前に置かれて、その匂いに釣られるように腹がなった。

「味に自信はないが、食べてくれ」
「ぷっ」

味も何も。パンとウィンナーと目玉焼きじゃないか。どこに味を失敗する要素があるんだ。
突っ込みどころが満載すぎて思わず笑いが溢《こぼ》れる。

「まぁそう疑うなって。食ってみろ」

黙ってパンを口にする。久しぶりに食べるパンはうまかった。
そして口に含んだそれを飲み込むと、涙が溢れた。

「随分と泣き虫だな」
「誰の、せいだと」
「俺のせいか?」
「……」
「そう、か。俺はお前を泣かせてばかりだったんだな」
そう言ってゆっくり立ち上がったヨシュアが俺に近寄ると、頭を抱き寄せた。
「これからは一緒に泣いて一緒に笑おう。お前が今まで流した涙の分だけ、たくさん笑おう。もう我慢しなくて良いんだ」
「い、一緒に。って?」
「一緒に、だ」
「どう、やって」


「実はな、俺、爵位を貰ったんだが」
離れたと思ったら俺の隣に椅子を寄せて、ヨシュアが座った。

「知ってる」
「息子にも爵位があってな」
「それも、知ってる」
「俺が本家を追い出されたんだ」
「かわいそうだな」
「だろ?その上使用人は全員本家に残るわけだ」
「解放されるんだな」
「だから人を雇うんだが」
「かわいそうに」
「……お前、さっきから喧嘩売ってるだろ」
「そんなつもりはない」

「まぁいい、そこでだ。こんな手紙を貰ったんだ」

それは可愛らしい押し花が付いた美しい色の封筒だった。

「ヨシュアにしてはセンスがいい」

「…貰い物だ。手紙なんだから」

「だからか」

「お前な。クソっ まぁいい、読んでみろ」


便箋を引き出すと、嗅ぎ慣れた香水が香ってきた。

/_/_/_/_/_/_/_/_/

「拝啓 

ヨシュア・ハイン・リッテンバーグ様

心地よい風が吹き、庭に可愛らしい花が咲く今日この頃、リッテンバーグ様におかれましてはお健やかにお過ごしのことと存じます。

日頃は何かと至らぬ我が伴侶アレクサンドリアにいろいろとお心遣いをいただき、言葉では言い表せないほど感謝しております。

ところで、そろそろ私の側を片時も離れず看病してくれた愛しいアレクサンドリアを解放して差し上げる時が迫ってまいりました。
優しいこの人のことです、私が去った後、何もやる気が起きずに酒に溺れてしまうことでしょう。
庭に咲く可愛らしい花と同じで水を得られず枯れてしまうのが目に見えております。

もしそんな枯れたアレクサンドリアを少しでもお可愛そうだと思ってくださるのなら、貴方様の使用人として雇ってはいただけませんでしょうか。
風の噂でリッテンバーグ様は伯爵位を頂いた後、同伯爵位をお持ちの御子息と離れて領地を持たれるとのこと。そこへ連れゆく使用人には信の置けるものが必要でしょう。

その点、アレクサンドリアは退役して地位もありませんし能力は申し分ないかと思われます。
執事でも、従者でもガードナーでも料理人でも構いません。貴方様の手となり足となり、自由にこき使ってやってくださいませ。
もちろん、気に入らなければ追い出していただいて構いません。
しかし、枯れた花に水をやるのも一興。
退役した上官をお雇い頂くのも一興でございます。

貴方様の何よりも大切な親友の妻の最後のわがままをお聞き届けくだされば、これ以上ない冥土の土産となりましょう。

それでは、貴方様の新天地での更なるご活躍を天よりお祈り申し上げます。

敬具

ディアナ・フォン・リーデンブルグ 

/_/_/_/_/_/_/_/_/

「なんだ、この手紙は…」
「最後の最後まで、わがままなご令嬢だな。ディアナは兄上と父親殿と、カーネリアンにも似た手紙を送っているそうだ。何故か皆こちらにお前を雇うよう手紙を送ってきた」
「俺の、知らないところで」
「どうだ?俺のところで働いてみる気はあるか?まぁ無かったとしても連れていくつもりではあるが」
「どう言うことだ」
「アレクはディアナの願いを断れないだろう?」
「…」
「連れて行くのは田舎の領地だ。人目を気にする必要もない。俺の爵位は子供に継げないから女をあてがわれる面倒もない。誰にも邪魔されず、一緒に静かに暮らせる」
「しかし」
「俺のところへ来い」
「俺は…行けない」
「何故だ」
「…」
「何故だ?」


「俺は、…俺は、ヨシュアが好きなんだ。今も昔もずっと。そんな気持ちで、隣に、いる、資格なんて」

「俺も同じ気持ちでいる。今も、昔もだ」

「それは、そう言う意味じゃ、んっ」
俺の言葉を遮るようにヨシュアが唇を重ねてきた。

「お前に水をやるのは俺だ。」
「……」
「水が欲しいか?」

「ほ、しい」

---

目を覚ますと、隣でイビキをかいて眠るヨシュアがいた。随分と間抜けな顔だな。それは、お互い様か。

外はまだ西日が差していた。
真昼間から何をしてたんだ、俺たちは。

ベッドから出ると俺は痩せ細った自分の体を見て情けなくなり、渇いた笑いが出た。こんな体でよく反応したもんだ。

今日からまた鍛え直そう。これからはヨシュアのために生きていこう。




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