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武人祭
クルトゥのギルド長
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「一ついいかしら?その詳細が本物だという証拠は?」
一人の女が席を立ち、そう言い放つ。
妖美な雰囲気を纏い、二十代に見えるその女はいやらしい笑みを浮かべる。
・・・・・・こいつもどっかで見た事あるな。
「ギルドカードの詳細は本人が直接申請するか、王がギルドに命令するかのどちらか・・・・・・しかしそれが偽造できないとは言えません。証明するのであれば、私たちの目の前でお作りいただかないと、ね?」
その女の笑いに同意するように、他の貴族もニヤニヤと笑う。
「いやしかし、アーリア殿」
また一人の太った貴族が口を開く。
アーリア・・・・・・リリス・アーリアか!という事は、こいつがリリスの母親か?
さすがとも言えるリリスよりも豊満な胸を下から腕組みで支えている女。大きさで言えばヘレナ並みじゃないか?
それにリリスのようなロールではないが、長い金髪の先端が緩やかにウェーブになっている。リリスが成長したらああなりそう、と感じるくらいには似ていた。
なんとなく重なる面影をジッと見つめていると、その女との視線が合い、ウィンクされた。
あいつからは他と違って敵意を感じないが・・・・・・なんだ?
「たとえ証明するためとは言え、我々全員がギルドに赴き、集まるわけにはいきませぬゆえ・・・・・・いやぁ、困りましたなぁ?」
最後に意地悪く歪んだ笑みを俺に向けてくる。
人の事は言えないが、人の神経を逆撫でするのが本当に上手いな、こいつらは・・・・・・
ルークさんの言っていた通り、結婚どころか俺を認めずになんとしてでも排除しようとする奴が一人二人だけじゃなく、多くいるようだ。少なくともここにいる貴族のほとんどが。
どうしたものか・・・・・・そう思っていると、ようやくここでルークさんが俺に話を振ってくる。
「アヤト君、君に何か妙案はないかな?発言を許そう」
優しげな表情でそう言ってくれるルークさん。
そうか、ここで俺に任せるか。
周囲を見渡し、ニヤついている貴族をそれぞれ一瞥する。
誰かに任せるのも嫌、自分で足を運ぶのも嫌。
こんなわがまま貴族たちを納得させるだけの手は・・・・・・まぁ、いつものアレしかないよな。
「ではルー・・・・・・ワンド王。これから俺・・・・・・私が隣街のギルドに足を運び、ギルドの職員数名とギルド長、そして詳細を発行させるための道具をこの場に呼び運ぶというのはどうでしょう?」
何回かは噛んだが、敬語っぽい言葉で話すのを成功させた。
俺の発言に周りの貴族たちが一気に騒ぎ始める。
「ギルド長と魔道具をここに寄越すだと!?出任せを吹くのも大概にしろよ!」
「そうです!ギルド長自身は多忙で一日だけでも席を開けるなど仕事に支障をきたしてしまいますし、ましてやただでさえ幾人もの冒険者が使う繊細な魔道具を移動させるなど・・・・・・どれだけの損害が出ると思っているのです!?」
さっきの女が反論するように叫ぶ・・・・・・が、俺から見ればそれはまるで演技のようで、白々しい。
ああ、なるほど、この人が・・・・・・?
