おもらしの想い出

吉野のりこ

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安田ほたるのおもらし 生徒指導室で叱責されて 高校2年生のとき

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 夏休み明けの9月1日、安田ほたるは気弱な自分を鏡に向かって叱っていた。
「結局、夏休み中、いっぱいチャンスがあったのに、告白できなかったなんて勇気無さすぎ! このままじゃ一生、彼氏できないよ!」
 自宅の玄関先で声をあげているけれど、もう両親とも出勤しているので誰かに聴かれる心配はない。ほたるは何度も渡そうとして、渡せていないラブレターを鏡に突き付ける。
「今日、絶対渡すの! 朝一番に! 放課後とか言わない! 会ってすぐ! ズルズル後回しにしない! 会ってすぐ! 朝一番に!」
 気弱さを戒める決意の儀式をして、ほたるは鏡で身だしなみを整える。ほたるの肌は色白で、身体は小柄なうえ細くて薄い。身長も女子の中で一番低い。髪は長く伸ばしていて腰まである。その髪が美しいのと、勉強がそれなりにできることくらいしか自信が持てることはない。家を出て電車に乗り、ターミナル駅からスクールバスに乗る列に並ぶと、ラブレターを渡したい相手に出会った。
「おはよう、安田さん」
「…っ…」
 挨拶してくれた男子は2年3組の内部生で、ほたるは2年2組の外部生なので接点は、このスクールバスしかない。入学してから一年半、少しずつ親しくなって会話しているけれど、それは朝だけで帰りは男子の方がサッカー部に入っているので出会いにくい。チャンスは朝だけということが多かった。なので、ほたるは挨拶を返す前に、顔を真っ赤にしつつカバンからラブレターを出した。
「っ!」
「? これは?」
「…っ…ハァ…ハァっ…」
 ほたるは意を決してラブレターを出したものの、恥ずかしくて何も言えず息を荒げ、色白な顔を日焼けしすぎたときよりも赤くして、涙目になっている。そんな様子を見ていれば、木島正平(きじましょうへい)も男子らしい鈍さはあっても、だんだん理解できてくる。ラブレターは封筒からして可愛らしい装飾がされているので、ただの封書でないことは一目瞭然で、ほたるの態度も合わされば自惚れでなく察せてくる。
「…や…安田さん…えっと…」
「ぅ、受け取ってください!」
 やっと言葉を発することができたのに、正平のクラスメートがからかってくる。
「お、木島、この暑いのに激熱だな」
「今どきラブレターなんて珍しい!」
「だよな、紙媒体か。記念に残っていいかもな」
「「………」」
 二人は恥ずかしくなって正平は急いでラブレターを受け取りカバンに入れた。そのタイミングでスクールバスが到着したので乗り込み、ほたると正平は恥ずかしさから離れて座った。それ以降は話す機会もなく、ほたるは登校すると教室にカバンを置いて、他のクラスメートたちと星丘大学のホールへ向かう。高等部の敷地を出て、道路向かいの大学敷地へ入るのは高校生だけでなく、中学生、小学生、幼稚園児と星丘学園の全学園生たちだった。
「………」
 やっと………やっと渡せた………あとはお返事を待つだけ……、ほたるは頬の熱さと空気の暑さで汗ばみつつ、大きなホールに入り始業式に参加する。着席すると前方は1組や高校一年生、中学生、小学生、幼稚園児と年齢がさがり、後方は3組から10組、三年生、大学生と年齢があがる。気配で3組の正平が周囲の男子たちから騒がれているのが伝わってくるけれど、恥ずかしすぎて、その方向を見ることはできない。始業式が進み、幼稚園児が壇上でスピーチしていた。
「楽しかった夏休みが終わりました。私は福岡のお爺さんお婆さんに会ってきて、たくさん可愛がってもらいました。そして楽しい夏休みは終わりましたが、今日からも幼稚園でお友達と楽しいことがいっぱいあると想います。みんな元気に頑張りましょう!」
 年少とは思えない堂々としたスピーチに拍手が起こる。次に年長、そして小学生の各学年代表とスピーチの順番が進んでいく。
「小学3年生代表の鈴川さんでした。続いて、小学4年生代表の鹿狩純子さん、お願いします」
「どうも、鹿狩です。こういう場での話に合わないかもしれないけど、今日9月1日は危ない日だ。何が危ないって下校時の不審者、学校が始まって女子を狙う不審者が出てくる。みんな気をつけて帰ろう。出会ったら、習った通り、逃げる、助けを呼ぶ、それもいいけど、オレだったら蹴り潰してやる。じゃあ、みんな、二学期もよろしく」
 堂々としたスピーチというより、もう学園生活に慣れきっていて大勢の前で話していても、まったく緊張せず気負いもなく話している様子だった。
「小学4年生代表の鹿狩さんでした。続いて、小学5年…」
 小学生から中学生へと進む。
「かつて成人となるのは13歳という時代もありました。私たち中学生がその年齢にあたります。それゆえ、自覚と責任をもって社会の期待に答える成長を…」
 中学生たちの模範的なスピーチの後に茉莉那がマイクを両手で握った。やはり2組から出した会長なのでクラスメートたちは注目して、つぶやく。
「永戸さん、なんか、ボケとしてない?」
「してるね。1組の鹿狩くんも欠席だし、夕べ遅くまでお楽しみだったんじゃない。フフ」
「朝までコースかもね」
「純真そうな顔してエッチ覚えるとハマりまくる子いるよね」
「鹿狩くんもムッツリ童貞から脱皮したのかも」
「二人で17歳の夏を満喫したんだろうね」
「最期の夜だから徹夜とかね」
 女子たちの露骨な会話が聞こえてきて、ほたるは赤面する。夏休みのうちにラブレターを渡せていたら、という想いはあって、その想いの延長線上にある性行為も意識しないようにしても意識してしまう。壇上では茉莉那がスピーチを始めた。
