黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部番外編 シュバルツ×ロイドの恋模様

13.※決着(後編)

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期待に胸を膨らませてそっと扉をくぐると、シュバルツはソファでのんびりと魔道書を読んでいた。
そしてこちらに気づくといつもと少し違う笑みでお帰りと言ってきた。
これはかなり期待が出来そうだ。
小犬ではない笑みに期待ばかりが高まる。

「今日は何をしてたんだ?」

そう言いながら手を洗い、眷属達の用意した食事へと手を伸ばした。

「ん?今日は、ロイドをどう喜ばせようかあれこれ考えてたんだ」

それと同時にこちらを向いて、どこか腹黒い笑みを浮かべながら言い放つ。

「とりあえずゆっくり食べて?後でたっぷり最高に楽しい時間をあげるから」

まさかシュバルツの口からそんな言葉が飛び出すなんて思いもよらなかった。
ストレートなようでどこか思わせぶりなその言葉が自分の中の黒魔道士としての心を刺激し、激しくそそられてしまう。
早く早くと逸る気持ちで思わず頬が緩んでしまうではないか。

そしてそんな気持ちなどおくびにも出さず、焦らすようにゆっくりと食事を摂ってやった。
けれどどうやらシュバルツは先に済ませたようで、こちらを全く気にせずそのまま魔道書へと戻ってしまう。
これもまた意外な行動だ。
てっきり思わせぶりにこちらを窺ってくるとばかり思っていたのだが、そういうこともしない趣向らしい。
そのさまは極自然な姿にしか見えない。
食事の合間にパラリパラリとページを繰る音が響くだけだ。

(こっちを…見てくればいいのに……)

見てくるとわかっているのなら予想通りだとほくそ笑んでやるのだが、見てこないとなると妙にしてほしくなるのはどうしてだろう?
そうして気にしていないよう振舞いながらもそっと視線だけでそちらを窺っていると、その視線に気づいたのだろうか?
徐にシュバルツがこちらへと目を向けて、暫く目を合わせたところでゆっくりと思わせぶりに笑った。

ドクン……。

その笑みがどうしようもなく鮮やかに自分を捕らえ、まるで吸い寄せられるように自分の目を奪う。

シュバルツはいつからこんな表情を浮かべるようになったのだろう────?

今朝までのシュバルツは確かに今までと変わらないシュバルツだったはずなのに、今この目の前にいるシュバルツはそんなシュバルツとは全く違っているように見えた。

『お子様』だったシュバルツが、目の前でまるで羽化するかのように一人の『男』へと変わっていく。
そんな姿に自分の中に何かが溢れてくるような気がして思わず胸を押さえた。

(くそっ…!)

悔しいし、できれば認めたくはない。
けれどそれは明確に自分へと訴えてくる。

それは────どうしようもない恋情だった。

これまで夢の中のシュバルツにしか感じてこなかった想いが、目の前の男に対して込み上げてくるのを確かに感じてしまったのだ。

「ロイド……」

そんな自分にシュバルツがそっと声を掛けてくる。

「もう食事はいいのか?」
「……あ、ああ。もう片付けようか」

そして気を取り直すように眷属へと指示を出した。
するとそんな自分に気づいているのかいないのか、またしても軽い口調で声を掛けてくる。

「先にシャワーにする?それとも…ベッドがいい?」

魔道書を閉じ笑顔でそう問いかけてくるシュバルツだが、それは逃げることなど許さない、寝るのは決定事項だと言わんばかりの言葉でしかなかった。
けれどそれにすんなり乗る気はない。
そんなに簡単に自分と寝れると思ったら大間違いだ。

「楽しませるのはベッド以外でも出来るはずだろう?」

だからわざとそうして躱してやったのだが、それに対してシュバルツは焦ることなくにっこりと微笑んだ。

「もちろん。ベッド以外でもいいよ?ソファでも、テーブルでも、何なら立ったまま鏡の前でも…ね?」

それは夢でやった時のことを指しているのだろう。
後ろから犯されながらでもシュバルツの顔が見たくて強請ったことがあった。
こうして思わせぶりに言ってくるのがなんとも憎たらしい。

