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第4章 カヴァリ―ニャの迷宮
第155話 えっ!? 何でそんなとこに入ってるんだ!?
しおりを挟む「えっ!? 誘ってるのか!?」
独り言に近い問い掛けが、自然と俺の口から零れ落ちたーー。
将軍蟻を背中から襲うっていう選択肢は俺にはねえし、させるつもりはない。
良いじゃねえか。「付いて来い」って言うんだったら行ってやろうじゃねえかよ。俺の背中に刺さる、離れたとこに立つ不安げな視線の主たちに号令を出すことにした。
「おーいっ! 付いて来いだとよぉっ! ここまで来たら乗りかかった船だ。行ってやろうじゃねえかっ!」
「マジかーーっ!? ここは逃げ一択じゃねえのかよぉっ、兄貴ぃっ!?」
ノボルの叫び声が聞こえた。
阿呆。ここまで用意周到に、他の蟻を抑えて俺たちを待ってたんだ。下手なことすりゃ追い込まれるのはこっちだろうが。他の魔物すら居ねえ事にもっと危機感を覚えろっ。
ならまだ懐に飛び込んだ方が、死中に活を見いだせるってもんだぜ。
「主君、良いのか?」
駆け寄って来たヒルダが真っ先に口を開く。
「魔物が居ないのって可怪しいよね?」
「罠の可能性もありますが、宜しいのですか?
これだけ張り詰めた空気に晒されば、プルシャンやマギーも違和感を感じてるようだな。
「……」
プラムにはキツイか。心配そうに見上げてくる頭に手を置いて、ぽふぽふと撫でておいた。やっぱり小さい頃の娘と言うのは可愛いもんだ。擽ったそうに目を細める仕草に癒されるわ。
「ここまでお膳立てて、出迎えにも来て何もしてねえと考える方がどうかしてる。逃げはねえ」
「主君」
「何だ?」
「お膳立てとは何だ?」
おふっ。そこか。この言葉も通じねえのか。まあ、お膳の文化は日本独自だもんな。
「用意周到って言う意味だ」
「そうか。それがお膳立てか」
やれやれ。
『わたしはハクトさんを信じます』
女神様に信じられるって、どう反応すりゃ困るだろうが。スピカさんや、滅多なことを言うんじゃねえよ。ま、ノボルよりウチの嫁や従者の方が危機管理は優れてるってことだな。
「ノボル」
鬼姫と2人で追いついたノボルに釘を刺しておく事にした。
「何すか、兄貴?」
「逃げたいんならここで別れても良いぞ?」
「い、いや、止めときます。この手の件って、大概俺がポカやった時っすよね?」
「そういうとこだけ鼻が利くんだな」
「マジかよ。危ねえ……」
「ノボル様、ハクト様にあれ程注意されていたではありませんか。可怪しい時ほど、考えろと」
「うぐっ……。ごめん」
完全に尻に敷かれちまってるな。どっちが主人か判らなくなる。
「まあいい。黒丸と紅丸は出すなよ? 契約が突然切れたら目も当てられん」
「でも兄貴」「ノボル様っ」「判ったって」
袖を引っ張られて渋々肯くノボル。鬼姫が巧い具合に羈を引いてる様だな。なら、鬼姫に任せるか。どうせ地上に戻れば別々に行動するんだ。今からそれに慣れてた方が良い。
「鬼姫が居れば問題ねえな。この先どう転ぶか判らん。2人は離れねえようにな?」
「ちぇっ、兄貴まで」「うふふふ。分かりました、ハクト様」
腕をノボルに絡ませて微笑む鬼姫を見て、これ以上は言わねえ事にした。甘ったるすぎる。
んな事をしながら、俺たちは将軍蟻に誘導されるまま迷宮を進む。思った通り、俺たちがまだ探索してなかった通路だ。時折現れる枝のように伸びる通路の奥から、数えられねえくらいの気配が溢れてる。
……脇道を通り過ぎる度に、退路が立たれてる感じだぜ。
じわりと掌に嫌な汗が湧くのを感じる。
ここで焦っても仕方ねえ。寧ろ、何でもねえって顔してねえとダメだ。
プラムにゃ匂いで気付かれちまうかも知れんが、このパーティーのリーダーは俺だ。士気の低下は即命に関わる。ここで死なせる訳にはいかねえよ。
地下独特の重く纏わり付くような空気がじとりと毛を撫でる。
30日も地下に居たが、結局慣れなかった黴臭さを感じながら、俺たちはピリピリと張り詰めた洞窟を、屠殺場に連れて行かれる牛のような重い足取りで歩くのだったーー。
◆◇◆
体感的に15分は歩いたか?
