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第一部 アストラス編~王の落胤~
70.切ない夜
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「ヒュース。もう三日もクレイに会えていないんだが?」
ロックウェルは休憩時間に静かな声でそっと恋人の眷属へと声を掛けた。
街に出ても家に行っても全く捕まらないとはどうしたことか…。
【あ~…。どうも恥ずかしくて仕事を詰め込まれてしまったようですね】
先日のキスマークの件が朝のやり取りに繋がって、そこから夜の事にまで考えが及んで居た堪れなくなってしまったようだとヒュースはサラリと答える。
【あの方は一見傲慢に見えるので勘違いされやすいですが、意外と照れ屋なのです】
「……」
【あまり追い込みすぎると逃げてしまうのでご注意下さいね】
そういう事はもう少し早く教えて欲しかった。
本当にクレイは予想外だ。加減が難しい。
「どうしたら会える?」
取り敢えずそこが問題だ。
【心配なさらなくても次のハインツ王子の教育係の日にお会いになれますよ】
仕事はサボらない人ですからと言ってはくれるが、それではまだ三日も会えないということではないか。
それは正直辛い。
【大丈夫ですよ。次にお会いになる日までに面倒ごとを少しずつ片付けましょう】
そう言ってヒュースはカルロの件を持ち出してきた。
【第三部隊の約半数は彼と共にロックウェル様に一矢報いる構えのようですね】
「そうか。随分多いが何か追加で情報は?」
【今のところは命を狙う類ではなく、恥をかかせる方向で動いているようです】
「なるほど…」
確かに第三部隊の者達はそれで溜飲を下げることができるだろう。
けれどカルロの方はどうだろうか?
たったそれだけであの男が納得するとは思えなかった。
(念には念を…だな)
ロックウェルは暫し思案すると、そのままヒュースを下がらせ、自分ならどうするかと幾パターンもの策を立て始める。
(どうせなら徹底的に潰してやる…)
そしてそっと冷笑を浮かべた。
***
【クレイ様…】
「なんだ?」
【お食事はしっかりとお取りになられた方が…】
「…いらない」
新しく眷属に加えた者が何やら心配げに言ってくるが、クレイは仕事に集中したいからとあっさりとそう答えた。
けれどそれを黙っていないのが昔から仕えている眷属達だ。
【クレイ様。そう仰るのなら今すぐロックウェル様に来ていただきましょうか?】
【そうですね。回復魔法を掛けていただければお食事を摂っていなくても大丈夫ですし】
【ついでに今お抱えのお寂しい気持ちも解消されるでしょう。いかがです?】
「……ちゃんと食べるから絶対に呼んでくるな」
【かしこまりました】
満足げにそう答え、すぐに食事の支度をしてくるからしようがない。
正直ロックウェルが恋しくて食欲がわかないだけなのに…。
会いたい…。でも恥ずかしい…。
(大体あんな恥ずかしいことをされても好きってどうなんだ?)
あんなに乱れ狂った自分をさらけ出して、ロックウェルにどう思われただろう?
好きだと言ってはくれるが、本当は呆れられているのではないだろうか?
