黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

67.燻る火種

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クレイが立ち去ってからロックウェルはここ暫くあったことを掻い摘んでシリィへと話した。
王妃の事やクレイの協力でフェルネスを捕らえハインツの問題が片付いたこと、現在進行形でカルロが問題を起こしていることなど、他にも話は多岐にわたる。

「わかりました。では、急ぎでカルロ隊長を呼び出すのが先決ですね。その次は第三部隊の調査。人員の見直し。場合によっては新たな人員の確保。あとは…」
「ああ。あと、ルドルフ王子が明後日視察に出ると言っていたからそちらの護衛要員の選出も頼む」
「かしこまりました」

話を一通り終えるとシリィはすぐさま動き始める。
こうやって迅速に動いてくれるのが彼女のいいところだ。
いちいち事細かに指示を出す必要はない。
そうして、ほどなく呼び出されたカルロが執務室の扉を叩いた。



「ロックウェル様。お呼びと伺い参上いたしました」
「ああ。ご苦労」

頭を下げるカルロにロックウェルはバッサリとその言葉を投げかける。

「お前の情報隠しが発覚したので呼び出したのだが、心当たりはないか?」

ヒヤリとしたその言葉の冷たさにカルロがピクリと肩を震わせるが、それ以上の動揺は見られない。

「…仰られている意味がわかりません」
「そうか。黒魔道士排除の動きをする貴族の件…と言ってもか?」
「……」
「お前も知っての通り、私の第一部隊には黒白両方の魔道士が名を連ねている」
「…存じ上げております」
「では何故情報を上げずに隠した?」
全て知っているのだと告げてやるがカルロは必死に逃げ道を探っているのか言いよどんでしまった。
「それは…」
「第三部隊の者達皆で反逆を企てているのではと…そう捉えられてもおかしくはない行為だぞ?」
その言葉に、まさかと勢いよく顔を上げてくる。
「いいえ!!決してそのようなことは!!」
「……申し開きがあるのなら聞こう」
そう言いながら冷笑をもってしてカルロを追い詰めていく。
「それによりお前の価値を決めるのはこの私だ」
無価値になり下がるか、少しでも価値を見出させるか自分で決めろと言ってやると、カルロは項垂れながら素直に白状し始めた。


***


レーチェはロックウェルに呼び出されたカルロを思いながら自分の仕事をこなしていた。

(さて…どうなったかしら?)

カルロから貴族の屋敷に繋ぎを取りに行ってほしいと命を受け、同僚と三人でその貴族の元へと向かったことがあった。
あの時からこれはチャンスだと思っていたのだ。
このままズルズルとカルロがロックウェルに黙って黒魔道士排除の貴族と遣り合えば、いずれ問題は大きくなりロックウェルの耳にも届くだろうことは容易に想像がついた。
それを知ればロックウェルの厳しい目は当然カルロへと向けられる。
そのための布石となるだろうと思い、茶会を利用し貴族の元に行ったが、自分達の痕跡は全て消してきた。
ただ一つ、新人のソフィアが失敗してその貴族の息子に顔を見られてしまったのだけが誤算だったが、問題はないだろうと放置したのはまずかったかもしれない。
思っていたよりも早く話がロックウェルに知られてしまったようなのだ。

(本当はもっと問題が大きくなってからの方が良かったのだけど…)

その方がカルロも言い逃れができないので罷免は免れなかっただろうに────。
今回の件でいくと、上手く立ち回られれば厳重注意くらいで終わってしまうかもしれない。
だが、それにしてもカルロの信用はガタ落ちだろう。
間違っても本人が望んでいたらしい『第一部隊に引き抜かれて…』という話には繋がっていかないはずだ。

(本当につまらない男…)

矜持だけは強くて嫌になる。
けれどこのチャンスを生かさない手はない。
なんとか自分をロックウェルに売り込んで、部隊長に相応しい自分をアピールしていかなければ。
幸いロックウェルは基本的に仕事には厳しいが、性格的には優しい上司だ。
説得できるだけのものがあれば耳を傾けて評価はしてくれるはず。
上手く取り入れば自分を部隊長にしてくれる可能性は十分に考えられる。
そうこうしている内にフラフラとしながらカルロが戻ってきた。

「あ、隊長!いかがでしたか?」

いかにも心配していましたとばかりにそうやって尋ねてみると、カルロは気分がすぐれないからこのまま帰ると言い出した。
どうやら相当ショックなことを言われたようだ。
これでは部隊長解任は確実ではないだろうか?

