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第四章 思わぬ誤解とライバル出現に焦る俺

73.胸が痛い Side.ディオ

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使えない文官達が半分ほど辞め、ちゃんと使える文官達が多く残った。
業務のスリム化も進めているし、正直やっと仕事の目処が立ちそうだとホッとする。

なんだかんだでパーシバルはあの日以来、毎日昼間にやってきては二局やって帰っていく。
これがなかなか良い気分転換へと繋がって、非常に助かった。
偶には普段と違う行動もやってみるものだ。

「随分ご機嫌だな?」
「まあやっと仕事の方も上手く回り始めたからね」
「そうか。手の掛かる部下ばかりだと大変だな」

コトリ。

気遣う言葉とは裏腹に、置かれた駒は非常に厳しい一手だ。
日に日に攻め方が厳しくなっていく手強い相手に、こちらも余裕を装いつつ最適な一手を思案する。

パーシバルとのチェスは勝ったり負けたりと双方互角と言える。
少しの油断が命取り。
きっとそれは現実と然程変わらない。
とは言え国及びルーセウスとディアの安全は確保したから、後は国と国の交易の話が殆どと言っていい。
外務大臣にも話は通しておいたし、俺の判断を尊重するとも言ってもらえたから問題はない。

ヴァレトミュラの件も既にレトロンとミラルカへ打診はしておいた。
多少驚かれたが、それをもって恩を売り、多くの利を貰うつもりだと言えばあっさり通った。
取り敢えずレールに使われる資材は自国で用意してくれとパーシバルには言っておいたし、ジワジワ国庫を削ってやろう。
ミスリル鉱山のないバロン国なら隣国のゴッドハルトから買い付ける可能性は高い。
トルセン陛下に『もしバロン国が厚顔無恥にも交渉に来たら、ちょっと多めの金額で吹っかけておいてくださいね』と伝えておいたし、上手くいけば儲けが出るだろう。

コトリ。

「流石だなディオ。ここでまだ起死回生を狙ってくるなんて」
「パーシバルが投了を禁止なんて言うから、悪足掻きがしたくなるんだ」

ここ数日、出来るだけ言葉は崩せと言われて、少し崩すようになった。
パーシバル曰く、同時期に即位した者同士、腹を割った関係を築きたいそうだ。
『敵対国に丁寧に接するのも業腹だろう?』と挑発するように言われて、それもそうかと納得した。

「そう言えばパーシバルは国の方は大丈夫なのか?こんなにガヴァムに長居していたら、大臣達も困るんじゃ…」
「フッ俺には優秀な弟がいるからな。問題はない」

どうやら弟が国王代理として仕事を請け負ってくれているらしい。
それで国が回るのだから羨ましい限りだ。

「ちなみに結婚は?」
「してない」
「意外だな」
「五つも年上なのにって?まあある意味正しいな。正確には一度結婚したが、子供ができたら産んで出て行ったってところか?他に男ができたんだとさ。俺からは愛が感じられないって罵って出て行った。馬鹿な女だ」
「へぇ。始末したんだ」
「当然だろう?どこの世界に国家機密を抱えた女を野放しにする馬鹿がいると言うんだ?」
「そうは言うけど、昔ブルーグレイの王妃は長い間アンシャンテに里帰りしていたと聞くから、なくはないんじゃないかな?はい。チェックメイト」
「なっ?!いつの間に?!」
「パーシバルは案外油断が出るな。完璧かと思いきやそうじゃないとわかって良かったよ」
「うぐぐっ。くそ!もう一回だ!」

勝ちだと確信していた盤面がひっくり返されて、パーシバルがギリギリと歯噛みする。
大人気ないとは思うが、嫌いではない。

「じゃあ後一回だけ」
「よし!」

そうして次の対局をしていたら、中盤に差し掛かったあたりでツンナガールが鳴った。
ディアからだ。

(話したくないな…)

でも出ないわけにもいかない。

「はい」
『ディオ?仕事が落ち着いてきたって聞いたから掛けてみたんだけど…』
「うん。でも今はちょっと取り込み中だから、急ぎでないなら切ってもいいかな?」

あまりパーシバルを待たせるわけにもいかない。

(これがルーセウスなら、サクッと負けて即パーシバルを追い出してでもかけ直すんだけどな)