「うぅ…やっぱり会いたいけど会えない…」
確認するのも恥ずかしすぎる。
取りあえず仕事をしている時だけは恥ずかしいのを忘れていられるから、集中しようと気持ちを切り替え依頼に取り組む。
今日の依頼は人探しだ。
相手は優秀な白魔道士らしく、目くらましの魔法を掛けているらしい。
けれどそんなものは自分に掛かれば大した障害ではない。
すぐに使い魔達を放って行方を追う。
幾重にも掛けられた目くらましの情報を、使い魔達からくみ取って自分の中でそれらを組み立てる。
(なかなか手応えのある相手だな)
これならもう少し詳しく調べた方がいいだろうと思い直し、使い魔の数を倍に増やした。
それによって情報はより緻密になっていく。
(…見つけた)
数々のフェイクを掻い潜り、ほんの僅かに示された相手の痕跡。
(だが、これもフェイクで…本命はこちらのフェイクと見せかけた痕跡の方だ…)
クッと笑いながら影を渡って一気にその者の近くへと姿を現す。
そこに居たのは白いフードをかぶった如何にも白魔道士と言う風体の男だ。
「…白魔道士、アベルで合っているか?」
バサリと黒衣を翻しその者へと尋ねると、相手はクイッと眼鏡を上げながらそうだがと答えてくる。
「お前に仕事を頼みたいと言っている者がいるのだが、できればこのまま一緒に来てもらいたい」
「…それだけのためにわざわざ黒魔道士に依頼して探してきたと?」
「ああ」
「明らかに面倒そうだから断りたいのだが?」
「…そう言うことは依頼人に直接言ってもらえると助かる」
「…わかった。ちなみに目くらましの魔法は完璧だったと思うんだが、私を探し出したのはお前一人の力なのか?」
「…?そうだが?」
「…ちなみに使った使い魔の数は?」
「ざっと60…かな?」
それがどうしたと尋ねると相手はどこか悔しそうに表情を歪ませた。
「60…だと?」
「ああ。ちなみに俺の使い魔は250を超えるから、ここで逃げても無駄だぞ?」
すぐにまた見つけ出すからと言ってやると、わかったと言いながら大人しくそっと自分の手を取ってくる。
意外と話がスムーズで助かった。
普通はここまで周到に目くらましの魔法を掛けている相手とならここから戦いになることもざらなのだが…。
戦いにならないのならそれに越したことはない。
そしてそのまますぐに影を渡って依頼人の元へと連れていくと、去り際に厳しい目でこちらを見遣り、一言言ってきた。
「お前の事は忘れない…」
「?」
意味がよくわからなかったが、どうも彼のプライド的な何かを刺激してしまったようだ。
「機会があればまた会おう」
そう言って依頼人の元へと言ってしまった彼を見送り、自分も家へと帰る。
これでこの仕事は終わりだ。
後は簡単な依頼が数件残るのみ。
「はぁ…ロックウェルに会いたい…」
そうやってため息を吐きながらクレイはまた次の仕事へと向かった。
***
【おやまぁ…珍しい】
夜、ロックウェルがクレイを思いながら寝台に横になっていると、珍しくヒュースが声を上げてきた。
「どうかしたのか?」
【いえ。クレイ様がご自分でご自分をお慰めになられていたので珍しいなと思っただけでございます】
ちゃんとロックウェルとの約束も守って花街には行っていないようだとどこか楽しげに笑ってくる。
「……」
【ロックウェル様の調教の成果ですね】
はっきり言ってそんな成果を知らされるくらいなら会いに来てほしいのだが…。
「今は家にいるのか?」
【そのようですね。けれど夜も遅いですし、今日はお諦めになられた方がいいでしょう】
確かにそうだ。
けれど自慰に耽るクレイを見たい気持ちもあった。
【そんなもの、今度お願いなされば良いではありませんか。ロックウェル様はどうぞこのままお休みください】
明日も朝早くから仕事だと言ってくるヒュースにそれはそうだと返すが、はっきり言って自分も欲求不満なのだ。
【ひと月会えなかった時に我慢できたのですから、一週間くらい大丈夫でしょうに…】
「…あの時とは状況が違うんだ」
クレイをロイドから取り戻せたのは嬉しいが、どうしても安心感を得られない。
またいつ飛んでいかれるかわからない不安で押し潰されそうなのだ。
毎日でも抱き潰して安心したい自分が常にどこかにいる。そんな感じだった。
そんな自分にヒュースが何でもないことのように話を振ってくる。
【ロックウェル様…昔話でも致しましょうか?】
「昔話?」
【ええ。クレイ様の初恋が貴方だと言う、ただそれだけのお話なのですが…】