「壁に背を付けて抱えられながら突き上げられるのも好きだよね?」

それもそうだ。

「ああ、バックの座位で抱き上げながら可愛がられるのも好きだからそれでもいいかも」

これもそうだ。
普段は甘えない自分が、どちらも夢でなら甘えられると思ってそうして存分に可愛がってもらった気がする。

「基本的にロイドは顔が隠せる体位が大好きだもんね?」
「…………」

シュバルツの何が腹立たしいかと言うと、自分のプライドを傷つけない程度に言葉を選んでいるところが腹立たしいのだ。
単純に『抱きついたり甘えて強請るのが好きだろう?』と言われたら違うと機嫌悪く言い放てるが、顔を隠すという行為自体を持ち出されれば自分には何も言うことができない。
それが腹立たしくて思わず睨みつけるが、返ってくる答えはいつもとは違いどこか軽い。

「そんなに怒らなくてもいいだろう?恋人同士なんだし、気にせず溺れ合ったらいいじゃないか。ロイドが育ててくれたから、今なら何でも応えてあげられるし、どんなロイドも嫌いになったりしない。どんなロイドも愛してるって言っただろう?」

確かにシュバルツはどんな自分を前にしてもいつだって笑顔で受け入れてくれていた。
それを自分は誰よりも知っている。
けれど────。

「それで勝ったつもりか?悪いが今日は一人で寝かせてもらう」

それにあっさり流されるほど自分は甘くない。
精一杯余裕を見せてきた姿を評価はするが、今日のところはこれで終わりだとばかりにさっさと自室の方へと足を向けた。

けれどその手はすかさず伸ばされたシュバルツに捕まって、気づけばそのままシュバルツの胸の中へと抱き込まれていた。
そんな行動に思わずため息が出そうになる。
ここでゲーム終了かと思ったからだ。

いくら背伸びしようと、いつものシュバルツならここでこうして冷たく突き放すように振舞えば、逃げないでくれと懇願に入るのを知っていた。
このひと月焦らしてきた自覚もあるから、気持ちを切々と語ってくる可能性だって高い。
だからいつものようにあしらってさっさと明日からのゲームに備えようと思ったのに────。



「ロイド?このまま逃がすとでも思った?」



耳元で低く囁かれた言葉にゾクゾクゾクッと背筋が震えた。

「シュバ…ルツ?」

戸惑う自分に構わず、シュバルツがそっと耳を甘噛みし、ザラリと舐めてくる。

「んっ……」

そして思わず小さく身を震わせた自分に見惚れそうなほどの妖しい笑みを浮かべ、熱の籠った声でそっと囁いた。

「今日は絶対に逃がさないから」

その言葉に驚く間もなくそのまま熱い唇が自分の唇を塞いでくる。

「んんっ…!」

割り込む舌に口内を蹂躙される。
それに自然と舌を絡ませ始めると、そのまま甘く蕩けるような魔力が注ぎ込まれた。

「はっ…はぁ…っ」

(上手くなった────)

ここに来た時よりもずっと上手くなった口づけ……。
それに、疲れていた体にじんわりとシュバルツの魔力が沁み込んできて最高に気持ちがいい。

キスの合間に見遣ったそのシュバルツの表情が、色気を増しながら自分を熱く見つめてくる姿にクラクラする。
自分が求めていたシュバルツの姿が今まさに目の前にあって、もっともっとして欲しくなった。
ここにいるのはもう小犬ではない。
その姿は獲物を捕獲しようとする狼そのものだった。

このシュバルツになら全てを委ねられる────。

そしてその焦がれる想いのままに自分の魔力と交流させているうちに益々離れがたくなって、そっと自分から腰へと手を回していた。




「んっ…はぁ…」

そうやって溶け合うように口づけを交わし、気づけばソファの上で夢中になって互いを求めあっていた。
場所なんてこの際関係なく、ただ焦がれていた存在を手に入れられたことが嬉しくて離れたくなかったのだ。

「ロイド……」

そうして自分の名を呼ぶシュバルツの瞳は激しい熱を孕んで自分をただただ見つめている。
それは自分が焦がれ続けてきたその眼差しそのものだ。

「シュバルツ……」

それが嬉しすぎてその高まる気持ちのままに手を伸ばす。
今なら自分の本音を素直に口にできると思った。

「ずっと…こうしてお前に情熱的に求められたかった」

そんな自分の本音にシュバルツがクスリと笑う。

「本当に?」
「……もういい」

折角素直に言ったのに信じないならもういつも通りになってやろう。
主導権は渡してやらない。
そう思ったのに、そんな自分にシュバルツは破顔しながら嬉しそうに言ったのだ。

「嘘だよ。素直なロイドが珍しいから聞いてみたくなっただけだ」

そこにあるのもまた自分が大好きな夢の中のシュバルツの表情。
いつもとは違う、どこか余裕のある大人びた表情で笑うシュバルツ────。

そしてシュバルツは降るような口づけと共に、その繊細な手で弱いところを攻め始めた。

「あっ……」
「今日はロイドが素直になれるようにいっぱい感じさせてあげる」

何故か舌なめずりしそうなほど獰猛な目で自分を見つめてこられ、既視感を覚えた。
これはいつか見たような気がするのだが、気のせいだろうか?

