黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

85.新制第三部隊

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「いや~今日はロックウェル様、艶々しておられますね」
朝から上機嫌で仕事を片付けるロックウェルに部下達がにこやかに次々書類を手渡してくる。
「お仕事もはかどって、あっという間に片付きそうですね」
「どうなさいます?予定より早く第二部隊の方に出向かれますか?」
そんな言葉にそうだなとロックウェルが笑顔で応えた。
「私達も同席しても構いませんか?第三部隊の時は噂だけ聞きましたので、悔しかったんですよ」
「暇な者は見に来ればいい」
「ありがとうございます!」
正直彼らは執務室にいる時間は少ないが、その分仕事をこなすのが早い。
書類を持ってくるだけ持ってきたらあとは自分達の仕事をやってしまっておしまいだ。
いつもそんな感じなので、第一部隊の黒魔道士達は自分の仕事を片付け終えるといつもさっさと外出してしまう者が多いのだが、白魔道士達は暇を持て余して王宮内をうろついて情報収集に当たる者も多い。
第三部隊の話は白魔道士が好き好んで黒魔道士の多い場所に行くことがないため、噂にしか聞けなかったのだろうと察せられた。

「それにしても第三部隊の隊長にリーネを推したのは意外でした」
「そうですね。彼女は確かに魔力は高いですし上昇志向もありますが、格下の者は歯牙にもかけない性格でしょう?」
「そうそう。部下を育てることなんて向いているとは思えないんですが…」
「そう言ってやるな。彼女は上に立ちたいと思っているんだから、ここで躓くようならそもそもそこまでの者だったと言うことだ」
ここが踏ん張りどころだろうと言ってやると、部下達は暫し考え確かにと頷いた。
「ではそちらも少し覗いていかれますか?」
その言葉にロックウェルは暫し考えていいかもしれないなと考える。
時間はまだあるし、少し覗いて様子を見るのもいいかもしれない。
「わかった。そうしてみるとしよう」
そして暇だという者を二、三人連れて第三部隊の方へと足を向けたのだった。


***


「クレイ?!」
「リーネ」

リーネが第三部隊の者達の統率をどう取ったものかと思案していると、そこにクレイがやってきたので驚いた。
正直就任してからこっち、若い女魔道士の言うことなど聞かないと、反発から適当なことをする者、明らかに馬鹿にした視線を向けてくる者、上手くまとめて見ろと言わんばかりにニヤニヤと傍観してくる者ばかりで腹が立っていたのだ。

「今日はどうしたの?」

特に王宮に用はなかったのではないかと疑問に思ってそう尋ねたら、なんでもないことのように答えが返ってきた。

「いや。昨日第二部隊の者たちに遭遇して随分性格が悪い者が多かったから、こっちは大丈夫かと気になってな」

そんな言葉にリーネは思わず吹き出してしまった。

「な、何よそれ…!お、おかしいっ…!」

クスクスと笑いだしたリーネにクレイがほんのりと笑ってくれる。

「まあ黒魔道士の方がさっぱりした性格の者が多いだろうから大丈夫だとは思うが、何かあったら愚痴くらいは聞いてやる」

そんなクレイの言葉が嬉しくてつい口づけたくなってしまうが、ここで流されるわけにはいかない。

「ありがとう。じゃあちょっと見ていく?」
「いいのか?」
「別にいいわよ?私がここの連中を調教できるようになったら、少しはロックウェル様に近づけるような気もするし…」
「?」

そしてリーネが第三部隊の面々をぐるりと見回して、何名か呼び出した。
それは第三部隊の中でも5指に入る実力の者達。
けれどそれでクレイに良いところを見せてやろうと思ったところで、クレイが徐に口を挟んでくる。

「リーネ。あそこの男と、あっちの女は入れないのか?」
「え?」

そこにはレーチェとレイスの姿がある。
確かにレーチェは実力を隠しているところがあるが、何故クレイがレイスを指名したのかがわからなかった。

「なかなか面白い男だ。眷属を三匹眠らせているしな」

そう言ってニッと笑ったクレイに思わず目を見開きレイスの方を見るが、自分にはそんな気配は全く感じられなかった。

「…クレイ?」
「ああ。もしかして見方を知らないのか?」

そう言ってそっと手を額に当てパチンと魔法を唱えてくれたのだが、それと同時に場にいる者達の眷属達が一気に感じられてゾクッと身震いを感じた。

「これでわかるだろう?」

そうしてそちらを見遣ると、確かにレイスは三体も眷属を眠らせていた。
普段の使役は一体のようだから、そちらしか見えていなかった自分が悔しい。

「こういうのは俺の場合眷属が教えてくれたから知っているだけで、知らない魔道士も多いしな」

そんな言葉に、自分もまだまだだと実感させられる。
そしてそれと同時にクレイが眠らせている眷属も肌で感じて益々気合が入った。

(あり得ない数だわ!でもやっぱりあの魔力ですもの。当然ね!)

