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第5章 公都
第165話 えっ!? 俺!? いや、人の所為にすんなよ!?
しおりを挟むえっ!? あいつ何やってんの!?
ああ、間違いねえ。
西狭砦で潜入捜査してた近衛騎士の色男だ。名前は……何つった?
顔のインパクトが強すぎて、覚えてねえわ。
流石にシンとかじゃなかったはずだがな……。
「何をしているっ!! 双方とも武器を収めよっ!!」
片や金棒を構え、片や無手で構える俺たちに向かって声が飛んでくる。まあ、俺というよりも金棒持ってる騎士団長の方だろうがな。
「ちっ、面倒臭い奴が来やがった。おい、模擬戦は終わりだ。行って良いぞ」
明らかに不服そうな顔で舌打ちした団長が、顎でヒルダたちの方を指す。
「何だそりゃ? 随分いい加減な裁決だな? まあ、行って良いんなら行きたいとこなんだがな。多分、あの顔は無理だ……」
砦の中の最高責任者は、そこを守護する騎士団長だ。そいつの言葉に意義を挟む気はねえが、俺を見た瞬間に目を瞠ったあいつが黙って行かせるはずがねえんだよな。
「お前、まさか近衛騎士と面識があるのか!?」
明らかに、俺の方へ視線を合わせたまま足早に近づいて来るイケメン近衛騎士と俺を見比べながら、慌てて早口に尋ねて来る団長。
「あったらどうした? まあ腐れ縁だがな」
「ぐっ」
返答に窮したのを見てピンと来たね。はは~ん。これあれか。砦の独自法ってやつか?
「どうした? 有無を言わせずに模擬戦を強要するのは、国の法に触れるか?」
「……」
「貸し1つだ」
「なっ!?」
「ダメならバラす」
「卑怯だぞっ!」
「んなに難しい事なんか言わんさ。都で、雪毛が泊まっても問題のねえ宿を教えてくれ。出来れば、飯が美味いとこが良い」
「お前っ!? 殺されかけたのにそれで良いのか?」
金かと思ったのか? まあ、金も悪くねえが、巻き上げられたって思われると後引くからな。
そうなると面倒だから、情報にしたんだよ。こういうちょっと悪さをしてそうな奴なら1つや2つ、そういうとこに行ってると思ったのさ。下街からの情報は以外に的を射てることが多いからな。できる奴は、んな情報源を持ってるもんさ。
農耕神殿に行けば泊まれと五月蝿いだろうから、暫く行きたくねえ。
「周りから見たらどうか知らんが、俺としては良い実践訓練ができたと思ってるんだぜ? ウチのやつらに手を出してたら話は違ったが、そこは意外としっかりしてたからな。ま、ちょうど体が鈍っててよ、良い錆落しになったんだわ」
「……どうかしてやがる」
「褒めんな。照れるだろうが」
「褒めてねえ。……分かった。後で部下に届けさせる」
「おう。俺らがここから出る迄に頼むわ。よお、随分久し振りだな、シン!」
名前が思い出せん時は、カマを掛けるに限る!
「誰だ、それは!? アマデオだ! もう忘れたのか!?」
おふっ、違ったか。ああ、そう言やあんな名前だったな。
「いやいや、んな訳ねえだろ。大騎士様ノ事ヲ忘レタ事ナド片時モアリマセン」
カッと目を見開いて訂正するイケメンに少し苛っとしながら、半目で感情を込めずに臭い台詞を口にする。揶揄って見るか。
「止めろ、気色悪い。もう公都に着いていると思えば、こんなとこで何油を売ってるのだ? 青牛騎士団団長マルク・エトヴィン・ポンエー」
五月蝿そうに手を振るが、しっかり頭の上から足の先までチェックしやがったな。
「はっ!」
ほう、アマデオの方が立場が上なのか。名前をフルネームで呼ばれて直立不動姿勢になる団長を見ながら関係性を想像しちまった。騎士団長より近衛騎士の百人隊長の方が偉いってどういうこったよ。知名度の問題か?