「………。高等部生徒会……会長…永戸茉莉那です。……。……。二学期も、よろしく……以上です」
「短っ」
「それで終わり?」
「お疲れなんじゃない? フフ」
 また女子たちが囁く中、茉莉那から交替で葉紀子が壇上の中央にマイクを握ってたった。ほたるは軽い驚きを覚える。
「……」
 あの人……学校にちゃんと来たんだ……もう来ないと思ったのに……、ほたるが葉紀子を見かけたのは遠泳合宿が最期で、それ以後の自習登校に葉紀子は一度も出席していない。基本的に自由登校なので欠席してもいいけれど、出席簿は取られていて、もしも大規模な災害などで出席日数を確保できないときは、自習登校をカウントすることもありえると説明されているので、できるだけ来ている生徒が多いし、葉紀子も合宿までは毎日のように来ていた。けれど、あの合宿でのイジメはひどかった。ほたるは遠泳に参加せず浜辺で水泳教室を加藤たちと受講したけれど、帰ってきた葉紀子は層川の男子水着を借りていたし、層川は全裸だった。聞いた話では葉紀子の水着が流れたらしいけれど、競泳タイプのワンピース水着が自然に流れるのは考えにくい。夜の入浴時もひどかった。洗髪中の葉紀子が置いた眼鏡を取り上げ、お湯と水を交互にかけ、目には水鉄砲で石けん水を浴びせ、痣が残らない程度に殴る蹴るして気絶したところを男子の入浴時間になるまで放置していた。
「……私にまで手伝わせて……」
 そして何より二日目、葉紀子と同じ班で外部生だったほたるに怪しげな味噌汁を載せたトレーを運ぶよう言われたし、葉紀子が一つを取った後は木村がぶつかるので火傷しないように残りの五つは零せ、という命令を受けた。その直後のバス移動中、葉紀子は青ざめるほどの腹痛に襲われ、ほたるに教師への伝言を頼んできたけれど、木村たちに命じられた通り聞こえないフリをしたし、葉紀子が層川に頼んでしまいバスが停まり降りるときも木村たちに言われた通り、足を出して通行を妨げた。そのせいで父親にもぶたれたことがなかったのに葉紀子から頬を叩かれた。そうやってバスを降りた葉紀子だったけれど結局は大便を失禁してしまい、バスに戻ってきてからは気の強さも消え失せ大泣きしていた。そして、ほたるはバス内に漂った匂いのせいで嘔吐し、あとで層川に逆流ほたると言われて、とても心外だった。そんなひどい合宿があった後、葉紀子は自習登校に来なくなった。きっと、このまま不登校になるか、転校すると感じたのに今は壇上に立っている。それが、とても意外だった。
「こ…高等部、生徒会っ…副会長、つ、塚本葉紀子です」
 壇上にいる葉紀子の様子はおかしい。声が極度に緊張しているし、制服のスカートを改造したり巻いたりするタイプの女子ではないはずなのに、今はとても短い。ローアングルからなら下着が見えそうなほどだった。葉紀子が続けている。
「こ、この場をかりて謝罪させてください。私は一学期に、とても悪いことをしました。生徒会選挙で永戸さんに負けて会長になれなかった私は仕事を全部、永戸さんに押しつけました。もともと立候補したのも、みんなの役に立ちたいという動機ではなく、会長の肩書きがあれば内申書で有利、みんなに自慢できるという汚い気持ちでしたから、一人で頑張る永戸さんを見ても、ザマ見ろとしか感じませんでした。最低です。もっと最低なことに、…り……り………り……利尿剤………利尿剤という、おしっこがでる薬を永戸さんに飲ませて、球技大会でみんなの前に立つ永戸さんが、おしっこを漏らして恥をかくようにしました。永戸さんはおしっこがしたくて、とても困って私に助けを求めました。けれど、私は断って彼女をみんなの前に立たせ、そこでおしっこを漏らして大きな恥をかくように仕向けて嗤いました」
 葉紀子が話している背後で整列していた純子が一瞬ではあったけれど、はっきりとした大きな動作で中指だけを立てた手を葉紀子へ向けていて、小さな小学生の手なのに男性がしたときのような迫力があった。純子に続いてホール前方にいる女子小学生の何人かも中指を立てて葉紀子に向けている。そういうジェスチャーを優良私立の小学生が使うことにとても違和感はあったけれど、葉紀子が話している内容への反応としては理解できなくもない。他人に利尿剤を飲ませて人前でおもらしをさせるなんて、ほたるも犯罪としか感じられない。小学生たちも同じ感想なのだと思われる。ただ、ほたるとしては葉紀子が利尿剤を使ったというウワサは半信半疑だった。それでも今、本人が告白して謝罪しているので、そんな卑怯なことをする人だったのね、と軽蔑の気持ちが湧いてきた。
「そればかりでなく、永戸さんが頑張って学校に来たのに、いっそ会長を辞めさせて自分が会長になろうと思った私は学校の放送で、おもらしした永戸さんのことをバカにして傷つける風に話しました。本当に、なんてひどいことをしたんだろうって自分が嫌になります。私は自分のことしか考えていませんでした。本当に、ごめんなさい」
 葉紀子が壇上で振り返り、茉莉那へ頭をさげている。茉莉那は無反応だった。葉紀子は謝罪を続ける。
「他にも……他にも…り……利尿剤を……また飲ませようと持ち歩いたりして……それがバレたのに、とぼけて認めませんでした。…ヒッ…そればかりか、逆ギレして永戸さんを叩いたり蹴ったりして傷つけました」
 話しながら葉紀子が涙を流している。ほたるは嫌悪感を覚えた。
「……」
 どこまで最低な人だったの……みんなが怒って当然……今さら謝ったからって……泣けば許してもらえるとでも思ってるの……、ほたるは胸が気持ち悪くなるほど嫌悪していく。葉紀子は涙を零しながら言い続ける。
「とても、とても悪いことをしました……だから、…こ、これから、ここで、おしっこを漏らして、謝ります。みんなの前で恥ずかしいおもらしをして謝ります。ぅ……ぅぅ…」
 そう言った葉紀子は身震いし、下品に膝を開くと壇上でおしっこを垂れ流し始めた。
 ジョア…ジョアアアアア!
