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第3章 領都
第126話 えっ!? は!? どういうこった!?
しおりを挟む「わたしは、ここ領都の農耕神殿を取り仕切るよう大司教を拝命しております、ケルスティン・ベルクシュトレームと申す若輩者でございます。ハクト様を含め、皆様のことはイドゥベルガ様より『呉々もよしなに』と申しつかっております」
えっ!? そんな人がここで何してんの!?
俺たちからしたら、完全に斜め上の自己紹介に絶句した。
だってそうだろ? 大司教だぜ? 神殿の御偉いさんが、のこのこと古びた宿屋に顔出してる事自体可怪しいだろう!?
というか、警護はどうした!? 普通1人か2人は付いて来るだろうが!?
「……何て言ったら良いのか。悪いな。大司教って言ったら、執務室でふんぞり返ってるのかと思ってたぜ」
「ふふふ。よく言われますし、勝手に抜け出すのでよく怒られますわ」
「そんな感じだな」
プラムを抱いたまま肩を竦める。
「では、参りましょう。先の神託で顕現した神聖な力も消えているようですし、この宿が律令神殿に差し押さえられて聖域指定される心配もなくなりましたからね」
神聖な力? ああ、声が聞こえた時に感じたやつか。
いや、デミア姉ちゃんが慌てて消したって考えた方が筋が通る。もしくは、ザニア姐さんあたりに突っ込まれたか、だな。あの女神、妹は勿論、姉ちゃんたちにも容赦ねえ気がするわ。
面倒見が良いんだか、後始末担当なのか知らねえが、ま、上で誰かが何かしてくれたってことだろう。宿に迷惑がかからねえなら御の字だ。ありがたい。
そう思って、黙ったままぱふっぱふっと毛で覆われた手で柏手を打っといた。
「何でもねえよ。んじゃ行くか。悪いが、後でこの子に飯を食わせたい。都合を付けてもらえると助かる。勿論、金は払う」
俺の柏手を不思議そうに見てた大司教の姉ちゃんに、頭を下げる。
俺の動きを見て、3人も慌てて頭を下げてくれた。んな事するのは俺だけでいいってのに。律儀なことだぜ。
「……その事はご心配なく。皆さんの住む場所も、食事も用意しておりますので。ただ、2、3、移動中にお聞きしたいことが出来ました。無理とは言いませんが、教えてくださると嬉しいですわ」
住む場所ねえ……。丸太小屋が出せるスペースがあれば問題ないんだがな。
「質問の内容によるな。ま、時間もねえならさっさと移動しようぜ。案内を頼まあ」
「ふふふ。本当、イドゥベルガ様の仰る通りの御仁なのですね」
「あのばあさんが何を言ったのかは知らねえが、碌でもねえ事だろうさ」
品の良さそうな顔してる婆さんだったが、遣ることは食えねえ婆さんだったな。
扉を開けて廊下に出ながら微笑う大司教の姉ちゃんの言葉に、俺は西狭砦の街の神殿で出逢った老婦人の顔を思い出しながら、首を竦めて見せたーー。
◆◇◆
宿の外で待ってたのは6人乗りの大型の馬車だった。
馬車自体も結構重い上に、乗車者するのは9人も居るんだぞ?
そう、9人だ。
農耕神殿所有の馬車であることは観音開きの扉に彫られた紋章から、何となく想像できる。といっても、どの紋章がどの神殿か、あるいはどの貴族かということすら俺には判らねえ。
ヒルダとマルギット頼みだな。
4頭立ての馬車で、御者席に男1人、馬車の中に6人、馬車の後ろにある立ち席へ五角盾を背負い半身鎧を身に着けた女騎士が2名乗ってるんだわ。
神殿関係の騎士(?)だけあって露出が少ねえ。足も晒さねえように何か履いてるのは流石だなって思ったね。神殿関係者が色香を振り撒いてたら、色々と拙いだろうが。
教義がにゃんにゃんならそうでもねえだろうが、こっちに来てそんな羨ま……おほん、破廉恥な神殿があるとは聞いてねえ。あっても、律令神殿の奴らに戦争を吹っ掛けられるか、邪教指定でもされちまうだろうさ。
まあ、それは良い。問題なく、宿を出て今神殿に向かってるとこだ。
そうだな。
走りだして10分位は経ったんじゃねえか?