「状況を説明してもらおう。何故ハクトが傷を負っている?」
うおっ!? こいつ俺の事を今、名前で呼びやがったぞ!? 野郎の騎士じゃ初めてじゃねえか!? 逆に俺が吃驚しちまったぜ。
「あー、それな。血の気の多い奴が多かったもんでよ。俺からここを使わせてくれるように頼んだのさ。成り行きで、稽古を着けることになってな。お互いちと血が昇ってこの態だ」
後ろに回した左手で、「お前も合わせろ」とばかりに指をパタパタ動かす。
それが通じたのか、慌ててずいと身を乗り出しやがった。
「そ、そうです! 武闘家と手合わせする機会がないので、この機を逃すまいと模擬戦をしたら熱が入ってしまったのです!」
「その金棒で【舞技】迄使ったのか?」
【ぶぎ】? 武士の武の方か? 何か技があったか?
「流石にそこまでは! ですが、後少し到着が遅かったら使っていたかもしれません」
使う気だったんかいっ!? 良いとこで来てくれたよ。本当。
「……恥を掻かずに済んで良かったな」
「は?」
いや、それ俺の台詞。どういうこった?
「こいつはわたしの【剣舞】を躱してなお、一撃を入れれるほどの猛者だ。お前では歯が立つまいよ。部下の前で恥を掻くのはお前だったと言ってるのだ」
【けんぶ】……【剣舞】ね! 思い出したわ。西狭砦で侯爵を殺った時に使った技か! なる程な。武なのか舞なのかどっちか判らんが、ヤバいことは判るぜ?
「なっ!? 【白剣】でもですか!?」
おうおう。二つ名持っとるんかい。【びゃくけん】? 百なのか、白なのか判らんが……けっ。
「それと、ハクト。お前には陛下からの付託状を渡していたはずだ。何故それを見せん?」
「あっ……」
その一言に、砦の連中がざわりと動く。あ~こりゃ悪い事したか?
あったな。俺の右手の人差し指に嵌って、外れなくなった指輪と一緒にもらった記憶がある。確か「俺たちの身の保証を確約する物」をって言ったら、大公から届いたやつだったな。
「貴様、忘れていたな?」
「い、いや、んな訳あるか。ほら、あれだ。目立つのは困るからよ。なるだけ穏便に……」
「我が国でも十指に入る勇猛な青牛騎士団を相手に単身で立ち回っておいて、何が目立つのは困るだ? 他の騎士団が黙っておらんぞ?」
マヂで? いや~面倒臭いのはもう要らん。
「それは困る。むさ苦しい男に囲まれるのはもう遠慮したい」
「全く、貴様という男は。そもそもこの四月の間何をしていたのだ? わたしなどあれから40日で帰って来たというのに」
「気忙しいな?」
「誰の所為だと思ってる!?」
「お前さんがヘマした?」
「貴様だ」
「えっ!? 俺!? いや、人の所為にすんなよ!? 俺が何したってんだ?」
「侯爵家を潰しただろうが!」
『えっ!!!?』
こいつの【ぶぎ】を躱したと言った時よりも、空気が凍りついたのが分かった。
この莫迦っ! こんな人が多い場所で何を口走ってやがる!?
「いやいやいやいや!! ちょーっと待て! お前らも真に受けるな! と言うか聞くな。聞き流せ! 忘れろ! おい、アマデオ! いやもうアンポンタンで良いっ!」「アンポンーーッ!?」「何でそうなってる!? 俺は何もしてねえ。口は出したかも知れんが、手は出してねえだろっ!?」
「ちょっと待て、アンポンタンとはどういう意味だ!?」
はっ!? そっちに喰い付く!?
「ああーーもうっ! 頭の固い奴はこれだからいけねえっ! ちょっと来いっ!」
「良かろうっ! 貴様とは一度話をせねばならんと思っていたとこだ!」
良く判らん方向に火が着いちまった。これ以上ここで話してると全部ダダ漏れになっちまう。人の口に戸は立てれねえからな。この阿呆の所為で面倒な事になっちまったじゃねえかよ。
周りが唖然として、どうすりゃ良いのか判らないままおろおろしてるのを余所に、俺たちは闘技場の隅へ移動する事にしたーー。
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