「え?」
正直その言葉は突拍子のないものでしかなかった。
クレイとの関係は自分が迫ってからのことだったし、友人の時もいつもクレイに声を掛けるのは自分の方からだった。
だからヒュースが言わんとしていることがさっぱりわからなかったのだが…。
【最近やっと素直になってこられましたが、クレイ様は本当に昔からロックウェル様一筋なのですよ?ご不安になる必要など何もないのです】
そう言って、ヒュースは楽しげにクレイの事を話してくれる。
【あの方は初めて貴方と話した時から、貴方だけを見ておりました。いつも嬉しそうに貴方の話ばかり語られて…】
当時は15、6才くらいだっただろうか?自分の事を話すその姿は本当に可愛いかったらしい。
【ただですね、あのように鈍感な方ですし、男は女とくっつくものと言う観念があったので、それを恋とは全くご自覚されていなかったのです】
それでもいつでもロックウェルの事が一番で、ただただ好きで仕方がないようだったのだと色々教えてくれる。
【ロックウェル様が女性に囲まれている時にちらりとご自分を見てくれた時など嬉しくて仕方がなかったようで、気恥ずかしくてその場からよく立ち去っておられました】
その言葉に過去を振り返ってみるが、確かにクレイは目が合うとサッと身を翻してその場から立ち去っていたように思う。
けれどそれは女に囲まれている自分を見て呆れているのかと思っていた。
もしくは他の男達同様、モテる自分を見たくなかっただけだとばかり思っていたのだが…。
【ご一緒にお仕事なさっている時もやる気満々で、いつも以上に魔法が冴え渡って、ロックウェル様にいいところを見せたいとそれはもう気持ちが溢れておられましたね~】
「…………」
そんな話を聞いて、あれはそうだったのかと思わず遠い目になってしまう。
自分にできないことを見せつけられたようで正直逆効果も甚だしかったのだが…。
【まあクレイ様は子供の様な方ですから、自分の感情がそのまま行動に表れてしまうのですよ】
そこを勘違いしないでやってほしいとヒュースは言った。
【そうそう。淫魔退治の時にロックウェル様とご一緒なさった時があったでしょう?あの時も淫魔に口づけされながら、ロックウェル様の口づけはどんな感じなんだろうと無意識に思ってしまったようで、うっかりぼんやり流されそうになったんですよ】
あの日はロックウェルが女性と口づけする姿を見掛けていたから思わずそんな思考になってしまったようだとヒュースは暴露してくる。
それから他にもいくつかのエピソードを話してくれたが、どれもこれも正直目から鱗の話ばかりだった。
それは振り返ればいちいち当て嵌まるようなことばかりで…。
【ロックウェル様は当時お分かりにならなかったのかもしれませんが、クレイ様はそうやって昔からずっとロックウェル様だけがお好きだったのです】
それは傍で見てきた自分達が一番よく知っているのだとヒュースは言う。
【ご自覚がないまま成長して女性経験ばかりが増えたのであんな感じになってしまわれましたが、私どもに言わせてもらえれば今のこの関係はなるべくしてなったとしか言いようがないのですよ。ですからどうぞ自信を持ってあの方を繋ぎとめてくださいませ】
その言葉で以前ヒュースから言われた言葉の意味が何となく分かった気がした。
今も昔も…。確かそんなことを言っていたように思う。
あの時はただの慰めの言葉だと思っていたのだが────。
「その言葉を…信じてもいいのか?」
【勿論でございます。大体おかしいとお思いになりませんでしたか?ロックウェル様が最初に口づけられた時のクレイ様のご様子は恋する眼差しそのものでございましたよ?ロイドとは比較にもなりません】
その言葉にあの時の事を思い出してみるが、確かに言われてみればその通りだ。
クレイがすんなりと自分を受け入れたのを見て驚いた。
あれはつまりそう言うことだったのだろうか?
【まあその後、ちっとも素直にならなかったので我々もやきもきしておりましたが、あれくらい積極的に迫っていただけて本当に良かったと我々一同感謝しております】
「……」
つまりは眷属達にとっては予定調和だったらしい。
道理で全く邪魔をしてこなかったわけだ。
つまりは最初から公認ということなのだと理解し、クレイがそれだけずっと自分を見てくれていたのだと安心できた気がする。
「クレイは本当にわかりにくい」
自分を見てほしいと足掻いてきたこれまでの自分は一体なんだったのだろう?
