えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

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第4章 カヴァリ―ニャの迷宮

第150話 えっ!? どういうこと!? 満足したってことか!?

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 「因幡流古式骨法術いなばりゅうこしきこっぽうじゅつ、ハクト。してまいる」



 ガイを吹き飛ばした力は、突進力を利用した可能性も捨てきれん。

 見かけ以上に俊敏な動きが出来ると思ってたほうが良さそうだ。

 かと言って、お見合いをするつもりはねえ。命の遣り取りをするんだ。勝てば官軍さ。

 まずはセオリー通りに攻めて見るか。

 ゆっくり銀色の将軍蟻しょうぐんありへ向かって歩き始めた俺は、あと2パッスス3mのところで、2本の危険を持つ右腕側に駆け出す。

 大盾を持ってるから死角になると考えるのは、経験不足だ。実践が足らん。

 盾の死角を狙っても、身体をひねられれば剣を振るえる空間が確保できるんだ。あっという間に三枚下ろしだろうさ。狙うのは剣の死角。

 剣という物は、突くか払うかの変化形だ。そして腕の可動域の問題上、正しく力を伝える振り方をするためには、後ろに振りかぶり前へ向かって使用するしかない。

 そこを狙うのさーー。

 ーーッ!

 俺の耳には聞こえない声を上げて、将軍蟻が剣を左肩から右胴にかけて袈裟懸けに振り下ろす。

 剣の軌道とは真逆の方へ少し身体をずらしてかわし、脇を抜ける上から逆手に持った剣が突き降ろされた。

 「ひゅぅっ」

 その切っ先を身体をひねって躱すついでに、肘打ちを前足と蟻鎧ぎがいの隙間に打ち込む。



 ーーびくともしねえ。が、そのまま居るとまじい。



 蟻鎧の端に強化した手の爪を引っ掛けて、牛の背中に上がる。

 ーーッ!!

 「へっ、背中がガラ空きだぜ? おわっ!?」

 そのままズドンと背中へ手刀を突き入れてやろうかと構えた瞬間、将軍蟻が後ろ足で二本立ちしやがった。

 慌てて蟻鎧の隙間に手を差し込もうとするが、二本立ちで背を伸ばしたお蔭で、右上腕みぎうわうでの剣が届くことに気付く。

 ーーッ!

 「ガッ!? ブッ!!」「主君っ!!?」「ハクトッ!?」「旦那様っ!?」『「「きゃああっ!?」」』

 背を見せずに更に上へ飛び上がった瞬間、横から何かに殴られて吹き飛ばされ視界が真っ暗になった。

 ズウンッ
 
 地響きと、背中を迷宮の壁に激しくぶつかった衝撃で、視界が戻る。



 ーーっぶねえっ! 何だ今の一撃。意識が飛びやがったぞ。



 「【骨治癒】。盾か!? やるじゃねえかよ」

 地響きを上げて、盾ごと突進してくる姿が目の前に来てた。凄え迫力だ。

 恐らくだが、大盾の長さを利用し、横に寝かせた状態で俺を打ち据えたんだろう。



 ーー効いたぜ。自分の骨を強化してなかったら、複雑骨折で死んでたな。



 「身体がでけえと、鈍くなるもんだが、なかなかどうして」

 ズズゥンッ

 さっきよりも更に大きな地響きと振動が迷宮を揺らす。壁が凹むくらいに大盾を持った将軍蟻の身体が隠れてる。

 俺か? 誰が莫迦ばか正直に挟まれてやるかよ。

 「【骨盗ほねとーー】。なあっ!?」

 挟まれる寸前まで壁際に居て、直前で股の間に滑り込む。後ろ足の骨を抜いてやろうと手を伸ばしたらその足が目の前からすっと消えた。何処だ!?

 上かっ!? 突進の勢いで牛の体重を前足4本で支えて上に流しやがったのか!?

 「ちいっ!?」

 ズウンッと上から2本の後ろ足の踏み付けトランプルだ。それだけじゃねえ。踏み付けからの、後ろ蹴りブートだぜ?



