黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

68.不穏

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その日レーチェが仕事をしていると、隊長であるカルロが厳しい表情でやってきて、勢いよく声を上げた。

「皆!聞け!」

その言葉に第三部隊の者達がそれぞれ何事だと視線を隊長の方へと向ける。

「昨日ロックウェル様に呼び出されたことは周知の事実だとは思うが、その件で皆に知っていてもらいたいことがあるのだ」

そして昨日話されたことを口にし始めた。
「まず、黒魔道士排除の貴族について対策は取っていただけることになった」
その言葉に、皆の顔に安堵の色が広がる。
気にしている者達も多かっただろうから、それは当然の事だろう。
けれど続く言葉に皆に緊張が走った。

「だが、情報を上げなかった私に対しロックウェル様は大層お怒りで、情報隠しそのものに対しては第三部隊全てに反逆の意向があるのではと仰せだった」

それを受けて場がざわざわと騒然となる。
「そんな…」
「カルロ様は皆を思って内密に動いてらしただけなのに…」
そんな言葉が静かに広がっていく。

(あらあら。随分同情を買う作戦に出たものね)

レーチェはカルロの言葉を聞きながらクスリと微笑みを浮かべた。
これでは第三部隊のロックウェルに対する不満が膨れていくばかりだろう。
元々黒魔道士であったフェルネスから白魔道士であるロックウェルに魔道士長が変わった時点で良い感情を持っていない者も多い。
魔道士長は平等に黒白交互に務めるものと決められてはいるが、そこには色々な思惑も入り混じるものだ。
ロックウェルが魔道士長になってまだ2年と少し────。
これまで大きな問題が生じたことはなかったが、これを機に不満を噴出させカルロに乗せられる者も出てくるのではないだろうか?
当然カルロもそれを分かった上でのこの発言なのだろうが…。

「ロックウェル様におかれては、汚名返上すべしとのことだ」
「カルロ様!そんな濡れ衣に黙っておられたのですか?!」
「そうですよ。何もしていないのに汚名返上も何もありません!」
「こちらは真面目に与えられた責務をこなしていると言うのに…」
「やはり白魔道士の魔道士長など、こちらのことなど何もわかっていない…!」
そうやって口々に悔しさを滲ませる者達に、カルロは気持ちはわかると項垂れながらも強く訴えた。
「お前達の悔しさはよくわかるが、ここはどうか耐えてくれ。私の方からもまた全責任は私にあると訴えてみる」
「…隊長」



(とんだ茶番ね)
レーチェはそんな皆を見ながら、さてどうしたものかと考える。
どうやらこの分ではロックウェルは厳重注意処分くらいの甘い処分にとどめたのだろう。
それを逆手にとってのこの行動と見た。
しかしこれでは自分的には面白くない。
さっさと失脚させてくれれば話は早かったと言うのに…。

(所詮は白魔道士って事かしら?)

甘い甘い…。
これならリーネが魔道士長になりたいと思ってもおかしくはなさそうだ。

(あの子の考えそうなことなんてお見通しだもの)

上昇志向の彼女の事だ。恐らく狙いはそこだろう。
レーチェはそっとほくそ笑みながらこの先へと思いを巡らせる。
これでロックウェルが潰されるのなら返って好都合だ。
新しい魔道士長は黒魔道士に決定なのだから、寧ろやりやすくなる。
失敗に終わったとしても首謀者であるカルロは失脚。
自分が部隊長になるのに支障はない。

(楽しくなってきたわ…)

加担しすぎず巻き込まれないように事の成り行きを見守ろう。
そっと周囲を見回せば自分と同じような考えの者も半数はいそうだし、特段目立つこともないだろう。

(お手並み拝見といかせてもらおうかしら…)

そう思いながらレーチェは静かにその場を離れたのだった。


***


その頃リーネはシリィのいない隙を狙ってロックウェルへと近づいていた。
「ロックウェル様。失礼いたします」
「ああ。急ぎの案件はそちらに置いておいてくれ」
「かしこまりました」
けれど書類を置いても去ろうとしない自分にロックウェルは訝しげに顔を上げてくる。
「どうかしたか?」
「いえ。クレイがロックウェル様の妖艶な笑みを見たと言っていましたので、気になりまして」
「ああ」
それかとロックウェルがクスリと笑う。
「あいつ曰く、私のドSな笑みは見惚れるほど綺麗…なのだそうだ」
「…そうですか」
それは実に黒魔道士らしい答えのように感じられた。
恐らくこれだけ整った顔をしたロックウェルがそんな表情を向けてきたとしたら、自分でも見惚れるだろう。
百戦錬磨は伊達ではない。
ロックウェルからは男女問わずモテる男の色香が漏れ出ている気がした。