「さて、馬車も随分来ましたからそろそろお尋ねしても良いでしょうか?」
「ああ、良いぜ。答えれる範囲でなら、という但し書きは付くがな」
「ふふふ。構いません。まず最初に、わたしたち農耕神殿はハクト様を全面的に支える容易がございます。これは既に決定事項だと御留意下さい」
「おい」
最初からツッコミどころ満載じゃねえか。
「その上でお尋ね致します。前に出られるおつもりはございますか?」
「無えよ。ある訳無え! ばあさんにも言ったがな、俺はゆっくり過ごしてえの。現状何故か忙しなくなってるのは態とじゃねえ。神殿だろうが、政治だろうが祭り上げられるのは真平御免だ。あーお前らも、あーだこーだと俺のことを吹聴しねえようにな」
間髪入れず大司教の姉ちゃんに返しながら、マルギットやプラムにも言い含めておく。
「承知しました」「は、はいです!」
「分かりました。当面はハクト様の意向に添えるように努力致します」
肯く2人の横で大司教の姉ちゃんがそう頭を下げた。
「おい」
いや、待てまて。「当面は」ってどういうことだよ。
「ふふふ。ハクト様のことはイドゥベルガ様の目と耳に入ってしまいましたので、間違いなく遊ばれるとお覚悟下さい」
「えっ!? は!? どういうこった!?」
あの食えねえ婆さん何者だ!?
「あの方は、お気に入りが出来ると悪戯心が疼くようなのです。今のところ静かですが、悪戯の準備をされてることと思います。ですので、当面はと申しました」
「いや。可怪しいだろ、それ。ばあさんは確か司教で、あんたは大司教だ。つう事はだ、公都にはもっと御偉いさんが居るんだろ? 暴走を止めやがれ」
「ふふふ。無理でございます」
「はあっ!?」「「「「ーーっ!?」」」」
即答に思わずキレそうになったがグッと堪える。
「今は詳しく申せませんが、名目の立場としては確かにわたしたちが上ではございます。それだけではないということです。またイドゥベルガ様にお会いすることもございますでしょうから、その時に苦情は申し上げ下さい」
「……」
これは平行線になるパターンだ。激昂しても、しらっと躱されるに決まってる。くそっ。腹立たしいがコレ以上はみっともねえからこの件はこれで終わりだ。
「ふふふ。もっと感情を表に出されるかと思ってました」
「けっ。感情を出して騒げば自分の思い通りになるとか思ってねえよ。んなに青くはねえつもりだ。それにあんたに愚痴っても変わらんだろうが。やるだけ時間の無駄だ」
両手の掌を見せながら首を竦めてみせる。八つ当たりは格好悪いんだよ。
「ありがとうございます。律令神殿の屑勇者にも聞かせてやりたい御言葉です」
Oh……面倒事かよ。この時代にも当代の勇者が居るじゃねえか。……関わりたくねえな。
だからよ、敢えて聞き流すことにした。
「ふ~ん……。で、他に聞きたいことがあったんじゃねえのか?」
「先の神託です。何をお聞きになったのですか?」
どこまで話す? デミア姉ちゃんの事は流石に拙いよな。
「ああ……。そのマルギットとプラムに主従契約を奴隷商でしてもらおうと思ったんだがよ、色々と邪魔が入ってな。騒ぎになりそうだったから出て来たのさ。で、こっちのヒルダとプルシャンの時みたいに『上手く生きますように』って天にお願いして血を舐めさせたら、契約書が無くてもできちまったのさ」
「……」
俺の説明に、沈黙したまま目で「本当の事を言え」って訴えてくる大司教の姉ちゃん。
「……」
ーーあ~完全に疑ってる目だよな。
そりゃそうだ。俺だって話してて相当無理があるって思ったんだからよ。
けど、コレ以上は話す気はねえ。聞けばここに居る全員が厄介事に巻き込まれるのが確定だ。話さなけりゃ、当事者だけの秘密で終わる。話せば農耕神殿に伝わるだろ?
そうなりゃ、『開いた口に戸は立たぬ』だ。あっという間に噂が広まっちまう。
「……はあ。確かにそう言われてみましたら4人とも同じレースのチョーカーでございますね。そうですか……。そういう事でしたら、農耕神殿でも魔法契約書がありますので、必要な際にはご利用下さい」
「あ、神殿にもあるのか」
そりゃ、デミア姉ちゃんが農耕神殿へ行けっていうのも頷ける。
「ええ。重要な部署に配属される神官には、秘密の保持も関係してきますから。どこの神殿も魔法契約書はそれなりに買い求めてあるのです」
なる程な。それも一理ある。
「そりゃありがたい。次があればーー」
そこまで言葉を出した時だった。急に馬車が止まり、覗き窓がノックされる。
「何事です?」
半ウンキア×1ウンキア幅の覗き窓を引き開けて、大司教の姉ちゃんが確認を取る。覗き窓から御者のおっさんの顔が見えた。緊張した面持ちだ。
ーー厄介事か?
「律令神殿の神殿騎士団が検問をしております。如何が致しましょうか?」
御者のおっさんの一言で、馬車の中に緊張が走ったーー。
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