 葉紀子の短くなったスカートから、おしっこの滝が飛び出している。壇上でスポットライトを浴びているのでキラキラと滴が反射して輝いているけれど、ほたるは嫌悪感が倍加したし、汚い物を見たくなくて目をそらした。木村たちは嗤っている。
「クスっ、よしよし」
「これ以上の恥ってないよね」
「みんなの前で、わざとおもらしとか、ありえないでしょ」
「ククク♪ まだ、まだ、これから、これから」
 葉紀子はおもらししながら呻いている。恥ずかしさと悲しさで顔を歪めていた。
「ハァっ…ぅう、ハァっ…」
「「「「「………」」」」」
 とんでもない光景だったけれど、幼稚園児たちは騒がない。人の話は静かに聴きましょう、という指導を守っているからか、それとも自分たちや友達も、まだときどきはおもらしするので珍しいことだと感じていないからか、ほとんど騒いでいない。小学生たちもヒソヒソと囁くくらいで、壇上の純子も茉莉那に恥をかかせた謝罪におもらしすると宣言した葉紀子の言葉をまずまずの納得で受け入れたのか、表情に嫌悪感は無い。むしろ大学生が騒いでいた。
「あれ、マジでおしっこか?」
「かわいいのに汚いなぁ」
「よく、みんなの前でやれるよな」
「頭イカレてる?」
「やらされてんじゃね? 謝らないとリンチみたいな」
「おお、聖水だ」
「オレ、あの子のおしっこなら飲めるわ」
「飲んでこい。一気で飲んでこい」
「やっぱ、やめとく」
 壇上の葉紀子は茉莉那を一目振り返ってから、謝罪を続ける。
「永戸さん、本当にごめんなさい。ごめんなさい。………ここで、ウンチも漏らしますから許してください」
 葉紀子はマイクを腰に回すと、排便を始めた。
 ブリっ! ブリブブリブリリ!
 汚い音が響いてきて、ほたるは気分が悪くなった。
「……ぅ…」
 バスの中で嘔吐した記憶が蘇り、ほたるは吐き気を覚える。周りは騒いでいた。
「うあぁ」
「キモい」
「臭そう」
「音を聴かせるなよ」
「あの女、変態じゃないか」
「ハァハァ興奮してるし」
「くちゃい」
「あの人、バカなの」
「うんち漏らしてる」
 色んなことを言われながら、葉紀子はその場で土下座を始めた。
「永戸さん、本当に私が悪かったです。…ヒッ…この通りです。…ヒッ…どうか、許してください」
 ほたるたちからは土下座している葉紀子のお尻が見える。半見えのショーツは茶色く染まり、はみ出した大便も見える。ほたるは吐き気が強くなった。
「…ヒッ…すみませんでした…ヒッ…どうか、どうか…許してください……ヒッ…ごめんなさい、私が悪かったです…ヒッ…」
 頭をさげたままの葉紀子の背中が嗚咽で揺れている。それでも茉莉那が何も言わず、ぼんやりと立っていると葉紀子は両手で自分の排泄物を集め始めた。
「お詫びにっ…ヒッ…自分のウンチを食べます……ヒッ…」
 ほたるは見ている光景が信じられない。葉紀子は拾った排泄物を口へ運んでいる。
「…ヒッ…ぅ、うぐ……あぐ…んぐ…」
 葉紀子は吐きそうな顔をしつつも飲み込み、さらに口へ運ぶ。
「ハァ…ハァ…ぅぐ…あぐ…ぅぅ! ぅえ!」
 葉紀子が吐いた。同時に、ほたるも朝食が胃から登ってくる。
「ぅっ……」
 こんなところで吐きたくない、そう思っても我慢できなかった。
「うええ!」
 ほたるも吐く。両手で口元を押さえたけれど、その両手いっぱい、さらに溢れて嘔吐物が零れ、制服の上着からスカートまで汚してドロドロになった。
「キャっ?! 安田さんが吐いてる!」
「うお? 安田が吐いてるぞ」
「気持ちはわかるわぁ」
「感受性が高いとムリかも」
 ほたるは恥ずかしいのと悲しいので泣き出した。
「ひっ…ひくっ…ぅぅ…」
 ほたるへ女性教師が近づいてきて保健センターへ導いてくれる。ほたるが泣いているうちに葉紀子は許されたようで、マイクは松井に渡っている。
「あーっ……どうも。高校の生徒会……書記? 会計、どっちだっけ? まあ、いいや。松井です。えっとだ、……あんな衝撃の後だと、ちょっと何を言うべきか、……まあ、いいや。二学期もオレは野球を頑張るぜ! 来年こそ優勝! そしてホームランいっぱい打ってプロ野球でも…」
 松井のスピーチを最後まで聴かず、ほたるは大ホールを出て保健センターで体操服に着替える。その途中で葉紀子も教師に連れられてきた。
「…ヒッ……ヒッ……」
 まだ泣いている葉紀子も着替え始めた。同じ室内にいると葉紀子の身体からは、とても嫌な匂いがして、ほたるが再び吐き気を覚えるほどだった。
「…ぅぅ…」
 ほたるは急いで着替えると始業式後の実力テストに臨まざるをえないので高校校舎にある2組の教室に戻った。すぐに実力テストが始まり、ほたるが答案を書いていると、葉紀子が教室に入ってきた。
「……ヒッ……ぐすっ……」
「「「「「……………」」」」」
 あの謝罪直後でも、ちゃんとテストは受けるんだ……気が強いというか、まっすぐというか……、とクラスメートたちが手を止めているうちに葉紀子はフラフラと、ほたるの近くに座った。成績が近かったので席も近い。
