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それぞれの苦悩
この手に残るは夢か虚か ③
しおりを挟むフェリクスと別れ、エリスはあの裏山の洞窟へと向かっていた。
雪解け水でぬかるんだ獣道を一歩一歩踏みしめて進んでいく。西の空は茜色に染まり、遠くでは梟が物悲し気な声で鳴き始めていた。
村の者はとある噂から近づこうとしない。しかし一人静かに考えをまとめたい時などは、かえってそれが有難いとも言えた。
石が暗闇で光る様は美しく、それはあの頃と変わらない。少女時代ノアと二人で過ごしたあの時と全くと言ってよいほど。
「まだ早い、かな」
エリスが目的の場所につく頃には、天はその色を茜色から紺青色へ変えていた。
用意していたランプに灯をともせば、その光は薄暗い洞窟内を朧げに映し出す。目的地まではもうすぐだ。
ひんやりとした湿った空気が肌を包む。久しい感覚にエリスはほっと息を吐く。足取りが心なしか軽いのは、下り坂だからという理由だけではないはずだ。
外のあかりが届かなくなってから十数分。広かった道幅も今は大人二人が横に並べば塞がってしまう。ランプの灯に照らされた乳白色の岩壁も徐々に減り、次第に紫紺色のそれが多くなってきた。
エリスの靴先が地面の小石を蹴る。
転がったそれが奥の何かとぶつかり、ぱちりと弾けた。
「良かった……」
洞窟の最深部、目の前に広がる光景にエリスは感嘆と安堵の溜息を吐く。
そこはまるで夜空の神々を祭る神殿のようであった。
狭くでこぼこしていた道は開け、広場のような平らな空間の中央には岩が三つ並んでいる。ドーム状の天井は村一番の大木の枝の先よりも高い為、洞窟内だというのに窮屈さは感じられない。
三方を囲む岩壁には一面に無数の宝石が――否、『魔鉱石』と二人で名付けた石が――煌めいていた。
赤、黄、橙、青、緑、紫。一つ一つの光はおそらく手元を弱く照らす程度だ。しかし気圧されるほどの数がそれをこの世のものとは思えないような神秘的な世界へと変えている。
永遠と一瞬が、儚さと強かさが。ここには共に生きているみたいだ。記憶に残るあどけない少年が言っていた言葉を思い出す。
(すごく久しぶりに来た気がする。懐かしいな。一時期は毎日のように来てたっけ)
エリスは中央にある人間の腰程度の高さの岩の一つに近付き、腰を下ろした。
幼い頃はこの岩も随分大きく感じたものだ。一番高い岩を中心にノアと向かい合って座り、『魔鉱石』を並べれば勝負の始まりだ。
昔に倣ってエリスは足元で光る石を拾い、机代わりの岩の上に並べる。
赤、黄、青、赤、青。揺れる光は今もエリスの前を照らす。
(並べる石の数もノアと決めて。並べる色も残す色もその都度決めて……。今思えば随分といい加減なルールだったわ)
『魔鉱石』は、特定の色の『魔鉱石』と反応し合い、融合したり分離したり、時には消える。
例えば赤と黄の石を近づけると引き合い、あっという間に混じって橙の大きな石へと変わるし、緑と紫の石を近づけるとくっついた後、双方とも消えてしまう。それらは偶然ではなく、一通り規則性がある――ことに最初に気が付いたのはノアだ。
それを利用したのが【石消しゲーム】だった。色ごとに一手の移動範囲を決め、好きな石を交互に動かして、自分の陣地の石が早くなくなった方、または当初に決めた色と個数の石が残った方が勝ちという遊びだ。
最初に並べる石の色やそれぞれの個数は毎回二人で相談して決める。もうそこからが勝負だという事をエリスはノアが居なくなってから知った。
今は勝負をする相手もいない。不思議なこの石のように、消えてしまったからだ。しかし、ノアと別れてからもエリスは度々洞窟へこの遊びをしに来ていた。
時々思い出したようにふらりと。今日のように前を向くことに疲れてしまったときには必ず。
(ノアは元気かな。昔から身体が弱かったから無理してないと良いけど。噂のようにリゾルトのお姫様の元へ行くとしても身体は資本なのに)
『僕が病気になったときだけはうつらないように額に。元気な時は唇に。死ぬまで毎日君に口付けていい?』――不意に囁かれた甘い言葉を思い出す。真っ赤に染まった頬と、はにかむような笑顔、それに続く深い口付けまでも。思い出せば馬鹿みたいに胸が苦しくなり、顔が熱くなる。
「まったく、どうかしてるわ」
それは過去のノアなのか、現在のエリスなのか。おそらく両方だ。
噂に上がる隣国の姫の髪に似た炎のように紅い石をつまむ。そのまますぐ近くにあった、今は居ない幼馴染みの瞳と似た色の石へ近づけた。
「良いのよエリス。私はミニアムの歴史に残る治療院を建てる。絶対諦めない」
手元ではじけるような音とともに、二つの間に小さな稲妻が走る。刹那、すぐ後ろから懐かしい声がした。
「エリス、ちゃんと僕にも手伝わせてね」
記憶よりも少しだけ低くなった柔らかな声に、エリスの肩が揺れる。目を凝らし、洞窟内を見渡す。
(なんで? 今一瞬、ノアの声が。疲れてるのかし……)
そして振り向いた先、エリスは息を呑む。
「……‼」
やはり自分は疲れているのだ。そうでなかったら、目の前の光景の説明ができない。
「ただいま、エリス」
そこには三年前と同じ、赤いピアスを左耳に付けたノアが、頬を上気させ立っていた。
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