えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

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第4章 カヴァリ―ニャの迷宮

第157話 えっ!? 意識はないって言ってなかったかよ!?

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 「誰だ?」

 「ああ、失礼。そこの被検体の主人とでも言っておこう」

 俺の質問に答える仮面の男。その瞬間、空気が張り詰めた――。

 素早く、ヒルダの祖父じいさんと祖母ばあさんの顔を確認する。見えたのは……。



 ――明らかなおびえだ。



 つまり、この仮面を着けた男の言葉は本当らしい。巫山戯ふざけんな。何が「被検体」だ。モノ扱いしてんじゃねえよ!

 300年経っても怯えるってどういうことだ!? 何かカラクリがあるんじゃねえのかよ!?

 「この魔力の雰囲気……」

 俺の背後で鬼姫のつぶやきが聞こえる。

 「ふむ。どうやら呼びもしないのに、オークまで居るとはな。通りで臭う訳だ」

 「っ!?」

 その呟きが聞こえたのか、仮面の男が反応すると鬼姫が短く息を吐くのが判った。おいおい、兎人でもねえのに随分と耳が良いな。20パッスス30m近くは離れてるんだぞ?

 「ハクト様、あの仮面の男エきゃあっ!!?」「危ねえっ!!?」「おわあっ!!?」

 俺にだけ聞こえるように耳打ちしようとした瞬間、将軍蟻の祖父さんが腕を振り下ろして来たんだ! ノボルも巻き込まれそうになって後ろへ転ぶ。

 「御祖父様!?」

 ヒルダの声に頭を下げながらも身を起こし始める将軍蟻。まじいな。

 「済まぬ。儂の意志に反して身体が動くのよ。久し振りに思いだした。あの男の正体を探ろうとする者を殺せと言われておったのをな……」

 「つう事は?」

 「済まぬ、ヒルダ。ハクト殿。身体が動いたと言う事は、命令が受理されたと言う事だ。この先は手加減は出来ぬ。の方らが死ぬか、儂らが死ぬかしか選択肢はない。そう造られておるのだ」



 マヂか……。



 この遣り切れねえ気持ちを引きってると、全滅しかねんぞ。クソッ、一番目を離しちゃいけねえ奴から視線を切ってしまったじゃねえか。

 「一旦、距離を取る。入り口の二枚扉のとこまで下がるっ!?」

 「美しいな。良い商品になりそうだ。いや、わたしが飼うか・・・」「やっ!」

 ヒルダとプルシャンの方に振り向いて指示を出し掛けた瞬間、言葉を失なった。



 ――何でそこに居る!?



 俺が反応する前に仮面を着けた男が、プルシャンの顎を摘み上げているじゃねえかよ。バシンって腕をはたかれる仮面の男。もう1人、こいつの後ろに居た奴は何処だ?

 「なかなか気が強いのも高評価だ。持ち帰るぞ」「はっ」

 仮面の男の言葉にぬるっとプルシャンの影からぬるっと姿を現し、ボディブローを打ち込もうとした瞬間――。

 「嫌って言ってるでしょっ!」「がっ」「ほうっ」

 先にプルシャンの肘打ちが男の右頬に入り、男を吹き飛ばす。仮面の男は感心した声を漏らしただけだ。完全に俺たちを無視してる。良い度胸じゃねえか。

 プルシャンと俺を残して、他のもんは扉の前まで移動し終わった。

 自分らの主人に手は出せねえんだろう。ヒルダの祖父じいさんと祖母ばあさん、他の蟻たちも動きはない。と言うか、そもそもこいつら何者なにもんだ? 何でここに居る!?