この眷属の数に比べたら自分や他の者達が子供のようにしか見えない。

「いいわ。私はまだこれからもっともっと成長してやるんだから!」

そう言いながらリーネが新たにレーチェとレイスにも声を掛けた。

「以上、7名!力を図るから相手をなさい!」

「……隊長お一人で大丈夫なんですか?」
「そちらの黒魔道士の方もご一緒のほうが良いのでは?」

クスクスと笑ってくる者達にクレイがクッと笑う。

「リーネ。面白い魔法をもうひとつ教えてやろうか?」
「何?」
「結界魔法の一つで、ある特定の魔力以上を使った魔法しか有効にならない特殊結界だ」
「?」
「そこで攻撃できない者は弛んでいると判断して、王宮魔道士なんてやめさせてしまえばいい。優秀な黒魔道士なんて流しでもいっぱいいるし知っているからな。俺が紹介してやる」

その言葉にリーネは楽しそうに笑った。
本当にクレイは自分のツボをいちいち突いてくる男だ。

「それは面白そうね」
「魔力値の設定も思うがままだから、お前も覚えておくといい」

そう言ってクレイは演習場全体に広がるようにその魔法を唱えた。
キキィン…ッと特殊な結界が張られ、リーネはなるほどとほくそ笑む。
これは部下のやる気を出させるには実に良い魔法だ。
クレイが設定した魔力値は部下の実力のギリギリをしっかりと見極めた上で定められている。

「面白いわ…。クレイ、やっぱり貴方は最高よ!」

そうしてそっと歩を進めると、皆に向かって妖しく笑った。

「さあ、じゃあ先程名を呼んだ者達から順にかかっていらっしゃい。折角の結界だし、順次他の者も実力を見るからそのつもりで!」

こうして第三部隊の特訓が幕を切ったのだった。




クレイはそっと壁に凭れて第三部隊の面々を眺めていた。
皆リーネに反発はしていたようだが、この結界内で攻撃できなければ除隊もありうると聞かされたせいか、きちんとリーネへと実力をぶつけに行っている。
そして一度攻撃しに行った時に迷いがあった者はその魔法が立ち消え呆然となり、悔しそうにまた向かっていく姿が見受けられた。
次はもっと強い魔法でというように…。

(ああ、いい感じだな)

自分はこれまで指導などは一切したことがないが、最近ハインツの教育に携わりロックウェルの姿を見ていると少しそういった事にも興味が湧いたのだ。
だからたまに眷属達とそんな話をしていて、色々興味深いことを聞くこともできた。
この魔法もその中の一つだ。
人は手が届きそうなギリギリのところを示されると、もう少し、あと少しと頑張るものなのだとか…。

(なるほどな)

面白いなと思いながら、自分が設定した値は概ね間違ってはいなさそうだと改めてホッとする。
これなら応用してハインツにもそのうち試してみてもいいかもしれない。
そして、そんな者達を捌いて受け流すリーネの姿にも正直いいなと思った。
彼女が魔法を使う姿は実は初めて見たのだが、さすがに第一部隊にいたと言うだけあってその実力は圧倒的だ。
軽やかに舞いながらも攻撃をロッドで弾く姿はほとんど無駄がない。
防御も攻撃もそれほど得手不得手がないのかバランスも良さそうだった。
ただ如何せんまだ若いからか魔法の理解が浅い部分も目立ったが、これでもっと勉強をしていけばよりその力は伸びていくだろう。

(今度良さそうな魔道書でも贈ってやるか)

そんなことを考えていると、扉が開いてロックウェルと白魔道士数人が入室してきた。

「クレイ?」

驚いたように目を瞠ったロックウェルに、クレイは文句を言われる前にとそっと足を向ける。
「ちょっと気になって見に来ただけだ」
そう言ってやると、この部屋に張られた結界に気が付いたのだろう。
すぐにこれはクレイがやったのかと尋ねられた。
「ああ。この間眷属が教えてくれたから試してみたくて…。もう解こうか?」
やはりまずかったかと思いそう尋ねてみると、ロックウェルは面白そうに笑った。
「なかなか面白い結界だな。これは今度私にも是非教えてほしいものだ」
「ああ。なんでもその昔レノバイン王が部下を育成するのに使った結界らしい」
「へぇ…」
他の白魔道士達もその話には興味津々のようでそのまま話を聞いてくる。
「クレイはこういった情報は魔道書から学んでいるのか?」
「いや。俺の眷属は古参の者が多いから、聞いたら当時の事や魔法の事も色々教えてくれるんだ」
「それは凄い…」
白魔道士は眷属を持たない者も多いがその話は目から鱗だったようで、眷属に興味が湧いた者もいたようだった。


「そう言えば今日はシリィは一緒じゃないんだな」
ふと気になってクレイがそう尋ねると、白魔道士達は今日はシリィは別件で忙しいのだと答えてくる。
「シリィもクレイの事が好きみたいだし、クレイもそうやって気に掛けるのなら満更でもないんだろう?」
付き合っちゃえばいいのにと急に茶化されてクレイは目が丸くなった。
「いや、俺は今は恋人がいるし、シリィは友達だから」
「え?そうなのか?それは残念」
「シリィはがっかりするだろうな…」
どうやら二人はシリィを応援していたらしい。

