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恋か愛か、欲か願いか
恋か愛か、欲か願いか ②
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彼が言うには、悪魔研究に熱心な旧友の近くの村に希有な女がいるそうだ。
その至って何処にでもいるような女の元には、少なくとも二年近く、頻繁に素性の知れぬ複数の人物が通い詰めている。
全員に共通するのは辺鄙な村にはそぐわぬ立派な身なりだという事と、どうやら高価な宝飾品や金品を持ち込んでは金品ごと女に追い返され、数日から数週間で村から居なくなってしまう事。仕事の都合で訪れているらしいが、尋ねてもなんの仕事をしているのかは曖昧でよくわからない事。
そして幾人かの村人の証言によれば、多くは”翼に黒い蔦や稲妻のような何かが絡んでいる紋章”が刻まれた懐中時計を持っているらしい。
先日も一連の者だろうと思われる男が有能な魔術師を探すという仕事で村へとやってきて、屋敷まで購入して粘っているそうだ。
「つまり、ティーアの奴らなんだな?」
「はい。間違いなく。諜報から王女の恋文を届ける役まで、噂の王家の下僕たちです。調べたところ女の両親は貴族の生まれで父親はエクヴィルツ家の遠縁、母親はアメリア元王妃様の侍女をしていたようです」
「なんだと?」
「ええ、ええ。お察しの通り、女はカルロ殿下やジーニアス殿下と面識があるらしいのです。それに女の通っていた国立魔術女子大はカルロ殿下の通われた大学と交流会を持つなど、深い交流がありました。カルロ殿下が長年、とある元貴族令嬢に執心しているとの噂も掴んでおります。もちろん、その女である事は間違いないでしょう!」
エーミールが反応したのは別な理由からだが、結果的にバルトの話はエーミールの興味を強くひいた。
「しかもですね。最近その村に住み始めた使者らしき若い男が先日、花束と紙袋を持って屋敷へと訪れているのですが、今回は花束と紙袋とを置いていったようなのです。郵便屋は男が上機嫌で魔法院の事務局に宛てて手紙を書いていたと申してますし、『自分は運が良かった、大出世するかもしれない』と漏らした後、ハッとした様な顔をして『浮かれ過ぎていた』と妙に慌てていたそうです」
「魔法院? それは王立魔術師協会附属のか?」
意気揚々と話していたバルトにエーミールは掴みかかる。
バルトは瞳を瞬かせると、こくこくと首を縦に振った。
王立魔術師協会魔法院は、前王妃アメリアの古巣、国内屈指の魔法研究施設である。
施設内は最新魔法による厳重な警備が幾重にもひかれ、中で行われている研究の三分の一は重要研究の為にと経過や手法等が未公開となっている。
現在は第二王子のジーニアスの影響が強いと言われており、エーミールが目をつけていた施設でもあった。
(やはり魔法院が噛んでいたのか! いや、忌々しい王子達と言うべきか。だとすると、その稀有な女というのも……)
「捕らえろ」
「は、はい⁉」
口をあんぐりと開け、バルトはもう一度瞬きする。頭の悪い男だ、エーミールは悪態をつきたくなるのを必死で我慢し、欲深い部下に命令した。
「どんな手を使ってでも良い。その女と、ついでにその使者の男を捕まえろ」
「で、ですが確認もありますし、今後の為には懐柔した方が……」
「目的を違えるな。捕まえたらすぐに報せろ。誰が誘拐したかわからなければ、王子達も手を打てまい。その代わりお前が求めていた金を三倍に、明日にでも半分渡してやる」
「わかりました!」
バルト顔に浮かんだ喜色に、エーミールは満足げに笑った。
欲望を満たす為ならば他人の不幸も、自分の多少の不満もすぐに見捨てられる。浅はかだから目先の欲に飛びついてしまう。バルトはそんな男だ。
エーミールは実に人間らしく単純なバルトを信用してはいないが、心の底から嫌ってもいない。強いて言うならば、バルト含めて多くの事はエーミールにとってはどうでもいい事柄である。
バルトは「ではこれで」と足早に去って行く。『悪魔伯爵』だの『悪魔に取り憑かれた家』だの、根も葉もないくだらない噂を真に受けているのだろうか。
エーミールは鼻を鳴らした。
悪魔に取り憑かれたなど馬鹿馬鹿しいにも程がある。全ては遠い過去のもの。そう簡単に出会い、使役する魔法など無いと、かの魔法院も結果を出している。
「全く馬鹿な男だ」
エーミールは嘆息した。
一方、扉の外では、バルトが嘆息していた。
毎度訳の分からない理由で使用人のように使われるのならば、中央の貴族や侯爵家とのコネ作りに利用してやろう。フェルザーだけでなく、他の五家との縁も結んでおきたい。そんな魂胆は裏目に出てしまった。
少なくとも相手はあの有名なエクヴィルツ家の縁者。もし狙い通りに次期王の愛妾候補だとしたら、こんなにも利用価値のある女はいない。
エーミールの言う通りこちらが何者か知られないように拐かし、一切を悟られぬまま家に返したい。なんなら知らぬ振りをして助け、女に恩を売っておきたい。
エーミールの用意する大金はしっかり貰い、まずまずの関係も温存し、新たなコネや金づるも見つけられる方法はないものか。
