ドローピクチャー

くろねこ

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第4話 絶望

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 目を覚ますとそこには見慣れない天井があった。
 そして結城と七海さんと母さんがが僕の顔を覗き込んでいた。
 ここはどこだ?なんで皆んながいるんだ?
 とりあえず体を起こそうとしたが視界が右側に傾いて上手く起き上がれない。
 なんなんだ?
 自分の右腕を見たが、そこに腕はなかった。
 その瞬間、数日前の記憶が頭の中に大量に流れ込んできた。
 そうだ、僕は...僕は...
 車に轢かれたんだ。

「うわぁぁ!!」
 僕の右腕が...ない!!
 どういうことだ?なにが起きてんだよ!?
 パニック状態の僕の肩を結城が掴んだ。
「斗真!!一旦落ち着いて...聞いてほしい...」
 落ち着いて?
 よく見たら病院じゃないか。車に轢かれて病院に搬送されたのか?
 じゃあ右腕は!?
 色々考えていたら右腕に激痛が走った。
「っ...痛ってぇぇ...!!」
「斗真っ!!」
 あまりの痛みに右腕を抑えた。それでも尚痛みは続く。
 すると、誰かが呼んだのか看護師が部屋に入って来た。
「あの...腕が痛いって...」
 結城が看護師に事情を説明していた。その前に僕の腕は...どこに!?
 夢なのか?長い夢を見ているのか!?
 誰か...教えてくれ!!

 暴れ疲れて落ち着いたところを七海さんが話しかけた。
「あのね斗真くん...聞いて欲しいの」
と言って静かに語りかけた。
「君は...3日前、車に轢かれたのは覚えてる?」
 もう3日前のことなのか。力なく頷く。
「その時...君は右腕を車に潰されたの」
 どういうことだと言うよりも先に七海さんが言葉を続けた。
「医師の先生も頑張ったんだけど右腕は骨が粉々で元に戻すのはできなくて...切断するしかなかったの」
 切断。骨が粉々とも言ってた。
 てことは僕の右腕は一生戻らないのか?
 その時、ある考えが頭を駆け巡った。
 絵は?絵は描けなくなるのか?
 いや、義手をつけれるはずじゃ?
「ぎ...義手は...?」
 恐る恐る聞くと、七海さんは苦しそうな顔をして言った。
「義手は...適合困難で...」
と言った直後、七海さんは泣き崩れた。
 義手適合困難?何なのそれ?
 義手の適合が困難?ってこと?
 義手をつけられないってこと?
 信じたくない。信じたくないけど、無情にも頭の中で理解してしまった。目の奥が熱くなる。
「絵は...?」
 そう言った途端、母さんが僕を抱きしめた。
「ごめんね...ごめんねっ...斗真...!!」
 母さんはひたすらに謝っていた。謝って謝って謝った末に母さんは言った。

 絵はもう描けないの。

 怒りと、悔しさと、苦しさと、悲しさと、色々な感情が混ざり合って訳わかんなくなって言葉に出た。
「なんで...?意味わかんないよ訳わかんないよ...なんで描けなくなるんだよ...どうすりゃいいってんだよ...」
 彼らに八つ当たりしてはいけない。頭が正常ならそう考えて途中で止まっていただろう。でも、一度出た言葉は止まらずに出てくる。彼らは悪くない、悪くないけど...
 じゃあこの思いを何にぶつけたらいいの?
 わかんないよ...わかんないわかんないわかんないわかんない...わかんねぇわかんねぇ!!
「訳わかんねぇよ!!!」
 気づけば涙ながらに怒鳴っていた。
 こんなに汚い言葉遣いをするのはひょっとしたら初めてかもしれない。
 あぁ...最低だ...僕。

