【完結】予想外の異世界で俺は第二の人生を生きることになった

オレンジペコ

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46.やってしまった…―宰相視点―

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ゆっくりと冷たくなっていた指先が温まっていくのを感じる。
今ここにジフリートはいない。
いるのは優しい空気を纏ったマナと自分だけだ。
正直ここまでどうやってやってきたのかは覚えていない。
それだけジフリートのことで頭がパニックに陥っていたのだろうと思う。
先程のことを思い出すだけでカタカタと身が震える気がして、思わず腕をさすってしまう。
そんな自分の前にコトリと湯気の立つ温かなカップが置かれ、大丈夫かと問いながら目の前にマナが座った。
そんな優しさにホッとしながらも未だ不安な気持ちが治まらなくて、ついつい不安げにマナの方へと視線を向けてしまう。
好きな相手にこんな情けない姿を晒すなんて本当にみっともないとは思うが、それでも気丈に振舞えないほど恐怖心の方が勝っている自分がいた。
先程のあのジフリートの姿は何故か思い出すだけで怖くて怖くて仕方がないのだ。
特におかしな行動をされたわけでもないのに、あの異様な空気に呑まれてしまっていた。
こんな情けない自分にマナは何があったのかと気遣いながら尋ねてくれるが、どう伝えればいいのかがわからなくてただ沈黙することしかできない。
何か嫌なことを言われたわけでもなく、何かをされたわけでもない。
ジフリートがしたことと言えば、ちょっとした軽口を口にしたことと、そっと腕を取り身を寄せてきたことくらいだ。
それくらいの事ならマナやトモだってしていることで、別に怒るようなことでもない…と思う。
それなのに────どうしてこれほど自分は動揺しているのだろうか?
ジフリートは「自分を意識してくれているのか?」とどこか嬉しそうに尋ねてきたが、意識していたのは間違いないがそれは別に恋心からくるものではない。

『意識しているからドキドキする』

ココだけを切り取れば確かにそういう言い方はできるのだろう。
けれどこれは恐怖心からくるドキドキで、マナに対するどこか高揚するようなドキドキ感とは大きく違うのだ。
それは今の自分になら容易にわかる。
そうしてグルグルと考え込んで一言も発しなかったからだろう。
気を遣ったマナが物凄くさり気なく一言だけ尋ねてきた。

「…………宰相。ジフリートに何か弱みでも握られましたか?」

どうやら何も言わないのは何も言えない状況に追い込まれてのことなのではと考えてくれたらしい。
本当に優しすぎて涙が出そうになる。
ただ首を振り項垂れることしかできない自分が本当に申し訳なくて、もういいから気にしないでくれと言いたくなった。
きっと暫く放っておいてもらえたらまたいつものように笑えるようになるから…そんな気持ちで口を開こうと思った。
それなのに………。



そっと心配げに自分へと伸ばされた温かな手が、優しく包み込むように自分の頬へと伸ばされる。

「ヴェル…俺じゃ、頼りになりませんか?」

先程まで宰相と呼んでいたのに、ここで愛称を口にしてくるなんて反則だと思う。

「俺はヒロみたいにかっこよく助けてやれないし、男としても頼りないかもしれないけど……ヴェルの力になりたいと思っているのは本心からだし、俺にできることなら全部やってあげたいと思う。だから……」

しかもこんな言葉を惜しげもなく真っ直ぐにこんな情けない自分にくれるのだから、堕ちるなと言う方がおかしいだろう。

マナが…好きだ─────。

そこからは何も考えずただその気持ちのままに口づけを交わしてしまった気がする。
逃げられないように自分の方へと引き寄せ、その柔らかな唇へと自分の唇を重ねてしまう。
「んんんっ?!」
驚いたようにマナが硬直するが、その反応を受けて、もう二度と口づけられないかもしれないと思うとすんなり解放することが出来なかった。
優しく宥めるように口づけ、少しでいいから堪能させてほしいとその行動で訴えてみる。
そして少ししてからダメだろうかと伺うように少し困ったようにマナの方を見遣ると、どこか気持ちよさそうにうっとりとしたマナと視線が合った。
「ん…ふ……。さい…しょぅ?」
そんな色っぽい声を出されると色々まずいのだが……。
どうみても嫌そうには見えないし、寧ろもっとと強請っているように見えなくもない。
願望である可能性100%だろうけれど────このままソファに押し倒してもいいかな?とほんの少し邪な考えが頭に浮かんでしまった。

けれどそうは問屋が卸さない。

突然その場にコンコンコンッとどこか怒りを含んだように強くドアをノックする音が響いて、ビクッと飛び上がった。
そっとそちらを見遣ると、そこにはどこか怒ったように立つ勇者トモの姿があり、その手にはマナの作ったであろう食事がトレイに乗せられてあった。

