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第2章 辺境伯爵領
第97話 えっ!? しないのかい!?
しおりを挟む忠告はしたぜ?
パキリと両手の指を動かしてそれぞれを鳴らし、前屈みになって俺は石畳を蹴ったーー。
こんな暗がりで、油灯を1つ2つ持ってたとしても無駄だ。
こっちは夜目が利く。お蔭で昼間に近い明るさだ。判ってのか?
武器というか、手にした道具を構えて俺を迎え撃とうとするがーー。
遅え。
若造どもの間を駆け抜けながら、喉仏に手刀を叩き込む。
腰が入ってねえ。んな振りで当たるかよ。
「ぐえっ」「がはっ」「げえっ」「はかっ」「ごっ」「があっ」「ぐふっ」「ごほっ」
ーー辛夷打ち。
ガランガランと、手元から鋸や斧、ハンマーが手から滑り落ちて騒がしく石畳の上で跳ね、若造どもも、痛みと苦しさで声を出せずに転げまわってる。
そりゃそうさ。喉を潰す技だからな。
ま、投げ技で最後、喉に膝を叩き込む辛夷割りって技もあるが、それを使っちまうと首の骨まで折っちまうからな。十中八九殺せるんだわ。
それだと意味がねえ。
「「「ひ、ひぃぃっ」」」「だ、誰だ!?」「誰に頼まれた!?」「俺らがコワリスキー商会の」「莫迦っ」
残った7人は見るからに逃げ腰だが、逃げれねえ何かがあるんだろう。
案の定、恐怖で身元を漏らしてくれた。慌てて仲間が注意するが、もう遅え。
「はい、ありがとさん。人違いだったら悪いなと思ってたんだよ。それと、誰に頼まれたかって? そんな奴居ねえねな。強いて言えば、坊やたちのやり方に腹が立った俺の憂さ晴らしだな」
ああ言うやつが1人は居てくれるんだから、助かるぜ。
「俺らに手を出すことがどういうことか解ってるんだろうな?」
暗がりで凄んでも、全然怖くねえな。油灯の光が届く外に立ってんだからよ。
「ああ、心配せんでも近く挨拶に行くつもりだったから大丈夫さ。尤も、お前さんたちが無事で居れるかどうかは別問題だって、解ってんだろうな?」
虎の威を借る狐じゃねえが、こういうたぐいのチンピラは替えが利くと相場が決まってる。俺が殺っちまうと、それを口実に責められるのも面倒だからな。
ま、向こうもこれくらいのことは想定してるだろうさ。
「ぐ、おい、俺らで隙を作る。知らせに走れ」「わ、分かった」
「はいそうですかと、行かせる訳がねえだろうが」
「ひぃっ!? がはっ」「しまっ!? げへっ」
ホイ、2人完了。あと5人か。
悶絶して転げまわる2人を見て、残った奴らが道具や油灯を足元に置き始める。
「坊やたちどうした?」
「こ、降参だ」「み、見逃してくれ」「こ、殺さないでくれ」「頼む!」「ーー」
「ふ~ん……俺は初めに言ったよな? 見なかったことにしてやるからこのまま帰れって」
「「「「「ーーっ!」」」」」
思い出したようにカクカクと首を上下に振る5人。このままだと殺されると思ってるんだろうな。まあ、こんだけしたらそう思うかも知れんが、下手な手心を加えて要らん噂を吹聴されても……な。
「今の位置から3歩下がりな」
「こ、これでいいか? があっ」「なんぐへっ」「がひゅっ」「ごっ」「げはっ」
下がったのを見計らって、喉仏に手刀を叩き込む。
「悪いな。お前らだけ何もしてねと、喉潰された奴らが恨めしがるだろう? 後は、教訓だ。人の忠告は素直に聞いとくもんだってな。あん時、素直に帰っときゃこんなことにならずに済んだんだぜ?」
痛くて、聞こえちゃいねえか。
その間に、物騒な道具は【無限収納】に放り込む。残ったのは3個の油灯だけだ。
