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第5章 公都

第170話 えっ!? あ、おい、莫迦っ! まだ心の準備が――!?

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 「はぁ……」

 店を前にして溜息ためいきが出る。

 ……気が重い。

 結局どうしたかというと、俺はたちは今マギーお勧め防具屋の前に来てるのさ。ああ、例の薔薇バラ疑惑の店主が居る店だ。

 あの後、もう2軒教えてはくれたんだが、大公家と騎士御用達ごようたしの店ときたら最初のを選ぶしかねえだろ?

 ま、仕方ねえと言えば仕方ねえよな。

 マギーは元々姫さん付きの騎士団所属だ。それも影から手を回す方だから、余計に口の軽い店とかは論外だろう。自分が信頼して贔屓ひいきにする店を見つけるには時間がねえ。

 それを思えば、1軒でも御用達店以外の店を知ってるのはすげえと思う。思うんだが……。

 俺には敷居しきいたけえわ。

 「ハクト何してるの? 入らないの? じゃ、わたしが開けてあげるね!」

 そんな俺の苦悩を知ってか知らずか。いや、知らねえだろう。プルシャンがしびれを切らして、店の玄関扉を良い笑顔で思いっきり押し開けやがった!

 「えっ!? あ、おい、莫迦ばかっ! まだ心の準備が――!?」

 「こんにちわーっ!」

 店内にプルシャンの弾む様な声が響き渡ると、野太のぶといオネエ言葉が大砲の様に玄関から俺の耳にぶち当たって来た。



 Oh……。マヂかよ……。



 「あ~ら、可愛い子が来たわね~。いらっしゃい! さ、入って入って!」

 ゾワッと背中から首筋にかけて悪寒が走り、ブルッと身震いしちまったわ。

 「主君、入らぬのか? 折角マギーが連れて来てくれたというのに。主人、邪魔をする」

 「あら~。変わったお客さんね? でもそのは仮面素敵! 無駄がないけど、それは洗練されてるってこと。いいわ~!」

 「そうか!? われも気に入ってるのだ。吾の為に主君が造ってくれてな」

 ヒルダの奴、まんまとセールストークに載せられやがって。何やってんだ!? おいっ!

 「そうなの!? 素敵なお話ね! その主君さんは、今日は来てないのかしらん?」

 「しらん?」って言うな、ボケ! 鳥肌が治まらんだろうが!

 あ~何か知らんが、俺の頭の中を小指を立てた手を頬に当てて、体をクネらす筋肉ムキムキの虎人こじん族のオネエの姿が浮かんできやがった!? そのイメージを払拭しようと顔をブルブルッと左右に振るってると、誰かが袖を引くのに気が付く。

 「おう、プラムどうした」

 「中、見てみたいです。ダメですか?」

 「いや、そんなことねえぞ。俺の事は良いから行ってみな」

 「はいっ! あ、あの、し、失礼します、ひゃあっ!!」

 俺の言葉に、ぱあっと花が咲くような笑顔を見せて店内に駆け込み、入り口でペコリとお辞儀した時だった。ぬうっと差し出された太い腕に抱え上げられたプラムが悲鳴を上げた。

 「お、おい、プラム!」

 慌てて駆け出そうとしたんだが、耳に飛び込んで来た声に全身が凍りつく。

 「あら~っ! 千客万来っ! 食べちゃいたいくらい可愛らしい兎ちゃんね! あなたのご主人様は何処かしら?」

 「あ、あちらでしゅっ!」

 プラムを腕に抱え上げ欲しい答えに辿たどり着いた、予想通りの風貌のオネエが空いた手を頬に当てて俺を値踏みしてやがった。目が笑ってねえ。恐ろしいくれえに冷たい視線だぞ?

 深い弁柄ベンガラ色の中に黒い縞がある毛並み。虎だな。川辺の街ホバーロで連んでた虎女クロより何倍も迫力があるぜ。こいつ本当にオネエなのか?

 んな事に思いが逸れそうになったんだが、すっと俺の前に出てお辞儀するマギーにオネエの視線がやわらいだ。助かったな。

 「ご無沙汰しております。ヴォルフガングさん」

 男らしい名前なのに、オネエかよっ!?