ルークさんを見て目が合うと、目立たないよう口だけ笑った。
「問題はな・・・・・・ありません。これから貴族様方には証拠の紙を見ていただきますが、その前に私の力の一端を見てもらおうと思っています」
あくまで相手が上だと思わせるために、日頃見てきたノワールの動作を真似ながらそう言った。
「それはどういう・・・・・・?」
「まず、見ていただくためにはこの場にいる全員に、先程提案にありました『口封じの契約』をもう一枚サインしていただく必要があります。そうすれば私の力をお見せし、今日中に・・・・・・いえ、今すぐにでも事を終わらせますので」
すると、俺の言い方が相当気に入らなかったのか、少し体格のいい男が眉間に筋を浮かべ、席から立ち上がって俺の方へと近付いてきた。
そしてそのまま俺の襟首を掴むが・・・・・・
「貴様!我々を馬鹿にするのも大概にーー」
男はすぐに理解した。
この俺を掴んだ状態でそのまま壁に叩き付けようとしているにも関わらず、微動だにしない事に。
男の表情から怒りが一気に失われ、唖然とした顔になる。
俺はその男の事など気にせず、ルークさんに顔を向けた。
「ワンド王、その契約書は今ここに?」
「ああ、もちろん。準備は整えておる」
そう言ってルークさんは懐から数十枚の紙と、仰々しく飾りが付けられた鞘に収まっているナイフを一本取り出した。
この用意周到さ・・・・・・ミランダの父親といい、リリスの母親といい・・・・・・元からグルだったな、こいつら?
そこからは俺の実力を少しでも理解してくれた体格のいい男が一番に契約書へ署名し、次にリリスの母親が署名。
その二人を見た他の貴族たちも次々と書き込み、全員が俺のギルドカードに関するものと、空間魔術に関する口外を禁止するものの二枚ずつに署名した。
最後に少しでも名前に偽りがないかをルークさんが確認する。
「・・・・・・たしかに確認した。では任せたぞ、アヤト君・・・・・・ああ、もう話し方はいつも通りで構わんよ」
「そうか?あーあ、疲れた!」
俺はそう言って『んぐぁー』と奇声を発しながら背伸びをする。
その豹変に貴族たちがポカンと口を開けて唖然とする。
「なんだそれは・・・・・・なんなんだそれはぁっ!?」
さっきの体格のいい男が激怒して叫ぶ。
他の奴らも同調するように、怒りで表情を歪ませる。
「まさか俺たちを騙したとでも言うのか、王っ!」
たしかに、契約させた瞬間にコロッと態度を変えられればそう思うのも仕方がないか。
「おいおい、さすがに根拠もないのにそう言うのは、いくら貴族でも不敬ってやつなんじゃないか?」
「貴様っ、貴様はぁ・・・・・・!」
まるで親の仇でも目にしたかのような顔である。俺が何か言っても火に油なだけかな?
しかしこれ以上無駄に叫ぶ様子もないので、俺は言葉を続ける。
「まぁ、待ってくれって。俺もルークさんもあんたらを騙してなんかいないさ。ただ、俺はこれがいつもの態度ってだけだから・・・・・・証明はちゃんとしてやるさ」
そう言って誰かが何かを言い出す前に、出入り口の方に裂け目を作る。
行先はもちろん学園の隣街、クルトゥの近くである。
そうしてもう一度振り返ると、メア以外の全員が驚いてしまっていて、太った貴族なんて椅子から転げ落ちていた。
ルークさんにすら見せていない空間魔術に、本人は心臓が止まった時のような顔をしていた・・・・・・いや、そのまま本当に心臓が止まらないでくれよ?
「なんだ、それは・・・・・・!?」
「それじゃあ、ちょいと行ってくるぜ」
体格のいい男の疑問を無視し、その裂け目をくぐる。
さて、今度はあの受付嬢どもをどうやって連れてくるかを考えるか。
ーーーー
ギルドに入ると、いつもの見知った顔が受け付けに立っていた。
「あ、アヤトさん!」
パッと表情を輝かせる幼めな少女。見た目に似合わず、俺より年上なのだと。
他にも俺の事を旦那だなんだと慕ってくれている冒険者たちが迎えてくれる。
「今日はどんな要件ですかい?」
「ちょっと!なんで私のセリフ取っちゃうんですか!?」
丁度受け付けにいた世紀末の覇者風の大男と少女がそんなやり取りをする。カイトたちを冒険者にした時の騒動から、かなり打ち解けたようだ。
「ちょっとギルド長に用があるんだが、いるか?」
「え・・・・・・アヤトさんがギルド長に・・・・・・?」
少女の信じられないという表情と同時に、冒険者たちからざわめきが聞こえる。
「な、何か大事件ですかい、旦那!?」
そう言って心配そうな表情をする覇者男。
他の冒険者たちも聞き耳を立てるどころか、こっちをガン見している。
俺がギルド長に会いたいと思うのがそんなに大事になるのか・・・・・・いや、それともそれだけギルド長に会うというのは重大な要件でないと難しいのか?
