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私は気落ちしたままなんとか一日仕事を終えた。そんな会社からの帰り道。
告白する前に淡い気持ちが消え去った。明日からぎこちなく仕事をすることもなく、今までと同様ただの同僚として働くことが出来るんだから、これはこれで良かったと思えばいいのだろう。
それにしても、あんな考え方をする人だとは思わなかった。見た目が茶髪で明る性格に見えるから、社交的な人だと思っていた。仕事の教え方も丁寧だし、口調も柔らかく、同じことを聞いても嫌な顔なんてしなかったから。
仕事を離れると全然違っていた。
色んな考え方をする人がいて当然だけど、自由になる時間を自由に使えない、彼女と会う時間すらも面倒くさがるような人を好きでいることは出来ない。そう思った。
物悲しいのか、腹立たしいのか、自分の人を見る目が無かった事を悔やむべきなのか分からないまま、徒歩でいつも利用している駅へと向かって歩いていると、目に入った店名に足が止まった。
Bar Lilac
つくづく縁があるのだなと思った。
店名は今日、一目惚れをしたお皿に描かれていた花の名前と同じだった。縁を感じた私は実家の庭で、春先になると食器に描かれていた同じ紫色の花を咲かせるとともに、とてもいい香りがしていた記憶を思い起こした。
バー ライラック、か。
飲食店が並ぶ界隈に埋もれてしまいそうなの、小さい店で静かな佇まい。何度もこの道を通っていた筈なのに今日初めて気が付いた。店は白壁に重厚そうな木のドアがあり、その横には小さな窓があった。
店名に心が揺れ動いたので、私はその店に近寄って小さな窓から店内を覗いてみた。
ダウンライトに照らされた木目調の店内には、お父さんと同じ年代位のマスターと、仕事帰りらしいスーツを着た三人のお客さんの後姿が見えた。着ている服装からして2人が男性で、残る1人が女性だ。仲が良いのか、随分楽しそうに歓談しているみたいに見える。
そんなに長い時間覗いていた訳ではないが、私が覗いたことに気が付いたマスターがこちらへと向かってにこりと笑顔を浮かべた。
あー。どうしよう、気付かれてしまった・・・。
普段であればこんな時、くるりと背を向けて去っていく事が常なんだけど、何故か今日はそのまま去ろうとは思わなかった。
こういう敷居が高そうなバーのお店って、勇気がなくて1人で入ったことないけど、入ってみようかな。他に誰も居なければ絶対に躊躇しただろうけど、他にもお客さんがいるし、多分大丈夫だよね?
私は窓の位置から異動して、入り口のドアへと手を掛けた。昼の出来事がそうさせた。
少しだけドアの隙間を開けて恐々と覗き込んだ。すると先程と同じようにマスターの優しそうな笑みと落ち着いた雰囲気に誘われて、体を縮こまらせながらも店へとお邪魔した。
失恋したばかりで1人きりの誕生日を過ごす寂しさより、例え赤の他人でも誰かと同じ空間で過ごす時間を選んだ。
そう、鹿島さんには言わなかったけれど実は今日は私の誕生日だったのだ。
失恋した今となっては、言わなくて良かったと思うけど、好きだった気持ちは簡単に痛みが消えてはくれない。
せめてもの慰めにちょっとだけお酒の力を借り、ただ誰かと話をしたいなと思った。
空いているカウンター席に座り、マスターから飲み物を注文をどうしますか?と聞かれた。
アルコールは飲めることは飲めるのだが、そんなに強くないし、種類に詳しい訳でもない。なので正直に食事をしていないことと、カクテルに詳しくないので軽めの物でさっぱりしたものをお願いしますと伝えた。
「では、シーフードリゾットとスプモーニはいかがでしょう。スプモーニはグレープフルーツとトニックウォータの爽やかな甘みの中に、カンパリの苦みがあります。リゾットと相性はいいと思います」
「じゃあ、それをお願いします」
「畏まりました」
マスターが後ろを向き、料理を作ってくれてい間、私はカウンターに両肘をつきその上に顔を乗せてぼんやりと壁に掛かっている額縁に入れられている写真に見惚れていた。
店名にもなっている薄紫色のライラックの穂状の花房が写っている。
綺麗・・・。
全面に収められた花からは匂いすら漂ってきそうな程に美しく鮮やかに咲き誇っている姿が写っている。
「お待たせしました」
ぼうっとしている私の前にマスターから静かに声を掛けられ、カクテルが置かれた。
「写真がお気に召しましたでしょうか?」
「あ、はい。実家の庭にも毎年咲いていたものですから。それにしてもライラックの花、綺麗に撮れてますね。ふふっ、5枚の花弁も写ってる」
ライラックの花弁は通常4枚だが、中には5枚のものがあり見つけると幸運だと言われている。
「おや、お客様はラッキーライラックを知っておられるんですね。実はこの写真を撮られた方がいらっしゃってるんですよ」
そう言ってマスターが教えてくれた先には、外の小窓から見た三人の姿があった。
「一番端に座っている男性が撮ってくれたものなんですよ」
私が座っている席の並びの一番遠い場所、そこには昼に見た顔があった。
嘘。こんなところでまた会っちゃった。
欲しいと思った食器をじいっと見ていた時に声を掛けられた時の人だった。その日のうちに、違う場所でまた会うなんてどんな偶然なんだろうか。
確か名前は---