そう思うものの、ルーセウスからこの時間に連絡が来ることはない。
少し落ち込んだ雰囲気が漏れ出たせいか、ここでパーシバルが声を上げた。

「ディオ!早く戻ってこい。折角の楽しい時間が台無しだ」
「ああ、すまない」
「その様子なら俺の優位は揺らがなさそうだ。今回は何をしてもらおうか。今から楽しみだな」

さっき負けたくせにパーシバルはやけに強気だ。
でも今のやり取りだけで心境を見透かされたように感じられて、つい溜め息が漏れ出てしまう。

「はぁ…しょうがないな。じゃあディア。また」

そう言ってプツリと通話を切った。

「お待たせ」
「いや。妹か?」
「ああ」
「それにしてはツレない返答だったな」

ニヤリと言われ、思わず渋面になってしまう。

ここ最近ずっとルーセウスとディアの仲睦まじい様子が報告されてきていて、俺は会えないのにとモヤモヤしていた。
昨日だってやっと時間が取れるようになったから、久し振りにルーセウスとゆっくり話したいとドキドキしながらツンナガールを手に取ったのに、まるでどうでもいいかのように短時間で通話を切られて愕然となった。
ディアとの結婚を早めたいのはやっぱり心変わりしたからなんだと、そう考えて涙が出た。

シグは『ただ単にガヴァムに早く来たいからですよ』と言うけど、それならもっとそういう態度を取るはずだ。
ルーセウスは裏表がないからこそわかりやすい。
つまり素っ気ないと言うことは、もう俺に興味がないんだ。
それがわかるからこそ胸が痛い。

そんな事を思い返していたせいか、パーシバルの手を読み切る事ができなくて、気づけばチェックメイトと言われていた。

「さっきとは大違いだな。俺の勝ちだ」
「認めるよ。今度は何を希望する?」
「その前にお前の希望は?さっき聞きそびれたからな」

さっきと言うと俺が勝った分か。

「それならうちの特産品を輸出したいな。ちょうど広めたい物があるんだ」
「ヤバい薬とかじゃないだろうな?」
「まさか。そんな物を持ち込んだら信用に関わるだろう?果物だよ」
「果物?へぇ。どんな奴だ?」
「ちょうど今の季節からが旬で、採取の期間も長いからいいかなと思って。見た目はこれくらいのボールくらいの大きさで、桃みたいに中央に種がある果物だ。果肉は柔らかくて甘いけど、外皮が固いからちょっと剥くのにコツがいるんだ」
「全く想像ができない。そもそも桃っていうのも食ったことがない」
「え?あんなに甘くて美味しいのに?」
「ああ」

これはちょっと意外だった。

「えっと…味見用に用意させようか?」

気を遣って言ってみると、ちょっと考えたところでスケジュール的に半日空けられる日はあるかと訊かれた。

「半日?まあ…上手く調整すれば明後日には?」
「じゃあ空けておけ。確かヴァレトミュラの駅がある第二都市はお前が道を整備して開発した観光都市だったな?」
「そうだけど?」
「そこでならその桃やらなんやらの果物が食べられるんじゃないか?」
「まあ普通に売ってるし、食べられると思うけど?」
「それなら俺の要望は、観光案内だ。国王自ら半日俺を接待しろ」
「え?」
「敵対国の王に、半日とは言え顎で使われるなんて屈辱的だろう?」
「別に?何とも思わないけど?」
「思えよ!どういう神経してるんだ、お前は!」
「熱くなるだけ無駄だな…とか?」
「チッ!」

舌打ちされた。
本当にそれくらいのことで一々熱くなったりしないのに。
寧ろ『それくらいでいいんだ、へぇ』くらいのものだ。

逆にパーシバルは熱くなりやすい。
自信家のようだし、ちょっとプライドが高過ぎるんじゃないだろうか?
ここ数日その高くなった鼻をポキポキ折ってるから、余計に俺より優位に立てるのが嬉しいのかもしれない。

「じゃあ明後日の午後、忘れるなよ?!絶対だからな!」
「わかってる。予定は空けておくよ」

そう約束してすぐに予定の調整に入った。




そしてその日と翌日のこと。
珍しくルーセウスから何度もツンナガールへと着信があった。
ただちょっと間が悪く、議会で重要な案件を話している真っ最中だったり、シャイナー陛下との会談中だったりで出る事ができなかった。
特にシャイナー陛下は義父になる人だし、とてもじゃないがロキ父様のように粗雑には扱えない。
丁重にもてなした。

