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恋か愛か、欲か願いか
恋か愛か、欲か願いか ①
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他方、王都。フェルザー家の屋敷で。当主のロッシェが四角い顔を顰めながら、エーミールの前の机上に複数のゴシップ誌を投げ捨てた。
「どういう事かわかるな?」
「さあ。有象無象がくだらない事を書き立てたところで、フェルザー家が何を恐れましょう?」
エーミールは率直に事実を述べる。
年の離れた腹違いの兄はエーミールにあまり似ていない。
四角くがっしりとした体躯のロッシェに対して、エーミールは背が高く、青白い細面と合わさってか骸骨のようだと言われている。
若い時分は女にちやほやされる事も珍しくなかったが、それも今はない。寡黙で時折朗らかな笑みを見せる美男子は、いつしか無愛想で時折世界を嘲笑うかのような笑みを浮かべる偏屈男になったからだ。
四十も半ば、魔術師仲間や魔法研究とも距離を置き、エーミールは未だ独り身。当然の如く、以前より更にも増してエーミールに『フェルザー家当主の弟』を求める人間は増えている。
ふてぶてしい弟の態度は兄の怒りを増幅させたらしい。
かさついた額に青筋を立てると、神経質そうな唇に皮肉げな笑みを浮かべながらエーミールを睨んだ。
「お前の悪趣味については口を挟まん。だが、フェルザーの名を汚す事はするな。今は特に大事な時期なのだ。フェルザーの命運がかかっている」
大切な時期だの家の命運だのくだらない、そう言いそうになるのを堪え、エーミールは「わかりました」と似た笑みを返す。
「……お前、まさかとは思うが、このくだらない噂を流したのはお前か?」
「なぜそんな事を! それこそフェルザーを良く思わない輩の差し金でしょう。兄上の醜聞となれば波風がたちすぎますが、至らぬ弟の噂ならばどうにでもなると高を括っての事ですよ」
エーミールはうそぶく。
実際、自分は噂を流してなどいないし、流す意味も無い。また噂を流した者の真意など知りようもない。
エーミールが家を貶めるならばもっと徹底的に貶める方法があるというのに、そんな簡単な事も兄はわからないらしい。
気付かれぬよう嘆息した。こんな些細な事で疑心暗鬼になる、見る目のない兄が当主だなど辟易する。
「もういい、」
下がれと顎をしゃくられ、エーミールは言われた通りに部屋から退出し、用の無くなった屋敷を出た。
この後にエーミールはまた、欲に目の眩んだ馬鹿を相手にしなければならない。
今では貴族だという見栄の象徴となった馬車からは王都の街並みが見える。
忌々しい城とそれらを囲む虫けらのような家々と人々。川沿いには最新式の魔動機関車が走り、大通りでは産業の発達を振りかざすような自動車が虫けらと乗合馬車の間を縫うように通っている。
空には排気と同じ灰色の雲がたちこめ、今にも雨が降り出しそうだ。
(やはり私を理解してくださるのは後にも先にもあの方だけ。早くあの方の全てを屋敷へと連れてこなければ)
憎き城の奥、霊廟に愛した人の遺体が全て無いことを既にエーミールはおさえている。今までに手に入れた遺体も本物かどうか、全て揃えて完成させるまではわからないのがもどかしい。
胸ポケットを探り、思い出の万年筆を取り出す。漆黒の軸に刻まれた、青の螺旋をまとう翼の紋章につい笑みが零れた。
美しく深い青の瞳に触れれば消えてしまいそうな淡い金の髪、学内でも一際目立つ白磁の肌、瞳と同じ幻想的な彩りを持つ魔力。
彼女は陳腐な表現をするならば、無秩序に乱れる世に誤って生まれてしまった女神そのものだった。
「あぁ……」
エーミールの唇から感嘆の声が漏れる。
全て手に入れ守り崇め、軽薄で薄汚いあの男の手から完全に解放せねば彼女は幸せになれない。
そしてそれが出来るのはこの世でただ一人、彼女が真に愛した自分だけ。あれは彼女を救う為の唯一の方法だったと今でもエーミールは信じて疑わない。
エーミールの義務はまだ終わっていない。
バラバラに散らばっている彼女を一つに作りかえるまでは、エーミールは死ぬに死ねないのだ。
「あの……それでいかがなさいますか?」
困惑する男の声にエーミールは現実に引き戻された。
自分がフェルザーの屋敷を出た後、馬車で郊外の別荘へと向かった事を思い出す。そこで今、エーミールはバルト伯爵と密談を行っているのだった。
「あぁ、噂の影響で仕事が滞っている、という話でしたね」
「とんでもない! エーミール卿のせいだなんて、私はこれっぽっちも思ってませんよ。ですがね。悪魔研究に理解のない奴らは益々、非協力的になりました。……ですから今後の為にも、殿下達の周りもそれとなく探ってみたら良いんじゃないかと思うんです」