 僕の右腕は事故により無くなった。車の下敷きになった。もう絵は描けない。右腕がないのだから。
 僕は放心した目で窓の外を見つめていた。子連れの家族が出かけていた。今、ここで僕は絶望の底で苦しんでいるというのに奴らの人生は美しく彩られてるんだろうな。同じ景色なのに見ている世界が違うなんて、いつもなら絵に書き出していたところを僕は何もできなかった。
 絵が描けない。なら僕に残ったものはなんだ?
 恐らく何もない。運動ができるわけでも勉強ができるわけでも音楽ができるわけでもない。自分で言っちゃなんだが、天才少年画家から一転、僕は何の取り柄もない何もできないやつに成り下がった。
 乾燥した病室には僕が1人取り残されていた。今でもそこに右腕があると感じている。でも見てみるとなくって。やるせなさに駆られる。
 机に置かれた林檎を一切れ齧る。
 味がしない。
 世の中から彩が消え去った。僕を彩るものが。
 そういえば、さっきはみんなに酷いこと言っちゃったな。
 どうでもいいか。
 放心状態の僕にそんなことを考える余裕などなかった。
『今日のラッキーさんは乙女座のあなた!今日は1日、いいことずくしでしょう』
 誕生日は8月24日だから乙女座。
 チッ。
 何がラッキーだよ。それはおめーらだけだろ。
 誰もいない、話し相手もいない病室と胡散臭いバラエティ番組と僕の舌打ちが響いた。そして、慣れない左手で乱暴にリモコンを取り、テレビを消そうと思ったが、左手がうまく動かず、腹が立ってリモコンを投げ捨てた。
 僕はこんなことをするためにもいちいち左手を使うことになるのか。
 僕はすべての世界から逃げるようにベッドに潜り込んだ。

 遅い時間なのにも関わらず、病室に七海さんが来た。もう20時だぞ?いいのかな。
「おはよう」
 七海さんは昔からどんな時間帯でもおはようと挨拶をする癖があった。その癖がこんな状況になっても抜け切れてなくって少し安心した。
「おはようございます」
「電気くらいつけてよね」
と言って七海さんは病室の電気をつけた。そういやつけてなかった。眩しい。
「目、悪くするよ」
「もう右腕無くなったんで...目ぐらいどうでもいいかなと」
「...そう」
 七海さんは否定も肯定もしなかった。
 なんか口が悪くなった気がする。僕が喋っているのかと疑うほど、僕が僕じゃないように思えてきた。いや、右腕がなくなった時点でもう元の僕はいないのか。
 七海さんは僕に問いかけた。
「斗真くんはさ...美術部どうするの?」
「え?」
「ほら、私は今年で卒業するし、斗真くんは...絵を描きたい?」
 絵を描きたい?
「なんでそんな質問するんすか。描けるわけないじゃないですか」
 僕は乾いた笑みを浮かべて言った。
「美術部は解体ですね。残念ですけど」
 感じ悪く聞こえたかもな。別にいいけど。
 そう思う反面、申し訳なくなってしまった。ここまで美術部を守ってきてくれた部長に対して解体だなんて。僕は七海さんを直視できなくなって、目を背けるように窓の外をただ見つめた。外はもう真っ暗。気温は16℃とかなんだとか天気予報で言ってたっけな。
 余計なことを考えている僕を振り向かせるようにして七海さんは言った。
「ねえ、斗真くん。君の右腕は確かにないよ」
 その言葉を何度聞いたことか。右腕があると思っている僕に対し、先生も結城も母さんも言った。そう思う僕などお構い無しに七海さんは続けた。
「でもさ、左手があるじゃん」
 僕は思わず動きを止めてしまった。
 何を言っているんだこの人は。
 右手がない。から左手。と言いたいのか?そういうことなのか?だとしたらかなり馬鹿みたいな考え方だ。利き手でもないのにどう使えというのだ。昼間だって、テレビすらまともに消せなかったんだぞこの左手は。
 いや、違う意味でそう言っただけかもしれない。
 「どういうことですか」と僕が言おうとするのを遮るようにして七海さんは僕に告げた。

「斗真くん、左手で絵を描いてみない?」
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