えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

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第3章 領都

第136話 えっ!? 何か聞こえましゅたか!?

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 真っ先に反応したのは、俺じゃなく大司教の姉ちゃんだった。

 「イドゥベルガ様っ!? 何故こちらに!? いえ、それよりも。御越しになるのでしたら先触れをと、あれほど申したではありませんか!?」

 あの婆さん、どうやら常習犯らしい。品が良さそうに見えるだけにたちが悪いぜ。

 イドゥベルガって言ってるから間違いねえだろう。

 西狭砦さいさとりでの街にあった農耕神殿の司教様ばあさんだ。

 ヒルダとプルシャンのクラスチェンジを頼んだ神殿だからな。忘れはしねえが、余計に面倒事を引き起こしてくれたのもあの婆さんだ。りに選って、俺の事を「使徒様」とかかしやがったからな。

 火消しを頼んで飛び出して、俺のことがあんまり広まってなかったのは良しとしてだ。

 こっちの神殿には伝わって来てたという事は、目の前の婆さんの仕業だろう。

 「あら、そんなことしたら驚かせないじゃない。つまらないわ。ねえ、ハクトちゃん?」

 「俺に振るな。というか、いつの間にそんなに馴れ馴れしくなるほど親しくなったんだ?」

 「あら、酷いわ。あんなに激しく言い寄ったのはハクトちゃんでしょ?」

 まるで「困るわ」と言わんばかりに、右手を頬に当て、頭を傾けながら目を伏せるその仕草に俺は目を疑った。何紛らわしいこと言ってやがる!?

 「おい、待てババア。誰がいつ、あんたに言い寄ったって?」

 「ばっ!? ハクト様、御止めください! この方は」「いいのよ。ハクトちゃんですもの」

 聞きとがめると、大司教の姉ちゃんが目をかんばかりに驚いて、俺を止めに来た。

 あん? この婆さんが何だって?

 「おい、こら。お前らも何で寄ってくる? 一緒に居ただろうが!? イテテテテッ! だからつめるなっ! マギーも何しやがるっ!? イッたっ!? おい、誰だ、尻の毛を抜いた奴はっ!?」

 ヒルダとプルシャンがさっと脇に寄って来て脇腹を抓り始めた。いや、女なら見境なくって可怪しいだろうが。俺だって守備範囲ってものがある! ババアは論外だって!

 気が付いたら、マギーもプラムもそばに来てるじゃねえか。何でマギーも抓る!?

 「あらあら。そちらの2人は新しい子ね? 可愛らしい雪毛の女の子も居るじゃない。ハクトちゃんあなたまさか……」

 プラムの存在に気付いた婆さんが、にこりと微笑むとプラムがペコリとお辞儀をした。仕草が癒やされるな。けど聞き捨てならねえことを言いそうになったから、先に潰す。

 「言っとくが、あんたもプラムも守備範囲外だ。俺にはそんな性癖はねえ」

 「あら、わたしは隠し子かと思ったのに。嫌だわ。恥ずかしい」

 「おい、ババア。手前てめえとは1回サシで話し合った方が良さそうだな」

 「あら、守備範囲外だというのにデートのお誘いなのかしら? 嫌だわ。こんなおばあちゃんを捕まえて。らぬ誤解を生むわよ、ハクトちゃん?」

 「だから、誤解を生んでんのは手前てめえだろうが、クソババア」

 クソッ。どうもこの婆さん相手だと調子が狂う。

 良いようにてのひらで転がされるのが気に入らねえのか、俺にもよく判らん。

 判るのは、苛々いらいらするってことだけだ。

 「ちょっ! ハクト様っ!! イドゥベルガ様に対して失礼ですよ!? イドゥベルガ様も悪戯いたずらが過ぎますっ! クレール! その辺りに隠れているのでしょう!? イドゥベルガ様を執務室に御案内しなさいっ!」「ひゃいっ!」

 大司教の姉ちゃんの声に、瓦礫がれきの影から10歳位の女の子が吃驚して飛び上がるように姿を表した。婆さんの付き人か。

 「あら、クレールが隠れているって良く判ったわね、ケルスティン?」

 「何年、イドゥベルガ様の付き人をしたと思って居られるのですか!? それくらいのことは御見通しですっ! これ以上話をややこしくしないでくださいっ! 後で参りますから、くれぐれもご自重ください! さ、ハクト様、皆様こちらです。参りましょう!」

 ころころと笑う婆さんを、大司教の姉ちゃんがヘコヘコしながら引き離していくってことは、あれだ。肩書きは司教だが、裏じゃ影響力を持ってるってことだよな?

 うへ。『触らぬ神に祟りなし』だぜ。

 背中を押されるように大司教の姉ちゃんと一緒に第二礼拝堂を出た俺たちは、神殿の境内けいだいでもかなり奥まった場所にある部屋へ通される。

 外界から隔離されたといえば語弊ごへいがあるだろうが、そこは、街の喧騒も聞こえて来ない本当にしんっと静まり返った場所だったーー。



                 ◆◇◆



 部屋に通されてから、特に何かをしたわけでもねえ。

 思い思いのんびり過ごし、運ばれてきた飯を5人と1羽で食ったくらいだ。

 プラムは今のとこ着る服がねえからと言って、神殿で付き人の子どもが着る簡易な作りの職服を貰って着させた。流石に奴隷が着てた頭貫衣かんとういじゃ可哀想だろう。

 初めてまともな食事を取ったのか、夢中で飯を食う姿はちょっと来るもんがあったな。

 年取るとどうも緩くなっていけねえ。

 神殿に着いたのが昼を回ってたんだが、結局遅い昼飯を食っても誰かが来る訳でもなく、だらだらと夕食まで過ごし、夕食も5人と1羽でゆったりと食べた。

 俺たちの事とか、あきらたちの事とか色々考えにゃならん案件が立て込んでるんだ。こっちとすりゃ寝ることがあればおんの字さ。

 俺としては目立たずに静かに暮らせりゃそれで良いんだが……。上手く行かねえもんだ。

 後は。……贅沢を言やあ、風呂には入りたい、な。

 プラムを入れてやりたい。少々の贅沢をしてもいいくらい、あのも耐えてきたんだ。風呂ぐらい、罰は当たらんだろう。

 プラムも、子どもらしさを少しずつ表に出させる様になってきた。

 まあ、俺たちの前だけでだがな。良い傾向さ。時間を掛けていきゃあ良い。

 別の気になる事と言やあ……窓だな。

 神殿の窓も、街の窓と同じ観音開かんのんびらきの鎧戸よろいどでガラス窓じゃねえ。ガラスがあったのは西狭砦さいさとりでぐらいだ。

 それだけ技術が進歩してないというか、材料が悪いんだろう。詳しくは知らんが。

 普通に無色透明なガラスを見慣れてた俺にとっては、未だに慣れねえことの1つだな。

 カーテン開けても、外が見えねえんだぜ? まあ良い。

 何が言いたいかってえと、夜、日が暮れてから外の様子を見ようと思っても窓を開けなきゃ見えねえから、こっそり外の様子が見れねえのさ。

 「旦那様」

 「へえ。マギーには聞こえたんだな」

 「何事だ、主君」「ん~なあに?」「えっ!? 何か聞こえましゅたか!?」

 後の3人は何のことか判ってねえようだ。プラムも耳が良いはずなんだが、幼いとまだあんまり聞こえねのかも知れんな。

 「襲撃かも知れん。足を音を忍ばせて、結構な人数が境内に入って来た。窓から離れろ」

 ガシガシとプラムの頭を撫でてから、俺はゆっくりと腰を上げたーー。





 
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