「ぅ…」
 ほたるは吐き気を覚える。葉紀子は身体を拭いたようで、ずいぶんマシになったけれどシャワーを浴びたわけではないので、それなりに匂う。ほたるは自分からも嘔吐物の匂いがしていてクラスメートたちに感じられているかもしれないと強く不安になった。今すぐ帰ってシャワーを浴びたいけれど、ほたるは我慢してテストを受ける。
「…ヒッ…」
 葉紀子も泣きながら答案に向かっていた。しばらくして葉紀子の方から変な音がする。
 シューーーッ…
 ほたるにも聞こえたし、おしっこの匂いが漂ってくる上、葉紀子が啜り泣いているので、見なくてもトイレへ行かずにその場で垂れ流したのだとわかる。
「……ヒッ……」
「……」
 オムツを着けて来なかったんだ……さっきの謝罪も気持ち悪かった……この人もう終わってる……この高校を辞めるか、すればいいのに………、ほたるは余計なことを考えずにテストへ集中したいけれど、おしっこの匂いが臭くて邪魔をする。少しして教師が葉紀子のおもらしに気づいて保健センターへ行くよう言い、着替えて戻ってきた。今度は自前のスカートを穿いているし、スポーツドリンクのペットボトルを持っている。
「…ヒッ…」
 休み時間に葉紀子は泣きべそのままスポーツドリンクを飲んでいるので、ほたるは不可解に思う。
「……」
 そんなの飲んだら……また、おもらしするのに……、ほたるの疑問は茉莉那たち他のクラスメートも抱いたようで、茉莉那が穏やかな声で問うている。
「そんなの飲んだら、また、おもらしするよ? 余計なお世話かもしれないけど」
「…ヒッ………飲まないと……利尿剤の副作用で痙攣や不整脈が起こるから……ヒッ…」
「へぇ、そんな副作用があるんだ」
「………」
 葉紀子は一口飲み、ほたるはより不可解に感じる。
「……」
 え………どうして、永戸さんは利尿剤を飲まされたはずなのに副作用を知らないの……でも、そんなこと私には関係ない、こんな醜い争いに関わりたくないから……、ほたるは自分の自習に集中する。葉紀子は茉莉那に問うている。
「トイレに行きたくなったら、行かせてもらっていいですか?」
「いいよ、どうぞ」
「ありがとうございます」
 葉紀子は茉莉那へ頭をさげ、次は木村へ恐る恐る問うている。
「あの……」
「なに?」
「トイレに行きたくなったら、行かせてもらっていいですか?」
「クスっ……さて、どうしようかな」
「………永戸さんは許してくださいました……」
「まあ、考えておいてあげるよ。テストは頑張って受けな。次の休み時間までトイレは禁止」
「……………どうか、……もう許してください……」
 葉紀子は木村にも頭をさげていて、ほたるは気になって見てしまう。
「……」
 もう内部生に逆らうのはやめたの………最初から、そうすれば余計なトラブルはなくて傷つくこともなかったのに……バカな人、ほたるは戻ってきた葉紀子と目を合わさないように自習する。英語のテストが始まり、ほたるは調子を取り戻せた。おそらく満点が取れたという充実感とともに尿意を覚えて女子トイレに入る。トイレ内には木村と葉紀子がいた。
「トイレには行かせると言ったけど、便器でおしっこさせるとは言ってないよ」
「……ぅぅ……お願いします、どうか……ヒッ…」
「じゃあ、やっぱり私にも土下座してもらおうか」
「………はい…」
 葉紀子は女子トイレの床で土下座を強いられている。ほたるは二人と目を合わさないように個室へ入り、おしっこをする。ショーツをおろし便座に腰かけた。
 ショォォォ…
 ほたるはタメ息をつく。
「ふーっ…」
 個室の外からは木村の声が響いてきた。
「きゃははは! いいね、いいね! どうよ? 内部生に逆らったら、どうなるか思い知った?!」
「…はい…ヒッ……思い知りました。…ヒッ…どうか許してください。私が間違っていました」
「ふふん♪」
「もう、おもらししそうです。ぅぅ……おしっこ……出ます。このまま、おもらしした方がいいですか? もう出ちゃう…」
「う~ん♪ あ、いいこと思いついた。塚本は逆立ちできる?」
「……できます…少しなら……そのまま歩くことはできませんけど…壁があれば…」
「じゃあ、そこの壁に向かって逆立ちして。あ、三井さん、いいところに来たね。ちょっと私と塚本の写真を撮って」
「はいはい、まだイジメるんだ?」
「やっと生意気なとこが抜けたしね。外部生のくせに調子に乗ったら、どうなるか、わからせてるの」
「一応、私も外部生なんですけどね。で、写真は足元から全身?」
「そうそう。塚本、さっさと逆立ちしなさい」
「…はい…ぅぅ……」
「そのまま、そのまま」
「じゃあ、撮って。釣り人が大きな魚を釣り上げた感じに」
「ああ、なるほど」
「塚本はそのまま、おしっこしなさい」
「…ぅぅ…」
 プシャァァァ…
「…ヒッ………ヒッ……ヒーッんぅ……」
「これこれ、この独特の泣き声、超笑える。きゃはははは!」
