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ex 飲み会
しおりを挟むアヤトたちが人間の大陸から離れてから数時間後、ルビアは学園に戻り、自室で背丈に合わない机に向かい、重ねられている書類に目を通していた。
そして書類を置いてペンを軽く走らせると、椅子にぐったりと寄り掛かり、大きな欠伸をする。
「はぁ~・・・はふぅ・・・」
「随分お疲れの様じゃないか?ルビア学園長」
ルビアが声のする方を見ると、部屋の扉の前にミランダが佇んでいた。
その姿はいつもの甲冑姿ではなく、白い服の上に紺色のジャケットを羽織り、黒いスラっとしたズボンを履いている。
「ミラじゃないか。・・・いくら君が僕の友人でも、扉をノックぐらいする礼儀はわきまえてほしいかな?」
「二回もしたのに気付かなかったのは貴女だ。仕事に集中し過ぎだぞ」
ミランダは優しい声色でそう言って微笑んだ。
そして扉を閉め、ルビアの机の前まで行く。
「そっか、ごめんごめん。だけど、わざわざ君が学園に来るなんて、何かあったのかい?」
「何、ルビアが私との約束を忘れていないか、確認しに来たのさ」
「約束・・・?」
ミランダの言葉にルビアは首を傾げる。
「おいおい、まさか本当に忘れていたのか?今日から少し遠出して飲みに行こうと言ったじゃないか」
「あ・・・あぁ!あ、あれー?今日からだったっけ?」
誤魔化すように引きつった笑いを浮かべるルビアに対し、ミランダは溜息を吐く。
「確認しに来て正解だったか・・・。全く、ルビアは相変わらずの仕事人間だな」
「脳筋の君には言われたくないんだけどね・・・。まぁ、そんな事より、丁度今区切りが付いたところだから、すぐに身支度するよ」
「そうしてくれ。・・・ってルビア?」
すぐに身支度すると言ったルビアが言葉通りその場で服を脱ぎ始める。
「ん?なんだい?」
「何故ここで脱ぎ始める?」
「え?じゃないと着替えられないじゃないか?この格好で行くわけにもいかないしね」
「・・・まさか、着替えを全てこの部屋に持ち込んでいるのか?」
「そうだけど・・・何か問題あるかい?」
むしろ問題しかない。そう心の中で呟くミランダ。
「前からズボラだとは思っていたが、ここまでとは・・・」
「ズボラとは失敬な。いくらなんでもそこまで酷くはないよ?」
「それじゃあ、自宅に戻ったのはいつ?」
「・・・・・・あ」
「いや、分かった。もう分かったから」
長い沈黙の後、ルビアが口を開こうとしたのをミランダが遮る。
「まだ何も言ってないじゃないか」
頬を膨らませ、拗ねるルビア。
その子供のような仕草に、ミランダはやれやれと言って苦笑いを浮かべる。
「どうせ食事も面倒だからと学食で済ませているのだろう?」
「そっちは流石に問題ないだろ?おばちゃんたちが考えてくれる献立は完璧だからな!」
フフンと何故か自分の事のように自慢げに、唯一の取り柄である胸を張るルビア。
「そんな事だから男が言い寄って来る以前の問題なんだ」
指摘され、ルビアの肩がビクリと跳ねる。
「なっ!?・・・そんな事は・・・筈は・・・!」
「愕然としているところ悪いが、さっさと着替えてくれ。こうやって会話をしているとはいえ・・・暇だ」
「そんな急かさないでくれって。あと少し、化粧をさせてくれ」
そんなルビアの言葉に、ミランダは目を目を丸くして驚く。
「・・・私たち二人だけだぞ?見合いのように相手がいないのに何故?」
「・・・こうでもしないと酒を口にするどころか、店にすら入れてもらえない事もあったんだ・・・」
「・・・・・・そうか」
「・・・そんな哀れな目で見ないでくれ」
ミランダはそれ以上は何も言うまいと口を閉じ、静かにルビアの手慣れた化粧姿を見据えた。
ーーーー
生徒たちが長い休みに入り、早めに片付けなくてはならない書類を済ませたルビアと、ワンド王から「何故か」長期休暇を再び言い付けられたミランダ。
お互いが長い休暇を得たと言う事で、二人は少し遠方にある街に出掛ける事となっていた。
「と、言う事で行き先は「レウタラ」でいっかな?」
身支度が整い学園の外に出ると、ルビアがクルリと振り返りミランダに問う。
いつもの地味な黒い教師の服から白いワンピースを着たルビアは、化粧も合わさり少し大人びた感じになっている。
・・・あくまで幼女から少女へ変わったくらいだが。
