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30 久しぶりの登城

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(ここに来るのも久しぶりね……。)

馬車から降りたロズリーは、荘厳なローゼン城を見上げ短く息を吐いた。

一歩下がったところには執事長のイレイスとメイド長のばぁやが控えている。

ほぼ顔パスで中に進んでいくと、メイドが慌てて走って来た。

「サーナリアン公爵令嬢様、お迎えが遅くなり大変申し訳ございません。ご案内させていただきます。」
「ありがとう。……今日は王妃様からご招待を頂いたのだけれど、貴女は……?」

ロズリーは問うと、メイドはピクリと肩を揺らした。

ローゼン王家に仕える者達は、身に纏っているもので誰の部下なのかを知ることが出来る。今回迎えに来たメイドはスカートの丈が短く、薄手のストッキングをガーターベルトで吊ったなかなかに悩ましい恰好だ。どこからどう見てもアレクサンダーの世話をするメイドである。

「申し遅れました。私は王太子殿下よりサーナリアン公爵令嬢の案内を仰せつかりましたメイドのアナスと申します。」
「そうよね、王太子殿下のメイドよね。で、どうして貴女が案内に?私は王妃様からのご招待で登城したの。」
「はい、存じております。王太子殿下におかれましては、王妃様のお茶会まで安全にお連れするようにとのご命令をお出しになられました。」

少し威圧感を出して腹を探ってみても、全く物怖じする様子を見せない。服装からか、だいぶ派手に見えるメイドだが、相当の切れ者のようだ。

「……では王太子殿下のお心遣いということなのね。」
「ご賢察痛み入ります。こちらへ。王族通路の使用許可を頂戴しておりますので近道にてご案内いたします。」

メイドは通路の端に寄り、ロズリーの視界にちらりと映り込むような形で案内を始めた。流石王族直属のメイドである。高貴な者の前には決して立たず、しかし案内をしっかりできるよう教育されていた。

それにしても王族専用通路とは、アレクサンダーも思い切ったものである。

近道だというし、直々の命に背く理由もないし、何より王族専用通路というのが気になるのでそのまま進んではいるが、今のロズリーは正式な婚約者でもなければ、王族でもない。

血の繋がりはあるとはいえ、祖父の代で臣籍降下をしているのだ。完全に『臣下』の扱いであって、このような場所を通ることは到底許されるものではない。

なぜわざわざ迎えを寄こしてまでこの通路を通したのか。なにか思惑でもあるのかと思っていたら、案の定廊下の端に見知ったシルエットを認めた。

「やぁ、サーナリアン公爵令嬢。王族専用通路はいかがだったかな?あぁ、そんな、臣下のように端を歩かずとも良かったのに。」
「アレクサンダー殿下に拝謁いたします。この度は過分なお気遣いを頂きまして感謝申し上げます。」
「固いなぁ。俺とロージーの仲じゃないか。」
「殿下。恐れ多い事でございます。」

ロズリーは頭を垂れたまま言った。

なぜこの人はわざわざ「ロージー」の名を口にするのだろう。

ここは王城。あくまで王族と臣下としての関係性しか成り立たない場所で、「アレックス」と「ロージー」の関係は、王族不敬罪と捉えられて然るべき事象である。

「……サーナリアン公爵令嬢、面を上げてくれ。」
「はい。」

王族としての振る舞いに戻ったアレクサンダーの言葉に漸く従う。あくまでも臣下。祖父にいい含められていたことが、ロズリーの身体の中心にどっかりと重心を置いてくれているからこそ、ブレずに居られた。

「これから母上、いや、王妃殿下と茶会と聞いているが。」
「はい、あと半刻程化と思います。殿下のお心遣いで時間に余裕ができました。心より感謝申し上げます。」
「そうか、それはよかった。では令嬢、ひとつ頼みを聞いてもらえないか。」
「はい、私でよろしければ何なりと。」