「今夜は白魔道士の神髄を見せてあげるから、楽しみにしててくれ」
「……え?」
「退屈する暇なんてないと思ってくれていいからね?ロイド?」

そんな言葉にハッと我に返って逃げ出そうと思ったがすでに手遅れだった。

「ひあっ…!」

そう言えば夢の中のシュバルツにここ最近では翻弄されてばかりだったのを思い出す。

「や…嫌だ…ッ!」
「遠慮はいらないから、好きなだけ感じて溺れて?」
「あっ…!ひゃぁッ!」

極自然に弱い体勢に移行されてズンッと差し込まれた楔に悲鳴が上がる。

「やっ…!」

久しぶりなのもあって気持ち良すぎてたまらない。
前立腺を擦り上げられ、腰を突き出してしまうほど感じてしまう。

「あぁあああっ!シュバルツッ!ふぁッ…ちょっと…待っ、て…!」
「待つわけないよ?どれだけお預けされたと思ってるの?」
「はぁっ!んんんっ!そこ、弱ッ…!あんんッ!」
「ロイド?今日だけは優位に立てると思わないでね?」

その言葉に感じすぎた涙目でそっとそちらを見遣ると、うっとりするほど自分の好きな顔で笑うシュバルツの姿があり、もう何も言えなくなった。

「うぅ…悔しい…!」
「自分が自分好みに育てたくせに」

それはそうだが、勝てなくなるのは嫌なのだから仕方がないではないか。

「あっあっあっ…!」
「ロイド…可愛い。全部全部愛してる」

そんな優しい言葉を口にしながらも熱情をこれでもかと言うほど伝えてくるシュバルツが好きすぎる。

「シュバルツ…シュバルツ…!」

そんな声に応えるように自分の好きなところを突き上げてくれるシュバルツに胸が熱くなる。

「んっ…こっちも可愛がってあげるから、一緒にイく?」

そうやって気遣いながら高みに連れて行ってくれるシュバルツに胸が高まって気持ちが溢れて止められない。

「あっあっあっ…!う…シュバルツ…。好き…。好き…だ…ッ」

揺さぶられながら込み上げる気持ちをそうやって小さく口にしながら自らその身に手を伸ばす。
すると、シュバルツが嬉しそうに笑った。

「嬉しい。ロイド…今日は朝まで愛し合おうね?」
「あっ…やぁあああっ!」

ひと際激しく突き入れられて絶頂へと飛んだ自分に満足そうにしながらシュバルツが熱い飛沫を中へと放つ。
びゅくびゅくと出しながらしっかりと抱きしめてくるその腕の熱さが心地いい。

「んっんっ……」

けれどまさかその後高みから降りられなくなるほど責め立てられるなんてこの時は思ってもみなかった。




「んぁっ…あぁっ…!」

その後寝台へと場所を移し、ただただ腕の中で喘がされ続けた。
最早焦点が合わなくなるほど責め立てられて、感じ過ぎた身体がビクビクと震え続ける。

「んっ…可愛い」

焦らしたぶん三回で終わるとは思っていなかったが、こんな風に蹂躙するなんて聞いていない。
回復魔法を軽くかけ続けると夢現状態になって現実と夢の区別がつかなくなるのだと教えられたが、現状がまさにその状態だった。
頭がふわふわして今が現実なのか夢なのかさっぱりわからない。
もう難しいことが考えられなくて、ただただ与えられる快感へと沈んでいく。

「いつもより回数が多いからちょっと感じが違うでしょ?」
「んんっ…ふぁあっ……」

あまりの快楽に腰が揺れて止められない。
夢と現実で自分の弱いところを知り尽くしたシュバルツにこんな状態で勝てるはずがない。

「ほら。こっちも好きだろう?イッていいよ?」
「────っ!!」

何度も絶頂へと導かれ、イッてもイッても回復されてその度に責め立てられる。
最早何度ドライで飛んだかわからないし、潮まで吹かされてほぼ放心状態だ。
好き放題されて正直息も絶え絶えだった。