ヒュースから『クレイはちゃんと自分を見てくれていた』と聞いても当時の自分には全く分からなかった。
こうして裏から話を聞かなければ今でもその心を知ることはできなかっただろう。
【本当にクレイ様は不器用でわかりにくく、天然でどうしようもない方なのです】
だからこそ面白くて可愛くて力になってやりたいと自分達は思うのだとヒュースがクスリと笑ったような気がした。
【最近素直にロックウェル様に好きだと仰っているようなので、そこはお疑いになりませんように】
気持ちが溢れてつい口にしてしまうようなのだとヒュースはクレイの気持ちを代弁する。
確かにあんな目に合わせても好きだと言って縋ってくる姿は素直以外の何物でもなかった。
きっとあれが素のクレイなのだろう。
「ヒュース…。また、クレイの事で悩んだ時は色々教えてくれるか?」
【勿論でございます。クレイ様の想い人であるロックウェル様のお頼みなら、喜んで】
そしてその言葉を受けて、ロックウェルはホッとしながらその日は眠りにつくことができたのだった。
***
「眠れない…」
その翌日、クレイはどうしても眠れなくて深いため息を吐いていた。
昨夜自慰をしてはみたけれど、ロックウェルに対する気持ちが募っただけでひどく空しい気持ちになった。
花街で発散したい気持ちが強かったが、所詮ロックウェルの代わりだと思うとまた同じような気持ちになりそうで仕方がなかった。
どちらにせよ女は抱くなと言われているし、黙って行くわけにもいかない。
行ってもいいかと聞きに行くと必然的にロックウェルに会わない訳にはいかないし…。それでは本末転倒だ。
そうやってグルグル思い悩んでいると、見兼ねたように眷属が声を掛けてきた。
【クレイ様…そこまでお会いになられたいのならロックウェル様の所へ行かれてみれば?】
【そうですよ。今はもう真夜中。ロックウェル様もお休みでしょうし、ちょっと顔だけ見て戻ってこられたらいかがです?】
それなら恥ずかしくはないのではないかと提案されて心がグラリと揺れる。
確かに言われてみれば寝顔を見るくらいなら大丈夫な気がする。
(行って…みようかな…)
暫く悩んだが、ちらりと時計を見遣ってこれなら大丈夫かとそっと立ち上がる。
「…じゃあちょっとだけ」
【ええ。そうなさってください】
眷属がホッとしたように言ってきたので、クレイはそのまま影を渡って恋しいロックウェルの元へと向かった。
ロックウェルは休憩時間に静かな声でそっと恋人の眷属へと声を掛けた。
街に出ても家に行っても全く捕まらないとはどうしたことか…。
【あ~…。どうも恥ずかしくて仕事を詰め込まれてしまったようですね】
先日のキスマークの件が朝のやり取りに繋がって、そこから夜の事にまで考えが及んで居た堪れなくなってしまったようだとヒュースはサラリと答える。
【あの方は一見傲慢に見えるので勘違いされやすいですが、意外と照れ屋なのです】
「……」
【あまり追い込みすぎると逃げてしまうのでご注意下さいね】
そういう事はもう少し早く教えて欲しかった。
本当にクレイは予想外だ。加減が難しい。
「どうしたら会える?」
取り敢えずそこが問題だ。
【心配なさらなくても次のハインツ王子の教育係の日にお会いになれますよ】
仕事はサボらない人ですからと言ってはくれるが、それではまだ三日も会えないということではないか。
それは正直辛い。
【大丈夫ですよ。次にお会いになる日までに面倒ごとを少しずつ片付けましょう】
そう言ってヒュースはカルロの件を持ち出してきた。
【第三部隊の約半数は彼と共にロックウェル様に一矢報いる構えのようですね】
「そうか。随分多いが何か追加で情報は?」
【今のところは命を狙う類ではなく、恥をかかせる方向で動いているようです】
「なるほど…」
確かに第三部隊の者達はそれで溜飲を下げることができるだろう。
けれどカルロの方はどうだろうか?