「もしや辞めてしまえと厳しく叱責されたのですか?」

けれどカルロはその言葉に蒼白になりながら何も言わずに行ってしまう。

(…何を言われたの?)

これではさっぱりわからないではないか。
そうして訝しげにカルロを見送っていると、後ろから同僚に声を掛けられた。

「あらら。カルロ様、大丈夫かな?」
「…レイス」
「あれでしょう?ロックウェル様の痛恨の一撃?」
「?」
「あの人は白魔道士らしく、悪い人には容赦ないって聞くから」

ケラケラと笑いながら言うレイスに何か知っているのかと尋ねると、ニッと意味深に笑いながらサラリと躱される。

「さてね。見た目以上に魔道士長はドSな人かもって言う話」

そうやって去っていくレイスを見遣りながらまさかとため息をついた。
そんな話、聞いたこともない。
いずれにせよ、今は下手に動かず結果がわかるのを待つ以外にないだろう。

(早く詳細がわかるといいのに…)

そう思いながらレーチェは仕事へと戻ったのだった。


***


カルロは自室へと戻りながら先程までのロックウェルについて考えていた。
いつもの優男然とした魔道士長の姿はなく、そこに居たのはどこからどう見ても厳しく自分を断罪する恐ろしい男の姿だった。
あんな男に逆らえるはずがない。
曲者ぞろいの第一部隊の者達が何故大人しくあの男の元に居るのかわかったような気がする。
あの男の本性はきっとドSに違いない。
何も問題がなければ優しい上司。
そしてひとたび何かあれば牙を剥いてくる恐ろしい男────。
フェルネスを陥落させたと聞いたが、あれも慈悲によってというよりもあのドSを炸裂させただけなのではないかと背筋が寒くなった。
けれどこのままやられっぱなしなのも自分のプライドが許さない。
せめて一矢なりとも報いたかった。
どうせ信用は地に落ちたのだ。
今更何を怖がる必要があると言うのか…。

(今に見ていろ…)

隙をついて絶対に一矢報いてやると思いながら、カルロはヨロヨロと帰っていった。




(まぁ、面白いこと)
そんなカルロの姿を見遣りながら、リーネは柱の陰でクスリと微笑んでいた。
先程ロックウェルに呼び出されて何やら叱責されていたようだが、あの分ではもう再起不能だろう。
だがその目のギラつきを見る限り、何かしら事を起こしてくる可能性は高い。

「ロックウェル様を攻撃してくれる分には構わないけれど…」

もし万が一クレイに何かあったら自分の楽しい遊びが続けられなくなってしまう。
それだけはなんとしても避けたいところだ。

「まあいいわ」

暫く様子を見てクレイが巻き込まれそうならフォローを入れようと思い直し、ただ見送るにとどめた。
自分は自分の獲物さえ奪われなければ後はどうでもいいのだから────。


***


「クレイ!」
クレイが家へと戻ると、そこにはロイドの姿があり驚いた。
「ロイド。どうしたんだ?」
「昨日言っていた新しい魔法を試せたらと思ってな。お前はあっちに泊ったのか?」
「ああ」
何でもないことのように答えてそのまま一緒に家へと入る。
すると入った途端ロイドが後ろから抱きついてきた。
「…ロイド」
「なんだ?」
「…重いんだが?」
「わかってるくせに」
「魔力交流か?」
待っていろとすぐに封印を解いてやると、ロイドは嬉しそうに微笑んだ。