「あー・・・・・・まぁ、大事件っちゃ大事件だな。ただ、これはプライベートな話だから、お前らは気にしなくてもーー」
「何イィィィッ!」
俺の言葉を遮って覇者男が叫ぶ。あ、嫌な予感がする。
「旦那が・・・・・・あの旦那が大事件と言ってしまう案件だと!?」
「よく『案件』なんて言葉知ってるな。お前、頭悪そうなのに」
もはや悪口を言ったところでどうせ聞こえてない。
男の焦りは伝染し、冒険者たちの中で騒ぎ始め、果ては受付嬢が奥の部屋へと駆け込んでしまった。
「魔物か?」
「ばっか、お前・・・・・・超級でさえ相手にならないアヤトさんが大事件つってんだぞ!?もっとこう・・・・・・伝説級とか!」
「伝説級数体・・・・・・それか神話級が現れたのか!?」
「だったら冒険者をもっと集めろ!こんな数じゃアヤト様の足でまといにしかならねえ!」
やいのやいのとどんどん話が大きくなっていき、正直ここで止めに入るのすら面倒になっていた。
受け付けのテーブルに寄りかかっていると、もう一人が受け付けにやってきた。
大人びた風貌、さっきの少女が先輩と呼ぶ女だ。
「・・・・・・これは何の騒ぎですか?」
ボーッとしてる俺にそう聞いてきた。
「ただのバカ共の勘違い」
「原因はあなたですか?」
「・・・・・・非常に遺憾ながら」
政治家のような言い回しをしつつ肯定。
女が大きく溜め息すると、少女が消えていった奥から別の女が出てきた。
鋭い目付きに俺とあまり変わらない背丈に、少し多めの黒く長いロングヘアー。
そして片目の下に引っ掻き傷を負ったその女は、重い雰囲気を纏い立ち尽くす。
片手には鞘に収まった剣らしきを持ち、その剣を地面に勢いよく突き立てる。
すると軽い地鳴りが起き、その場にいるほとんどの者がバランスを崩して尻もちを突いてしまう。
立っているのは地鳴りを起こした本人と俺くらいだ。
女のたっている姿は凛々しいというよりも力強く猛々しく、軍服や葉巻が似合いそうだった。
「やかましいぞ、貴様ら・・・・・・近所迷惑だろうが!騒ぐなら他所で騒げ、この馬鹿どもがっ!」
ドスの効いた声が響き、俺を含めた全員が耳を塞ぐ。
あんたの声もかなり近所迷惑なんじゃないか・・・・・・?
「ったく、人がせっかく仕事が一段落着いてゆっくりしようとしてるところに・・・・・・一体何の騒ぎだ?」
二言目はさすがに声量も抑えられていた。
後ろではさっき奥に消えた少女がパタリと倒れ込んでいたが、気絶させた本人はその少女を気にする事なく俺の方へと歩み寄ってきた。
「お前がアヤトだな?」
俺の前で立ち止まり、そう聞いてきた女。
「ああ、そうだ。あんたがここのギルド長か?」
「当たりだ。アリス・ワランという」
女の名乗りに眉をひそめた。
「アリス・イン・ワンダーランド?」
「一体、何をどう聞いたらそうなる?『アリス・ワラン』だ!」
アリスはそう言って俺の襟首を掴んで引き寄せ、一層強調させた口調で名乗る。
うわっ、酒臭・・・・・・こいつ、さっきゆっくりしようとしたって言っていたのは、酒を飲んでた事だったのか。
っていうか、二つ名前があるって事は、こいつも貴族か?