「あぁ、私もそれで構わないが・・・移動は適当に馬車を誂えるか?」
「チッチッチッ。僕はかの有名な大魔法使いだよ?近所のおばちゃんからは「ルビアちゃんが冷蔵庫の魔力回路を見てくれたおかげでまた使えるようになったわ!あ、飴ちゃんいる?」と言われる程だよ!?」
最後完全に子供扱いされてるじゃないか、という言葉が喉から出掛かったミランダだが、敢えてその言葉を飲み込む。
「まぁ、それはそれとして。そんじょそこらの馬車じゃ日が暮れちゃうじゃん?いや、もう暮れかけてるけど・・・。だから「この子」が僕たちを乗せてってくれるよ」
そう言ってルビアが地面に手を置くと魔法陣が浮かび上がり、そこから巨大な青い馬が出て来る。
額には長い一本角、異常に発達した前後の脚、赤く光る目。
明らかに普通ではない馬の登場に思わず後ずさるミランダ。
「・・・ッ!?コイツは・・・魔物!?」
「あ、君はまだ知らなかったっけ?最近この学園では魔物や動物を召喚する授業を始めたんだよ。これがその成果!召喚に成功して契約を結んだ生物を、再召喚して呼び出す事ができるんだ!・・・ちなみにこの子はブラディラスって種族なんだけど、僕はラスティって呼んでるんだ。仲良くしてあげてね」
ルビアがそう言うと、ラスティが軽くお辞儀する。
「驚いたな・・・まさか魔物を使役するとは・・・」
「使役・・・とはちょっと違うかな?「契約を結んで私と仲良くしましょう」って感じで、主従関係があるわけじゃないから」
「ッ!?それは危険なんじゃないのか!?」
「まぁ、少し。だけど、最初に召喚した時のリスクを除けば、契約者である私たちが相手を傷付けて嫌われでもしない限り、寝首を掻かれたりする事はないよ。そういう契約だから」
そう言ってルビアがラスティの頭に手を乗せ、ラスティは嫌がる様子もなく、されるがままに撫でられていた。
その光景をミランダは唖然として眺めていた。
「さて、今日はこの人と遠出するんだけど、その街まで乗せてってくれるかい?」
するとラスティはミランダを一瞥すると、近くに用意してあった馬車の荷台部分に近付いて立ち止まり、「乗るなら早くしろ」と言わんばかりにミランダたちを見る。
「・・・魔物がこうやって大人しく人の言う事を聞いているというのは不思議な気分だな」
「たまに反発はするけどね。でもほとんど僕に協力してくれる良い子だよ」
ルビアも馬車の近くに行き、ラスティの首と荷台の部分を繋げる。
「これでよし!それじゃあ、後ろに乗ってーー」
「あら?学園長~、とミランダさんも~。二人でこれからお出掛けですか~?」
ルビアが馬車に乗ろうとすると、気の抜けそうになるゆったりした声が聞こえて来る。
ルビアたちが振り返ると学園教師のカルナーデが黄土色のジャケットを羽織った姿で立っていた。
「ああ、カルナーデ。まだ学園に残ってたのかい?」
「はい~。名前だけ貸しているだけですが、一応部活の顧問という事になってますので~、生徒たちの様子を見に来たのですよ~」
「・・・カルナーデ、僕は一応学園長なんだよ?そんな目の前で堂々と名前だけ貸して放棄してます発言はどうかと思うよ?」
カルナーデは「ん~?」と唸りながら首を傾げ、手をポンッと合わせる。
「・・・あ~、すいません学園長~。じゃあ今のはナシって事で~」
「あー・・・うん、まぁいいや。君のそういうところが生徒たちに人気なんだろうからね。それで君はこれから帰りかい?」
「はい~、もう生徒たちの様子も見た事ですし、これから食事をしてから実家に帰ろうかと~」
「一人かい?」
「えぇ、そうですけど~?」
ルビアがミランダに顔を向け、お互いアイコンタクトを取り、カルナーデに向き直る。
「僕たちもこれから飲みに行くんだ。少し遠方になるからラスティに乗って行くんだけど、君も一緒に行くかい?」
「え~、いいんですか、お邪魔しちゃっても~?」
カルナーデがミランダに視線を向け、その意味を理解したミランダは微笑んで答える。
「確かに私たちはプライベートだけど、だからと言ってかしこまる必要はないさ」
「あら~、ではお言葉に甘えさせていただきます~」
話がまとまったルビアたちは馬車に乗り込み、目的地「レウタラ」へ向かう。
ーーーー
~ 二時間後 ~
「「かんぱーい!!!」」
目的地に到着し、居酒屋らしき店に入った三人はすぐに酒を頼み、ジョッキを片手に乾杯した。