「金井さん?」
だった筈。
告白する前に淡い気持ちが消え去った。明日からぎこちなく仕事をすることもなく、今までと同様ただの同僚として働くことが出来るんだから、これはこれで良かったと思えばいいのだろう。
それにしても、あんな考え方をする人だとは思わなかった。見た目が茶髪で明る性格に見えるから、社交的な人だと思っていた。仕事の教え方も丁寧だし、口調も柔らかく、同じことを聞いても嫌な顔なんてしなかったから。
仕事を離れると全然違っていた。
色んな考え方をする人がいて当然だけど、自由になる時間を自由に使えない、彼女と会う時間すらも面倒くさがるような人を好きでいることは出来ない。そう思った。
物悲しいのか、腹立たしいのか、自分の人を見る目が無かった事を悔やむべきなのか分からないまま、徒歩でいつも利用している駅へと向かって歩いていると、目に入った店名に足が止まった。
Bar Lilac
つくづく縁があるのだなと思った。
店名は今日、一目惚れをしたお皿に描かれていた花の名前と同じだった。縁を感じた私は実家の庭で、春先になると食器に描かれていた同じ紫色の花を咲かせるとともに、とてもいい香りがしていた記憶を思い起こした。
バー ライラック、か。
飲食店が並ぶ界隈に埋もれてしまいそうなの、小さい店で静かな佇まい。何度もこの道を通っていた筈なのに今日初めて気が付いた。店は白壁に重厚そうな木のドアがあり、その横には小さな窓があった。
店名に心が揺れ動いたので、私はその店に近寄って小さな窓から店内を覗いてみた。
ダウンライトに照らされた木目調の店内には、お父さんと同じ年代位のマスターと、仕事帰りらしいスーツを着た三人のお客さんの後姿が見えた。着ている服装からして2人が男性で、残る1人が女性だ。仲が良いのか、随分楽しそうに歓談しているみたいに見える。
そんなに長い時間覗いていた訳ではないが、私が覗いたことに気が付いたマスターがこちらへと向かってにこりと笑顔を浮かべた。
あー。どうしよう、気付かれてしまった・・・。
普段であればこんな時、くるりと背を向けて去っていく事が常なんだけど、何故か今日はそのまま去ろうとは思わなかった。
こういう敷居が高そうなバーのお店って、勇気がなくて1人で入ったことないけど、入ってみようかな。他に誰も居なければ絶対に躊躇しただろうけど、他にもお客さんがいるし、多分大丈夫だよね?
私は窓の位置から異動して、入り口のドアへと手を掛けた。昼の出来事がそうさせた。
少しだけドアの隙間を開けて恐々と覗き込んだ。すると先程と同じようにマスターの優しそうな笑みと落ち着いた雰囲気に誘われて、体を縮こまらせながらも店へとお邪魔した。
失恋したばかりで1人きりの誕生日を過ごす寂しさより、例え赤の他人でも誰かと同じ空間で過ごす時間を選んだ。
そう、鹿島さんには言わなかったけれど実は今日は私の誕生日だったのだ。
失恋した今となっては、言わなくて良かったと思うけど、好きだった気持ちは簡単に痛みが消えてはくれない。
せめてもの慰めにちょっとだけお酒の力を借り、ただ誰かと話をしたいなと思った。
空いているカウンター席に座り、マスターから飲み物を注文をどうしますか?と聞かれた。
アルコールは飲めることは飲めるのだが、そんなに強くないし、種類に詳しい訳でもない。なので正直に食事をしていないことと、カクテルに詳しくないので軽めの物でさっぱりしたものをお願いしますと伝えた。
「では、シーフードリゾットとスプモーニはいかがでしょう。スプモーニはグレープフルーツとトニックウォータの爽やかな甘みの中に、カンパリの苦みがあります。リゾットと相性はいいと思います」
「じゃあ、それをお願いします」
「畏まりました」
マスターが後ろを向き、料理を作ってくれてい間、私はカウンターに両肘をつきその上に顔を乗せてぼんやりと壁に掛かっている額縁に入れられている写真に見惚れていた。
店名にもなっている薄紫色のライラックの穂状の花房が写っている。
綺麗・・・。
全面に収められた花からは匂いすら漂ってきそうな程に美しく鮮やかに咲き誇っている姿が写っている。
「お待たせしました」
ぼうっとしている私の前にマスターから静かに声を掛けられ、カクテルが置かれた。
「写真がお気に召しましたでしょうか?」
「あ、はい。実家の庭にも毎年咲いていたものですから。それにしてもライラックの花、綺麗に撮れてますね。ふふっ、5枚の花弁も写ってる」
ライラックの花弁は通常4枚だが、中には5枚のものがあり見つけると幸運だと言われている。
「おや、お客様はラッキーライラックを知っておられるんですね。実はこの写真を撮られた方がいらっしゃってるんですよ」
そう言ってマスターが教えてくれた先には、外の小窓から見た三人の姿があった。
「一番端に座っている男性が撮ってくれたものなんですよ」
私が座っている席の並びの一番遠い場所、そこには昼に見た顔があった。
嘘。こんなところでまた会っちゃった。
欲しいと思った食器をじいっと見ていた時に声を掛けられた時の人だった。その日のうちに、違う場所でまた会うなんてどんな偶然なんだろうか。
確か名前は---
「金井さん?」
だった筈。
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