黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

90.魔力剥奪

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その日、黒魔道士を排除しようと動いていた輩はイライラしながら仕事をこなしていた。
ロックウェルとリーネの噂はロックウェルの恋人が朝寄り添うようになったという新たな噂であっという間に下火となり、且つ、昨日王が魔道士達を視察した際も第三部隊はかなり好感度が高かったとの話を聞いたからだ。

逆に白魔道士主体である第二部隊の方が弛んでいると指摘を受けたのだとか。
これでは逆に白魔道士の方がいらないようではないかとイライラが募ってしまう。
このままでは自分達の目論見が台無しだ。

(早く何とかしなければ…)

これはまた近い内に話し合いの場を設けようと考えていると、その一報が入ってきた。
どうやら相談相手が動いて策を立ててくれたらしい。
彼は別に黒魔道士排除派でもなんでもないのだが、友人の誼で動いてくれたようだ。
これならそちらに賭けてみるのもいいかもしれないとほくそ笑む。
これで事態が動いてくれればそれでいいのだ。

(どんな手を使おうと関係ない。目障りな黒魔道士など王宮から早々にいなくなればいいのだ…)

男はそうしてそっと微笑んだ────。


***


ロックウェルはその日早急に仲直りしようと仕事を終えてからすぐさまクレイの家へと向かったのだが、途中でヒュースがお急ぎくださいと声を上げたので何事だと走ってそちらへと行くと、何故かリーネと第一部隊の黒魔道士三人が言い合いをしている場面へと遭遇した。

「何事だ!!」

そう鋭く声を掛けると四人が一斉に自分の方を向いて声を上げた。

「ロックウェル様?!」
「ほら!だからロックウェル様じゃないって言ったじゃない!」

あの白魔道士は眷属を従えていなかったんだからとリーネは怒ったように三人へと言い放つ。

「何があった?」
「はい。我々も遠目にしか見えなかったのですが、白魔道士のローブを纏ったフードの男がクレイを訪ねてきたようなのです」

どうも顔見知りの様で、そのままクレイは中に入るかと声を掛けたようだったと皆が頷くように言い合った。

「魔力も高かったし、ロックウェル様のようにも見えたから出直そうかと思ったんですが…」
「クレイが背中を向けたところでいきなり眠りの魔法を唱えてクレイを眠らせてしまったのです」
「なっ…!」
「それで、私達に気付いたようで、そのままクレイを抱き上げて連れ去ったんです!」

だから早く助けに行くべきだとリーネは主張していたのだとか。
ただ他の三人が、ロックウェルが訳ありで連れて行ったのかもしれないだろうと押しとどめていたらしい。

「ヒュース!!」

その言葉と同時にヒュースが姿を現し状況を説明してくれる。
【どうやらクレイ様を浚ったのは以前仕事で顔を合わせたアベルと言う高位の白魔道士のようですね】
理由はまだわからないが、他の眷属も様子を窺っているようだと言う。
【…貴族の屋敷に入ったようですし、すぐに追いましょう】
何が目的かは知らないが主に何かあっては大変だとヒュースは速やかに皆を案内してくれた。


***


カタンと音を立て、白魔道士アベルは貴族の屋敷の門をくぐった。
そのまま指定されていた部屋へと運び込み、速やかに目くらましの結界を張ってしまう。
そっと寝台の上にクレイを寝かせると、自分のローブを脱いでポールハンガーへと引っ掛けた。
まさかこんなに簡単に浚ってこれるとは思ってもみなかっただけに笑いが止まらない。
どれだけ警戒心がないのだろうか?

クレイに連れられて依頼者の元へ行き話を聞いた時、そのあまりの話の可笑しさに笑いが込み上げて仕方がなかった。

「お前を連れてきたあの男…お前はどう思う?」

そう聞かれ「随分できる黒魔道士だった」と答えたら、男はニヤリと笑って「あの男をお前の物にしてみないか?」と言われた。
詳しく話を聞くとどうもクレイは王の目にとまるほど優秀な黒魔道士で、現在王宮に好きに出入りできる立場なのだとか。
その男を自分が調教するなりして上手く自分の物にすれば、望みは思うがままになるぞという話だった。
そんな馬鹿な話があるものかと笑って言ってやったのだが、その男はこれが依頼なのだと言ってきた。
自分がクレイを思うがままに動かせるようになったなら、クレイの王宮行きをなくすこともできるだろうと言うことらしい。