 木村の嗤い声が響く中、ほたるは目立たないように個室を出て、床に崩れて泣き続ける葉紀子のおしっこの匂いを嗅がないよう息を止めて通り過ぎた。ほたるは教室に戻る途中の廊下で層川とぶつかった。層川は珍しく自習していて参考書を見ていたので前を見ておらず、ほたるの小柄さもあって衝突し、トラックに当たられた軽自動車のように身長180センチの層川に撥ね飛ばされて、ほたるは廊下の床に倒れた。
「ぅぅ、痛…」
「あ、すまん。大丈夫か?」
「一応、大丈夫です」
「逆走するからだぞ、逆流ほたる」
「…ぅ~…」
 ほたるは左側通行が原則になっている廊下を反対に歩いていた。それは悪いと思うけれど、変なアダ名はやめてほしい。遠泳合宿の帰りのバスで加藤に続いて嘔吐してから、逆流ほたるという嫌なアダ名を層川に使われていた。
「そういえば、お前、正平に告白したらしいな」
「っ…」
 ほたるの顔が一気に赤くなる。内部生のネットワークはわからないけれど、正平と層川も幼稚園からの付き合いなので、もう知っていても不思議ではなかった。
「あいつは慎重なヤツだからな、オレみたいに余計なことも言わないし。安田みたいな、おとなしそうなタイプと合うだろう」
「……」
「まあ、頑張れ。オレからは一つだけ忠告しておいてやろう」
「………。どんなことですか?」
 有益な情報なら知りたいと思ったけれど、層川は笑いながら言ってくる。
「ちゃんとコンドームは使え」
「っ………」
 ほたるの顔が怒りと恥ずかしさで真っ赤になる。そんな段階に至る前の助言なら欲しかったのに、露骨なことを言われて、しかも廊下なので他人も聴いていて恥ずかしすぎる。
「………」
 バカ……バカバカ! バカ!! ほたるは内心で怒鳴りつけながら黙って教室に駆け戻った。またテストを受けて、お昼休みに女子トイレへ行くと、葉紀子が泣きながら犬のように床へ這って弁当を食べていて、その弁当には大便がかかっていたので、ほたるは食欲が無くなった。もう木村と葉紀子のことは見ないようにしようと決め、ほたるは実力テストを終えると帰宅する。学園前でスクールバスを待っていると、葉紀子が来た。かなり臭いので同じバスに乗るのは抵抗がある。幸い葉紀子はバスに乗らず、歩いて駅へ向かうようだった。ほたるはスクールバスに揺られる。わずかに期待したけれど、正平とも同じバスにはならなかった。ターミナル駅につくと、まっすぐ帰宅するよりも偶然にでも正平に会えないかと、駅周りのショッピング街を散策する。
「……」
 ドラッグストアの前を通ると層川が言ったコンドームのことを思い出し、一人で赤面し足早に進む。ターミナル駅の周辺は他校生も多い、余計なトラブルを避けるために自然と住み分けができていて、星丘学園の生徒がよく行くファーストフード店もある。けれど、その店はファーストフード店としては一番高価な部類に入るので、ほたるの小遣いでは入りにくい。親が裕福であることが多い内部生たちは気にせず利用しているけれど、ほたるは両親とも公務員ではあるものの贅沢は控えていた。結局、お金は使わずグルグルと歩き回るだけにして、さすがに喉が渇いたのでスーパーで78円のペットボトルを買い、正平と偶然に出会うのは諦めて駅に戻った。
「…はぁぁ……」
 タメ息をつきながら電車を待つ。
「……」
「…ヒッ…」
 駅のホームには葉紀子がいてベンチに座り、線路を見つめて泣いていた。
「……」
 ほたるは関わらないよう静かに離れ、やってきた電車に乗った。葉紀子は乗らない。
「……」
 あの人……自殺でもする気じゃ………あそこまでイジメられたら………、ほたるはペットボトルを一口飲み、別のことを考える。他人のイジメ問題より、自分の恋愛の行く末の方が何万倍も気にかかる。正平からの返事があるのか、ないのか、イエスかノーか、とても気になる。
「お返事………何日くらいかかるかな……」
 ラブレターの内容は、ごく平凡なもので、あなたのことが気になります、交際してほしいです、すぐ決めなくてもいいから待ってます、という相手の決断は急かせず、なるべく断られないように好意を伝えたもので、友達スタートもありにしていた。
「……はぁぁぁ! ああ! もおドキドキする! ドキドキするよぉ!」
 ほたるは家に着くと、誰もいないので叫んでから予習を始めた。
 
 
 
 翌日、ほたるは普段通りに起床して登校する。駅からスクールバスに乗ると正平に出会えた。
「「ぉ、おはよう」」
 二人とも緊張して声が上擦る。そして、それ以上の会話ができずに学校へ着いてしまった。そうなると組が違うので接点が無くなる。さらに教師たちの雰囲気が、いつもと違った。いきなり予定にない高校全体での集会が体育館で行われ、そこで校長から加藤が自殺したことを説明された。星丘学園は宗教性が薄いものの一応は神道を大切にしているので、禰宜(ねぎ)の資格がある教師が加藤へ黄泉での冥福を祈り、生徒たちも黙祷した。
「静かに教室へ戻れ!」
 クラス担任に指示され、ほたるたちは教室に戻った。一限目は始まらず、緊急のホームルームになる。クラス担任は徹夜だったような顔色で言ってくる。