「それはともかく、お前に聞こう。この騒ぎはなんだ?」
「あの人がやりましたー」
アリスの脅しのような眼光で質問され、覇者男を指差してすぐに白状した。
覇者男は『俺?』と自分を指差し、他の奴らはそそくさとその男から離れていってしまった。
売られた、なんて思うなよ?元々お前の勘違いで起きた話なんだから。
しかしアリスはそう思っていないらしく、俺の襟首を一向に離そうとしない。
「ではそこで気絶してる受付娘が言っていた事は?お前が大事件を抱えてきたと言っていたぞ?」
そう言って気絶してる少女を一瞥するアリス。気付いてたんなら助けてやれよ・・・・・・
「ああ、そうだな。俺の言い方が悪かったーー」
「む・・・・・・」
俺の襟首を掴んでいるアリスの腕を掴み、無理矢理離させてもらう。
アリスは何か意外そうな顔をしていたが、気にせず冒険者たちの方を振り向く。
「あいつだけじゃなく、そこの美人さん以外のここにいる奴ら全員が勘違いしたんだ」
そう言うと、冒険者全員が俺を見て唖然とする。
俺が適当に美人さんと言った受付嬢の女は少し頬を染めていた。
「勘、違い・・・・・・?だけどアヤトさんは大事件だって・・・・・・」
冒険者の中の一人がその言葉を口にする。
俺はそれに呆れて溜め息を吐きながら答えた。
「お前らが話を聞かなかっただけで、俺はちゃんとプライベートだって言ったぞ。しかも『お前らには関係ない』って。なのにお前らときたら伝説級とか神話級の魔物が現れたのだのと・・・・・・」
「なるほど、理解した。単にこいつらがバカなだけだったわけだ」
アリスが俺と同じく溜め息を吐く。
すると今度は襟首ではなく、俺の手を握るアリス。
「しかしお前が私を呼んだのは事実だろう?私の部屋まで来い、話はそこでしようじゃないか」
そこでなぜかアリスの声色が色気のあるものに変り、俺の手に指を絡めてきて、そのまま奥の部屋へと連れて行かれる。
なんだか変な奴しかいないなーと思いつつ、話があるのには違いなかったので、大人しく付いて行く事にした。
一人の女が席を立ち、そう言い放つ。
妖美な雰囲気を纏い、二十代に見えるその女はいやらしい笑みを浮かべる。
・・・・・・こいつもどっかで見た事あるな。
「ギルドカードの詳細は本人が直接申請するか、王がギルドに命令するかのどちらか・・・・・・しかしそれが偽造できないとは言えません。証明するのであれば、私たちの目の前でお作りいただかないと、ね?」
その女の笑いに同意するように、他の貴族もニヤニヤと笑う。
「いやしかし、アーリア殿」
また一人の太った貴族が口を開く。
アーリア・・・・・・リリス・アーリアか!という事は、こいつがリリスの母親か?
さすがとも言えるリリスよりも豊満な胸を下から腕組みで支えている女。大きさで言えばヘレナ並みじゃないか?
それにリリスのようなロールではないが、長い金髪の先端が緩やかにウェーブになっている。リリスが成長したらああなりそう、と感じるくらいには似ていた。
なんとなく重なる面影をジッと見つめていると、その女との視線が合い、ウィンクされた。
あいつからは他と違って敵意を感じないが・・・・・・なんだ?