たったそれだけであの男が納得するとは思えなかった。
(念には念を…だな)
ロックウェルは暫し思案すると、そのままヒュースを下がらせ、自分ならどうするかと幾パターンもの策を立て始める。
(どうせなら徹底的に潰してやる…)
そしてそっと冷笑を浮かべた。
***
【クレイ様…】
「なんだ?」
【お食事はしっかりとお取りになられた方が…】
「…いらない」
新しく眷属に加えた者が何やら心配げに言ってくるが、クレイは仕事に集中したいからとあっさりとそう答えた。
けれどそれを黙っていないのが昔から仕えている眷属達だ。
【クレイ様。そう仰るのなら今すぐロックウェル様に来ていただきましょうか?】
【そうですね。回復魔法を掛けていただければお食事を摂っていなくても大丈夫ですし】
【ついでに今お抱えのお寂しい気持ちも解消されるでしょう。いかがです?】
「……ちゃんと食べるから絶対に呼んでくるな」
【かしこまりました】
満足げにそう答え、すぐに食事の支度をしてくるからしようがない。
正直ロックウェルが恋しくて食欲がわかないだけなのに…。
会いたい…。でも恥ずかしい…。
(大体あんな恥ずかしいことをされても好きってどうなんだ?)
あんなに乱れ狂った自分をさらけ出して、ロックウェルにどう思われただろう?
好きだと言ってはくれるが、本当は呆れられているのではないだろうか?
「うぅ…やっぱり会いたいけど会えない…」
確認するのも恥ずかしすぎる。
取りあえず仕事をしている時だけは恥ずかしいのを忘れていられるから、集中しようと気持ちを切り替え依頼に取り組む。
今日の依頼は人探しだ。
相手は優秀な白魔道士らしく、目くらましの魔法を掛けているらしい。
けれどそんなものは自分に掛かれば大した障害ではない。
すぐに使い魔達を放って行方を追う。
幾重にも掛けられた目くらましの情報を、使い魔達からくみ取って自分の中でそれらを組み立てる。
(なかなか手応えのある相手だな)
これならもう少し詳しく調べた方がいいだろうと思い直し、使い魔の数を倍に増やした。
それによって情報はより緻密になっていく。
(…見つけた)
数々のフェイクを掻い潜り、ほんの僅かに示された相手の痕跡。
(だが、これもフェイクで…本命はこちらのフェイクと見せかけた痕跡の方だ…)
クッと笑いながら影を渡って一気にその者の近くへと姿を現す。
そこに居たのは白いフードをかぶった如何にも白魔道士と言う風体の男だ。
「…白魔道士、アベルで合っているか?」
バサリと黒衣を翻しその者へと尋ねると、相手はクイッと眼鏡を上げながらそうだがと答えてくる。
「お前に仕事を頼みたいと言っている者がいるのだが、できればこのまま一緒に来てもらいたい」
「…それだけのためにわざわざ黒魔道士に依頼して探してきたと?」
「ああ」
「明らかに面倒そうだから断りたいのだが?」
「…そう言うことは依頼人に直接言ってもらえると助かる」
「…わかった。ちなみに目くらましの魔法は完璧だったと思うんだが、私を探し出したのはお前一人の力なのか?」
「…?そうだが?」
「…ちなみに使った使い魔の数は?」
「ざっと60…かな?」
それがどうしたと尋ねると相手はどこか悔しそうに表情を歪ませた。
「60…だと?」
「ああ。ちなみに俺の使い魔は250を超えるから、ここで逃げても無駄だぞ?」
すぐにまた見つけ出すからと言ってやると、わかったと言いながら大人しくそっと自分の手を取ってくる。
意外と話がスムーズで助かった。
普通はここまで周到に目くらましの魔法を掛けている相手とならここから戦いになることもざらなのだが…。
戦いにならないのならそれに越したことはない。
そしてそのまますぐに影を渡って依頼人の元へと連れていくと、去り際に厳しい目でこちらを見遣り、一言言ってきた。
「お前の事は忘れない…」
「?」
意味がよくわからなかったが、どうも彼のプライド的な何かを刺激してしまったようだ。
「機会があればまた会おう」
そう言って依頼人の元へと言ってしまった彼を見送り、自分も家へと帰る。
これでこの仕事は終わりだ。
後は簡単な依頼が数件残るのみ。
「はぁ…ロックウェルに会いたい…」
そうやってため息を吐きながらクレイはまた次の仕事へと向かった。
***
【おやまぁ…珍しい】
夜、ロックウェルがクレイを思いながら寝台に横になっていると、珍しくヒュースが声を上げてきた。
「どうかしたのか?」
【いえ。クレイ様がご自分でご自分をお慰めになられていたので珍しいなと思っただけでございます】
ちゃんとロックウェルとの約束も守って花街には行っていないようだとどこか楽しげに笑ってくる。
「……」
【ロックウェル様の調教の成果ですね】
はっきり言ってそんな成果を知らされるくらいなら会いに来てほしいのだが…。
「今は家にいるのか?」
【そのようですね。けれど夜も遅いですし、今日はお諦めになられた方がいいでしょう】