「ん…」
うっとりしながら自分の魔力に酔うロイドは本当に最初の頃から変わらない。
「はぁ…クレイ」
交流を終えて満足そうにギュッと抱きついたロイドに呆れたようにため息を吐くと、そのまま背をポンポンと叩いてやる。
暑苦しいからできれば早く離してほしい。
ここは何かきっかけをと別なことを口にしてみる。
「そう言えば今朝早速リーネが接触してきたぞ」
そう言ってやると、ロイドが楽しげにいつもの表情へと戻り、やっと手を放した。
「ああ。あの女か。お前好みそうだったな」
「…わかるか?」
「もちろんだ。お前はロックウェルと付き合う前はストレートだったんだろう?それならああいうのがタイプだったんだろうなと思って」
「まあ後腐れがないしな」
「言うと思った」
ロイドがクスリと笑う。
こういう自分をわかってくれているところは割と好きだ。


そうしてお茶を入れてやると、何故かそのまま流れでロックウェルとの話になってしまう。
「大体お前ほどの黒魔道士がロックウェルに落ちたのが信じられないんだ」
ロックウェルが自分に固執する訳も、自分がロックウェルに落ちたのも、両方納得がいかないとロイドは言った。
確かにそうだ。
互いに落とそうと思って落とせない女はいないのだから、普通なら男に走る必要はない。
一体何がどうなってくっついたのか────そこが不思議でならないとロイドは首を傾げた。
「私のように魔力交流が目的じゃなかったんだろう?もしかしてこの間言っていた封印の件と何かかかわりがあるのか?」

あの部屋での二人のやり取りが気になって、聞いておきたかったのだとロイドはズバリと切り込んでくる。
「…まあ切欠は切欠だったな」
そこから掻い摘んで二人の経緯を話してやったのだが、それを聞いたロイドは頭を抱えてしまった。

「ロイド?」

やはり襲われたなどと言わない方が良かっただろうか?
そう思っていたのに、ロイドの口から飛び出たのは全く違う言葉だった。
「…もっと早くお前に接触しておけばよかった」
「…ロイド?」
「あいつはそれでただの友人から恋人に昇格したんだろう?」
「まあそうだな」
「それなら条件は今の私と同じだったはずだ」
「……」
「どうせお前の事だから最終的な決め手は体の相性じゃないのか?」
「…失礼だな」

けれど否定できない自分が悲しい。
最初に抱かれた時に嫌悪感があればきっとこんな関係には落ち着いていなかっただろう。
ただただ傷つけられたとだけ思い込んで、更にドツボに嵌って死にたくなっていたに違いない。
元友人にいきなり犯されたのだからそうなってもおかしくはなかった。
それが今は恋人同士なのだから人生何がどう転がるかわからないものだ。
そして、悔しいと怒るロイドに実にロイドらしいと思わず苦笑してしまう。
「…お前のような奴は貴重だな」
こんな話を聞いてもロイドはロイドだった。
やっぱり何も変わらない。


これまで友人らしい友人と言えばロックウェルくらいだった。
ファルはどちらかと言えば父親や兄のようなものだし、友人とは少し違う仲間だ。
封印が解かれてから友人と呼べる存在にシリィが加わり、ロイドも加わった。
それは自分にとっては大きな変化で、素直に嬉しかった。

「黒魔道士の友人はお前が初めてだと言ったら……信じてくれるか?」

そうやって微笑みながら尋ねると、ロイドが思わず目を瞠る。
そして暫く考えた後、同じように笑った。

「そう言えば私も似たようなものだな」

それから『話が合う者がまずいないのが問題だ』と言いながら、暫く二人で楽しく盛り上がった。
こうして話ができる相手と言うのも本当に珍しい。
「クレイ。あの女魔道士の件でロックウェルに何か酷いことをされたらいつでも相談しろ。白魔道士は性格が面倒だからな」
「ああ。心に留めておく」
それから笑顔で帰っていくロイドを見送って、さて、明日はいよいよ王宮だとクレイはそっと気持ちを入れ替えたのだった。


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