黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

81.お迎え

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その日、ロックウェルは前から来るリーネを見つけてすぐさま詰問した。

「リーネ!クレイは?!」
「あら…ロックウェル様。おはようございます」

クスリと余裕の表情で笑いながら言ってくるリーネに、思わず腹わたが煮えくり返りそうになる。

「そんなに心配なさらなくても、私もロイドもクレイには手を出しておりませんわ」

どうせクレイの眷属から聞いて知っているでしょうにと笑うリーネに、最早我慢も限界だった。
確かにヒュースは何もなかったとは言っていたが、詳細までは聞いていないのだ。
そこが気になって仕方がない。

「素直に吐かないなら今すぐ痛い目を見せてやるが?」

耳元で低音を落としそう脅してやると、リーネは蒼白になりながらふるりと身を震わせる。
どうやら自分がここまで怒っているとは想定外だったようだ。

「…ク、クレイは一足先にアストラスに戻りました」
「ほぉ?」

嘘ではないのかと尋ねるロックウェルに、リーネはそのままあっさりと口を割る。

「ほ、本当です!どことまでは言っておりませんでしたが、街の方に暫く滞在すると…」
「…それが本当なら眷属にも確認するが…構わないんだろうな?」
「か、構いませんわ…」

辛うじてそう答えリーネがするりと逃げ出そうとしたので、すぐさまその手を捕まえる。

「……クレイが戻ったら一度三人で話し合うとしよう。この…濃厚な魔力交流も含めてな────」

最早言い逃れできないぞと言って、顔色を失ったリーネをその場に捨て置き、踵を返した。

「ヒュース。今朝はクレイは王宮にいると言っていなかったか?」
【ええ。ルドルフ王子とお話しした後すぐ移動なさったようでございます】
「…仕事なのか?」
【いえ。ロックウェル様から逃げたいお気持ちが強かったようですね。ただ、あの方は無駄なことも好きではありませんので、持っている情報の中から今一番気になるものを調べることになさったようです】
「と言うと?」
【ええ。離宮に追いやられた王妃が、姿を消したらしいのですよ】
「?!」
【ルドルフ王子が極秘で探しているようだったので、我々もクレイ様のお耳に入れさせていただきました】

だからその街へと向かったのだろうとの事だった。
それなら迂闊に邪魔をすることもできない。

「…どれくらいで戻る予定だ?」

ポツリとそう尋ねると、こればかりは読めないと言われてしまった。

【相当怒っていらっしゃいましたが、ロイドとリーネに話を聞いてもらえて少しはすっきりしたご様子でしたし、後はこっそりお戻りの際にお優しくして差し上げれば大丈夫かと…】
「…魔力交流の件は?」
【あれは二人へのお礼と、リーネに対しては口止め料のようなもの。どうぞお気になさらず】

そうは言っても気になるものは気になった。
流石に今回はもう戻ってきてくれないのではないだろうか?

【ご心配なさらなくても…ほら、またクレイ様は怒りながら惚気られております】

その言葉にそっと顔を上げる。
「なんと?」
【…あんな変態みたいなことをしてくるなんて酷い。ロックウェル様でなかったら吹き飛ばしてやるのに…だそうです】
「…………」
【しかもあれは確かにお気持ちはわかると答えた眷属に、ロックウェル様のフォローまでいれる始末】
「…………」
【確かにちょっと酷かったけど、いつもの嫉妬だろうから自分にも悪いところはあった…と】

その言葉に、あれは『ちょっと酷い』を通り越しているぞとツッコミをいれたくなったが、それだけ自分を受け入れてくれているのだろうと理解した。

「クレイ…」
【まあ何れにせよ我々もロックウェル様がお相手だから温かく見守っておりますが、それ以外の者がクレイ様を襲えば当然八つ裂きに致しますし、どうぞご安心を】
「お前たちは私に甘過ぎないか?」
【私共の主がそもそも要因のことが多いですし、ロックウェル様がクレイ様を深くお想いになってくださってるのも知っておりますので】

そこは気にしないで欲しいと言われてしまった。

「はぁ…。私もまだまだ未熟だな」

そうやって反省したロックウェルに、『お若いだけでございます』とクスリと笑って、ヒュースは今晩こっそりクレイの元へ連れて行ってくれると約束してくれた。

【あの街は大きな色街もありますし、スパイの類も多うございます。媚薬や怪しい道具なども多々見受けられますので、クレイ様がおかしな物を売りつけられぬよう見張らせておきますね】

それは一体どう言う意味なのだろうか?
よくは分からなかったが、ヒュースから仕事だと急かされ、一先ず職場へと向かった。


***


クレイはその見慣れないものを前に暫し悩んでいた。
その存在自体は色街で以前見たことはあるのだが、使ったことは正直一度もなかった。
女を啼かせるのに自分の物だけで十分だと言う思いがあったから、それの意味がよく分からなかったのだ。

(ん~……使うかな?)