 「あら、マルギットちゃんなの!? 吃驚びっくり! 随分雰囲気が変わっちゃったわね。でも、良く似合ってるわ。メイド姿も素敵よ」

 「ありがとうございます」

 「もしかして、そちらの渋い兎のオジサマはマルギットちゃんの連れかしらん?」

 いや、だからそのガタイで「しらん?」って言うな! 鳥肌が立っちまうだろうが。

 「わたしと腕に抱かれてる子が、旦那様のメイドとして働かせていただいています。先に入られた御二方が、旦那様の奥様でございます」

 「あらあらあら。素敵。マルギットちゃんが兎のオジサマに仕えてるの!? 雪毛ってだけで世の中の風当たりは強いのに、あなたたち良く決めたわね? ささ、立ち話も何だから入ってちょうだい。ちょうどお客も居ないし。お茶を入れるわ。オジサマも、ね?」

 「――っ!?」

 獰猛どうもうな牙がのぞく笑顔で、バチンと音がしそうなウインクを投げられた俺は、何も言えずに毛を逆立てた。

 俺は正常だ。生き方に口を挟む気はねえが、どうも生理的にこの手は苦手だ。

 「その様子だと、マルギットちゃんから余計な事・・・・・・聞いてそうね? ダメよ、口の軽い女は捨てられるわよ?」

 「申し訳ありません。以後気を付けます」

 ペコリとお辞儀するマギーの顔はどこ吹く風だ。凄え精神力だな、おい。

 「んふふふ! 良いのよ~。素敵なオジサマを連れてきてくれたから許しちゃう! さ、入って入って!」

 プラムを腕に載せたまま機嫌良く店の外に出た虎オネエが、カランと店先の看板を裏返し『बंद閉店』と書いてある面を出すと、俺たちの背中を押して、いや俺の・・・背中を押してくる。

 マギーの奴はスルリとかわして、さっさと見せに入っちまいやがったよ。

 青い小鳥スピカを外に残したまま、俺たちは奇妙な店に招き入れらることになった――。



                 ◆◇◆



 カチャリとカップと受け皿ソーサーが合わさる音が俺の緊張をほぐす。

 この世界は焼き物の技術レベルがまだまだだと思ってたが、それは辺境の話で国の真ん中はそうでもないんだなと思えた瞬間だ。

 多くは素焼きの瓶で、触り心地が悪い。

 ポーションとかは、素焼きの徳利とっくりみたいな瓶に入ってるから馴染みがある。

 釉薬ゆうやくを使ってないってのもあるんだろう。けど、俺たちの前にあるカップ&ソーサーは100円均一の店で売ってるもんと遜色そんしょくねえ。

 あ? 高級な器なんか向こうでも使ったことねえよ。精々せいぜい、大事な客が来た時くれえさ。

 俺なんかに出すはずがねえ。100均の器で充分だとよ。

 で、目の前の食器は普通に釉薬を使って焼いてあるんだ。当然、向こうの世界では当たり前にある真っ白の器じゃねえぞ。茶色っぽいが味がある。そんな食器さ。

 俺が熱く食器について語るのには理由わけがある。

 「何であんたは向いじゃなくて俺の横に居るんだ?」

 そう、虎オネエが俺の横に陣取ってんのよ。茶の味なんか判る訳がねえ。

 「あら~。素敵なオジサマが居るんだもの。隣りに座るのは当然じゃないかしらん? それに、こう言っちゃなんだけど、雪毛なのに礼儀作法をさも当たり前にこなしてるんだもの。気になるじゃない?」

 嬉しそうにテーブルへ頬杖ほおづえを突いて俺を見上げるように顔を倒す虎オネエ。トキメかねえよ。と言うか、怖えよ。その笑顔。

 「礼儀作法?」

 知らんがな。俺は普通に茶を飲んでるだけだぞ?

 「マルギットちゃんや、ヒルダちゃんは最初から礼儀作法を知ってる動きだったけど、普通はプルシャンちゃんやプラムちゃんの様に適当にカップに口を着けて飲むものよ? 吸う音も出すし、熱ければ冷まそうとするでしょ? けど、オジサマはそうはしなかったわ。香りを楽しみ、静に口に含み、静に受け皿に戻す。誰かの動きを観察して真似する理由でもなくね」

 Oh……。

 素が出ちまった。と言うか、向こうじゃそれが普通だぞ?

