上 下
78 / 206

―第七十八話― お化け屋敷

しおりを挟む
 グラスに並々注がれた酒をすすり、目の前にある肉を喰らう。
 ……うん、最高だ。
 やっぱり、この酒場の料理と酒は天下一品だ。
 王都の料理も美味しかったが、サントリナに叩き込まれた庶民舌には、こっちの方があっている。

「ごめんね、急に酒場に来てもらって」
「いいよ、別に。ってか、ジャスミンももっと食べろよ。折角の料理が冷めちまうぞ?」
「うん……」

 ……普段は人一倍食べているのに、珍しいな。

「なあ、ジャスミン。どうかしたのか?」
「い、いや、べべべ別に!? えーっと、あの……」

 今度は突然どもりだした。
 まじでどうしたんだ?

「あの、リア? 今から、時間ある?」
「あ、ああ、別にあるけど……」
「ちょっと、ついて来てほしい場所があるんだけど……。ダメ?」

 …………。

「『鑑定』」
「ちょ、どうしたのよ、急に!?」

 ……特に異常なし、か。
 ジャスミンに化けた別の誰かかと思ったが、正真正銘ジャスミンだ。

「あんた、今何か失礼なこと考えなかった?」
「いいえ、考えてません!!」
「うーん……怪しい……」
「そ、そんなことよりも、早く案内してくれよ! さっさと行ったほうが良いんじゃないか?」
「それもそうね。それじゃ、行きましょうか!」

 …………。
 急にいつものテンションに戻ったな。
 さっきは急に上目遣いなんかしだすから、本当にびっくりした。
 あいつも、黙ってさえいれば、美人と言われる部類に入るんだろうけどな……。
 勿体ない奴だ。



「ほら、リア。着いたわよ!!」

 うーん……。

「ここって、お化け屋敷か?」
「正解!!」
「じゃ、また明日」
「ちょちょちょ、なんで帰ろうとするの!?」
「お前、俺にお化け屋敷に入れって言いたいのか!?」
「そうだけど」

 さも当たり前のような顔をするな!

「お化け屋敷なんざ、一人で入れ! 俺はもう帰って寝る!!」
「ねえ、お願い!! ここの迷路をクリアしたら、限定スイーツが食べられるの!!」
「知るか!! 第一、俺はお化け屋敷が嫌いなんだよ!」
「えっ、リアもお化けが怖いの!?」
「いや、そういうわけじゃないが……。入ったら、これはどういう魔法が使われてるのか、とかばっか考えだしちゃって、つまらなくなるんだよ」

 というか、幽霊が苦手なのはお前の方だろうが。

「幽霊嫌いな聖職者を教育し直すには、おあつらえ向きだろ。一人で行って来い」
「……じゃあ、リアがじゃんけんで負けたら、一緒にお化け屋敷に入りましょう? それなら、公平でいいでしょ?」
「えー……」
「……強情ね。それなら、今度ピザを奢ってあげるから、一緒に入ってくれない?」
「おい、なにもたもたしてるんだ? さっさと入るぞ!」
「……手のひら返しがすごいわね」

 そりゃどうも。



「きゃあーーーーー!!」

 小屋の中に、騒音としか言えないような叫び声が響き渡る。

「い、いいい、今、首筋に風が……」
「風魔法の一種だろ。もしくは隙間風。ほら、その程度でビビってたら、先に進めなくなるぞ」
「う、うん……」

 内装は、至って普通のお化け屋敷といった感じだ。
 外から見るよりも広く感じるのは、空間魔法がかかっているためだろう。
 防音魔法もかかってるし、設備はかなりしっかりしているようだ。

「きゃっ!!」
「今度はどうした?」
「今、そっちの方に白い何かが飛んでたの……!」
「魔法だろ」
「絶対違うと思う……」

 どっちだよ。

「きゃああああああ!!」

 入って数分しかたっていないというのに、もう三度目の悲鳴か。
 しかも今度は、ド派手にしりもちまでついてる。

「人形が、人形が……」
「はいはい、魔法魔法」
「……ねえ、だんだん扱いが雑になってきてない?」
「そんなことない」

 多分!

「……おい、いつまで座ってるつもりだ?」

「…………腰、抜けちゃった」

「……はあ?」
「お願い、おぶって」
「ガキかお前は!! ……ったく、しょうがないな」

 ひょいとジャスミンを背に担ぎ、そのまま迷路を進み続ける。
 迷路の難易度自体は、そこまで高くない。
 ……だが、自分よりも背丈がある相手を背負うというのは、想像よりもきつい。
 というか、重い。

「お前、太った?」
「殺すわよ」

 背中からヤバい殺気を感じる。
 この場にいるどのお化けよりも、お前の方が怖いぞ。

「なーんであんたはそんなにデリカシーがないのよ」
「知らん」
「そんなんだと、このまま一生彼女もできずに一人寂しく死んじゃうわよ?」
「余計なお世話だ!!」

 そんな馬鹿な会話をしながら、少しずつ歩を進める。
 そして――



『おめでとうございまーす!!』

「やったー、ゴールよ!!」
「はいはい、おめでとう。ほら、さっさとスイーツ食いに行くぞ」
「そうね!!」

 出口で引換券を受け取り、そのままカフェに直行する。
 ……って、なんか周りに凄く見られてるような……。

「お前、さっさと降りろよ! もう歩けるだろ!!」
「えー、まだ歩きたくなーい」
「うるせえ、さっさと降りろ!!」

 半ば強引にジャスミンを降ろし、改めてカフェでスイーツを注文する。

「「いただきまーす」」

 目の前に運ばれてきたケーキを、口いっぱいに頬張る。
 ……うん、美味しいな。
 クリームたっぷりで、結構満足感もある。

「おいし―!!」

 幸せそうな笑みで、ジャスミンの方もケーキをがつがつ食べ進めている。
 ……俺も、俺も……。

「ジャスミン、残り食わないか?」
「どうしたの? 口に合わなかった?」
「いや、さっき酒場で食ったばかりだから、胃に入らない」
「そう? それじゃ、いただきまーす!!」

 悔しいが、これ以上食べたら確実に吐く。
 そんなことになるくらいなら、ジャスミンにやった方がましだ。
 それに……。

「ん? どうかした?」
「……いいや、なんでも」

 ……こいつ本当に美味しそうに食べるな。
 そういう奴が食べたほうが、食材のためだろうからな。

 ……ほんと、こいつはしゃべらない方が得するだろうにな。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

隻腕令嬢の初恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,995pt お気に入り:101

悪役令嬢は断罪イベントから逃げ出してのんびり暮らしたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,790pt お気に入り:466

あなたの愛なんて信じない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:119,668pt お気に入り:4,073

処理中です...