「今から言うことは、他言するな。加藤が自殺した現場に、塚本もいて病院に運ばれた」
「「「「「……………」」」」」
「塚本のカバンには遺書が入っていたそうだ」
「「「「「……………」」」」」
 とても重い沈黙に教室が支配される。加藤の自死は意外だったけれど、葉紀子が自殺しそうな原因に思い当たることはクラスメートたちにある。
「昨夜、加藤の両親と会っていて、先生もまだ塚本とは顔を合わせていない。………うーん……何から話せばいいか………加藤にも遺書はあったようで、それは自宅の机の引き出しにあったそうだ。どうやら成績のことで悩んでいたらしい。だが、イジメについても調査はする。えーっと………塚本はイジメで悩んでいたようだ。昨日の謝罪も、誰かに強制されたもののようだ。誰か、事情を知っている者はいるか?」
「「「「「……………」」」」」
 誰も挙手しない。けれど視線がチラチラと木村に集まる。木村は顔面が蒼白で冷や汗が顔を流れている。私が犯人、という顔だった。
「木村、お前にはあとで話がある」
「……は…っ……はい……い、……い、い、いえ、……わ、私は、な、なにも…」
 木村は舌を噛みそうになりつつ、息をつまらせた声で答えている。クラス担任は疲れていても厳しい声で続ける。
「塚本には美術の荒宮先生がついて事情を訊いているようだ。いずれ、事実を明らかにして処分を決めていく」
「「「「「……………」」」」」
 クラスメートたちは木村を見る。木村は座ったまま両手両足がガタガタと震えてきていた。ほたるは加藤と葉紀子の席を見る。同じ外部生として入学時から存在は認識していた。友達にはならなかったけれど、加藤が死んだと聴くと可哀想だと想うし、葉紀子を見かけた昨日の姿が最期だと想うと、胸が痛い。
 ガラっ…
 教室の戸が開き、葉紀子と荒宮希美子が入ってきた。クラス担任が驚きつつも安堵する。
「お、おお、つ、塚本、元気だったか。怪我はないか?」
「…はい…」
 ぼんやりとした目で葉紀子が答える。葉紀子は希美子に付き添われながら自分の席に座った。まるで普通に遅刻をした生徒のような振る舞いで周囲は困惑する。希美子がそっとクラス担任へ耳打ちする。
「塚本さんは遠泳合宿から昨日までの記憶が曖昧で自分が自殺しようとしていたことも、よくわかっていないようです。ただ、遺書にはハッキリとイジメについて書いてありました。けれど、母親には心配をかけたくないようでイジメのことを話さず、単にクラスメートだった男子が目前で自殺したのでショックを受けただけ、だと。それで今日も学校に行くと言い出して病院から、ここへ」
「そ、そうか……で、…どうすれば?」
「今は、そっとしておくのがベストかと。私はこのまま彼女につきます」
「ぉ、お願いします」
 クラス担任は額の汗を手のひらで拭き、大人として動揺を落ち着ける。まず何をするべきか考え、教室の窓が開いているのが気になった。ここは2階で葉紀子は最前列の窓から2番目の席なので飛び降り自殺するのに数秒しか要さない。クラス担任は窓に近づいた。
「誰ぁ、せっかく冷房が効いてるのに窓を開けっ放しにしたヤツは」
 と言いつつ窓を閉め、鍵もかける。他の窓も施錠した。これで葉紀子が飛び降りる前に止める時間がある。
「さて……よし、自習だ! 一限目は自習とする! 各自、自習を始めろ!」
「「「…はーい…」」」
 生徒たちも空気を読んで数名の生徒がとりあえずの返事をして自習を始める。二限目は普段の授業となり、希美子は教室の隅に待機する。三限が終わった後、葉紀子が立ち上がって茉莉那に問う。
「永戸さん、私がトイレに行ってもいいですか?」
「うん! どうぞ、どうぞ!」
 茉莉那が大きく頷き焦っている。希美子が見ているので、とても怖い。葉紀子は木村へも問う。
「木村さん、私がトイレに行ってもいいですか?」
「いいよ、いいよ! どうぞ!」
 木村も焦って葉紀子にトイレを許可する。希美子は木村を睨みつつ言う。
「なるほど」
「……」
 木村は目をそらし、希美子は女子トイレへ向かう葉紀子に付き添った。葉紀子は女子トイレに入れたけれど、個室に入る前に顔を歪めた。
「…ハァっ…ハァ…」
 女子トイレの光景や匂いが引き金になって気分を害している。
「うぅぅ……うえええ!」
 葉紀子は胃液を吐いて苦しみ、おしっこも漏らしてしまった。そんな葉紀子を希美子は保健センターに連れて行く。
「……ヒッ………ヒッ……」
「………」
 可哀想に……よっぽどのトラウマを与えられたのだ………これは慎重な対応を要するな……、と希美子は教師として葉紀子を想った。葉紀子は着替えると帰宅したりせず、また授業を受ける。どうにか家族に心配をかけず、きちんと卒業したいという義務感を持っている様子だった。
 
 
 
 二週間後、ほたるはクラス担任に生徒指導室に呼ばれていて不安そうに校舎の階段をおりていた。星丘高校に入学して一年半、なるべく目立たず過ごしてきたので生徒指導室に呼ばれるなどということは公立中学に居たときでも無かったのに、呼び出されている。