「プハーッ!いやー、仕事終わりのお酒は美味しいねぇ!」
「おいおい、見た目幼女がおっさんみたいな事言ってるぞ?」
「ウフフ~、そのギャップがいいんじゃない~?」
最初にルビアが豪快に飲み干し、ミランダとカルナーデがそれに続いてチマチマと飲む。
そしてルビアの分の酒と、肉やおつまみなどいくつかのメニューを注文し、テーブルに並べられる。
その量にミランダが驚愕する。
「さ、流石にこの量は多いんじゃないか?」
「何言ってるんだ、これくらい普通だろ?・・・むしろ体力を使う騎士なんだからこれくらい食べなきゃ力が出ないんじゃないか?」
「それでもこの量はいくらなんでも・・・」
「ちなみに、コレ全部カルナーデの注文だよ?」
ミランダは「えっ?」と言ってカルナーデの方を向くと、すでに二皿を空にしていた。
「あーあ、僕だって栄養は取ってる筈なのに、もう成長しないんだもんなー・・・。っていうか、カルナーデ?君、また胸大きくなってないかい?」
「ふぇ?・・・んぐっ、よく分かりましたね~?確かに、最近胸回りが苦しくなってきたので、新しい服を新調しようかと思ってたところなんですよ~」
「なんだと?まだ成長するのか、ソレは・・・」
「全く羨ましい限りだね。高い身長に加えて男女共に視線が釘付けになるその胸!・・・はぁ~あ」
「別にそう気を落とす事はないですよ~。ここにいる皆さん、スタイルに関しては良い人ばかりじゃないじゃないですか~?」
「いや、君やミラはいいとして、僕はアウトだろ?確かに胸は君たち並みで自信はあるけど、そこ以外は幼くてアンバランスなままなんだから・・・」
「・・・だ、大丈夫だぞ。そんなルビアでも良い男の一人や二人・・・」
「こんな僕を好きになる人間は大抵危ない人だから近付きたくもないなぁ・・・」
「学園長は我が儘ね~」
「プライベートの時くらい学園長と呼ばなくていいよ?」
「分かりました、ルビアさん~」
そう言いながらカルナーデは空になった皿を八段目に積む。
「早いっ・・・!」と横で呟くミランダを余所に、カルナーデは更に注文をする。
「まだ・・・食うのか・・・!?」
「・・・うん、僕も流石に驚いた。その栄養はどこに・・・って胸だったね、はいはい」
ルビアはそう言って、まだ一つ目の皿を突つく。
するとミランダが「そういえば」と言って話を切り出す。
「君たちのところにアヤトという生徒が入っただろう?」
「アヤト」という言葉にルビアがピクリと反応する。
「あぁ~、アヤト君ですね~。あの子は良い子ですよ~。座って聞くだけの授業だと、いつもみんな途中でウトウトしたり寝ちゃったりするんですけど、あの子は私の真剣に授業を聞いてくれるんですよ~?ああいうところが女の子に好かれるんですかね~?」
「アヤト君、か・・・」
ルビアはやれやれというような感じで溜息を吐く。
「編入して一週間程度しか経っていないのに、色々やらかしてくれたよ、あの子は・・・」
「ほーなんれふか~?」
「飲み込んでから喋ってくれ、カルナーデ・・・。というか、君は教師なんだから知ってる筈だろう?」
「いいえ~、そういう話は出て来ないです~。・・・まぁ、そもそもそういう話をする方がいないのですが~」
「そうなのかい?たまに君を見掛ける時はいつも男教師と話しているようだったけど?」
「ほとんどお食事のお誘いなんです~。世間話も、私が何が好きかとか、そんな話ばかり振られて~・・・先生同士なのに生徒の話は出て来ないんですよ~」
カルナーデが軽く溜息を吐くと、ミランダが苦笑いで答える。
「あー・・・カルナーデ殿も苦労しているようだな」
「男に言い寄られる事が苦労に繋がるかい?」
「私たちはともかく、他の女性からは疎まれるだろうからな。だから女性教師と話す機会がないんじゃないか?」
「そーだったんですね~」
他人事のように言いながら、口に物を詰め込むカルナーデ。
ルビアも負けじと酒を注文する。
「えーっと、二つ・・・あ、ミラもお代わりするよね?三つお願い!」
「あのー、申し訳ありませんが、当店では未成年にお酒を提供する事は・・・」
「私は君より年上だチキショウ!」
冒険者カードを見せて憤慨するルビア。
それを見た店員は顔を青くし、頭を何度も下げて謝罪をしてジョッキを三つ持ってくる。
「全く失礼な子だ!ったく・・・んで、そのアヤト君がどうかしのかい、ミラ?」