内容はアンシャンテの譲位の時期の話とヴィオレッタ王女との結婚式のこと。
アンシャンテも情報収集はしっかりする方だから、ルーセウスが式の日程を早めようとしているというのが耳に入った様子。
それならガヴァムで合同結婚式にしたらどうだと提案されたのだ。
国賓を呼ぶのに、その方がスケジュールの都合もつけやすくなるだろうし、二度手間にならない。
ついでに双方が初夜なら少しは気持ちも楽じゃないかと気遣われた。
バレている。

取り敢えず気遣いへの感謝は述べたものの、正直悩んでしまった。
合同結婚式ということはつまり、仲睦まじい二人を見ながらヴィオレッタ王女との式を挙げるということだ。
万が一にでも泣いてしまったら洒落にならない。
今のこの心境だと、国王の威厳なんてとても保てない気がする。

一応暗部の方には連絡がついたから、ルーセウスがガヴァムに向かっているということだけはわかった。
夜の通話が繋がらないのもそれでかと思ったけど、これまでだったら絶対に繋がったのにと胸が苦しくなる。

『明日には着くよ』『早く会いたい』『ディオ、愛してる』以前なら確実にそう言ってくれていたルーセウス。
でも今回はそうじゃない。
それが悲しかった。

そうしてやっと通話が繋がったのがパーシバルと出かける日の当日。

『ディオ!』

二日ぶりのルーセウスの声に泣きそうになる。
でもなんとか気持ちを落ち着かせて、平静を装った。

「ルーセウス。暗部からこっちに向かったって聞いたよ。近くで公務でもあった?」

でも返ってきたのは酷く事務的な言葉だけ。

『ディオ!もう近くまで来てるから、ワイバーンの受け入れ連絡を頼みたい!』
「わかった。伝えておく。でも出迎えはできないかも…」

何をしに来るんだろう?
以前なら疑うことなく自分に会いにきてくれたんだと思えたのに、今はとてもそうは思えなかった。

それだけ暗部達からの報告は俺に現実を突きつけていたから。
別れ話でない事を祈るしかない。

ルーセウスに会うのを先送りにしたいなんて思ったのは初めてかもしれない。
ちょうど予定が入っていて良かった。
今日に限って言えばパーシバルに感謝だ。

『ディオも忙しいだろうし、それはしょうがない。部屋で大人しく待ってるから、仕事を優先してくれ』

こんな風に聞き分けがいいルーセウスなんて、俺は知らない。

(前はあんなに会いたい会いたいって言ってくれてたのにな…)

思わず溜め息が出そうになる。

「ありがとう。そうだ。ルーセウスに聞きたい事があったんだ」
『なんだ?なんでも聞いてくれ』
「うん。ディアとの結婚を早めたいって聞いたんだけど、本当?」

出来るだけ自然に聞こえるよう尋ねたつもりだ。
シグが言うようにこちらに来たいからという理由だったら、多分『そうなんだ。ディオのところに早く行きたくて』ってはにかむように言ってくれると、そう思ったから。
少しでいい。
ルーセウスからの愛情を感じたかった。
なのに返ってきたのは強い意思を感じる言葉だけ。

『ああ。できれば速やかに婚儀を挙げたいと思ってる』

別れを口にされるよりずっと胸に刺さった気がする。

(……ああ。本当に、ルーセウスはディアに気持ちが傾いたんだ)

そう実感してポロリと涙が零れ落ちた。
でもルーセウスには泣いてるなんて気づかれたくない。

「そうか。わかった。えっと……っゴメン。一旦切るよ。また掛け直すから…。いや後でちゃんと話そう。それまでにちゃんと気持ちは落ち着かせておくから」
『ディオ?』

戸惑う声が聞こえてきたけど、とても話せる心境じゃなかったからそのまま通話を切った。

「ディオ様…」
「シグ。ルーセウスの受け入れ準備を頼む。出迎えもお前に任せるから、丁重にもてなしてくれ」
「御意!ちなみに離婚はしませんよね?」

茶化すように言われて思わずナイフを投げつけた。
完全に八つ当たりだ。
シグも来るとわかっていたようで危なげなく躱した。

「冗談ですって!絶対別れないって前に言ってましたもんね!ええ、ええ、わかってますよ!だからその手にある暗器はしまってください!お願いします!」
「……この後は予定通り外出する。帰りは…気持ちが落ち着いてからになるかもしれない。遅くなったら上手く誤魔化しておいてくれ」
「了解でっす!お任せください!」
「頼んだ」

そうして心を落ち着かせ、軽く目を冷やしてから待ち合わせ場所へと向かったのだった。



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