「…ぅ~……」
 ほたるは入りたくないけれど、やむをえず生徒指導室のドアをノックした。
「安田ほたるです」
「入れ」
「失礼します」
 ほたるは一礼して入室する。生徒指導室にはクラス担任の他、二人も教師がいて3対1で対面になる。
「座りなさい」
「はい」
 ほたるが座るとクラス担任が質問してくる。
「単刀直入に訊くが、加藤の自殺について、何か知っていることはあるか?」
「………いえ……なにも……」
「では、加藤がイジメられているのを見たことなどはあるか?」
「……………あまり……なにも知らないので……私は……」
「少しでもいい。疑わしいことや、加藤が悩んでいた様子があれば、教えてほしい」
「………」
「なにかないか?」
「………ときどき……層川くんが余計なことを言って加藤くんを怒らせてました……」
「どんなことを言っていた?」
「……加藤という名前を下等と発音したり……一郎だから一浪すると言ったり、あと……バスに酔った加藤くんが吐いてしまったとき……ゲロ郎と言ったり……私も嫌なこと言われて……私は層川くんに何か嫌なことしたことなんて一度もないのに…」
「安田は層川に何を言われた?」
「………私も吐いてしまったことで………逆流ほたるって……」
「言われて安田は、どうした?」
「……すごく嫌な気持ちだったけど……黙って我慢しました」
「加藤は言われて、どうしていた?」
「怒って層川くんを蹴ったりしていました」
「層川は反撃したり加藤に暴力をふるっていたか?」
「いえ、もともと悪口を言ったのは層川くんですから、蹴られたまま、笑ってました。……人を怒らせておいて……ぜんぜん反省してない感じに…」
「そのやり取りは、イジメだと感じたか? それとも悪ふざけだと感じたか?」
「どちらかといえば……悪ふざけだと思います」
「他に加藤にからむことは知らないか?」
「…いえ、なにも…」
「わかった」
 教師たちはメモを取り質問がやんだので、ほたるは帰りたくて言う。
「もういいですか?」
「いや、まだだ」
 急に教師たちが、ほたるを睨むような目になったので怖くなる。
「むしろ、ここからが本題だ」
「……。はい…」
「塚本の件だ」
「………」
「これから言うことは、何人かの当事者には言ったが、安田も他言するなよ」
「……はい…」
「やはり塚本は駅で自殺を考えていたらしい。駅員が見せてくれた監視カメラでの様子や、救急隊員がカバンから遺書を見つけて断定している」
「……」
「だが、とうの塚本は記憶を思い出さないようにして登校してきている」
「………」
 ほたるは教室に出席してくる葉紀子の様子を思い出してみる。この二週間、ぼんやりと葉紀子は授業を受け、希美子が常に付き添っている。もう誰もイジメないのでトイレを使えるのに、トイレに行くと嘔吐したり失禁したりしてしまうのでオムツで登校して、オムツの中に済ませている様子だった。そっとしておくようにと教師たちが厳命しているので誰もからかわない。死んでしまった加藤には花がたむけられて終わりだったけれど、生きている葉紀子にはみんなが腫れ物に触れるように、触れないでいる。層川でさえ何も言わない。
「安田は塚本が自殺を試みるのに何か心当たりはあるか?」
「……………私が言ったって……他の女子に言いませんか?」
「ああ」
「…………内部生の女子たちが、すごく塚本さんをイジメてました。トイレに行かせなかったり、勝手にカバンの中を漁ったり、チョークの粉を文句が言いにくいくらい少しだけ机にかけておいたり、トイレを使わせないからオムツで来るしかないのに、そのことをバカにしたり、とにかく、ひどかったです」
「とにかくひどかったという内容の他には、どんなものがある?」
「……えっと……体育の時間、わざとバスケットボールを後ろから当てたり、ソフトボールでデッドボールをしたり、柔道のとき強い内部生の人が、わざと苦しむように首を絞めて気絶させたり、おもらしさせたりしてました。おもらしさせると、それを晒し者みたいにして、ひどかったです」
「他には?」
「これも体育のとき、着替えを少しだけ水道水で濡らしたり、下駄箱の靴に少しだけ砂や小石を入れたり、あきれるほど、こまごまと」
「他にあるか?」
「えっと………その……」
 ほたるが言い淀むと教師が迫ってくる。
「隠さず全部言え」
「………その……夏休み中の自習登校で、みんなが居眠りしてしまう変なことがあって、その状態から起きると、塚本さんの背中に………汚物が貼ってありました」
「汚物とは、どんなものだ?」
「……………女子が……月に……使う……」
「ああ、あれか。他には?」
 問われるまま、ほたるは知っているすべてを話した。終わると教師が睨んでくる。
「安田は、それらのイジメを知っていたんだな?」
「……はい……まあ……少し……」
「安田はイジメに加わったか?」