「たとえ証明するためとは言え、我々全員がギルドに赴き、集まるわけにはいきませぬゆえ・・・・・・いやぁ、困りましたなぁ?」
最後に意地悪く歪んだ笑みを俺に向けてくる。
人の事は言えないが、人の神経を逆撫でするのが本当に上手いな、こいつらは・・・・・・
ルークさんの言っていた通り、結婚どころか俺を認めずになんとしてでも排除しようとする奴が一人二人だけじゃなく、多くいるようだ。少なくともここにいる貴族のほとんどが。
どうしたものか・・・・・・そう思っていると、ようやくここでルークさんが俺に話を振ってくる。
「アヤト君、君に何か妙案はないかな?発言を許そう」
優しげな表情でそう言ってくれるルークさん。
そうか、ここで俺に任せるか。
周囲を見渡し、ニヤついている貴族をそれぞれ一瞥する。
誰かに任せるのも嫌、自分で足を運ぶのも嫌。
こんなわがまま貴族たちを納得させるだけの手は・・・・・・まぁ、いつものアレしかないよな。
「ではルー・・・・・・ワンド王。これから俺・・・・・・私が隣街のギルドに足を運び、ギルドの職員数名とギルド長、そして詳細を発行させるための道具をこの場に呼び運ぶというのはどうでしょう?」
何回かは噛んだが、敬語っぽい言葉で話すのを成功させた。
俺の発言に周りの貴族たちが一気に騒ぎ始める。
「ギルド長と魔道具をここに寄越すだと!?出任せを吹くのも大概にしろよ!」
「そうです!ギルド長自身は多忙で一日だけでも席を開けるなど仕事に支障をきたしてしまいますし、ましてやただでさえ幾人もの冒険者が使う繊細な魔道具を移動させるなど・・・・・・どれだけの損害が出ると思っているのです!?」
さっきの女が反論するように叫ぶ・・・・・・が、俺から見ればそれはまるで演技のようで、白々しい。
ああ、なるほど、この人が・・・・・・?
ルークさんを見て目が合うと、目立たないよう口だけ笑った。
「問題はな・・・・・・ありません。これから貴族様方には証拠の紙を見ていただきますが、その前に私の力の一端を見てもらおうと思っています」
あくまで相手が上だと思わせるために、日頃見てきたノワールの動作を真似ながらそう言った。
「それはどういう・・・・・・?」
「まず、見ていただくためにはこの場にいる全員に、先程提案にありました『口封じの契約』をもう一枚サインしていただく必要があります。そうすれば私の力をお見せし、今日中に・・・・・・いえ、今すぐにでも事を終わらせますので」
すると、俺の言い方が相当気に入らなかったのか、少し体格のいい男が眉間に筋を浮かべ、席から立ち上がって俺の方へと近付いてきた。
そしてそのまま俺の襟首を掴むが・・・・・・
「貴様!我々を馬鹿にするのも大概にーー」
男はすぐに理解した。
この俺を掴んだ状態でそのまま壁に叩き付けようとしているにも関わらず、微動だにしない事に。
男の表情から怒りが一気に失われ、唖然とした顔になる。
俺はその男の事など気にせず、ルークさんに顔を向けた。
「ワンド王、その契約書は今ここに?」
「ああ、もちろん。準備は整えておる」
そう言ってルークさんは懐から数十枚の紙と、仰々しく飾りが付けられた鞘に収まっているナイフを一本取り出した。
この用意周到さ・・・・・・ミランダの父親といい、リリスの母親といい・・・・・・元からグルだったな、こいつら?
そこからは俺の実力を少しでも理解してくれた体格のいい男が一番に契約書へ署名し、次にリリスの母親が署名。
その二人を見た他の貴族たちも次々と書き込み、全員が俺のギルドカードに関するものと、空間魔術に関する口外を禁止するものの二枚ずつに署名した。
最後に少しでも名前に偽りがないかをルークさんが確認する。
「・・・・・・たしかに確認した。では任せたぞ、アヤト君・・・・・・ああ、もう話し方はいつも通りで構わんよ」
「そうか?あーあ、疲れた!」
俺はそう言って『んぐぁー』と奇声を発しながら背伸びをする。
その豹変に貴族たちがポカンと口を開けて唖然とする。
「なんだそれは・・・・・・なんなんだそれはぁっ!?」
さっきの体格のいい男が激怒して叫ぶ。
他の奴らも同調するように、怒りで表情を歪ませる。
「まさか俺たちを騙したとでも言うのか、王っ!」
たしかに、契約させた瞬間にコロッと態度を変えられればそう思うのも仕方がないか。
「おいおい、さすがに根拠もないのにそう言うのは、いくら貴族でも不敬ってやつなんじゃないか?」
「貴様っ、貴様はぁ・・・・・・!」
まるで親の仇でも目にしたかのような顔である。俺が何か言っても火に油なだけかな?