言ってみれば、普段なら全く必要としないものだ。
けれどロックウェルとこういう関係になり、且つ他の者と寝るのは禁止だと言われてしまった手前、今回のように喧嘩してしまった時は自慰をせざるを得ない。
以前前だけでしてみたが、後ろでしたらどうなるのだろうとふと気になってのことだったのだが…。

(買って…みようかな?)

そっとそれを手に取ると、店員がニコニコしながらやってきて、色々と説明してくれる。
女性向けと男性向けもあるのだと教えてもらえるが、正直よく分からないと言うとこれでどうだとばかりに初心者向け五本セットと言うのを持ってこられた。
店主曰く、色んな形があるからどれか一つは絶対に気にいるはずとのこと。

「この街はあの手この手で依頼をこなす流しの黒魔道士の方も沢山いらっしゃるんで、品数だけは多くしているんですよ」

これは人気商品の詰め合わせなのだと言って笑う店主と暫く話をして、この街の他の情報も色々と聞き出す。

「ああ。北の貧民街の方は絶対に近づかないでくださいよ。色街に売れそうな子供を狙った怪しい輩がウロウロしてるんで、巻き込まれると厄介ですから」
「そうか」

そして情報料も込めて支払いを済ませ、サッサとその場から立ち去った。
それから宿や酒場などでも情報収集し、さり気なく怪しそうな場所へと使い魔を放つ。

(流石にこれだけ黒魔道士やスパイが多い場所だと、飛び交う使い魔の数も半端ないな)

そのぶん幾ら放とうと目立ちはしないだろうが、うっかりよからぬ輩に目をつけられても厄介だ。
使うのは最低限でいい。
それだけでもその日一日で沢山の情報を得ることができた。

(王妃はここにはいない…か)

離宮から程近い場所だけに可能性は高いと踏んだのだが、見込み違いだったようだ。
やはり只人を探すのが一番骨が折れる。

(魔道士なら魔力の痕跡を辿って一発なのにな…)

そう思いながらシャワーを浴びてごろりと横になった。




寝台に横になりスヤスヤと眠るクレイの髪をロックウェルはサラリと撫で上げた。
無茶をさせて心配もしたが、どうやら元気そうだ。
【ロックウェル様…どうなさいますか?】
ヒュースは他の眷属達とも話し、この街では収穫がなかったようだと教えてくれる。
【このまま連れ帰っても良いとは思いますが…】
「いいのか?」
【別に構いません】
クレイは起きていると素直ではないから、用事もないのにここに留まると言い出しそうだからとヒュースは言った。
それは確かに言い出しそうな気がする。
ここを拠点にするなど言い出されては面倒だ。
「わかった。ではこのまま連れ帰ろう」
【では荷は私どもが運びますので】
そう言って、そっと眠るクレイを抱き上げてヒュースと共に影を渡り部屋へと連れ帰る。
「クレイ…」
そしてそっと愛おしむように抱き締めて、そのまま眠りへと落ちていった。




「ん…」
なんだか妙に心地いい朝に不思議に思いながらそっと目を覚ますと、誰かの腕の中にいる自分に気がついた。

(え?)

そこにいたのは自分の大好きな恋人で、思わず何度も顔を確認してしまう。

(どうして?!)

昨日は確か宿に泊まっていたはずなのに、どうしてこんなことになっているんだとパニックになってしまった。
逃げなければと理性が叫ぶが本能で離れたくないと思ってしまい悩みに悩む。

(どうしよう…。でもちょっとだけなら…いいのか?)