「ううむ。頭が痛いわい」
バルトは数度首を振ると、別荘の玄関先からあさっての方向を仰ぎみた。
その至って何処にでもいるような女の元には、少なくとも二年近く、頻繁に素性の知れぬ複数の人物が通い詰めている。
全員に共通するのは辺鄙な村にはそぐわぬ立派な身なりだという事と、どうやら高価な宝飾品や金品を持ち込んでは金品ごと女に追い返され、数日から数週間で村から居なくなってしまう事。仕事の都合で訪れているらしいが、尋ねてもなんの仕事をしているのかは曖昧でよくわからない事。
そして幾人かの村人の証言によれば、多くは”翼に黒い蔦や稲妻のような何かが絡んでいる紋章”が刻まれた懐中時計を持っているらしい。
先日も一連の者だろうと思われる男が有能な魔術師を探すという仕事で村へとやってきて、屋敷まで購入して粘っているそうだ。
「つまり、ティーアの奴らなんだな?」
「はい。間違いなく。諜報から王女の恋文を届ける役まで、噂の王家の下僕たちです。調べたところ女の両親は貴族の生まれで父親はエクヴィルツ家の遠縁、母親はアメリア元王妃様の侍女をしていたようです」
「なんだと?」
「ええ、ええ。お察しの通り、女はカルロ殿下やジーニアス殿下と面識があるらしいのです。それに女の通っていた国立魔術女子大はカルロ殿下の通われた大学と交流会を持つなど、深い交流がありました。カルロ殿下が長年、とある元貴族令嬢に執心しているとの噂も掴んでおります。もちろん、その女である事は間違いないでしょう!」
エーミールが反応したのは別な理由からだが、結果的にバルトの話はエーミールの興味を強くひいた。
「しかもですね。最近その村に住み始めた使者らしき若い男が先日、花束と紙袋を持って屋敷へと訪れているのですが、今回は花束と紙袋とを置いていったようなのです。郵便屋は男が上機嫌で魔法院の事務局に宛てて手紙を書いていたと申してますし、『自分は運が良かった、大出世するかもしれない』と漏らした後、ハッとした様な顔をして『浮かれ過ぎていた』と妙に慌てていたそうです」
「魔法院? それは王立魔術師協会附属のか?」
意気揚々と話していたバルトにエーミールは掴みかかる。
バルトは瞳を瞬かせると、こくこくと首を縦に振った。
王立魔術師協会魔法院は、前王妃アメリアの古巣、国内屈指の魔法研究施設である。
施設内は最新魔法による厳重な警備が幾重にもひかれ、中で行われている研究の三分の一は重要研究の為にと経過や手法等が未公開となっている。
現在は第二王子のジーニアスの影響が強いと言われており、エーミールが目をつけていた施設でもあった。
(やはり魔法院が噛んでいたのか! いや、忌々しい王子達と言うべきか。だとすると、その稀有な女というのも……)
「捕らえろ」
「は、はい⁉」
口をあんぐりと開け、バルトはもう一度瞬きする。頭の悪い男だ、エーミールは悪態をつきたくなるのを必死で我慢し、欲深い部下に命令した。
「どんな手を使ってでも良い。その女と、ついでにその使者の男を捕まえろ」
「で、ですが確認もありますし、今後の為には懐柔した方が……」
「目的を違えるな。捕まえたらすぐに報せろ。誰が誘拐したかわからなければ、王子達も手を打てまい。その代わりお前が求めていた金を三倍に、明日にでも半分渡してやる」
「わかりました!」
バルト顔に浮かんだ喜色に、エーミールは満足げに笑った。
欲望を満たす為ならば他人の不幸も、自分の多少の不満もすぐに見捨てられる。浅はかだから目先の欲に飛びついてしまう。バルトはそんな男だ。
エーミールは実に人間らしく単純なバルトを信用してはいないが、心の底から嫌ってもいない。強いて言うならば、バルト含めて多くの事はエーミールにとってはどうでもいい事柄である。
バルトは「ではこれで」と足早に去って行く。『悪魔伯爵』だの『悪魔に取り憑かれた家』だの、根も葉もないくだらない噂を真に受けているのだろうか。
エーミールは鼻を鳴らした。
悪魔に取り憑かれたなど馬鹿馬鹿しいにも程がある。全ては遠い過去のもの。そう簡単に出会い、使役する魔法など無いと、かの魔法院も結果を出している。
「全く馬鹿な男だ」
エーミールは嘆息した。
一方、扉の外では、バルトが嘆息していた。
毎度訳の分からない理由で使用人のように使われるのならば、中央の貴族や侯爵家とのコネ作りに利用してやろう。フェルザーだけでなく、他の五家との縁も結んでおきたい。そんな魂胆は裏目に出てしまった。
少なくとも相手はあの有名なエクヴィルツ家の縁者。もし狙い通りに次期王の愛妾候補だとしたら、こんなにも利用価値のある女はいない。
エーミールの言う通りこちらが何者か知られないように拐かし、一切を悟られぬまま家に返したい。なんなら知らぬ振りをして助け、女に恩を売っておきたい。
エーミールの用意する大金はしっかり貰い、まずまずの関係も温存し、新たなコネや金づるも見つけられる方法はないものか。
「ううむ。頭が痛いわい」
バルトは数度首を振ると、別荘の玄関先からあさっての方向を仰ぎみた。
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