「…いえ……」
「イジメを止めようとしたか?」
「………いえ……私だって怖かったから…」
「塚本をイジメていたメンバーを言ってみろ!」
「…えっと……木村さんと……」
 ほたるは指折り数えてみる。主に内部生の女子、外部生では茉莉那の友達だった3組の奈々と三井をあげた。
「うむ、だいたい塚本の遺書と一致する」
「……」
「だが、あと一人、足りない」
「………」
「塚本の遺書には、お前の名前もあったぞ」
「っ?! そ…そんな……私は…何もしてません…」
 ほたるは驚愕して震える声で言った。なのに教師は容赦ない。
「遠泳合宿の二日目、昼食で塚本に味噌汁を渡したな?」
「ぁ……あれは……木村さんたちが……」
「何が入っていたか知っていたか?」
「…いえ……知りません……」
「おかしいと思わなかったのか? 塚本に渡した後、他の五つは零すよう言われて」
「………おかしいとは……思いましたけど……」
「塚本はお前が同じ外部生で同じ班だから多少は信用していただろう、それを逆手にとった犯行だな」
「……犯行だなんて………私は………なにも………」
「塚本が腹痛を訴え、バスを降りようとしたとき邪魔をしたな?」
「……………そうしろって………木村さんが……私は逆らうのが怖くて……」
「パーキングエリアのトイレ内で塚本が腹痛で苦しんでいるのを横目に、後から来た安田はトイレを使って見せたな?」
「そ……そういうわけじゃ……私もトイレが近くて不安だったから、一応、行っておこうと思って……そうしたらトイレ内で木村さんたちが、いつもみたいにイジメをしていて……私は木村さんに頼んで個室に入らせてもらっただけです」
「お前が出てくると塚本は教師を呼ぶように頼んだがお前は、他人事なんてどうでもよすぎ、と言って塚本を見捨てたな?」
「そ、そんなこと言ってません!」
「塚本の遺書には、そうあったぞ」
「あ、あのときは……え、えっと……た、確か、………私のことを先に塚本さんが叩いたから、人のことを叩いておいて都合良すぎるんじゃないですか、と言ったはずです! 塚本さんの聞き間違いじゃないですか!」
「バスを降りるのを邪魔した上、トイレを使えない塚本を嘲笑うように自分は用を足して見せた、そういうことだろう?」
「違います、違います、誤解です!」
「では、塚本の遺書をコピーしたものがある。読んでみろ」
 クラス担任はコピーを、ほたるの前に突き出した。それを読むと、ほたるは身体が震えてきた。呪いを込めたような字で自分をイジメた十五人の氏名があり、どんなイジメを受けたか書いてあった。意外にも茉莉那の名は無く、ほたるの名が心外にも書いてある。
「……そ……そんな……わ……わたしは……なにも………」
「この十五人について我々は退学ということを考えている」
「っ………た………たい………」
 ほたるは震え上がり、泣けてきた。怖い。退学も怖いし、葉紀子が呪詛を込めて書いた字も怖い。そして教師たちの雰囲気も怖い。教師たちは絶対に葉紀子に自殺してほしくない上、退学とは言ったものの大量退学者を出すわけにもいかないので、二度と葉紀子をイジメないよう懲りさせておくつもりで凄んでいる。退学をチラつかせて教師たちが凄めば大半の女子は泣いて謝り罪を認めて反省してくれた。けれど、ほたるにはイジメに参加したという認識はない。謝るべき行為も無かったと思っている。ほたるが泣きながら言い訳を続けると、教師たちはそれを反省が無いと受け止め、より激しく責めた。
「塚本は死ぬ気だったんだぞ!」
「お前は人殺しだ!!」
「退学だけで済まんぞ! 警察沙汰だ!」
「ひっ……ひぅぅぅ…」
 ほたるは怖すぎて無自覚に、おしっこを漏らしていく。
 じわぁぁぁ……
 勢いのない失禁で、ほたるのお尻が生温かく濡れ、座っていたパイプ椅子から尿が流れ落ちる。おしっこの匂いが拡がって教師たちも、ほたるのおもらしに気づいた。
「漏らしたのか………泣けばいいってもんじゃないように、漏らせばいいってもんでもないぞ!」
「…ひぅ…ひぅぅ…」
「お前、その姿で学園を歩き回ってこい! なんて言われたら、どうだ?! できるか?! お前たちはそれ以上の屈辱を塚本に与えたんだ!!」
 さんざんに教師たちは脅してくるし、ほたるを保健センターに連れて行ってくれたりしない。おもらし姿のまま怒鳴り続けられた。
「ひぅぅううう! ごめんなさいぃいい!」
 もう自分が悪くなかったのか、悪かったのか、そんなことは考えられなくて、ほたるは泣きながら謝った。ようやく教師たちも怒鳴るのをやめてくれる。
「二度と、塚本をイジメないと誓え!」
「はいひい!」
「木村たちと同様、お前も3組に編入だからな!」
「ひぅぅ……」
「二年生の女子トイレにも近づくな! 使っていいのは三年生の女子トイレだからな!」
 反論もできないまま、ほたるは2組から3組への編入となった。
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