少し恋人の温もりを堪能してから逃げ出しても罰は当たらない気がして、そっとその広い胸へと顔を埋めた。

(あったかい…)

自然と心が満たされて幸せな気持ちになる。

「はぁ…やっぱり好き過ぎて困る…」

離れがたいと思わずギュッと抱きついたところで、その声が頭の上から降ってきた。

「おはよう。クレイ」

その声に慌てて逃げ出そうとするが、当然逃してもらえるはずもなく、あっさりとその腕の中に囚われてしまう。

「ロ、ロックウェル…」

けれど思っていたのとは違って、ふわりと重ねられたその口づけはどこまでも優しくて、思わずうっとりと酔いそうになった。

「んっ…んんッ…」

縋るように服を掴むと、そのままゆっくりと押し倒される。

「はぁ…」

思わず熱い眼差しで見つめると、ロックウェルが思いがけず謝罪の言葉を口にしてきた。

「クレイ…あんな風に犯して悪かった…」
「え?」
「いくら何でも酷かったから反省している」
「…ロックウェル」
「戻ってきてくれないか?」

そうやって困ったように言ってくるから、嬉しい気持ちでいっぱいになってしまった。

「…わかった」

そう言いながら自分の方へと引き寄せて、仲直りの口づけを交わす。

「俺も…心配を掛けて悪かった」

素直に謝るとロックウェルが笑ってくれた。
そして一度だけと言って、二人でそっと肌を重ね合う。
それはとても優しい時間だった。


***


二人で仲良く王宮の回廊を歩いていると、その先で何やら言い争うような声が聞こえてきた。

「リーネ!ふざけないでちょうだい!」
「別に私はふざけてなんていないわ。第三部隊の隊長を決めたのは私ではなくロックウェル様ですもの」
「私がその座を狙っているのを知っていたでしょう?!」

どうやら暗に辞退しろと迫っているらしい。

「レーチェ…。甘いわね。大体私の目的はこんな小さな役職じゃないわ。すぐにのし上がるつもりなんだから、その時に代わってあげる」

クスクスと笑うリーネにレーチェはそれでは意味がないのだと食い下がるが、リーネは取りつく島もない。

「ルドルフ様に目を掛けていただくのは私よ!」

そんな二人にそっとロックウェルが歩を進めた。

「レーチェ。見苦しいぞ」
「ロ、ロックウェル様…」
「不満があるなら私に言ってくればいい。リーネを推したのは私なのだからな」
「納得がいきません!どうしてわざわざ第一部隊から隊長を?!」
「そんなもの。先日の演習で第三部隊の者達が弛んでいると感じたからに決まっている」

クッと笑うロックウェルにレーチェが蒼白になる。

「他に理由でも?」

続けて問われたその問いにレーチェは力なく項垂れるしかなかった。
そんなレーチェにリーネがそっと声を掛ける。

「心配しなくても私はルドルフ様やハインツ様に興味はないわ。あるのは…ここにいるクレイだけよ」

そう言ってスルリとクレイへと抱きつく。
それに対してクレイが静かに口を開いた。

「王宮内のことはよくわからないが、ロックウェルがリーネになら出来ると踏んで役目を振ったんだろう。文句があるなら実力で取りに行けばいい。ただそれだけのことだ」
「……!」

悔しそうにするレーチェはただ自分の野望を打ち砕かれてふるふると震えるばかり。
そこへロックウェルが短く言葉を掛け、皆を促す。

「いつまでも油を売っている暇はないぞ」

そしてそのままリーネからクレイを引き離すように自分の方へと引っ張った。
その姿にレーチェがわかったというようにリーネを睨み付けながらその言葉を吐き出す。

「リーネ!色仕掛けでロックウェル様を落としたのね?!」
「…?!ちょっと!怖い事を言い出さないでちょうだい!」
「おかしいと思ったのよ!急に貴女にそんな話がいくなんて!」

その言葉に勘違いされたくないとリーネが慌てて訂正に入った。

「クレイ!信じないで!昨日口づけだってしたでしょう?!」
「…まぁ昨日の朝は俺と寝台の上にいたしな」

その言葉に今度は別の意味でリーネが蒼白になる。

(これは…ロックウェル様に殺される!)