しかしこれ以上無駄に叫ぶ様子もないので、俺は言葉を続ける。
「まぁ、待ってくれって。俺もルークさんもあんたらを騙してなんかいないさ。ただ、俺はこれがいつもの態度ってだけだから・・・・・・証明はちゃんとしてやるさ」
そう言って誰かが何かを言い出す前に、出入り口の方に裂け目を作る。
行先はもちろん学園の隣街、クルトゥの近くである。
そうしてもう一度振り返ると、メア以外の全員が驚いてしまっていて、太った貴族なんて椅子から転げ落ちていた。
ルークさんにすら見せていない空間魔術に、本人は心臓が止まった時のような顔をしていた・・・・・・いや、そのまま本当に心臓が止まらないでくれよ?
「なんだ、それは・・・・・・!?」
「それじゃあ、ちょいと行ってくるぜ」
体格のいい男の疑問を無視し、その裂け目をくぐる。
さて、今度はあの受付嬢どもをどうやって連れてくるかを考えるか。
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ギルドに入ると、いつもの見知った顔が受け付けに立っていた。
「あ、アヤトさん!」
パッと表情を輝かせる幼めな少女。見た目に似合わず、俺より年上なのだと。
他にも俺の事を旦那だなんだと慕ってくれている冒険者たちが迎えてくれる。
「今日はどんな要件ですかい?」
「ちょっと!なんで私のセリフ取っちゃうんですか!?」
丁度受け付けにいた世紀末の覇者風の大男と少女がそんなやり取りをする。カイトたちを冒険者にした時の騒動から、かなり打ち解けたようだ。
「ちょっとギルド長に用があるんだが、いるか?」
「え・・・・・・アヤトさんがギルド長に・・・・・・?」
少女の信じられないという表情と同時に、冒険者たちからざわめきが聞こえる。
「な、何か大事件ですかい、旦那!?」
そう言って心配そうな表情をする覇者男。
他の冒険者たちも聞き耳を立てるどころか、こっちをガン見している。
俺がギルド長に会いたいと思うのがそんなに大事になるのか・・・・・・いや、それともそれだけギルド長に会うというのは重大な要件でないと難しいのか?
「あー・・・・・・まぁ、大事件っちゃ大事件だな。ただ、これはプライベートな話だから、お前らは気にしなくてもーー」
「何イィィィッ!」
俺の言葉を遮って覇者男が叫ぶ。あ、嫌な予感がする。
「旦那が・・・・・・あの旦那が大事件と言ってしまう案件だと!?」
「よく『案件』なんて言葉知ってるな。お前、頭悪そうなのに」
もはや悪口を言ったところでどうせ聞こえてない。
男の焦りは伝染し、冒険者たちの中で騒ぎ始め、果ては受付嬢が奥の部屋へと駆け込んでしまった。
「魔物か?」
「ばっか、お前・・・・・・超級でさえ相手にならないアヤトさんが大事件つってんだぞ!?もっとこう・・・・・・伝説級とか!」
「伝説級数体・・・・・・それか神話級が現れたのか!?」
「だったら冒険者をもっと集めろ!こんな数じゃアヤト様の足でまといにしかならねえ!」
やいのやいのとどんどん話が大きくなっていき、正直ここで止めに入るのすら面倒になっていた。
受け付けのテーブルに寄りかかっていると、もう一人が受け付けにやってきた。
大人びた風貌、さっきの少女が先輩と呼ぶ女だ。
「・・・・・・これは何の騒ぎですか?」
ボーッとしてる俺にそう聞いてきた。
「ただのバカ共の勘違い」
「原因はあなたですか?」
「・・・・・・非常に遺憾ながら」
政治家のような言い回しをしつつ肯定。
女が大きく溜め息すると、少女が消えていった奥から別の女が出てきた。
鋭い目付きに俺とあまり変わらない背丈に、少し多めの黒く長いロングヘアー。
そして片目の下に引っ掻き傷を負ったその女は、重い雰囲気を纏い立ち尽くす。
片手には鞘に収まった剣らしきを持ち、その剣を地面に勢いよく突き立てる。
すると軽い地鳴りが起き、その場にいるほとんどの者がバランスを崩して尻もちを突いてしまう。
立っているのは地鳴りを起こした本人と俺くらいだ。
女のたっている姿は凛々しいというよりも力強く猛々しく、軍服や葉巻が似合いそうだった。
「やかましいぞ、貴様ら・・・・・・近所迷惑だろうが!騒ぐなら他所で騒げ、この馬鹿どもがっ!」
ドスの効いた声が響き、俺を含めた全員が耳を塞ぐ。
あんたの声もかなり近所迷惑なんじゃないか・・・・・・?