 「……」

 どんだけ観察してんだ!? 黄色い目の中にある黒い瞳ににらまれてる様でこええんだが?

 「あら、ごめんなさい。詮索するつもりはないのよ? それで、ウチには顔繋ぎで来た訳じゃないんでしょ? マルギットちゃん?」

 マギーが説明しようとしてくれたのを右手を上げて制し、虎オネエに視線を合わせた。

 「ああ、良い。俺から話す」

 「あら、嬉しい」

 「マルギットからこの店なら、素材の持ち込みからオーダーメイドで造ってもらえると聞いてな。取り敢えず来てみたのさ。一見いちげんさんお断りなら仕方ねえ他を当たる」

 「嬉しいこと言ってくれるじゃない。マルギットちゃんの仕事を受けてて正解ね。こんな素敵な出会いがあるんだもの」

 「あ~やっぱり他を」

 そっと俺の腕に手を乗せて来やがったから席を立とうとしたんだが、ガシッと腕をつかまれた。



 ……結構な力だぞ? うっすらと指の後が残ったが、それもすぐ消えた。



 「待って待って! 他を当たってもウチ程、腕が良い店はないわよ? それに造れる物かどうかもまだ判らないじゃない。ウチで造れないなら他を紹介してあげるわ?」

 俺が腰を下ろすと、慌てて腕から手を離す虎オネエ。俺の視線が、手に向いてたのに気が付いたみたいような動きだ。

 「雪山・・・・を想定した人数分の防寒具を頼みたい。と言っても、フードと袖なし外套クロークの内側に毛を張ってもらうのと、俺とプラムの足に合う防寒用の履物だ」

 「造るのは問題ないわよ? 材料は?」

 「端切れだがな。これを提供できる」

 肩に掛けた魔法鞄マジックバッグから、4分の1ペース8cm角の毛皮と皮を取り出してテーブルに置いた。どっちもなめしてない、未加工のもんだ。

 飛竜の皮と、猪蛇の毛皮な。

 「っ!? これをどこでっ!?」

 飛び付くように、皮の切れ端を手に取って調べ始めた虎オネエ。へえ。価値は判るんだな。

 「ああ、俺の育ての親が深淵しんえんの森のきわで生活しててな。俺はそこで拾われて育ったんだが、時々深淵の森と外縁の森の境に弱った奴が来るのさ。で、勝手に死んじまった奴等の皮を剥いで収め込んでたのを、俺が形見かたみにもらって森を出て来たのさ」

 「オジサマ、これが何の皮なのか知ってるの?」

 「あ~確か飛竜ワイバーン森猪蛇もりいのへびって言ってた気がするな」

 「「「っ!?」」」

 俺とヒルダとプルシャンは現場を見てるから驚かないが、後の3人は声が出ない程驚いてたな。まあ、そんなに頻繁に出てくる魔物じゃねえんだろうから、当たり前の反応か。

 どっちの魔物に驚いてるのかは判らんが、掴みは良さそうだな。

 「見てもらって判ると思うが、なめしてねえ。鞣からの依頼だが、で」

 「遣るわっ! いえ、遣らせてちょうだいっ!」「うおっ!?」

 喰い気味に身を乗り出されて思わず仰け反った。だってよ、俺より背のある虎が牙をいて懇願するんだぜ? 逃げ腰になるってもんだ。

 「ど、どこに出せば良い?」

 「そうね。地下に倉庫があるからそっちに出してもらおうかしらん」

 「お待ちください、旦那様」

 「ん?」

 「ヴォルフガングさん」

 「なぁに、マルギットちゃん?」

 「まだ代金のお話が済んでいない様ですが?」

 「あら、あたしとしたことがごめんなさい。珍しい素材を扱わせてもらうんだから代金は要らないわ、と言ったら怪しまれるんでしょうね?」

 「そりゃそうだ。『持ち逃げしますけど構いませんよね?』って言ってるようなもんだ。こちとら親の形見を出すんだ、ちゃんとした物にしてもらわねえと、死んだ爺さんが浮かばれねえよ。マルギットとは面識があるようだが、俺とあんたは初対面だ。お互い人となりも判らねえ。そんな奴に無料で加工してくれるからって、素材を手渡せるかってんだ」