ちらりとロックウェルの方を見ると人を射殺しそうな眼差しでこちらを見ていて震えあがった。

「ロックウェルとリーネが付き合ったら俺がまず気づくと思うし、誤解だぞ?」

レーチェの誤解を解こうとしてくれるのは嬉しいが、それよりも何よりもロックウェルの誤解を解いてほしいとリーネは切に願う。
ロックウェルから漂ってくる怒りのオーラに怖くて怖くて仕方がなかった。

「ク、クレイ!ロイドも一緒だったわよね?」

二人きりではなかったとフォローを入れるが、クレイはこんな時に限って天然を発揮してくる。

「…?ああ。まさか朝からあんな風に三人で魔力交流する羽目になるとは思ってもみなかったな」

そうやって妖艶に笑うものだから、ハタから見ると朝から三人で乱れましたと言わんばかりだ。
これでは火に油もいいところだろう。
レーチェは案の定誤解は解けたようだが、別の誤解を生じさせて真っ赤な顔をしているし、ロックウェルに至っては怒り心頭と言わんばかりの冷気を放っている。

「…リーネ。悪いが私は今日のお前の就任式には出席できない。別件で忙しいからな」

ヒヤリとしたその声音にリーネはこれは絶対にお仕置きコースだと察してしまう。
しかしここで下手にクレイを逃がして怒りが全て自分に向けられてはたまらない。

(クレイ!ごめんなさい!)

「わ、わかりました!ごゆっくりなさってください!」

けれどクレイはそんな怒りに気がつかないのか、スルリとロックウェルから身を離し笑顔で言うのだ。

「今日はリーネの就任式なんだな。ロックウェルも忙しそうだし、俺も仕事があるからこれで失礼する」
「え?ちょっと!クレイ?!」
「クレイ!!」

待てと言っているのにクレイはそのまま影を渡ってその場から去ってしまった。
残されたロックウェルは拳を握りしめて壁に八つ当たりだ。
こんな姿はそうそう見られない。

「あいつは本当にどこまでも私を振り回す男だ!」

その姿にレーチェは震え上がり、リーネも蒼白になった。
クレイの天然は自分達にとっては取り入る隙になるが、ロックウェルにとっては自分を振り回すものでしかないのだろう。
これだけ振り回す相手なら束縛したくもなるだろうし、余所見すらできそうにない。

(…ちょっと同情しちゃうわ)

けれど夢中になる気持ちもわかるだけになんとも言えない気持ちになる。
ただ一つわかったことは、クレイがお仕置きされるのは自業自得と言うただそれだけのことだった。

「ロックウェル様。就任式はささっと終わらせますので、今日はどうぞ早めに帰られて、恋人との時間をお過ごしください」

精々そう言いながら時間稼ぎをしてやることしかできないだろう。
その間に少しくらいロックウェルの怒りが治まってくれればいいのだが……。

「…ではその前に明日の分まで仕事を片付けておくとしよう」
「はっ…」

こうして朝から王宮には嵐が吹き荒れたのだった。


***


【クレイ様…宜しかったのですか?】
何やら心配してくる眷属にクレイは心配いらないと笑ってやる。
「ロックウェルが怒っていたことだろう?あれはあのまま言い合いをしていたらいつまでも仕事にならないから、二人を早く仕事に戻したくて怒ってたんだ。本人も忙しそうだったし、部外者の俺がいつまでもあそこにいたら迷惑だしな」
それくらいわかると言ってやったのに何故か眷属達はため息をついた。

「そんな事より王妃の行方を追いたい。最短で片付けたいが、構わないか?」
【構いません。それならばどうぞ使い魔ではなく眷属をお使いください】
その言葉にクレイがそっと瞳の封印を解き放つ。
「ではコートとバルナ以外の、眠っていた者全て含め15体に命ずる。王妃の行方を迅速に追え」
その言葉と同時に眷属が二体を残し、全て動いた。
これだけ使えば結果はすぐに出るだろう。

「しかし…これだと今夜と明日はロックウェルに会えないな」

魔力消費が激しすぎるから、回復魔法だけでは追いつかないだろう。
そんな状態で抱かれたら感じすぎて死んでしまう。
流石に腹上死だけはゴメンだ。

「でも…このままだと王が煩いだろうし、ロックウェルが巻き込まれたら大変だしな…」

取り敢えず自分はこの間に別件の仕事でもしようと動き始める。
そちらの仕事は使い魔だけで十分だろう。

「今日はロックウェルのお陰で気分もいいし、サクサク片付けよう」

そしてクレイは機嫌良く街へと繰り出した。




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