「ったく、人がせっかく仕事が一段落着いてゆっくりしようとしてるところに・・・・・・一体何の騒ぎだ?」
二言目はさすがに声量も抑えられていた。
後ろではさっき奥に消えた少女がパタリと倒れ込んでいたが、気絶させた本人はその少女を気にする事なく俺の方へと歩み寄ってきた。
「お前がアヤトだな?」
俺の前で立ち止まり、そう聞いてきた女。
「ああ、そうだ。あんたがここのギルド長か?」
「当たりだ。アリス・ワランという」
女の名乗りに眉をひそめた。
「アリス・イン・ワンダーランド?」
「一体、何をどう聞いたらそうなる?『アリス・ワラン』だ!」
アリスはそう言って俺の襟首を掴んで引き寄せ、一層強調させた口調で名乗る。
うわっ、酒臭・・・・・・こいつ、さっきゆっくりしようとしたって言っていたのは、酒を飲んでた事だったのか。
っていうか、二つ名前があるって事は、こいつも貴族か?
「それはともかく、お前に聞こう。この騒ぎはなんだ?」
「あの人がやりましたー」
アリスの脅しのような眼光で質問され、覇者男を指差してすぐに白状した。
覇者男は『俺?』と自分を指差し、他の奴らはそそくさとその男から離れていってしまった。
売られた、なんて思うなよ?元々お前の勘違いで起きた話なんだから。
しかしアリスはそう思っていないらしく、俺の襟首を一向に離そうとしない。
「ではそこで気絶してる受付娘が言っていた事は?お前が大事件を抱えてきたと言っていたぞ?」
そう言って気絶してる少女を一瞥するアリス。気付いてたんなら助けてやれよ・・・・・・
「ああ、そうだな。俺の言い方が悪かったーー」
「む・・・・・・」
俺の襟首を掴んでいるアリスの腕を掴み、無理矢理離させてもらう。
アリスは何か意外そうな顔をしていたが、気にせず冒険者たちの方を振り向く。
「あいつだけじゃなく、そこの美人さん以外のここにいる奴ら全員が勘違いしたんだ」
そう言うと、冒険者全員が俺を見て唖然とする。
俺が適当に美人さんと言った受付嬢の女は少し頬を染めていた。
「勘、違い・・・・・・?だけどアヤトさんは大事件だって・・・・・・」
冒険者の中の一人がその言葉を口にする。
俺はそれに呆れて溜め息を吐きながら答えた。
「お前らが話を聞かなかっただけで、俺はちゃんとプライベートだって言ったぞ。しかも『お前らには関係ない』って。なのにお前らときたら伝説級とか神話級の魔物が現れたのだのと・・・・・・」
「なるほど、理解した。単にこいつらがバカなだけだったわけだ」
アリスが俺と同じく溜め息を吐く。
すると今度は襟首ではなく、俺の手を握るアリス。
「しかしお前が私を呼んだのは事実だろう?私の部屋まで来い、話はそこでしようじゃないか」
そこでなぜかアリスの声色が色気のあるものに変り、俺の手に指を絡めてきて、そのまま奥の部屋へと連れて行かれる。
なんだか変な奴しかいないなーと思いつつ、話があるのには違いなかったので、大人しく付いて行く事にした。
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「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
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