「ああいや、学園ではどんな感じに過ごしているのか聞きたくてね。ほら、私と彼のやり取りと言ったら・・・」
「まぁ、ボロクソにされてたね」
意地悪な言い方をして笑うルビア。
「それを言わないでくれ・・・」
「え~?ミランダさんが負けるくらい強いんですか、彼~?」
「まぁね。ちなみに僕も負けたよ。君が初めて彼に会った時があっただろう?その時にね」
「あらあら~、お強いんですね、アヤト君は~」
「・・・ま、学園での態度はさっき僕とカルナーデが言った通り、授業では真面目だけど問題が絶えない悩みの種さね」
「なるほど。彼は私と会う時はいつも不機嫌そうな表情をしていたから・・・勿論、他でもたまに会ったりしてはいたが、ちょっと気になってな」
「あら~、恋ですか~?」
「いや、それとは違うな。強いて言えばあの強さに対しての憧れとでもいうものか?その辺りだ。恋愛関連に関しては妹に任せるさ」
「妹さん・・・確かアルニアさんって言ったっけ、彼女?魔法適性はないけど、君に似て剣の腕はかなりのものだったね。あと男前なところも」
「男前は余計だ。でも確かに、剣に関してはすでに私と打ち合える程にはなっているな。・・・まぁ、模擬戦の結果は残念だったが」
「あ~、カイト君ですね~?私もびっくりしましたよ~。中等部の一年生が高等部の、それもアルニアさんに勝っちゃうんですから~」
「そうだね、いくらアヤト君に短時間教えられたとはいえ、まさか勝つとは思わなかったよ」
「何?その・・・カイト君とやらは、アヤト殿に教えを受けたのか?」
「らしいよ?昨日見聞きした限りじゃそうみたいだったけど」
「そうか・・・。アルニアからはアヤト殿のいるチームに負けてしまったと軽く言っていたが、アヤト殿自身ではなく他の者に負けていたのか」
「ああ。アルニアさんがカイト君の剣を弾き飛ばした時にはもう終わったと思ったけど、まさかあそこで素手に切り替えるなんてね」
「・・・アヤト君は~」
カルナーデは一旦言葉を区切り、口の中にあるものを飲み込んでから言葉を続ける。
「カイト君たちを自分と同じくらいに鍛えようとするんでしょうか~?」
その言葉に他の二人の箸も止まる。
「アヤト君が・・・増える・・・」
「ハハハッ、それは極論過ぎる、が・・・言い過ぎでないのが怖いな・・・」
ミランダが何かを思い出すように虚空を見つめる。
「何か心当たりがありそうだね?」
「少し前に、学園が休みの日にアルニアに連れられてな。こってり絞られたよ・・・」
ミランダが「絞られた」という言葉のところで頬を赤め、その意味が分からないルビアとカルナーデは疑問を覚えると共に何とも言えない悪寒を覚え、深く関わらない方が良いと判断した。
「もし、アヤト君が本格的にカイト君たちを鍛え出したら・・・」
ルビアは俯いて「うーん」と唸りながら口に食べ物を入れ、決意したように顔を上げる。
「よし、そしたらカイト君たちを武人祭に出そう!」
ルビアの言葉にカルナーデが「わー!」と気の抜けそうな声とパチパチと小さな拍手を送る。
しかし特にそれが盛り上がる事もなく、テンションが上がった周りのおっさんの声が響く。
そしてミランダの冷めた目を見たルビアが素に戻り、「コホン」と咳一つ。
するとミランダが首を傾げ、疑問を口にする。
「アヤト殿は出場させないのか?メア様も一緒にいるようだが・・・」
「迷ってる!・・・いやね?正直言えば出して簡単に勝ちたいんだけど、出したが最後何かしでかさずにはいられないアヤト君は何か大事を起こしそうな予感しかしなくてね・・・」
「そうなったらルビアが責任を取ってやればいい。「学園長」なのだろう?」
「・・・もし、もしもだよ?武人祭の舞台になる会場そのものを破壊でもして、それを僕が責任を取るとなると辞任しなくちゃいけなくなるんじゃないかな?」
「アハハッ、流石に会場を壊すなんてーー」
「ありえない」と口にしようとしたところで、アヤトが自分と決闘をした会場で、その場にいる観客のほとんどを気絶させた事をスッと思い出す。
「「・・・・・・・・・」」
「大丈夫ですよ~。アヤト君は良い子ですからそんな事しませんよ~」
何も知らないカルナーデはそう言い、再び口に食べ物を詰め込み始める。
それを見たルビアも軽く溜息を吐いて、小さく呟く。
「ま、今のところは保留、かな?」
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