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本編

27 何度でも。

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 日曜日の昼下がり。
 昨日と同じく場所は宗司さん宅のソファの上。場所も同じなら、着ているスーツも、抱きかかえているクッションも同じだったりする。
 既視感ばりばりなのには訳がある。
「うーっっっ」
 何故こんなに唸っているのかと問われれば、宗司さんの両親に挨拶に行くことになったからである。
 遅めの朝ごはんというかお昼ご飯を昨日実家から貰ってきた野菜を使って食べていた所に、宗司さんのお母さんから電話が入ってきたことが発端だ。
 たまたま電話をしてきたお母さんに、宗司さんてば結婚を考えている人がいる。なーんて言っちゃってくれちゃって。
 そりゃあどんな人か親からすれば気になるってもんですよ。それは私にだって分かりますよ。
 2人とも午後から特に用事もなかったので、それじゃあ私を紹介するよってことになり、現在に至ってる、という具合。

 自分の両親ならいざ知らず、今から伺うのは宗司さんのご両親。気持ちにゆとりなんて持てるはずがない。突然の事に緊張感が半端なくのしかかっている。
 あー、胃が痛い気がするー。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だって。さっき電話で連絡した時も2人とも喜んでくれてたから。ほら、もっと気楽に。気楽に」
 昨日と同じ服装に着替え寝室から出てきた宗司さんは軽くそんなことを言う。宗司さんのスーツ姿に昨日はあれだけきゅんとした筈なのに、今日は全然だ。
 ああ、もう、憂鬱だー。

 機嫌を損ねている私をあやす為かソファに座っている私の隣に座った宗司さんは頭をよしよしと撫でてくれたけど。
「無理。緊張しないなんて絶対に無理。なんでいきなり今日なのー」
 確かに用事は無かったけど、午後からももう少し付き合いたての恋人らしくいちゃいちゃして過ごすのかなと思っていたのに。
 別にベッドの住人になる訳じゃなくて、一緒にテレビ見るとか、公園に手繋デートするとかを期待してたんだけどね。
 めそっとした私の鼻声を聞き、流石に宗司さんも申し訳ないと思ったらしい。
「ごめん。昨日環菜が俺のプロポーズ受け入れてくれたのが嬉しくて、つい親に言ってしまった。焦りすぎだって頭では分かってはいるんだけど、環菜の事に関してはどうも余裕が持てなくて。ほんと、俺の方がずっと年上なのに何やってんだかな、情けない」
 自己嫌悪に陥ったらしい宗司さんに少しだけ引き寄せられて私はぽすっとその懐に抱え込まれた。
 いつも完璧に仕事をしてる部分とか、私を求めて抱く行為の姿勢(たいど)だとか、宗司さんは年上だからずっと受け身でいるの当たり前だと思っていたけど、そうじゃないんだ。
 こうやって弱音を吐くのを受け止めることも出来るんだと気づくと、ほこっと胸が温かくなった気がした。
 そう思えたら機嫌を損ねていた筈が一転して、急にやる気スイッチが入った。そうだよ、昨日自分でプロポーズ受けたのに、何拗ねちゃってんのってコトだよね。
 よしっ、と気合を入れて気分を切り替え準備は終了。
 私はクッションを横へと追いやりソファから立ち上がると、宗司さんの手を引っ張った。
「宗司さん、行きましょう!ご両親を待たせてしまいます。ほら、早く」
「えっ?環菜、一体急にどうして?」
 拗ねていたはずの私がいきなり宗司さんのご両親に会うことに前向きになったので戸惑ってるみたい。
「男は度胸、女は愛嬌、坊主はお経だと言うけど」
「は?」
 ことわざを言い始めた私にくいくいと手を引っ張られて立ち上がった宗司さんは、訳が分からずきょとんとしている。
 新鮮だー。可愛いって言ったら怒るかな?
 こんな顔もするんだと思ったら、もっと色んな宗司さんも見て見たい、なーんて思ってしまった。
「私は愛嬌より度胸で行こうと思います」
「え?」
 胸を張って宣言などしてみる。
「つまり、昨日の私みたいに宗司さんに惚れ直されたいなと思いまして!」
 私の両親に挨拶をしてくれた時に私がもう一度宗司さんに恋に落ちたみたいに。
「え!?」
 その後、私の言葉に宗司さんはくしゃりと笑った。
「・・・もう何回惚れさせられたかなんて覚えられないくらいに溺れてるのに、環菜は俺を何回惚れさせれば気が済むの?今もそう」
 ええっ?と振り向こうとした環菜の頭上から影が差したかと思うと、やんわりと壁を背に付けられた。

 長いキスの後、ようやく2人はゆっくりとした足取りで玄関へと向かったのだった。

***

「おっはよー、環菜。ほんとに指輪が変わってる」
 月曜日の就業前、自分のデスクにバッグを片づけていた最中に椿が傍へやってきた。昨夜説明したことを確認しに来たらしい。

 実は昨夜宗司さんにアパートに送ってもらった時に椿には全部を話してもいいか聞いてみた。
 勿論。とすんなりとOKを貰ったので宗司さんが帰って行った後、椿に週末の出来事を説明するために電話をかけた。

 その昨夜。
 22時を過ぎようかとしていたけれど、椿には早めに伝えておきたかった。繋がらなかったら明日の昼にでも伝えようと思いながら環菜は携帯に椿の名前を表示させた。幸い数回のコールで相手が出た。
「ごめんね、椿、夜遅くに電話して。今、大丈夫?」
『うん、大丈夫だよ。どうしたの?』
「えーっとね、昨日の事なんだけどね。宗司さんと一緒に私の両親に挨拶に行ってね、今日は宗司さんの両親に挨拶に行ってね、来週には両家の顔合わせが決定となりました」
『はい?』
 そうだよね、吃驚仰天だよね。自分で言ってても現実味が薄いんだもん。
「それでこの間買ってもらった指輪はマリッジリングとして使うことになったから、今、刻印してもらってるんだけど、今は宗司さんから代わりに渡されたエンゲージリングを嵌めてるの」
『はあっ!?』
「ちょっ、椿、耳元でそんな大きな声出されると響いて耳が痛いんだけど」
 こんな話聞かされたら、まあ、出したくもなるよね、確かに。
『あ、ごめん、ごめん。ほんとにそんなに話が進んだの?』
 分かってくれた椿はすぐに声を小さくしてくれた。
「本当に進んだの。自分でも驚きなんだけど。でもってまだこれはオフレコだから誰にも言わないでね?」
『うん、何?』
「多分年内に挙式になると思う」
『・・・・・・』
 あれ、リアクションが返ってこない。驚きの声が聞こえてくるかと思って携帯からあらかじめ耳を離していたというのに。
「おーい。椿さーん、聞いてますかー」
『聞いてるわよっ!驚き過ぎて声が出なかっだけよっ』
「・・・ごめんなさい」
 あう。椿に怒られてしまった。
『でも、そっかー、結婚することを決めたんだ。・・・おめでとう、環菜』
「ありがと」
 友人からのお祝いの言葉がくすぐったく感じたのだった。
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