 「あら素敵。用心深い人って好きよ?」

 「そりゃどうも」

 「じゃあ具体的に何着欲しいのかしら?」

 「幸い、プラムを除いて俺たちの背丈はあんまり差がねえ。そうだな。マギ……おほん。マルギットの背丈と厚みに合わせた内毛皮うちけがわ張りのフード付き袖なし外套クロークを5着。もう1着をプラムに合わせて造ってもらいたい。あと、俺とプラムの防寒用の履物だ。巾着型で紐で絞るだけってえのは勘弁な?」

 「それだと……一頭じゃ足らないかもしれないわよ?」

 「あ~ものは相談だが、工賃を物で支払うのはありか?」

 「どういうことかしら?」

 「実は、形見で持ってる飛竜の皮はと森猪蛇の毛皮は丸々三頭分ある。二頭分は加工で使ってもらうつもりだが、余った端切れと、丸々一頭ずつの皮と毛皮を代金の変わりに払うつもりがある。逆に、持ち合わせがねえからなんだがな」

 金がないことを臭わせておけば、色々と布石になるだろうさ。

 本当はもっと皮も毛皮もあるんだが、それを言う必要もねえし、金も数えきれねえ程ある。

 「旦那様! それではっ!」

 マギーが俺の交渉を止めさせようとしたが、手で制しておいた。“損して得とれ”じゃねえが、良いし事してもらうにはモチベーションが大事だ。それに、どれもただで手に入れたもんだしな。惜しくはねえ。

 「……本気? マルギットちゃんの言いたいこと判ってて遮ったのよね?」

 ああ、「大損だ」って言いたかったんだと思うぞ? ありがたいよな。本当。

 「ああ。余所で売れば金になる事くれえ反応を見てれば、阿呆でも気付く。だがな、大きなとこで出せば目立つし、変な奴等が彷徨うろつき回る様になる。面倒な事この上ねえ。その点、ここなら足も付きにくいし、宝の持ち腐れにもならん。鞄の容量が楽になるってもんだ」

 もっともらしい理由も付けとけば怪しまんだろう。何といっても、俺は雪毛だしな。それに【無限収納】の事もあんまり知られたくねえ。出来れば魔法鞄マジックバッグの容量がすげえんだと思ってもらいたい。

 説明をする俺を、あの冷たい視線で見据えたまま少し黙っていた虎オネエが口を開く。

 「……一月頂戴ちょうだい。一月で仕上げて見せるわ」

 「へえ。良いのかい? こっちは期限を切るつもりはねえぜ? 良いもん造って貰いてえからな。仕上がりを見て約束の皮と毛皮を渡す」

 いきなり前金を全部置いて帰るのは、莫迦ばかのすることだ。拘束力も何もねえ。

 「当然ね。魔法契約書でも交わす?」

 「いいや。マルギットの顔を立てるさ。お前さんを信用して俺を紹介してくれたんだ。それに答えなきゃ“男が廃る”ってもんだろ? それに、そこの防具屋、材料持って夜逃げしたらしいぞって噂を流したくねえしな」

 判ってるよな、と言う事を案に匂わすと不敵な笑いを漏らしやがった。俺も負けずと笑っておく。お互い目は笑ってねえがな。ここで逃げたらダメだ。

 「うふふふふふ」「わははははは」

 「本当、惚れ惚れするような良い男。マルギットちゃんの主人じゃなけりゃ食べちゃってたわ」

 頬に手を当て、小指を立てながら首を倒す虎オネエ。ゾワッとするぜ。

 「そりゃ、マルギットに礼を言わねえとな」

 「じゃあ任せてもらえるのかしらん?」

 「ああ。よろしく頼む」

 周りは成り行きを見守ってるだけだ。マギーも俺が良いならと黙ってる。

 皆が見守る中、俺と虎オネエはガシリと握手した。契約成立だ。

 「良かった! ご破算になったらどうしようかと思ったのよ。倉庫に案内するわね?」

 俺が提供するものに執心なら、手を抜くことも持ち逃げすることもねえだろう。ダメなら、そんとき考えりゃ良い。ま、多分大丈夫だろう。そんな気がする。



 ……ただの勘だがな。



 そんな事を考えながら俺はマギーを連れて、虎オネエの案内する地下倉庫に足を向ける。

 席を立つと、さっきまで飲んでいた茶の香りがふわりと鼻をくすぐった――。





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