「ほう……?」
「実はですね……」
バルトはエーミールの顔色を伺いながらも、彼なりの名案を話し出す。
「どういう事かわかるな?」
「さあ。有象無象がくだらない事を書き立てたところで、フェルザー家が何を恐れましょう?」
エーミールは率直に事実を述べる。
年の離れた腹違いの兄はエーミールにあまり似ていない。
四角くがっしりとした体躯のロッシェに対して、エーミールは背が高く、青白い細面と合わさってか骸骨のようだと言われている。
若い時分は女にちやほやされる事も珍しくなかったが、それも今はない。寡黙で時折朗らかな笑みを見せる美男子は、いつしか無愛想で時折世界を嘲笑うかのような笑みを浮かべる偏屈男になったからだ。
四十も半ば、魔術師仲間や魔法研究とも距離を置き、エーミールは未だ独り身。当然の如く、以前より更にも増してエーミールに『フェルザー家当主の弟』を求める人間は増えている。
ふてぶてしい弟の態度は兄の怒りを増幅させたらしい。
かさついた額に青筋を立てると、神経質そうな唇に皮肉げな笑みを浮かべながらエーミールを睨んだ。
「お前の悪趣味については口を挟まん。だが、フェルザーの名を汚す事はするな。今は特に大事な時期なのだ。フェルザーの命運がかかっている」
大切な時期だの家の命運だのくだらない、そう言いそうになるのを堪え、エーミールは「わかりました」と似た笑みを返す。
「……お前、まさかとは思うが、このくだらない噂を流したのはお前か?」
「なぜそんな事を! それこそフェルザーを良く思わない輩の差し金でしょう。兄上の醜聞となれば波風がたちすぎますが、至らぬ弟の噂ならばどうにでもなると高を括っての事ですよ」
エーミールはうそぶく。
実際、自分は噂を流してなどいないし、流す意味も無い。また噂を流した者の真意など知りようもない。
エーミールが家を貶めるならばもっと徹底的に貶める方法があるというのに、そんな簡単な事も兄はわからないらしい。
気付かれぬよう嘆息した。こんな些細な事で疑心暗鬼になる、見る目のない兄が当主だなど辟易する。
「もういい、」
下がれと顎をしゃくられ、エーミールは言われた通りに部屋から退出し、用の無くなった屋敷を出た。
この後にエーミールはまた、欲に目の眩んだ馬鹿を相手にしなければならない。
今では貴族だという見栄の象徴となった馬車からは王都の街並みが見える。
忌々しい城とそれらを囲む虫けらのような家々と人々。川沿いには最新式の魔動機関車が走り、大通りでは産業の発達を振りかざすような自動車が虫けらと乗合馬車の間を縫うように通っている。
空には排気と同じ灰色の雲がたちこめ、今にも雨が降り出しそうだ。
(やはり私を理解してくださるのは後にも先にもあの方だけ。早くあの方の全てを屋敷へと連れてこなければ)
憎き城の奥、霊廟に愛した人の遺体が全て無いことを既にエーミールはおさえている。今までに手に入れた遺体も本物かどうか、全て揃えて完成させるまではわからないのがもどかしい。
胸ポケットを探り、思い出の万年筆を取り出す。漆黒の軸に刻まれた、青の螺旋をまとう翼の紋章につい笑みが零れた。
美しく深い青の瞳に触れれば消えてしまいそうな淡い金の髪、学内でも一際目立つ白磁の肌、瞳と同じ幻想的な彩りを持つ魔力。
彼女は陳腐な表現をするならば、無秩序に乱れる世に誤って生まれてしまった女神そのものだった。
「あぁ……」
エーミールの唇から感嘆の声が漏れる。
全て手に入れ守り崇め、軽薄で薄汚いあの男の手から完全に解放せねば彼女は幸せになれない。
そしてそれが出来るのはこの世でただ一人、彼女が真に愛した自分だけ。あれは彼女を救う為の唯一の方法だったと今でもエーミールは信じて疑わない。
エーミールの義務はまだ終わっていない。
バラバラに散らばっている彼女を一つに作りかえるまでは、エーミールは死ぬに死ねないのだ。
「あの……それでいかがなさいますか?」
困惑する男の声にエーミールは現実に引き戻された。
自分がフェルザーの屋敷を出た後、馬車で郊外の別荘へと向かった事を思い出す。そこで今、エーミールはバルト伯爵と密談を行っているのだった。
「あぁ、噂の影響で仕事が滞っている、という話でしたね」
「とんでもない! エーミール卿のせいだなんて、私はこれっぽっちも思ってませんよ。ですがね。悪魔研究に理解のない奴らは益々、非協力的になりました。……ですから今後の為にも、殿下達の周りもそれとなく探ってみたら良いんじゃないかと思うんです」
「ほう……?」
「実はですね……」
バルトはエーミールの顔色を伺いながらも、彼なりの名案を話し出す。
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