確かにそうだ。
けれど自慰に耽るクレイを見たい気持ちもあった。
【そんなもの、今度お願いなされば良いではありませんか。ロックウェル様はどうぞこのままお休みください】
明日も朝早くから仕事だと言ってくるヒュースにそれはそうだと返すが、はっきり言って自分も欲求不満なのだ。
【ひと月会えなかった時に我慢できたのですから、一週間くらい大丈夫でしょうに…】
「…あの時とは状況が違うんだ」
クレイをロイドから取り戻せたのは嬉しいが、どうしても安心感を得られない。
またいつ飛んでいかれるかわからない不安で押し潰されそうなのだ。
毎日でも抱き潰して安心したい自分が常にどこかにいる。そんな感じだった。
そんな自分にヒュースが何でもないことのように話を振ってくる。
【ロックウェル様…昔話でも致しましょうか?】
「昔話?」
【ええ。クレイ様の初恋が貴方だと言う、ただそれだけのお話なのですが…】
「え?」
正直その言葉は突拍子のないものでしかなかった。
クレイとの関係は自分が迫ってからのことだったし、友人の時もいつもクレイに声を掛けるのは自分の方からだった。
だからヒュースが言わんとしていることがさっぱりわからなかったのだが…。
【最近やっと素直になってこられましたが、クレイ様は本当に昔からロックウェル様一筋なのですよ?ご不安になる必要など何もないのです】
そう言って、ヒュースは楽しげにクレイの事を話してくれる。
【あの方は初めて貴方と話した時から、貴方だけを見ておりました。いつも嬉しそうに貴方の話ばかり語られて…】
当時は15、6才くらいだっただろうか?自分の事を話すその姿は本当に可愛いかったらしい。
【ただですね、あのように鈍感な方ですし、男は女とくっつくものと言う観念があったので、それを恋とは全くご自覚されていなかったのです】
それでもいつでもロックウェルの事が一番で、ただただ好きで仕方がないようだったのだと色々教えてくれる。
【ロックウェル様が女性に囲まれている時にちらりとご自分を見てくれた時など嬉しくて仕方がなかったようで、気恥ずかしくてその場からよく立ち去っておられました】
その言葉に過去を振り返ってみるが、確かにクレイは目が合うとサッと身を翻してその場から立ち去っていたように思う。
けれどそれは女に囲まれている自分を見て呆れているのかと思っていた。
もしくは他の男達同様、モテる自分を見たくなかっただけだとばかり思っていたのだが…。
【ご一緒にお仕事なさっている時もやる気満々で、いつも以上に魔法が冴え渡って、ロックウェル様にいいところを見せたいとそれはもう気持ちが溢れておられましたね~】
「…………」
そんな話を聞いて、あれはそうだったのかと思わず遠い目になってしまう。
自分にできないことを見せつけられたようで正直逆効果も甚だしかったのだが…。
【まあクレイ様は子供の様な方ですから、自分の感情がそのまま行動に表れてしまうのですよ】
そこを勘違いしないでやってほしいとヒュースは言った。
【そうそう。淫魔退治の時にロックウェル様とご一緒なさった時があったでしょう?あの時も淫魔に口づけされながら、ロックウェル様の口づけはどんな感じなんだろうと無意識に思ってしまったようで、うっかりぼんやり流されそうになったんですよ】
あの日はロックウェルが女性と口づけする姿を見掛けていたから思わずそんな思考になってしまったようだとヒュースは暴露してくる。
それから他にもいくつかのエピソードを話してくれたが、どれもこれも正直目から鱗の話ばかりだった。
それは振り返ればいちいち当て嵌まるようなことばかりで…。
【ロックウェル様は当時お分かりにならなかったのかもしれませんが、クレイ様はそうやって昔からずっとロックウェル様だけがお好きだったのです】
それは傍で見てきた自分達が一番よく知っているのだとヒュースは言う。
【ご自覚がないまま成長して女性経験ばかりが増えたのであんな感じになってしまわれましたが、私どもに言わせてもらえれば今のこの関係はなるべくしてなったとしか言いようがないのですよ。ですからどうぞ自信を持ってあの方を繋ぎとめてくださいませ】
その言葉で以前ヒュースから言われた言葉の意味が何となく分かった気がした。
今も昔も…。確かそんなことを言っていたように思う。
あの時はただの慰めの言葉だと思っていたのだが────。
「その言葉を…信じてもいいのか?」
【勿論でございます。大体おかしいとお思いになりませんでしたか?ロックウェル様が最初に口づけられた時のクレイ様のご様子は恋する眼差しそのものでございましたよ?ロイドとは比較にもなりません】
その言葉にあの時の事を思い出してみるが、確かに言われてみればその通りだ。
クレイがすんなりと自分を受け入れたのを見て驚いた。
あれはつまりそう言うことだったのだろうか?