「私の友人が王宮から黒魔道士を排除しようと動いていてな。できれば少しでも力になってやりたいのだ」

『白魔道士のお前になら少しは気持ちがわかってもらえるのではないか?』と微笑まれ、それは確かにと頷いた。
クレイは自分の完璧な目くらましの魔法をたかだか60の使い魔で見つけたと言い、プライドを傷つけてきた。
まさかそんな数であっさりと見つけてくるなど馬鹿にするのもいいところだ。
これは意趣返しにはいいかもしれないと、その仕事を引き受けたのだが…。




「さてと…」
これからこの男のプライドを傷つけて自分の物にするのが楽しみでならない。
あの不遜な顔がどんな風に変わるのか見てみたいと思った。
泣きながら懇願してくるのか…それとも絶対に屈しないとばかりに耐えようとするのか…。
快楽に沈めてやったらどれだけプライドはズタズタになるだろう?
そして貴族から渡されていた媚薬の錠剤をそっと口へと含み、そのまま水と共に口移しでクレイへと与えてやる。
無防備に眠るクレイがそれをコクリと飲みこんだのを見て、ただ暗い笑みだけが浮かんでしまうのを止められなかった。
けれどそれから暫くしたところでいきなり場の空気がざわりと動いて一体何事だと飛びずさった。

(これは……!!)

「眷属か!!」

クレイの眷属達が主を護ろうと動いたのを感じ、すぐさま自分の身を守る魔法を唱える。
そう言えば黒魔道士は眷属を従えていることが多いのを失念していた。
けれどこの数はどう考えても異常ではないだろうか?
正直こんなことで簡単に殺されるわけにはいかない。

「お前達が主を守りきるか私がお前達を全滅させてクレイを犯すのか…勝負だな」

クッと笑ってやったところで戦いは始まってしまった。




【まずいですね…】
ヒュースがロックウェル達を引き連れて貴族の屋敷へとたどり着いた時、既にそこには異様な魔力が満ちていた。

「何があったの?!」

リーネがヒュースへと尋ねると、アベルが眠るクレイに媚薬を飲ませて眷属を怒らせたのだと言う。
【クレイ様の御意志を無視してそのような物を勝手に与え、寝入っている間に好き勝手に犯そうとするなど以ての外でございます】

正直ロックウェルとしては耳が痛い話なのだが対するヒュースはどこ吹く風だ。

【ロックウェル様は何をやっても許されるお立場なので我々も何もいたしませんが、他の者だとこうなるのです】
「……兎に角クレイを助けに行くぞ」

そうだったのかとロックウェルとしては驚きを隠せなかったのだが、今は愚図愚図している場合ではない。
急いで貴族の屋敷の中へと潜入し眠りの魔法を掛け、邪魔が入らないよう配慮しながらできるだけ静かにクレイ達がいる場所へと向かう。

「目くらましが掛かっているわね」
「これくらいなら我々で簡単に解除できる」

そこはさすがに優秀な第一部隊の黒魔道士。
次々と突破し、あっさりとその部屋へとたどり着いた。

5人がその部屋へと飛び込むと、そこには息を切らせながら眷属と戦う一人の男がいた。
物凄く強固な防御壁を維持しているが、クレイの眷属達が四方八方から攻撃を繰り出している為か既にその壁は崩壊寸前だ。
どうやら眠っていた眷属達も異常事態を感じ取ったのか全てが目を覚まし、クレイを護るように寝台周りに詰めている。
これでは誰も手出しはできそうにない。

そんな中、クレイがうっと呻き声を上げて目を覚ました。
「はぁ…。な…に?体が…熱い…」
その声に五人がそちらへと目を向けると、クレイがゆっくりと身を起こす姿が目に飛び込んできた。

【クレイ様!お動きにならずにお休みください!】
【危険です!】
「え?」

そうしてゆっくりとその場で視線を巡らしたのだが、眠っていた眷属達が起きた影響なのかその瞳の封印は解除されて美しいアメジスト・アイが露わになってしまっていた。
それを見た面々が驚きに目を見開く。

「そんな…」

けれどそこで敢えてリーネが声を張り上げた。
「クレイ!取りあえず媚薬が効いているらしいから、動かずにロックウェル様に解毒してもらいなさい!」
「え?リーネ?あっ…はぁっ…うっ」
媚薬と言う言葉に一体何のことだと動こうとして衣擦れで刺激されてしまったらしく、思わずと言うように口から甘い声が飛び出してしまう。