 「なかなかしつけ甲斐がありそうではないか。【प्रभुत्वプラブフトゥヴ】。むっ」

 目の前の俺を完全に無視して、プルシャンへ左掌てのひらを突き出す仮面の男の左腕を掴んで引き下ろす。何か短く呟いた気がしたが、気のせいか? どうやら相当高い御身分らしいな。

 「おい、待てこらっ。人の嫁に何手え出してやがる? プルシャン、ここは良い。危ねえから向こう行っとけ」「う、うん、分かった!」

 何だ? プルシャンの首に巻いてある紺色のレース柄首飾りチョーカーが発光してやがる。こいつ、プルシャンに何しやがった!?

 「……【支配・・・】も出来ぬ上に毛虫の手付きだと? 冗談にしては趣味が悪すぎる。おい、毛虫何の真似だ?」

 仮面の奥に見える翡翠ひすいを思わせるような瞳に、怒気が宿るのが見えた。腕を振り払おうとするが、簡単に放してやる訳がねえ。急に消えられたら、次はつかまえられねえかも知れん。

 こいつのスキルなのか、さっきの影から出て来た奴のスキルなのかは知らねえがな。死んだカズマみてえなスキルを使うが、カズマのは固有ユニークスキルだったはずだ。

 何て考えてたら、聞き捨てならねえ事を言いやがった。【支配】だと? おいおい、んなやべえ魔法使うんじゃねえよ!

 「そりゃこっちのセリフだ。俺の嫁に何しやがった?」

 「……今腕を放せば、命は助けてやらぬこともない」

 俺の言う事を無視して、腕を振り払おうと力を込めてくる仮面の男。俺がそっちに気を取られてる内に、影へ沈もうとしてた付き人の男を牽制けんせいする。

 「ふ~ん、御偉いさんが都合良く使う、よく気が変わる取引だな? 俺が得する事は何もねえじゃねえの。おっと、動くな。俺の仲間や嫁に手を出したらこいつの腕を折る。影に潜っても折る」

 「……」

 影から浮き上がり、片膝をいた状態のまま固まる付き人の男。明らかに、抜剣姿勢のまま止まってやがるな。巧い具合に、袖なし外套クロークで動きを隠してる。

 ……手練だ。

 「良い、退がれ。毛虫にしておくには勿体ない素体・・・だ。首から上だけなら使い道もあるか……【プラむぁっ!? ぐはっ!!」「アラン様っ!?」「  【骨盗り】莫迦ばかか?」

 相当自分のスキルに自信があるんだろう。封じてない右腕を突き出して来やがったから、掴んでた左腕で引き回し、背負い投げをましてやった。地面に打ち付けたついでに、こそっと尺骨と橈骨左腕の骨を2本とも抜き取る。焦った顔が見ものだぜ?

 カランと抜き取った骨を足元に投げ、バキッと踏み砕き適当に蹴散らしておいた。

 ここも迷宮の一部だ。放っとけば吸収されるだろうさ。

 「随分と目出度めでたい頭をしてやがるな? 無手の武闘家に掴まれてて、魔法を使う余裕がある訳ねえだろ? なぁ、アランさんよ?」

 付き人が焦って主人の名前を口走る。つまり、こういう状況に慣れてねえってこった。それに、こっちはまだこういう投げ技が知れ渡ってねえからな。受身もまともに出来ん。まともに背中を打ってるからな、呼吸もままならんだろうぜ。

 「がはっ、ごほっ! 愚か者めっ」

 咳き込みながら上半身を起こし、従者を叱りつける仮面の男アラン。気持ちは分からんでもない。

 「申し訳ございません! お怪我はありませんか!?」

 「いや、俺からすりゃありがとう、なんだけどな? さて、折角ご主人様が来てくださったんだ。隷属から解放してもらいましょうかね?」

 祖父じいさんたちの話じゃ、隷属の首輪ごと融合しちまってるなら、原型が残ってるとは思えん。首輪に仕組まれてた魔法がどういう形かは知らんが、蟻の中で機能してるって事だろう。