「折角ダッシュで食べて戻ってきたのに、二人でイチャついてるってどういうことですかね?」

勇者トモが怒るのも無理はないことだろう。
励ますために好意で残ったはずの自分の恋人が、ちょっと目を離した隙に勝手に唇を奪われていたのだから────。
これは流石に言い訳のしようがない。
けれどこれはいきなりキスを仕掛けた自分が悪いのであって、マナは何も悪くないのだ。
だから『ちゃんと説明しないとぶっ飛ばすぞ!』と言わんばかりの勇者からの怒気を感じつつ、慌てて身を離し必死にマナのフォローに走った。
「こ、これは私が勝手にしたことであって、マナは何も悪くないぞ?!浮気じゃないから責めるなら私だけにしてくれ!」
「…………ふぅん?サトルは何も悪くない…ね?つまり宰相の方から強引に勝手に口づけたってことか?」
そんな言葉にゴクリと唾を嚥下し、神妙に頷く。
その場にピリピリとした空気が広がるが、けれどそれは次の瞬間瓦解した。
「ヒロ!勘違いするな!今のは消毒だぞ?ね、宰相?」
消毒?
消毒とは一体何のことだろうか?
と言うより、マナはいきなりあんなことをしてしまった自分に怒っていないのだろうか?
そうして内心首を傾げていると、マナはこちらを庇うように勇者トモとの間に入った。
「なんかジフリートが宰相が口にできないようなことをしたらしくてな?それで、口に出せずに行動で示しただけだと思うんだ。だから、悪いのはジフリートであって宰相じゃないんだ」
そうですよね?と柔らかな笑みをたたえながらこちらを向いて尋ねられるが、そうだとも違うとも言えず微妙な表情で固まることしかできない。
確かに恐怖心を覚えたのはジフリートに対してではあったが、別に口づけられたわけではなかったのだからこの場合肯定するのも違うような気がしたのだ。
それよりも、自分との口づけを軽く流されたのが地味にグサッと胸に刺さったような気がする。
嫌だったようには見えないし、先程までは確かに自分との口づけに酔ってくれていたように見えたのだが、やはり自分の気のせいだったのだろうか?
すっかり甘い空気は霧散して、何事もなかったかのような雰囲気になってしまっているのが悲しすぎる。
これは完全に脈なしということなのか……。
そうしてどんよりと落ち込んでいる自分といつも通りの状態に戻ったマナを見比べて、勇者はこちらへとニコリと微笑んだ。
「宰相?後でちょ~っと顔貸してくれますよね?」
「え?」
「サトルを抜きにして、二人で大事な『お話』があるんですけど…?」
わかるよなと全く笑っていない目でこちらを見ながら口の端を上げる勇者を見て、これは本気で怒っているなと実感した。
けれどこれは宣戦布告するにはある意味チャンスかもしれない。
正々堂々とマナが好きだと言っておけば、これから動くのにも遠慮する必要がなくなるかもしれないからだ。
「マナ。今日は勇者トモと少し話したいことが出来た。飲むのはまた今度にしよう。先程は突然驚かせて悪かった。その詫びもまた改めてさせてもらいたい」
けれどここでマナは意外なことに思いがけない言葉を言い放った。
「ヒロ、宰相との話は明日でもいいんだろう?俺達はまだ夕餉を食べてないし、元々二人で飲む予定だったからつまみも用意してたんだぞ?今日は引いてくれ」
いつもならあっさりと引き下がるはずのマナが珍しく強気に出たので、トモの方も驚きを隠せないようで少し不機嫌そうな顔になる。
「それは確かにそうかもしれないけど……この後二人きりになって貞操を狙われても知らないぞ?」
「そんなことあるわけないだろう?だって宰相だぞ?そんな色眼鏡で見たら失礼だ」
おかしなことを言うなと全幅の信頼を置いて言い放たれて、思い切り攻撃を受けたようにグフッと呻き声を上げたくなった。
もうこれはあれだ。
どこをどう取っても完全に脈なしのようで、心が瀕死状態になってしまう。
そんな自分達を見て勇者トモが思い切り吹き出した。
「ハハッ!本当にサトルって鈍いな。宰相?精々酒に呑まれないよう気を付けてくださいね?」
これで酔っ払って手を出したら鬼畜だぞと言わんばかりに楽し気な視線を送り釘を刺したところで、じゃあまた明日と言ってトモは去っていった。
本当に普段は子供っぽいところも垣間見せるくせにこういう所は妙に鋭い男なのだなと溜息が出てしまう。

後に残されたのは想い人とその想い人に全く相手にされていない自分だけ─────。
ここからどうアピールしたらいいのかとひどく重たい気持ちを抱えながら、明るい声で夕餉をテーブルに並べるマナの姿を見遣ったのだった。


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