【まあその後、ちっとも素直にならなかったので我々もやきもきしておりましたが、あれくらい積極的に迫っていただけて本当に良かったと我々一同感謝しております】
「……」
つまりは眷属達にとっては予定調和だったらしい。
道理で全く邪魔をしてこなかったわけだ。
つまりは最初から公認ということなのだと理解し、クレイがそれだけずっと自分を見てくれていたのだと安心できた気がする。
「クレイは本当にわかりにくい」
自分を見てほしいと足掻いてきたこれまでの自分は一体なんだったのだろう?
ヒュースから『クレイはちゃんと自分を見てくれていた』と聞いても当時の自分には全く分からなかった。
こうして裏から話を聞かなければ今でもその心を知ることはできなかっただろう。
【本当にクレイ様は不器用でわかりにくく、天然でどうしようもない方なのです】
だからこそ面白くて可愛くて力になってやりたいと自分達は思うのだとヒュースがクスリと笑ったような気がした。
【最近素直にロックウェル様に好きだと仰っているようなので、そこはお疑いになりませんように】
気持ちが溢れてつい口にしてしまうようなのだとヒュースはクレイの気持ちを代弁する。
確かにあんな目に合わせても好きだと言って縋ってくる姿は素直以外の何物でもなかった。
きっとあれが素のクレイなのだろう。
「ヒュース…。また、クレイの事で悩んだ時は色々教えてくれるか?」
【勿論でございます。クレイ様の想い人であるロックウェル様のお頼みなら、喜んで】
そしてその言葉を受けて、ロックウェルはホッとしながらその日は眠りにつくことができたのだった。
***
「眠れない…」
その翌日、クレイはどうしても眠れなくて深いため息を吐いていた。
昨夜自慰をしてはみたけれど、ロックウェルに対する気持ちが募っただけでひどく空しい気持ちになった。
花街で発散したい気持ちが強かったが、所詮ロックウェルの代わりだと思うとまた同じような気持ちになりそうで仕方がなかった。
どちらにせよ女は抱くなと言われているし、黙って行くわけにもいかない。
行ってもいいかと聞きに行くと必然的にロックウェルに会わない訳にはいかないし…。それでは本末転倒だ。
そうやってグルグル思い悩んでいると、見兼ねたように眷属が声を掛けてきた。
【クレイ様…そこまでお会いになられたいのならロックウェル様の所へ行かれてみれば?】
【そうですよ。今はもう真夜中。ロックウェル様もお休みでしょうし、ちょっと顔だけ見て戻ってこられたらいかがです?】
それなら恥ずかしくはないのではないかと提案されて心がグラリと揺れる。
確かに言われてみれば寝顔を見るくらいなら大丈夫な気がする。
(行って…みようかな…)
暫く悩んだが、ちらりと時計を見遣ってこれなら大丈夫かとそっと立ち上がる。
「…じゃあちょっとだけ」
【ええ。そうなさってください】
眷属がホッとしたように言ってきたので、クレイはそのまま影を渡って恋しいロックウェルの元へと向かった。
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