「ちなみに恋人はどんなタイプ?」
「え?」
「可愛い系?綺麗系?妖艶系?」

そう聞かれても実際何と答えていいのかさっぱりわからない。
悩んだ挙句、もういいかとスパッと答えることにした。

「……ロックウェル」

その答えに当のロックウェルはブハッと吹き出したのだが、他の二人は全く別の方へと受け取ったようだった。
「あ~!ロックウェル様みたいなタイプ?!それだとシリィには勝ち目がないだろうな~」
「そうだな。仕事ができるところと、容姿が良いところはいけそうだけど、大人っぽい感じとは言えないからな~シリィは」
残念と笑いあう二人にクレイはどうして伝わらなかったんだろうと思いながら、まあ納得してもらえたならいいかと思い直し、またリーネの方へと視線を向ける。

「なかなか奮闘しているな」
「ああ。自分もこの結界内では動きにくいだろうが、それでも瞬時に良い判断ができている」
「確かに。これなら大丈夫そうだな」

そう言ってロックウェルが安心したように眼差しを和らげたのを見て、クレイは『やっぱりロックウェルは公平な奴だな』とこっそり惚れ直した。
王宮魔道士に白黒入り混じっている中、上に立つのはやはり公平な者の方が部下もやりやすいことだろう。

「さて、じゃあ俺はこの辺で帰るとしようかな」

そう言ってそっとリーネの方へと足を向けると、リーネもクレイに気付いてそのまま皆に休憩の号令を出した。
「皆、暫く休憩を取るように!」
「はっ…」
その言葉と同時に皆が荒く息を吐きながら休憩に入る。

「クレイ!ありがとう。なんとかなりそうよ」
「そうか。それはよかった」
「今日はもう帰るの?」
「ああ。特に予定もないしな。ゆっくりするつもりだ」
「それじゃあ後で遊びに行ってもいいかしら?この結界魔法とかもちゃんと教えてもらいたいし」
「別にいいが?」
「嬉しい!他にも色々教えてもらいたいわ。お礼は…」

そこまで言ったところでロックウェルの眼差しに気が付いたのだろう。
するっと自然に離れて、そのまま意味深に笑ってきた。
「クレイが好きそうな美味しいコーヒー豆でも用意しておくわね」
「いいな。ブラックでお勧めの物があれば是非」
くすっと笑ったリーネにじゃあまたと言って別れると、そのままロックウェル達にも軽く手を上げその場を去る。
これ以上の長居は無用だ。

あんなに睨まなくてもいいのにと思いながら、クレイはため息を吐きつつ家へと帰った。


***


「クレイはやっぱりロックウェル様の友人だけあってすごい魔力ですね」
「以前会った時より益々魔力に磨きがかかっているような気がしましたよ」

そんな部下達の言葉にそれはそうだろうと言ってやりたい気持ちでいっぱいだ。
恋人同士になってからクレイの魔力も自分の魔力も正直絶好調以外の何物でもない。
特に昨日はそのあまりの可愛さに散々啼かせて可愛がったのだから、艶々磨きもかかっていることだろう。
正直先程のリーネに対するクレイの態度はいただけないと思ったが、部下達の前で恋人が自分だと言ってくれたのは素直に嬉しかった。
陰でこっそり振られてしまったシリィには悪いが、正直元々譲る気はないのだからこれでよかったのだろう。
後は勝手に部下達がシリィに今日の件を伝えてくれたらもう心配することもなくなるはずだ。

(本当にクレイは天然だからな)

天然もいい方に働けば美味しいものでしかないのだが、クレイの場合明後日の方向に行くことが多いので正直気が気でないのだ。

(さて、第三部隊はこれでいいとして、第二部隊も見に行くか…)

そうして部下達を促して、次は第二部隊の方へと足を向ける。



そこでは実戦練習を終えたのか、今度は回復魔法を試みる面々の姿があった。

「あ、ロックウェル様。お疲れ様です。本日は色々ご指導くださるとお伺いいたしました」

そうやってにこやかに声を掛けてきたのは隊長であるカインの補佐をすることが多いコーネリアだ。
彼女は本来なら第一部隊に居てもおかしくはない人材なのだが、第二部隊を支えることこそがロックウェルのためになると思っていると固辞してきた変わり者だ。
そんな彼女がカインの件について謝罪してきたのには驚いた。

「昨日カイン隊長がロックウェル様に御無礼を申し上げたとのこと。誠に申し訳ございません」
「いや。お前が悪いわけではない。それよりも第二部隊の者達が弛んでいないか、今日は見させてもらいたい」
「はい。もちろんでございます。皆日々修練を積んでおりますので、きっとロックウェル様のご期待に添えると思っております」

そう言って一礼したコーネリアに優しく微笑みを返すと、楽しみにしていると伝え中へと入った。




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