 ヒルダにゃわりいが、どうにかなるとも思えん。思えんが、今はこの状況を利用させてもらう。

 「貴様っ!」

 案の定、喰い付いた。チョロイな。こいつ。

 「おっと。八つ当たりはしてくれや。俺はそっちの兄さんの名前を教えてくれとは頼んだ覚えはねえぜ? 勝手に教えてくれたんだろうがよ」

 「それは貴様がっ!」

 あおり甲斐があるってもんだぜ。

 「噛みつくなや。それよりも良いのか? 大事なご主人様の腕が大変な事になってるぜ?」

 だらんと力なく垂れる左腕。肉がどうこうなってる訳じゃねえからな。痛みも何もねえはずだ。思った通り、相当驚いたな。表情が見えんのは残念だが、意趣返しはできたぜ。

 「何っ!? こ、これはっ!?」

 「毛虫。何をした? ほねとり、と言ったな? 痛みはないのに腕が動かん。毛虫の分際ぶんざい固有ユニークスキル持ちか!?」

 マヂか!? 聞こえてたのかよ!? 良い耳してやがる。何者なにもんだ?

 それを顔に出す訳にはいかんよな。

 「それに答える必要があるとは俺には思えんがな。何かのスキルかも知れんし、魔道具かも知れん。アランさんよ。あんたなら敵か味方かも分からん奴に、態々わざわざ手札をさらすかい?」

 「毛虫に諭されるとは心外だがな」

 「話が分かる奴は好きだぜ?」

 「虫唾むしずが走る」

 「お褒めに預かり光栄ですな」

 仮面の男にうそぶく。

 「誰が貴様を褒めたっ!?」

 「毛虫に虫の働きを説いてくれたんじゃねえの? そこは礼を言うとこだろ?」

 「屁理屈をっ!」

 どうやら、剣の腕は立ようだが、オツムはいまいちのようだな。

 「物分かりがわりいのはお前さんの方だと思うがね? ああ、何を算段してるか知らねえが、ここなら死体も残らねえから安心して殺されてくれや。どうせ、んな事思ってたんだろ? 黙って殺されてやるほど、俺たちはお人好しじゃねえぞ?」

 「「……」」

 「ここまで窮地に立たされたことはなかったか? 良かったな。死ぬ前に経験できて。人を殺そうと思うんだ。殺される覚悟ってえのも当然持ってるんだよな? おわっ!? 何だっ!? 糸っ!?」

 世紀末の暗殺拳の伝承者みたいに、交互に両手の指の関節を鳴らす。腕と足の骨を抜いてから尋問をと思った矢先、殺気の篭もった何かが降って来たんだよ。

 慌てて跳び退くと、粘着力の強い糸が地面に当たって飛び散るのが見えた。



 ――天井うえかっ!?



 と確認できたのも束の間で、天井から糸を出した白い蜘蛛の身体を持つ蟻人が1体、落ちて来たのさ。そして、あっという間に仮面の男と付き人の男を抱えて走り出したじゃねえか。

 「っ!!?」『あっ!!?』

 「良くやった、ナーサ! そのまま御二人を連れて逃げよ!」

 将軍蟻じいさんの言葉に耳を疑う。ナーサってメイドのナーサだろっ!?



 えっ!? 意識はないって言ってなかったかよ!?



 慌てて追おうとしたんだが、目の前に将軍蟻の持つ剣が振り下ろされ阻まれちまった。ちっ。結局、何の目的でここ迄来たのか、どうやって来たのかも聞けず仕舞しまいじゃねえかよ。

 分かったのは名前だけだが、これも本名か偽名かも判らん。

 しかも、あいつらが来せいで状況は最悪だ。

 将軍蟻じいさん女王蟻ばあさんも、女中蟻も皆、戦闘モードに切り変わっちまってる。出来れば殺し合い以外でここを抜けたかったんだが、そうも言ってられなくなっちまったぜ。

 「ヒルダ、すまん! 殺り合う事になっちまったっ!」

 将軍蟻の剣をくぐりながら、俺はそう声を張り上げたのだった――。





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