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第2章 辺境伯爵領
第100話 えっ!? 抜いちゃダメなのか!?
しおりを挟む木陰に腰を下ろしていると、吹き抜ける微風が気持ち良い。
幹に背中を預け、プルシャンの訓練に目を遣ると、真剣な表情で弓弦を引く横顔が見えた。弦を放すと、ヒュンと言う風切音と共に矢が森の中に消えていく。
横に立つ狐耳の姉ちゃんは、特に何かをアドバイスする訳でもなく、頷くだけだ。
いいのか? さっきから的に当たってねえぞ?
ヒルダは仮面を着けたままだから、表情までは判らん。熊耳っ娘相手に剣を振ってるヒルダの剣先は、あいつの生真面目さが見て取れる程、教科書通りの剣撃だ。
虚実がねえんだわ。
実ばっかりの攻撃は単調で軌道が読みやすい。実際、キンキンッと剣を打ち合わせて攻撃を受けるソレンヌの表情には、まだまだ余裕がある。
1ヶ月でどうにか使えるようになるレベルになれば、御の字と思った方が良さそうだ。
「ふあ~~ぁ。今日は何すっかな……!?」
座ったまま、大きくを欠伸をして呟くと、隣りにくっつくように腰を下ろしてくる奴に気付き目を向ける。ちびっ娘だ。
野外では、俺の中で魔女をイメージさせる三角帽を冠ってる。
冒険者ギルドや宿で冠ってなかったのは、その姿で笑われるのが嫌なんだと。「俺は可愛らしくて良いと思うがな」と普通に感想を言ったら、懐かれた。
どうなってる?
「ハクト、薬草摘みに行く。付いて来て」
「へいへい」
娘に強請られてるような錯覚になるから、どうもロザリーの頼みは断わりづれえんだよな。全然違うのに面白えもんだぜ。
ん?
ああ、俺たちは今川辺の街から徒歩で1日のとこにある森に来てる。ここまでは河を渡らなきゃいけねえんだが、見事な5連アーチ型の平石橋が架かってんのさ。
橋は街から半日くらいのとこにあったな。
異世界の構造文化もなかなかなもんだって思ったね。
例の襲撃騒ぎも、死体が詰め所近くで見つかった事もあり、特に俺たちに余波が来ることもなかった。それよりも、大量の大工道具が死体が見つかるよりも先に詰め所前で見付かっていたことも重なって、色々と警備兵が嗅ぎまわってるらしい。
勝手にやってくれ。
大工のおっさんの方は見てねえが、片付けだけでも終わってりゃ後は職人集団だ。パパッと遅れも取り戻すだろうさ。
で、俺たちは冒険者ギルドで、4、5日の間に熟せる依頼を何件か請けてここに来てる。ああ、位置的にも直ぐにギルドへ帰れねえから、緊急性の高いものは請けてねえよ。
馬車もねえしな。
片道ここまで1日。帰りに1日。稼働実数3日。都合4泊5日のキャンプ中ってわけだ。
あ、そうそう後な、地図あったぜ?
この辺りの地図らしいんだが、なかなかの出来だと俺は思う。羊皮紙に刷ってるのを見る限り、木版画か何かだろうがな。
これで銀貨1枚だ。
俺的には「10万円もすんのか」とも思ったが、「手間隙かけて版画刷りしてこの仕上がりなら」と、思い直すことにした。まあ、これで自分たちが何処に居るのかが判って助かるわな。
「で、ロザリーさんや、どの薬草摘めばいいんだ?」
先頭に立って、機嫌良さそうに歩くロザリーに声を掛ける。そもそも、深淵の森では碌に【鑑定眼】が働かなかったからな。野草系はほとんど手を付けてねえのさ。
「血止草、流血草、吸魔草、蛇蔦の4種類」
「何じゃそりゃ?」
聞いたこと無え草の名前ばっかりだな。
「ヒールポーションとマナポーションの原材料。蛇蔦意外は根ごと取る」
「解った。根っこから切り離さねえんだな? 良いぜ。教えてくれ俺も草を抜く」
「抜いちゃダメ。根ごと小さなシャベルで掘り出す」
えっ!? 抜いちゃダメなのか!? 意外と面倒臭えな。
「そ、そうか。1回どんな感じで根ごと取るのか、見せてくれるか?」
「そのほうが安全。折角採集しても、質が悪いと買い叩かれる」
なる程な。そりゃ一理ある。
「あと、群生を全部取り切らない。次がないから」
「へぇ。よく考えてるな」
薬草の場所が分かってれば、次から探す手間が省ける。上手くやれば、自分だけの場所が確保できるってことか。逆に取り切っちまったらそこでお終いだ。ゲームの世界じゃねえんだから当然と言えば当然か。
「常識」
「そりゃ悪うござんした」
「あ、これが流血草。見てて」
どれが雑草で、どれが目的の草なのかさっぱり判らん。「どれも薬草で良いんじゃねえか?」と思ってしまうが、ロザリーの声で足元へ視線を落とす。
は? ミントか?
ミントに似た野草が目の前で茂ってるじゃねえか。これなら俺だって分かる。
元嫁さんが庭で育てた。いや、植えたらいつの間にか広がってたな。
ロザリーが葉っぱを1枚千切って差し出してくれたのを、摘み上げて嗅いでみる。
レモン?
「れ……良い匂いがするな」
レモンの匂いと言い掛けて、言い直す。レモンはあったとしても、胡椒みたいに名前が違うはずだ。迂闊なことは言えん。
「よく似た草もあるけど、見分けるのはその匂い。でも食べちゃダメ。毒がある」
「おい」
思わず、突っ込む。何ちゅう危ないもんを。
「ふふ。少量は問題ない。沢山食べると、傷が固まらなくなる」
血液サラサラ効果ありってことか?
悪戯が成功したのを喜ぶロザリーの説明を聞きながら、ペロッと葉っぱの切れ端を舐めてみる。ミント系は口当たりも爽やかだった記憶があるんだよ。
……苦え。
全く爽やかさの欠片もねえ。慌てて吐き出すと、足元から吹き出す声が聞こえた。
「ぷーっ。薬草は苦い。効能が強い物ほど苦くて毒性が強くなる」
「ロザリーさんや、それを先に言ってくれ」
薬草なのに毒性が強いって、可怪しくねえか?
「常識」
そんな他愛もない遣り取りを楽しみながら、俺と三角帽を冠ったちびっ娘は小さなシャベルを薬草の根本にゆっくりと刺し、せっせと地道な薬草摘みを進めるのだったーー。
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