アレクサンダーの頼みとはいたってシンプルなもので、散歩に付き合ってもらえないかというものだった。

茶会の会場までの道中は庭園を通る。ただその道中を一緒に歩きながら話をするだけならば何てことはない頼みだ。

しかし、当然のことながら彼の言う「散歩」はただの世間話となるはずもない。ロズリーは茶会とは別方向にエンジンを入れなおし、差し出された腕にそっと手を掛けた。

「……エスコートされることには、慣れているのだな。」
「デビュタントは済ませましたので。」
「そうか。その時のエスコートは誰に?」
「母方の従兄妹に当たります、アレックス・レッド小公爵にお願いいたしました。」
「あぁ、そうだったな。君のダンスは見た覚えがある。非常に優雅だった。」
「恐れ入ります。」

そんな世間話から入り、庭園に出るまで社交界についての話を続けていった。誰と誰が婚約しただの、どこの令息令嬢が人気だの。正直ロズリーにはあまり興味のない話題なのだが、一通り知識としては身に着いている。

「さぁ、庭園だ。段差があるから気を付けて。」

先に降りたアレクサンダーが手を差し出してくる。ロズリーは仕方なくその手を取った。いちいちエスコートが気障なのは、遊び人ならではといったところか。

「あぁ、庭は随分と気持ちがいいな。」
「さようでございますね。」
「令嬢は確か可憐な花が好きだったな。今咲いている花はどうだい?」
「大変美しゅうございますね。心が洗われるようです。」
「そうか。気に入った花があれば言ってくれ。公爵家まで届けさせよう。」
「恐れ多い事でございます。お気持ちだけありがたく頂戴いたします。」

先程からこの人は一体何なのだろう。皇子が王宮に咲く花を届けるのは、決まって婚約者の元だけだ。そのようなものを受け取ってしまってはどんな噂が立つか分からない。……或いは。

「もしや、殿下は王宮庭園のお花をよくご令嬢方に贈られるのでしょうか?」
「?いや?令嬢に花を贈るときは決まって城下の花屋に頼んでいる。そもそも王宮の花をそう簡単に贈れないのは、君も知っているだろう?」

何をいまさら、といった様子で言われ、ロズリーはますます困惑した。だったらなぜ花を贈るなどと気軽に言うのだろうか。横顔をチラリと覗き見ても、妙に機嫌良さそうにしているだけで、その真意は読み取れない。

あれやこれやと話しているうちに、気づけば庭園をぐるりと一周していた。時間もそれなりに経っている。

「そろそろ時間か。名残惜しいが、茶会の会場まで送っていこう。」
「で、殿下。大丈夫です、私、一人で参ります。」
「なぜ?」
「……殿下、失礼を承知で申し上げますが、何故わざわざこのようにお時間を割いてくださるのでしょうか。」
「えぇ!?何故って……!察しの良い君なら分かるだろう?」

どうやらロズリーの嫌な予感は的中したらしい。こうして親切にすることで、賭けの勝敗をうやむやにしようとしているのだろう。

つい先ほどまで勝負はなかったことにしてもらおうと思っていたロズリーだったが、こうもあからさまにされると面白くない。

「……殿下、賭けの勝敗は王妃様にお尋ねしてからでよろしいでしょうか。」
「え?賭け?あぁ、どちらかが願いを聞くというやつだな。君はそれでいいのか?私が正体を晒してしまったばかりに自治区での生活が途切れてしまったのだ、私の負けだと思うが。」
「……私を助けに来てくださった殿下に、負けなどと申せましょうか。その点は王妃様に正直にお話するつもりで居ります。どうぞご安心ください。」

「そうか、君はそんなところも慈悲深いんだな。流石『聖女様』だ。」

ニヤリと笑いながら、揶揄するように放たれた言葉に腹の底からイラっとする。この男、結局この4か月で何一つ変わらなかったらしい。

ロズリーは早々に皇子から解放されるべく、さっさとエスコートを頼み、無言で茶会の会場まで到着した。

優雅な礼を取りながらエスコートに対する謝意を述べ、くるりと背を向けて東屋に向かって行くロズリー。その背を、アレクサンダーが焦がれるように見つめていたことなど、彼女には知る由もない。

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