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29 あっけない幕引き

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『で、結局そのまま公爵邸に帰る羽目になっちゃったわけだ。』
『そうなのよ……。まだ私、やらなきゃいけないことがたくさんあったのに……!』
『あはは、すっかりロージーが定着したんだねぇ。なんか嬉しいよ。』
『そう?……確かにそうかもしれないわね。のばらとこんなに気楽に話ができるようになるとは思っていなかったもの。あぁ、またのばらの世界に行きたいわ。』

こちらに戻ってきてすぐのばらとコンタクトをとったロズリーは、自治区であったことを詳細に話した。今回は部屋に簡単な祭壇を作り、寝ている間に夢同士を繋げているため、たっぷり時間が取れる。

『自治区の人たちは、どういう反応だったの?』
『ただ事態についていけていない人が多かったみたい。』
『けど、どういうことなのか説明するんでしょう?』
『うん、組合長にお願いしてあるんだけど、大丈夫かしら……。』

ロズリーは公爵邸に戻るとすぐに、執事長のイレイスと話合った。自治区の人々にどのような説明をすれば良いか、公爵家や王家の印象を悪くすることなく、むしろ積極的な交流を持ちたいという希望を伝えられるかをじっくり考えたのだ。

『元々没落貴族が王都へ自治区の素晴らしさを伝えるべく公爵家の後押しを得て自治区での生活を体験しに来た、という設定にしていたわけ。』
『あぁ、そんなんだったっけ。』
『そうなの。で、実際は皇子と公爵令嬢だったから、実はお忍びの視察だったという説明をしてもらったのね。』
『まぁ、実際にそうだしね。で、自治区の人たちは怒ってるの?』
『それは……分からない。あの後連絡はほぼ絶たれてしまって、明日やっと自治区長やグルスさん、カイラさんに会える予定だから。』
『わざわざ王都まで来てくれるんだっけ?』
『うん。』

ロズリーははぁと溜息を吐いた。身分を隠して生活をしていく、彼らの中に入っていく、ということに対して、いつも罪悪感を抱いては居た。彼らと気兼ねなく接して、仲間として受け入れてもらえばもらうほど、その罪悪感が大きくなっていたという実感もある。

正直、身分や、なぜ自治区に来たのかという理由は、自らの口で説明したかった、というのがロズリーの本音だった。

『その後皇子の方はどうしてるの?素直に城に帰った?』
『そうする他ないでしょうね。自分で自分の身分を暴露してしまったわけだから。』
『じゃぁ賭けはロズリーの勝ちなわけだ。』
『それが……難しいところなのよ。』

ロズリーはまた盛大な溜息を吐いた。

そもそも今回の掛けは、人の心を掌握した者が勝ち、勝者は敗者の望みを叶える、という実に曖昧なものだ。
現時点で、どちらが人々の心を掌握したのかなんて分からない。

まぁ、ロズリーがやや優勢ではあるが、皇子が自らの身分を明かすこととなった理由がロズリーを助けるためというところが引っかかっていた。

もし自分が迂闊な行動をとらなければ、彼が自ら大衆の前で身分を明かすなんてことはなかっただろう。
そう考えると、とても自らの勝ちを主張することなどできなかった。

『皇子が勝ったらどうする感じだったんだっけ?婚約を待つんだった?』
『うん。言ってしまえば、気のすむまで女遊びをしてから婚約してほしい、ってことだと思う。』
『はぁ。自治区では大分真面目にやってたから忘れてたけど、元々結構なクズ野郎なんだね。』
『うーん、まぁ、そうなのかな?私、思っているよりも殿下の事あまり知らないみたいだから、まだ一概に判断できないんだよね。』

正直、自治区での顔と皇子としてのイメージが違いすぎて、ロズリーはアレクサンダーの人物像を見失っていた。

『ねぇ、のばら。彼の仕事の様子とか、普段の生活とか、市井にとってはとても興味深いものなのよ。あなたの世界にそういうものって何かあったかしら。』
『SNSとかってこと?皇子のスタッフがその様子を観察して伝えたり、写真あげたり、たまに本人がつぶやいたりするっていう……。』
『それ!それよ!それだわ!!』