「や…も…むり……。死ぬ……」

すでに自分には逃げるだけの体力がない。
回復魔法という手段を持つのは目の前にいる男だけ。
けれどその逃げられるほどの体力を残さないギリギリのところを見計らって回復魔法を掛けてくるこの性格の悪さに泣きたくなる。
無駄に白魔法に精通しているから一切の逃げ場がないのだ。
快楽地獄とはこのことかと思いながらただただ翻弄され続けるほかはない。

「大丈夫。久しぶりだし、もっといっぱい感じて?」
「やめっ…も、力入らない……」

回復魔法で意識を戻されながらフルフルと震え、ただただ目の前の男を見つめることしかできない自分が悔しすぎる。
黒魔道士なのに閨で白魔道士に負けるなんて、相手がシュバルツでなければ絶対に許せない。

「うん。いっぱい感じてるもんね」

この優し気にしつつも意地の悪い顔にたまらなく魅了されるのは惚れた弱みだろうか?

「ひぅッ!」

そこから自分の弱い体位でズンズンと激しく奥を突かれ始めて、また何も考えられなくなった。

「んぁああッ!やっ嫌っ…!」

力の入らない手で敷き布を握り、涙ながらに嫌だと口にする。

「このままもう一回一緒にイこう?」
「あ────ッ!あぁっ…あぁっ…」

そして放心状態でビクビクと震えていると、シュバルツが荒い息を整えてそっと尋ねてきた。

「すごいね、ロイド。こんなにトロトロになって。気持ちいい?」
「う…うぅ……」
「今日はまだまだロイドの好きな体位を試してあげる」

そんな事をされたらもう理性など保てないからやめてほしい。
一体どれだけ試すつもりなのか。

「ほら、今から最高に好きなのしてあげるからちょっと強めに回復してあげるね?」

それはもしかしなくても最近のアレではないだろうか?
アレはさすがにやめてほしい。
そう思って蒼白になってふるふると首を振ってしまう。

「ロイド?大丈夫。そんなに心配しなくてもいいから。現実でもあの姿を見せて?」

そして寝台の淵に沿わせて片足を上げさせられながら思い切り奥まで突き上げられた。

「ひやぁあああッ!やらっやらぁッ!」

ゴリゴリッと奥が擦れ、それと共に結腸への入り口に先端がちゅぽちゅぽと嵌められ身悶える。
これで前を堰き止められ、先端を指で嬲られたらもうダメだった。

「嫌ぁあぁあッ!」

しかもそうして足先まで硬直させてビクビクとドライで感じ身を震わせているところで続けて第二弾がくるのだ。
緩やかになった突き上げがまた徐々に速度を上げていく。

「ふぁっ……ふぁああああッ!あんっあんっ…!」

自分の口から出ているなんて信じられない高い声が飛び出して、そのまま何も考えられなくなる。

「ひっ…んくっ……あぁっ!ぁあああぁあッ!」
「すごいねロイド。少し慣れたんじゃない?」

いつもなら気を失うから回復魔法で気付けするのにと言ってくるが、最早何も言えない。
奥が良すぎておかしくなる。

「やっやっ…!ひっ…あんんッ!」

腰をくねらせ少しでも快感から逃げようとするが、シュバルツが逃がしてくれるはずもない。

「ん、そろそろ良さそうだね。出すよ?」
「あああああッ!」

そうして前をその繊細な手つきで嬲りながら、限界まで引き抜かれた楔を大きくスライドさせて一気に奥へと突き刺してくる。

「ひ…ひうぅ……」

体の奥でシュバルツの熱を受け止め身体がガクガクと震え、言葉が出ないほどの絶頂を迎えた。
生理的な涙を流し、虚ろな目で力なくヒューヒューと声なき声が喉を鳴らすだけだ。
涎を垂らし放心しながら意識を飛ばす自分なんて、夢のシュバルツにしか見せたくなかったと言うのに酷すぎる。