もうそろそろ起きれる頃だろう。
初めに喉を潰した若造どものとこへ行って、襟を掴んで無理矢理立たせる。
顔は見られねえように後ろに回ってるから大丈夫だろう。ヒュウヒュウ言ってるが、命あっての物種だ。殺されな方だけでも良かったと思うんだな。
「おい、お前ら立てるな? 物騒な道具はこっちで没収したから、お前らはそこで転がってる奴らを連れて帰りな。言っとくが、次はねえぞ? カンテラは持って帰んな。夜道が暗いと要らん怪我するだろうからよ」
呻きながら立ち上がり、カンテラを手に仲間を起き上がらせ肩を貸し始めるのを見ながら、周囲の気配を探すが特に何も感じん。スキルがあるわけでもないし、こんなもんだろう。
カンテラを向けられても見えない位置に下がり、ぞろぞろと力なく帰っていく若造どもを見送る。この先どう転ぶかはあいつら次第だろうさ。
出来れば、殺されんことを願うばかりだがそこまでは面倒見きれねえ。
「さてと、んじゃ資材はここに出しとくか」
屋敷の庭に当たるであろう敷地に、さっき【無限収納】に取り込んだ木材や煉瓦を取り出して置く。廃材になりそうな折れた木材や瓦礫は別のとこに山積みにしておいた。
【無限収納】の中で、勝手に整理整頓してくれるのはありがてえよな。
そんなことを思いながら、クロの待つ屋根の上に戻ると両肩をガシッと掴まれた。
「ねえ、ハクト、あんた何者なんだい!? それに何だい、あの動き! 何かの技なのかい!? あたしにも教えておくれよ!」
こう、グワングワンシェイクされる訳で……。
「喧しい」
「あうっ!」
首が鞭打ちになりそうな勢いで振るもんだから、眉間にチョップを入れてやった。
「落ち着け。全部は教えれねえが、ヒルダとプルシャンの相手をしてもらってる間に動きくらいは良いぜ?」
技を教えるつもりは更々ねえ。
こっちの世界の方が、より凶悪で行かされる技術だからな。
「本当かいっ!? 必ずだからね!」
次の瞬間抱き着かれてた。うん、腕は筋肉質だが胸は柔らけえんだな。胸に挟まった頬の感触は上々だ。
「分かった、分かったから離れろ」
「もう、にぶちんだねえ」
はあ? 何処の言葉だそりゃ? 意味解らんわ。
けど、鈍いってことなら、違う。雌の匂いに反応しねわけがねえ。ペロペロと俺の頬を舐め毛繕いをしてくるクロの胸元を押しながら距離を取る。これ以上だと、息子が言うこと聞かなくなるからな。
誰かが来る気配もねえし、居そうな気配もねえ。次に行くか。
「おい、クロ。街の警備兵の詰め所の位置、分かるか?」
「えっ!? しないのかい!?」
「こんなとこでするか、呆け。というか、お前に手え出したら、芋づる式に面倒見なきゃならんだろうが」
「何だい。しぶちんだねえ。女が4、5人増えたくらいでガタガタ言うんじゃないよ。はあ、まあいいさ。依頼は受けたんだ、色々面倒見てもらおうかね。ふふふ」
「……ほら、阿呆なこと言ってねえで、案内しろ」
双子の月の光に照らされて笑う虎女の横顔に、一瞬見惚れかけた俺は、慌てて目を逸らして顎で促す。
やれやれ。獣人には反応しねえと思ってたが、どうやら俺は節操がねえらしい。
「へいへい、今度の依頼主様は人使いが荒いねえ」
そう笑うと、クロが屋根伝いに駆け出す。慣れてやがるな。
「何言ってやがる。勝手に付いて来たのはお前だろうが」
機嫌よく揺れる虎の尻尾を追うように俺もその後へ続き、次の屋根に向って大きく飛び跳ねたーー。
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