距離にすれば1ミーリアぐらいだ。
そこそこ歩いた感はある。それもやや下り勾配の洞窟を、ぐねぐねと。蟻の巣らしい作りさ。
その行進も、目の前で天井に届きそうな程大きく聳える意匠を凝らした両開きの門で遮られることになった。
「意匠が立った蟻と言うのもシュールだな……」
「うぇっ、気持ち悪い」
俺やノボルの呟きが聞こえたかどうか判らねえタイミングで、将軍蟻が手にした大盾を扉に押し当ててゆっくり開いてゆく。
ゴゴゴゴゴ……
地響きにも、地鳴りにも似た音が俺たちの体を震わせる。
両開きの大扉が内側へ開くのに合わせて、中から光がサアーッと漏れ出てくるんだよ。
光源があるのか?
ここまでの道のりは油灯の火で照らしながら来たんだ。光苔みたいな発光植物も見なかったし、人工物の灯りなんて何処にもなかったぞ?
『ーーーー』
俺たち全員は開かれた扉の向こうに見えた光源に絶句したーー。
恐らく半球状の空間に広がる天井に、びっしりと琥珀色に膨らんだ何かがぶら下がって淡い光を放っているのさ。幾ら淡い光だとしても、何百も集まれば立派な光源だ。
あまりの光景に目を奪われていたが、その正面に鎮座する存在に俺たちは気が付いた。
ーー女王蟻だ。
そりゃそうだ。ここまで蟻が出れば当然、居て然るべきだろう。
「でけえ……」「マジか……」「これは……」「大きいねーっ!」『「「「……」」」』
それも、何故か白く長い腹を上に向け、迷宮の壁にある亀裂へ嵌り込むように寝そべっているのさ。腹は白いが、腰から上の蟻の体は金色だぞ?
女王の頭に見える莫迦でけ双角は羊のような巻角だ。二対の手も将軍蟻より長え。倍以上はあるんじゃねえか?
その傍で甲斐甲斐しく世話をする蟻は、全身が白く、上半身が蟻で下半身は蜘蛛のような体をしてる。イエグモみてえに足が異様に長えのをみると、ゾワッと鳥肌が立つのは仕方ねえだろう? 仮に呼ぶとしたら……女中蟻、か?
その女王蟻の前で騎士がするように一礼する将軍蟻。
もう、魔物というよりも新種族って言った方が良いんじゃねえか、と思うくれえだ。それだけ仕草が人間臭いのさ。
正直、扉のこっちには騎士蟻や兵隊蟻がわんさか居てすぐさま戦闘になると覚悟してたんだが、些か拍子抜けだ。そんな奴らの姿なんて、何処にも見えねえんだよ。
言うなれば、謁見の間とでも言うべき場所だな。
そこで女王蟻への挨拶を済ませた将軍蟻が、こちらに向き直る。と、同時に後ろの扉が閉まり始めた。無理だな。俺たちは知らぬ間に奥へ進んで来てたらしい。いや、この世の物とは思えねえ光景に見惚れてたのさ。
今更俺だけ逃げても意味がねえ。
ズウウウウゥゥゥン……
扉が閉まる音と振動が俺たちの体を揺らす。
どうなる? どうでる? もう逃げれんぞ?
将軍蟻や周りへの意識を飛ばしながら重心を気持ち下げていると、将軍蟻が牛が寝そべるように器用に足を腹の下へ畳んでその場に座りだしたじゃねえかよ。
盾やあの奇怪な剣も手から離して横に置く。攻撃する気はねえって事か?
……どうなってやがる!?
答えを求めて視線を飛ばすが、答えを持ってる奴なんて誰も居ねえ。
ただ、動物が足を腹の下へ折り畳んで座るときはリラックスしてる証拠だ。家で飼ってた犬も、よくそうやってたのを思いだした。
すると、何を思ったのか将軍蟻が自分の胸の甲羅(?)、もしくは蟻鎧に手を掛けてバキバキと腹の方から剥ぎ取り始めたじゃねえか。いや、上半身は蟻だからよ。んなに痛みはねえのかも知れんが、見てる俺たちからすれば異様な光景なんだぞ!?
何をどうすりゃ良いのか判らん俺たちは、ただ成り行きを見てるだけだ。
けどな、そうも言ってられねえ事になっちまったのさ。
バリッと自分の顎の下まで甲羅を剥いだ将軍蟻のその部分に、70代と思しき男の頭が目を閉じた顔のまま埋まってたんだよっ!?
えっ!? 何でそんなとこに入ってるんだ!?
『「「「「「「っ!?」」」」」」』
他の者も驚きで息を呑む。単純に驚きすぎて声が出ねえのさ。
想像の遥か上の出来事に何もできないでいると、将軍蟻の胸に埋まってる老人の目が開き、その口から嗄れた人の声が紡ぎ出されたーー。
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