(これは強敵ね)

ロックウェルに現状女がいて、クレイに興味がないのは幸いだった。
これでクレイを狙われてはたまったものではない。
ただでさえあの時一緒にいた男の黒魔道士もクレイ狙いの様だったし、こちらは女の武器を最大限に使って落としにいきたいところだ。
クレイのシリィに対する言動を見る限り女嫌いと言うわけではなさそうだったし、この狙いも間違ってはいないはず…。


「そう言えばいよいよ明日からロックウェル様もハインツ様の教育を担当されるとか…」
「ああ」
書類に目を通しながら、何でもないことのように答えてくるロックウェルにリーネはその言葉を意味深に告げる。
「そちらはクレイもご一緒でしたよね?昨日、カルロ隊長が何やら腹に一物抱えている姿を見掛けましたから、彼が巻き込まれないようにだけご注意いただけたら嬉しいですわ。王宮魔道士の事に外部の者を巻き込むのはよくありませんから」
何気なく反応が見たくなってにこやかにそう口にしてみると、ロックウェルがふと手を止めた。
「…心に留めておこう。ちなみにリーネ。私は同じ言葉をお前にも言っておきたいのだが?」
「あら。何がでしょう?」
「クレイは外部の魔道士だ。いらぬちょっかいを掛けて困らせてくれるな」
「うふふ…。心配なさらなくても大丈夫ですわ。あれはただの黒魔道士同士の馴れ合いですから。それでは」
失礼しますと言ってさらりと躱す。
これ以上踏み込んで勝手にゲームを終わらせられてはたまらない。
折角のチャンスなのだ。明日は何が何でもクレイに接触したかった。

(彼はどんなアプローチが好きかしら?)

きっと駆け引きめいたことが好きだろうし、まずは軽めにそちらを試しながら徐々に接触を増やしていきたいところだ。
そうやって退室していく自分に背後から鋭い声が掛けられる。

「リーネ。間違ってもクレイに媚薬などは盛らぬよう」
「うふふ。心に留めておきますわ」

最終的にそう言った手段をとっても構わないと思っていただけに先回りされた感は否めないが、今のところそのつもりはない。
そうして今度こそリーネは笑顔で部屋を後にしたのだった。


***


「ロックウェル様。先程リーネとすれ違いましたが」
シリィが執務室へと戻ってすぐに心配そうに口火を切った。
けれどそこは心配いらないとサラリと流す。
「それよりもカルロは動きそうか?」
「そうですね。早速動きがあったようです」
折角厳重注意処分で済ませてもらえたと言うのにと呆れたようにため息を吐くが、正直狙った通りの展開にほくそ笑んでしまう。
プライドを煽りながら次はないと言えばあの分ならこう言った行動に出ると予想はできていた。
それと同時に第三部隊の不穏分子をあぶり出し、一掃できればと考えたのはシリィには言わないでおく。
黒魔道士の者達が白魔道士である自分に良い感情ばかりではないことは元からわかっていたことだ。
これを利用しない手はない。

(本当に単純だな)

あまりにも簡単に事が運びすぎて笑ってしまいそうになる。
はっきり言って思い通りにならないのはクレイくらいのものだ。
あれだけ自分が言動を予測できない者も珍しい。

「さっさと面倒事は片づけて、愛で倒したい…」
「…何のことです?」
「…可愛い恋人の事だが?」

そう溢すとシリィが呆れたようにため息を吐いてきた。

「ロックウェル様!真面目にお仕事をしてください!」
「…いつもしているだろうに」
「まあサクサク片付けてくださるのは嬉しいですけれど、煩悩まみれでは困ります!」
「恋人の扱いよりも難しくてやりがいのある仕事でもあれば、身も入るんだがな」

あれが一番面倒なんだと言う自分をはいはいとあしらいながらシリィがいつもの様に仕事に戻っていく。
そんな彼女に苦笑しながら、今夜はクレイを自室に呼びたいなと思った。