 ーー蟻じゃねえのかよ!?



 ブフォッという風切音が鼻先をかすめて、ひげを揺らす。仕切り直しだ。

 大きく後ろに跳んで距離を取る。

 ガラガラと壁の岩を崩しながら、壁から大盾を引き抜きこちらに向き直る将軍蟻。大きく口を開けてまるでわらっているかのように頭を揺らすその姿は不気味だった。

 「野郎、余裕こきやがって……」

 悔しいが、あの赤竜の時ほどの実力は開いて無えものの、それでも今の時点ではあいつの方が格上だって事はやってみて判った。そもそも俺の攻撃でダメージが入らねえのさ。あの蟻鎧ぎがいが高性能過ぎるんだよ。

 黒蟻牛>赤蟻牛>兵隊蟻>騎士蟻>将軍蟻と蟻鎧の厚みも性能も上がってる気がする。実際、斬撃系の耐性だけじゃなく、魔法も耐えてる兵隊蟻や騎士蟻の姿が牛より多かったんだよな。そうなると必然的に、将軍蟻こいつはもっと厄介だってことになる。

 将軍蟻がバイソンに似た牛の足で1歩1歩近づく度に身体が揺れる。ん? 来ねえのか?

 俺の方でも、“聖域”の方でもない、真逆の位置へ移動する将軍蟻。

 俺はその真意を図りかねていた。まあ、蟻の思考が解る訳ねえんだがな。

 ズウンと足音を響かせて立ち止まった将軍蟻の姿を見て気付いちまったーー。

 前言撤回。意図解ったわ。この野郎、良い趣味してやがるじゃねえかよ。



 ーー俺と将軍蟻の立ち位置が入れ替わったのさ。



 つまり、俺の後ろにヒルダたちが居る訳で。何かを投げられると、かわせねえってこった。

 ーーーーッ!

 口を大きく開けてわらう将軍蟻。

 上等っ! やってやろうじゃねえのっ!

 「【粉骨砕身】っ! マヂかよっ!」

 身構え【骨法スキル】を発動させた瞬間、手に持っていた奇剣を1本、回転させるように投げ付けて来やがった!? 当然、それを追う様に突進を始める将軍蟻。

 素手で受ければ、完全に勢いに負ける。ならーー。

 「【骨槍ほねやり】っ! 【骨硬化ほねこうか】っ!」

 真っ白い短槍を1本作り出し、手にした槍をびゅんっと回して下段に構える。立ち位置は変えねえし、迎えにも行かねえ! 一番気を付けねえといけねえのは、呼吸タイミングだ。



 ーーしくじんじゃねえぞ、俺。



 回転は上から下ーー。

 斬撃は、腕を下ろしたまま突進して来るなら左下から右肩へ斬り上げ左切上の可能性大だろう。寸前で軌道が変わる可能性にも意識を残す。

 「ふーーっ」

 頬を膨らませるように、口をすぼめて息を吐く。

 その一瞬で、回転する奇剣の剣先が鼻っつらに迫っていた。

 ギイィンッ!!

 下段に構えた短槍をくんっと跳ね上げ、奇剣の腹に叩きつける。その流れで、槍の柄と奇剣の肉厚な腹に手を添えて腰を剣の進行方向にぎゅんとひねって軌道を変えてやった。



 ーー因幡いなば流古式骨法術:はすノ葉・しな



 回転して背中を見せてる俺の隙を将軍蟻あいつが見逃す訳がねえ。

 上半身の撚りを追うように下半身も回転させ、向き直った時には左切上ひだりきりあげから、下段の左側から右側への水平斬り左薙に軌道を変えた剣先が俺の身体に届こうとしてた。逸らした剣が骨の山に突き刺さったんだろう、ガシャンという音が聞こえるがそれどころじゃねえよ。

 「こなくそっ!」

 身体の横に短槍を地面に突き立て、棒高跳びの要領で身体を水平に持ち上げる。

 カッ

 次の瞬間、難なく槍を斬り落として俺が居た場所を過ぎ去る蟻将軍の奇剣が見えた。

 ここだっ!