「は…あぁ…ッ。身体が熱い…」
「クレイ!動くな!すぐにそっちに行くから!」

あんな状態のクレイを放っておけないとロックウェルは慌ててクレイの方へと足を向けた。
「ちょっ…!ロックウェル様!危険です!」
第一部隊の者が制止の声を掛けてくるが待っている暇はない。

「ロ…ロックウェル…助けて…」

涙目で苦しそうに名を呼ぶクレイの意思を敏感に感じ取ったのか眷属達がずらっと道を開ける。
けれど何を思ったのか、アベルがそれをチャンスとばかりに一気にクレイの元へと走った。
ギシッと一足先に寝台へとたどり着くと、ロックウェルの目の前でクレイへと深く口づけそのまま自分の魔力を送り込む。

「んっ…?!んんっ…!」

嫌だと暴れるクレイだが、媚薬が効いていて思うように体に力が入らず勝手に交流され魔力を味わわれてしまう。

「クレイ!」
「はぁ…少量でもこの充実感とは。凄い魔力だな」

ロックウェルが二人を引き離そうとする前にその唇は離されたが、お蔭で回復できたと言わんばかりに満足げに笑ってアベルがまた強固な防御壁を張り直した。
けれどクレイの方は対照的に怒り心頭だったらしい。

「うっ…よくもロックウェルの前で…人のプライドを踏みにじったな…」

パリパリとクレイがその身に魔力を纏いだし、ロックウェルは驚きに目を見開く。
どうやら何かがクレイの気に障ったらしい。
まさかいつも蹂躙されても怒らないクレイがそんな台詞を吐いてくるなど夢にも思わなかった。

そしてギラリと怒りに燃える瞳でアベルを睨み付けると、聞いたことのない複雑な呪文を唱え始めた。

【おやまあ…覚えていたんですね~】

ヒュースがこれはかなりお怒りですよとロックウェルを護るように前へと出てくれる。
そしてギギィン…!!という聞いたこともない音が場へと響き、クレイがアベルに対して悪魔のように冷たく言い放った。

「お前の愚行を悔やむがいい」

その言葉と同時に防御壁など物ともせずアベルの周囲に結界らしきものが張られ、一体何がと皆が見守る中、その術は執行される。

(え…?)

ヒュゴッ!!という音と共にアベルがその身に宿していた魔力が全てなくなってしまったのを見て、皆が驚きに目を見開いた。
それと共にアベルが呆然としながら床へと膝をつく。

「そ…んな…」
「許しを与えるまでただ人として生きることを命ずる」

そしてこれ以上語る気はないとクレイは傲慢に言い切り、さっさと瞳を封印し直し眷属を回収し始めた。

【クレイ様…さすがでございます】
【お体は大丈夫でございますか?】
「うぅ…辛い…。やっぱり熱いしもう嫌だ…」
【お可哀想に…すぐにこんな嫌な場所から帰りましょう】

そんなやり取りをするクレイに何と声を掛けていいのかわからず、助けに来た面々が途方に暮れているので、ヒュースが取りあえずアベルを拘束してくれませんかとロックウェルへと頼んできた。
このままでは眷属が殺しにかかってくるかもしれないからと────。
その言葉を受けてロックウェルは素直にアベルを拘束してそっとクレイへと視線を戻す。
どうやらかなり身体が辛そうだ。
先程は怒りの方が勝っていたから一時的に気にならなかったのだろうが、今は頬を染めて段々色香も増してきてしまっている。
懸命に耐えてはいるようだがあれでは動くに動けないだろう。

「クレイ…解毒しようか?」

あまりあんな姿を他の者に見せたくはなくてそんな風に声を掛けてみたのだが、クレイは思いがけず全く違う返事を返してきた。

「ロックウェル…。今ので嫌いになってないか?」

一体何のことだろうと首を傾げていると、クレイが泣きそうになりながら言葉を続けた。

「お前の目の前で他の男に唇を奪われて好き勝手されるなんて最悪だ。ロイドならまだしもあんなよく知らない奴に勝手に魔力を持っていかれるなんて腹が立つ!」

しかもロックウェルに抱きつく気満々だったところでいきなりあんな目に合わされたから余計だとかなり怒っていた。
けれどその言葉は半分ほどしかロックウェルの心には届かない。
折角人が心配して声を掛けたのに、一体どういう了見だろう?