「ヒュース。今日のクレイの予定は?」
【今日はどうものんびりされるご予定の様ですよ?】
「そうか」
それならこちらに問題さえ起こらなければ大丈夫だろう。
明日からいよいよ王子の教育係が始まる予定だし、頷いてくれる可能性は高い。
朝からずっと一緒に居ればリーネもそうそうは近づいてこれないだろうし、万が一狙われても守ってやることができる。
「さて、仕事をしっかりやるとするか」
何事も先を見通してやっておくに越したことはない。
ロックウェルは今日明日の予定を全て頭に叩き込むと、まずは目の前の書類からとそっと手を伸ばした。


***


その日の夜、仕事を終えて部屋へと戻るとそこには既に部屋で寛いでいるクレイの姿があって思わず頬が綻んでしまう。

「クレイ。来てたのか」
「お前が呼んだんだろう?」

そう言いながらもスイッと近づいて、するりと抱きついて口づけてきた。珍しく積極的だ。
「ロックウェル…。先に食事でもするか?」
その言葉に卓上を見ると、すでに使い魔に頼んで用意していたのだろう食事が並べられている。
「先にシャワーでもいいし、俺は寛いでいるから好きにしてくれ」
そう言いながらも何故かその目は誘うように甘かった。

どうも今日はかなり乗り気の様だ。
それならそれで先にクレイを食べてから食事を摂ってもいいかもと思い直す。
「クレイ。一緒にシャワーを浴びないか?」
食事はその後でと声を掛けてやると、思った通りすんなりと頷いてきた。
「珍しいな。足りていないのか?」
毎日可愛がっているのにと言ってやると、思いがけずその口から嫉妬させるようなことが飛び出してくるから油断も隙もない。

「ああ。今朝ロイドと魔力交流したけど物足りなくて…」
「……クレイ?」

嫉妬を滲ませそう低く呟いてやっても、クレイは全く分かっていないのか首を傾げただけだった。
「どうかしたのか?」
きょとんとしたように言ってくるのがまた腹立たしい。
これで浮気はしていないと言うのだからどうしてくれようか…。

「…お前を縛り上げて犯し尽くしてやりたい」

思わずぼそりとそう言うと、そこで初めて焦りだすのだから仕方がない。

「……?!どうしてそうなるんだ?!」
「…リーネと言い、ロイドと言い、どうしてお前の周りは不穏なんだ」

ふるふると首を振りながら後ずさるクレイをそっと壁際に追い込みながら、噛みつくように激しくその唇を奪ってやった。

「んっ…はぁ…ッ!」

こうしてあっという間にうっとりと自分に溺れていくくせに、他の者に目がいくとは…。
本当にちっとも思い通りになってくれない男だ。

「私を振り回してくるのはお前くらいのものだと…そろそろ自覚してもらいたいものだな」
「んっ…あッ…何…のこと…だ?」

そんな気はないのにと言ってくるクレイをそっと囲い込んで、そのまま服を剥いでいく。

「はっ…はぁ…んんぅ…」

弱いところを順に煽るように撫で上げて、官能を引き出しながらジワリと焦らす。
「ここも…ここも…お前の身体で私が知らないところなどないと言うのに…」
「ああっ…!」
その白い肌に所有の証を刻み込みながら甘く啼かせるのに、どうしてこれほど思い通りにならないのか。
これまで付き合ってきた女達とクレイは全然違う。
まさか離れられないようにと自分色に染め上げても安心できない者がいるなんて、思っても見なかった。

「お前の事だけは全く思い通りにならないことだらけだ」
「そ…んなの…、俺も同じ…だッ!あぁあッ!!」

もう寝台に行きたいとその瞳で訴えてくるクレイを連れ去って、そのまま上へとのしかかり口づける。

「んっ…んんんっ…!」
「お前だけが私を狂わせる…昔も今も…」
「はぁあッ…!!」

蹂躙しても完全には屈しないクレイを一体どうすればいいのか…。
そこでそうだとふと思いつく。

「クレイ…今日はお前に試してやろうか?」
「はぁ…。な…にを…?」
「白魔道士は拘束魔法が得意だと、お前に思い知らせてやる」

そうやってにやりと笑ってやると、クレイが蒼白になりながらフルリと身体を震わせた。

「お前は絶対にドSだ…」
「そこも好きなくせに…」

そう言って短く呪文を唱えて両手首を上へと持ち上げ拘束してやる。

「恥ずかしい恰好で沢山可愛がってやるから楽しみにしていろ…」
「あっ…!やぁっ…!」

そうして嫌がるクレイをゆっくりと虐めてやりながら、どうしてやろうかと考えたのだった。


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