ロズリーはのばらの手をがしっと掴むと立ち上がった。

『殿下の人となりを皆が知るチャンスになるわね!ちょっと、その方法考えてみる!!』
『えぇ!?だってそっちの世界、携帯電話もスマートフォンもパソコンもないんでしょ!?』
『それは、そうね……。では通信具の開発が急務ということになるわね……。あ、けれどそれは戦で使われる魔道具を改造すれば……。』
『へぇ、戦いで使われる魔道具があるの?通信用の?』
『えぇ。水晶玉に魔力を込めて、あちらの様子を伺ったり、味方同士で通信したりするの。ただ、一つの水晶玉につき一人の魔術師が必要だからなかなか難しいのだけれどね。』

のばらはうーんと考え込むと言った。

『ねぇ、そしたらさ、テレビみたいにするのはどう?大昔のテレビ。』
『大昔の、テレビ?』
『うん、あ、ほら、うちにもあったでしょ?テレビ。つければ録画された映像が流れていて、たまにリアルタイムの映像も流れているやつ。』
『えぇ、それはわかるけれど。』
『大昔、テレビがまだできたばかりの頃ってすごい高級品でさ。一家に一台なんてとんでもなかったんだって。で、みんなそれを見るためにテレビのある喫茶店とかに詰めかけてたらしいんだよね。』
『なるほど!街頭に人を集めて見せるという作戦ね!』
『そうそう。で、人気の番組の時は人だかりができるから、それも商売の一つの方法になっていたみたい。』

それは、ロズリーにとって完璧ともいえる答えだった。

通信用の水晶の設置場所を周知して、同じ時刻に放送する。おそらく珍しいもの見たさで市民たちは集まってくるだろう。

そこで、王都でのニュースや王族のちょっとしたプライベート、遠く離れた自治区の紹介なんかを盛り込んでいけば、正しい情報が伝えられる上に有益な情報を周知しやすくなる。情報統制とも考えられるが、そもそも今は噂話という最も信憑性の低いツールに頼っているのだから、構わないだろう。

『ありがとう、のばら、私やらなきゃいけないことが見えたわ。』
『どういたしまして。口調がロズリーに戻ったってことは、もう大丈夫だね。』
『え?』
『あぁ、いや、こっちの話。じゃ、頑張って!私も来週模試だから!』
『!えぇ!?こんなことしている場合じゃないじゃない!がんばってよ、のばら!貴女たまにケアレスミスをやらかすんだから……!』
『大丈夫だって!もう、お母さんみたいだよ、ロズリー!』

口を尖らせるのばらがかわいらしくて、ロズリーは思わず吹き出す。

二人はクスクスと笑いあってから、大きく手を振り別れた。次に会うときまでにお互いいい報告ができるようがんばろう、という決意を胸に秘めて。


パチリと目を覚ましたロズリーは、大きく背伸びをすると、枕元のベルを鳴らしてメイドを呼んだ。

いつも通りの朝だが、今日は実に気分が晴れやかである。

顔を洗って支度をすると、教会に向かった。のばらとの通信は済んでいるが、やはり公爵家に戻ってくると自然と足が向いてしまう。

いつも通りの礼拝を済ませると、シスターリフィアに会った。

「おはようございます、聖女様。」
「おはようございます、シスターリフィア。聖女様はおやめください、いつも通りロズリーと。」
「ふふふ、ありがとうございます。自治区での生活が中止となってしまったと伺いましたが、大丈夫ですか?」
「はい。ショックも受けましたが、今はやりたいことが見えたので大丈夫です。」
「そのようですね。お顔から迷いが消えたような感じがいたします。」

シスターは静かにほほ笑んだ。

「ロズリー様、貴女の思う通りにお進みなさい。きっと道は開けます。」
「ありがとうございます、頑張りますわ。」

ロズリーはシスターに深々と礼をした。何か含みのある感じも受けたが、そこに悪い感情は読み取れない。

外は快晴。雲も少ない晴れやかな日に、ロズリーはまた新たな一歩を踏み出したのだった。

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