「ロイド…そろそろ限界?」

すぐさま回復魔法を掛けられシュバルツが優しい声で涙を拭ってくれたのだが、限界などとっくの昔に過ぎているのに今更そんなことを聞くのかと怒りたくなった。

「も、終わってくれ…。さっきのは奥が良すぎて本気で死ぬかと思った…」

腹上死はごめんだ。
けれどその言葉にシュバルツが嬉しそうにする。

「ここ?」
「あッ!やめっ…!」

それと同時にまだ入っていた雄がまた硬度を増していく。
これはさすがにまずい。

「ね、ロイド。今言ってた奥ってここだよね?このヒクヒクしてるところ」

コツコツと奥を優しく突かれてまた快感が込み上げてきてしまう。

「シュバ…シュバルツ…!」

けれどさすがにいくらなんでも気力と体力の限界だった。
もう一度などとても耐えられそうにない。

「も、限界。はぁ…ッ、これ以上するなら、別れる……!」

シュバルツと寝るのは気持ちいいのは確かだが、これ以上は本気で無理だ。
本当は好きだから別れたくなんてないが、こんなに無茶苦茶に犯されたら体がもたないではないか。
以前寝惚けたシュバルツに犯された時以上に辛すぎる。
あれから更にテクニックを磨きすぎだろう。
ライバルに負けるものかと頑張ったのだろうが、これは自分が悪いのか?

最早プライドもなく泣き言を言う自分にシュバルツが申し訳なさそうにしながら優しく髪を撫でてきたが、それが凄く気持ちよくてそのままウトウトとし始めてしまった。

「ごめんね?やっとロイドが手に入れられたからちょっと暴走したみたいだ。今度から気を付けるから」

だから別れるなんて言わないでとそっと優しく口づけを落とされたのを最後に、ゆっくりとそのまま眠りへと落ちていった。


***


朝目が覚めるとそこは綺麗な寝台の上で、昨日のことが嘘のように体は快適に軽かった。
不調などもどこにもない。
もしやあれは夢だったのではとさえ思えるほどだ。
けれど隣に眠るシュバルツの姿がそれは夢ではないと物語っている。
柔らかな金の髪に白い肌。今は眠っているから見ることができないが、その瞳は綺麗なエメラルドグリーンだ。
こうしてみるとシュバルツのその姿は王族の名にふさわしく、物語の王子そのもの。

お子様な頃のシュバルツならいざ知らず、今のシュバルツならどんな女性でも虜にすることができることだろう。
実際ソレーユの王宮でシュバルツの姿に密かに頬を染める女性達の数は多い。

「…お前はいつまで私の恋人でいてくれるんだろうな?」

全力で追ってくるシュバルツの姿も好ましかったが、こうして対等になった今のシュバルツが誰よりも大好きだ。
そんなシュバルツが恋人で自分もどこか誇らしい気持ちになる。
けれど人の気持ちは永遠ではない。
暫くは恋人同士として甘い蜜月が待ってはいるだろうが、もう自分を捕まえたのだからシュバルツがいつ自分に飽きたとしてもおかしくはないだろう。

「……切ないな」

そうしてサラリと髪を撫でると、その綺麗な瞳がそっと開いて真っ直ぐに自分を見つめてきて驚いてしまった。

「ロイド?」
「なんだ?」

そんな風に朝の挨拶もそこそこに剣呑な声を出したシュバルツにどうかしたのかと首を傾げるが、その口からは思わぬ言葉が飛び出してきた。

「昨日ちゃんと言ったよね?愛してるって。別れたくなるような酷い抱き方ももうしないって」
「?」

最後の方はうろ覚えなのだが、そんなやりとりをしたのだろうか?
そう言えばなけなしのプライドで何かを言ったような気もするなと振り返っていると、そのまま朝から熱い口づけをされてしまった。

「言っておくけど、絶対に逃がさないよ?」

そうして向けられる眼差しは昨夜のものと変わらず自分への想いが溢れていて、瞳の奥に熱が燻ぶっているように見えた。
どうやらシュバルツは本当にこの一日で大きく成長したらしい。
そんな姿がひどく眩しく感じられて、自分の中の気持ちも更に大きく膨らんでしまう。
こんなに求められるのが嬉しくて仕方がなかった。

「ふっ…ははっ!」
「何がおかしいの?」
「いや。いい男になったと思ってな」

そしてそのままそっと寝台から一人降りる。

「さあ今日も仕事だ。さっさと準備しないとな」

いつか離れてしまうのだとしても、暫くはこの男を自分のものにできるのが嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。
こんな風に幸せな充足感を得られるのなら恋をするのも悪くはない。