「…クレイ。それは何か?ロイドなら私の目の前で唇を奪ってきてもいいと…そう言っているのか?」
「え?今更だからいいのかなと思ったけど違うのか?」
「……許すはずがないだろう?」
「えぇっ?!だってロイドとは魔力交流しても怒らないって前に言ってくれたじゃないか!」
「それとこれとは別問題だ!」
「嘘つき…!」
「そんなことばかり言っていると解毒をしてやらないぞ?」
「……?!」
「そのままだと歩けないだろう?解毒せずに家まで帰って無事でいられるのか…見ものだな」

そう言ってやると、クレイは寝台に両手をついてふるふると涙目で身を震わせ始める。
少しは反省してほしいものだ。

「うぅ…酷い…やっぱりお前はドSだ…」
「お前が迂闊なのが悪い。それで…どうするんだ?」
「……った」
「…聞こえないな」
「俺が悪かったから解毒してくれ!」
「じゃあ帰ったら反省会だ」
「……わかった」

そんな言葉と共に解毒魔法を掛けてやると、クレイはホッとした表情でゆっくりと寝台から下りてきた。




「酷い目にあった」

そうやってぼやくクレイにリーネがため息を吐きながら笑ってくる。

「今のは自業自得だと思うわよ?」
「そうか?」
「ええ」
「やっぱりロックウェルじゃなくてロイドかリーネにしておけばよかったな…」
「…そのセリフは今は言わない方がよかったわね」

今日はこのまま皆でアベルを連行するからごゆっくりと言って、リーネは鮮やかに他の三人を促しアベルを連れて部屋から出て行った。
後に残されたのは明らかに笑顔で怒っているロックウェルと、蒼白になるクレイだけだ。

「ま、待て…!話せばわかる!」
「ヒュース、悪いがこの迂闊なお前の主をこのまま私の部屋に運んでくれないか?」
【そうですね~…もうお疲れでしょうし、私も主のために一肌脱がせていただきます】
「ちょっ…!ヒュース!この、裏切者!!」
【何を仰るやら。こんなにフォローの完璧な主思いの眷属はなかなかおりませんよ】
「本当にな」

すっかりツーカーな二人に涙目で連行され、クレイはその日もまた反省会と言う名のお仕置きに身悶える羽目になったのだった。


***


その頃、リーネと第一部隊の三人はため息を吐きながらアベルを連行していた。

「まさかあのクレイとロックウェル様が恋仲だったなんて…」
「でもあの会話を聞いてわかった気がする…」
「そうよね~掌でコロコロ転がしまくってるんですもの」

いくらなんでも発言が迂闊すぎるクレイが可愛く思えて仕方がない。

「正直あのアメジスト・アイには驚いて動けなかったが、あれなら眷属の数にも納得だ」
「そうでしょ?まあ秘密にしているみたいだから言わないようにね。最悪このアベルみたいな目に合わされちゃうかもしれないわよ」

クスクスと笑いながらリーネが楽しげに三人へと警告する。

「…これはどう見ても魔力剥奪だよな?」
「完璧にただ人にされてしまったようだしな」

これはショックだろうと皆同情の色を隠せない。

「あらでもクレイは『許しを与えるまで』とか言っていたし、もしかしたら彼が許せば魔道士に戻る事ができるんじゃないかしら?」

これもレノバイン王の使った魔法の一部なのかもとリーネが口にすると、それまでショックで口がきけなくなっていたアベルがガバッと顔を上げてきた。

「ゆ、許してもらえたらまた魔力は戻るのか?!」

そんな彼にリーネはさあねと答えるだけだ。

「ただの可能性の話よ」

もしかしたら昔刑罰にでも使われていた魔法なのかもしれないと思っただけだったのだが、彼には一縷の希望に繋がったのか釈放されたらすぐにクレイに頼み込んでみると言い出した。

「まあ好きにしたらいいわ」

そう言ってあっさりと他の三人との会話へと戻る。

「本当にクレイの愛人でもいいから私もなりたいわ」
「まあ気持ちはわかるが、ロックウェル様が本命なら俺は御免だな」
「そうだな。今まで知らなかったが、ロックウェル様のクレイへの執心ぶりは相当のようだったしな」
「嫉妬がマジ怖い」
「あの分だとクレイも今日はお仕置き決定ね。朝まで啼かされなければいいけど」

そして、この間なんてねとワイワイ言いながら皆で王宮へと帰ったのだった。



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