 勢いを止め切れないまま、俺の足元を銀色の蟻腕ぎわんが通り過ぎ用としてたのを足場に奴の上半身を目指す。

 ーーッ!!!

 それを読んでたのか、剣を持っていない上腕が俺を捕まえようと貫手を打って来る。

 力の差を考えたら、ここで腕を取って関節技に移るのは悪手だ。返されたら詰みだぜ。

 ならーー。

 「【骨盗ほねとり】っ!」

 ギリギリで躱し、伸び切った肘の外骨格を抜き取る。おし、成功だ!

 ーーッ!

 ああ、その顔は驚いた顔だな? だんだん表情が読めてきたぜ? 伸びた将軍蟻の銀色に光る二の腕に爪をかけて引っ張るように反動を付け、さらに飛び上がる。

 その腕は使い物にならんよ。盾を振り回すにゃ至近距離過ぎる。



 ーーその首、貰っげえっ!!?



 「んなんありかよおぉっ!?」

 顔の近くに飛び上がった俺の腹へ、左で盾を持ってたと思ってた2本ある腕の内の上腕うわうでが、何処から出したか判らねえ短剣を突き出してきやがったんだ!!



 ーーそうだ、前転! 回れ回れ回れ回れっ!!



 向かってるく短剣に後頭部をさらすようにグルッと回るのは、正気の沙汰じぇねえ。けど、そうでもしねえと俺の腹はザクッと切り裂かれてはらわたを出して終わりだ。

 グルッと回った瞬間、頭頂部を短剣の腹がジョリッと擦れたーー。

 今だっ!

 ーーーーッ!!?

 回り切る前に、両足を伸ばす。空気抵抗の反動で綺麗に身体が開いた目の前に、将軍蟻の顔があった。迷わず、指を目に突き入れる!

 本当は奥にある脳ミソを潰してやろうと思ったんだが、大盾を顔に向けて振り上げるのが見えた俺は、目だけで諦め大きく跳ぶ。

 ――――ッ!!

 「へっ、痛えのか?」

 だらりと肘から下を垂らした、右の上腕うわうでで目を押さえるように銀色の巨体が身悶ももだえる様に見えた。そりゃそうだろうさ。

 跳び退しさった俺の左手に、黒い蟻の複眼が1つ握られてるんだからよ。



 ーー因幡流古式骨法術:擬宝珠抜ぎぼうしぬ



 「主君っ!」「ハクト凄い凄いっ!」「「「……」」」『ハクトさーん! わたし信じてましたから!』

 「女神がしももんを信じてどうする!?」と声が出そうになったが、視線を将軍蟻から切らさず、何持ってねえ右手を上げて後ろの声に応えておく。まだ、終わっちゃいねえからな。

 残心を、と思っていたらーー。

 ーーーーッ!!

 口を大きく開け、身体を大きく揺らした将軍蟻がズウンときびすを返しやがったんだ。使い物にならなくなった右腕を口元まで持ってくると、バリッと口千切り吐き捨てる様子に、俺は頭が付いて行かなかった。



 「は? えっ!? どういうこと!? 満足したってことか!?」



 銀色の巨体が洞窟の角に消えるまで、状況が飲み込めずに居たのは俺だけじゃねえ。

 “聖域”から見守る5人と1羽も固唾かたずを飲んで見守ってるんだからよ。いや、普通はどっちかが死ぬまでの死合しあいだろうが。

 迷宮の魔物が戦闘狂で、満足できたら帰るって聞いたことがねえ。



 どうなってやがる!?



 ぽとっと握っていた左手から、将軍蟻の目が落ちる。

 気が抜けたような顔で振り向く俺に、5人と1羽が驚きと嬉しさをい交ぜにした顔のまま飛び付いて来るまで、んなに時間は掛からなかったーー。





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