そうして何事もなかったようにいつもの朝が始まると思っていたのに、どうやらシュバルツとしては納得がいかなかったようで、そのまま思い切りグイっと腕を引かれベッドへと逆戻りさせられてしまった。

「シュバルツ?」

離してもらえないと仕事に行けないではないかと軽く睨みつけると、シュバルツはそのまま自分をしっかりと捕まえて思い切り抱きしめてきた。

「ロイド。昨日言い忘れたんだけど、ロイドが私を好きだと言ってくれるなら、このまま私と一生を共にしてほしいと思ってる」

そんな言葉に思わず目を見開く。
冗談だろうと思ってそのままシュバルツの方を見遣ると、その真剣な眼差しとぶつかってしまった。

「さっき、いつまで恋人でいてくれるんだろうって言ってただろう?そんなの、ずっと恋人でいたいに決まってる!でもそんな言葉、ロイドはきっと信じてくれないと思うから、トルテッティで籍を入れてその証としたいんだ」
「そんなこと……」

黒魔道士に入籍しろと、本気で言っているのだろうか?
通常黒魔道士はその特性上、ほとんどの場合子供ができた時くらいしか好んで入籍したりはしない。
子供がいないのに入籍させるのはそれこそ余程上手くやらないと頷いてもらえない案件だ。
そう言う意味でもクレイとロックウェルの入籍ははっきり言って珍しいパターンだと言えるだろう。
だからこそ、シュバルツのその提案は意外だった。
普通に結婚しようという言葉だけだったなら断れば済む話だ。
けれど…信じてくれないだろうと思ったから提案したと言われるのは悪くない気分だった。
そしてそんなシュバルツがやっぱり好きだと思ってしまう自分がいて────。

「そうだな。お前となら…結婚してもいいかもしれないな」

思わずそんな言葉が口からこぼれ落ちた。
シュバルツとならそんな未来があってもいいかもしれない。
そんな思いが自然に浮かんで、ふっと心が和んで溢しただけの言葉。
だから別に了承したという意味ではなかったのだが、シュバルツはどうやら了承の意味で受け取ってしまったらしい。

「本当に?!じゃあ早速ライアード王子に許可をもらってこないと!あ、そうだ!父上にも早く報告しないと!」
「え?ちょっと待…っ!」

慌てて止めようとするが、言うが早いかシュバルツは幻影魔法をいきなり発動させてしまった。

「父上!父上!起きてください!朝からすみません!たった今結婚することになったので、早急に書類一式を用意しておいていただけますか?今日の午後にでもすぐに取りに行くので!」

「おい?!」

朝からいきなり寝台の上で裸で抱き合いながら父親に報告をする奴があるかと必死に食い止めようとするが、手で口を押えられて何も言えない。
満面の笑みで話を進めているが、邪魔はさせないと言わんばかりだ。

「やっと捕まえたので、もう絶対に逃げられないように早く準備して欲しいんです!」

(そっちが本音か?!)

父親の前では小犬のように無邪気を装っているが、一体どれだけ策士なのだろう?
油断も隙もあったものではない。

「シュバルツ?ちょっと落ち着いたほうが……」
「いいえ。私はこれ以上ないほど落ち着いています。父上は私の幸せを願ってくださいますよね?」
「それはそうだが……」
「じゃあよろしくお願いしますね?」

そして一方的に話し終え魔法を解除したところでやっと自分を解放してくれた。
にっこりと笑いながらも逃がす気はないと笑う姿にはもう先程の無邪気さなど欠片も見られない。

「ロイド。言質は取ったし、男に二言はないよな?」
「~~~~っ!」

このどこまでも腹黒い白魔道士は本当にいい性格をしていると思う。
こんな無害そうな綺麗な顔をしているくせに、中身は真っ白ではなく真っ黒だ。
白魔道士の名はそろそろ返上してもいいのではないだろうか?
そんな風に呆れながら溜息をついていると…。

「いいじゃないか。一生ロイドを退屈させたりしないし、居心地のいい場所だって提供してみせる。だから…お得物件だと思ってこの手を取ってみないか?」

自信満々に微笑むシュバルツはこちらの思考などお見通しとばかりに余裕を見せつけてくる。
普通に考えれば今ならまだ十分引き返せる状況だ。
けれどこの男は、こんな風に言われたらこちらが引くに引けないとわかって言ってくるのだ。

前言撤回は黒魔道士の美学に反する。
それに、どこか挑戦的に楽しい提案をしてくるその姿に自分がよろめかないわけがない。
そんなことを百も承知で勝ったとばかりに口にしてきたのだ。

とは言えいくらでも躱しようがあるのは確かだし、素直に乗せられて頷くのも癪だから────。

「そうだな。確かに男に二言はないが…その前にクレイとの約束があるからな」

最早忘れていそうなその言葉を、余裕たっぷりの表情で持ち出してやる。

「約束?」
「ああ」
「なんの?」

あの日、この約束をしておいてよかったと初めて思った。

「お前との恋人期間は三年…。付き合うことになった時、アストラスでそう言っていただろう?」

その言葉にシュバルツが驚いたように目を見開くが、ここを譲る気はない。

「そ…れは……」
「確かにあの時そう言ったはずだ。三年限定で恋人に昇格してやる…と。それ以降はお前が望むなら籍を入れてやっても構わない。お前が本当に私を好きなら、後二年ちょっとくらい待てるはずだ。違うか?」

その間にお互いの気持ちも変わるかもしれない。
けれどもし変わらなかったとしたら、その時は観念して籍を入れてやる────。
そんな風に笑って言ってやった自分にシュバルツは悔しそうな顔をして歯噛みした。

「それは絶対なのか?」
「ああ。黒魔道士は約束や契約には煩いからな」
「……わかった。それなら婚約ってことにして、二年後にすぐ籍を入れてやるから!」

最後の負け惜しみにそれだけを言ってそのまま怒ったように着替えに行く姿にホッと息を吐き、自分もそのまま黒衣へと手を伸ばした。
黒魔道士としてまだまだシュバルツとの駆け引きに負けるつもりはない。
こんな風にシュバルツとの楽しい日々はこれからも互いが望む限り続いていくことだろう。

「さて、今日も楽しい日になるといいな」

こうしてこれからの日々を思いながら、晴れ晴れとした気持ちで職場へと向かったのだった。


***


「あと一歩だったのに!」

本当にあと一歩で結婚と言う契約で捕まえられたというのにまたしてもロイドにするりと逃げられてしまった。
折角昨夜捕まえたからこれ幸いと最後まで絡めとろうと思ったのに失敗してしまった。
自分にしては上手く事を運べたと思っただけに、悔しさだけが残ってしまう。
けれどそんな自分にダートが珍しく誉め言葉を口にしてきた。

【お前にしては完璧だったな】
「結局逃げられたのに?」
【ロイド様はとても楽しそうに、満足げに笑ってらっしゃったぞ?】
「え?」
【条件付きとはいえ結婚まで約束してくださったんだ。胸を張るといい】

そう言われて、確かに期限は設けられたが結婚の承諾は得られたのだと思い出す。
逃げられたというのはこの場合語弊があるだろう。
ロイドは確かに口は上手いが、こんな大事な言葉を冗談で口にしたりはしないと知っているから…。

「そっか…。そうか……」

じわりじわりとそれが実感を伴ってきて、嬉しい気持ちに小躍りしたくなった。
それならそれであと二年ちょっとを外堀を埋めることに専念しよう。
ロイド本人ももっと自分から目を離せなくなるほど夢中にさせる必要があるだろうし、やることはいっぱいだ。
先程起きがけに口にしていた『いつまで』という言葉と『切ない』という言葉が思い出されて胸が熱くなる。

「ロイドは白魔道士をわかってないな……」

ロックウェルを見ていたくせにわからないのだろうか?
本気で好きになった相手への執着心は人一倍だというのに。
あんな不安を抱いてくれるほど自分を好きでいてくれるロイドをずっと大事にしたいと思う。
それをこの期間に存分に思い知らせてやらないといけない。

「ふふっ…楽しみだな」

ロイドとこの先も一緒に過ごすために策略を巡らせるのは存外楽しいかもしれないと思い始めた自分がいた。
時間はたっぷりとあるのだから、もっと大きく成長して、絶対に抜け出せない包囲網を完成させてやることにしようか?
そうして笑う自分にダートがこっそりため息を吐いた。

【本当に、破れ鍋に綴蓋とはよく言ったものだ】

意外にもお似合いの二人だと認めてくれる眷属に見守られ、シュバルツはロイドを捕まえるべく日々を奮闘することになった。
────来たる日を迎えるその時まで。





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漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
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俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

後宮の男妃

紅林
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碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

灰かぶりの少年

うどん
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大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

R指定

ヤミイ
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ハードです。

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