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第5章 公都
第169話 えっ!? 薔薇? 薔薇ってどういうこと!?
しおりを挟むガルニカ塁砦を出発し、南下するルートを進んで10日。
南に広がる丘陵地帯を覆う林沿いを進み、セセ村、ヒロン村、そして都の側で海路を見張るファジャ砦を経て、漸く都の城壁を視界に捉え始めていた。
いい加減、尻が痛くて適わん。
オマケに、ずっと座ってるだけだと暇過ぎる。骨粘土で何かしようかと思ってもジェシーが間違いなく首を突っ込んで、根掘り葉掘り聞いてくるに違いないと思うと、何もしない事を消去法で選んじまうんだよな。
体を動かそうにも、馬車の外に出るなとアマデオが五月蝿いから何もできん。
休憩と野営の時くらいしか動かせねえのよ。体が鈍っちまうぜ。
マギーはブロンドの姉ちゃんと面識があったらしく、良く御者席に並んで座って話し込んでる。聞き耳を立てるつもりはねえが、兎の耳は集音に優れてるらしい。
色々と情報収集してくれてるのが判った。
今の王家の様子。国の情勢。周辺の動き。経済。世間話だな。この辺は意識して聞かねえ事にしたわ。そりゃ野暮ってもんだろ。
城壁の外にも家々の屋根が見える。
城郭都市なのに、そこに入りきらねえからって外に街ができた口だろう。つまり、それだけこの都が戦火に焼かれてない証拠だ。
まあ、ここまで来る間で魔獣の襲撃はなかったし、野盗の襲撃もなかった。
経済がうまく回ってて、定期的に魔物が狩られて治安が維持されてる……。平和な良い都じゃねえか。そこを突ついて国をどうかしちまおうって言う輩が居るってんだから驚きだぜ。
一体、平和のどこが不満だ?
ここまで騎士たちが動いたのは、村に止まった時に畑を荒らす野性の獣を討伐して欲しいと依頼された時くらいだ。平和なもんだぜ?
良い意味で平和呆けしちまってるのかもな。
そう言うのを見れば、付け入る隙が幾らでもあるように見えるんだろう。
そうは言うが、聞いた話じゃ大きな都には大概迷宮があるらしいじゃねえか。定期的に中の魔物を間引かねえと、溢れてくるんだと。この公都もとびきりでかい迷宮があるらしい。
迷宮の最下層に飛ばされて思ったが、あれも楽な仕事じゃねえって。ゲームみたいに、ポチッとリセットボタン押したら何食わぬ顔でやり直しができる訳じゃねえんだからよ。ハイリスクハイリターンだわ。それも大変な仕事だぜ?
領都でも、迷宮帰りの冒険者がギルド併設の酒場で深酒をしてたのを何度も見たことがある。飲まなきゃやってれんって思うのも無理のねえ話だろう。
んな事を考えてたら、御者席と荷台を仕切る布幕が引かれて、マギーが顔を覗かせた。
「旦那様、都が見えました。城壁の上から都を見るのも良い景色ですが、この位置からの景色も良いものですよ」
「お、どれどれ……」
マギーの誘い文句に釣られて、腰を上げる。いや、始めるて見るものってワクワクするだろ?
「え、何々!? わたしも見るっ! ほら、プラムも見よっ」
「は、はいっ!」
プルシャンに手を掴まれて、引っ張られるプラムも何処か楽しそうだ。
「ふむ。懐かしいな……」
「あら、ヒルダさんは都に来たことあるの?」
「ああ、随分昔だがな。その頃の風景も忘れてしまうくらい……」「……」
俺たちの後ろで、ヒルダとジェシーの会話が聞こえる。何か引っ掛かるような聞き方だったが、それよりも俺たちは都の姿に目を奪われちまったのさ。
中天近くに登った太陽に照らされる都の城壁から覗く、数多くの尖り屋根が紫なのさ。勿論、均一の色合いじゃねえが、それがまた良い味を醸し出してるんだわ。
「ようこそ、ヴァンガニ―シャヘルへ旦那様。あれが、紫の貴婦人と謳われる凪の公国が誇る公都でございます」
マギーの優しく微笑む横顔を照らす陽の光が、その魅力的な笑みに彩りを加えたかのような錯覚に陥った俺は、プルシャンとヒルダに脇腹を抓られる迄マギーに見惚れていたーー。
◆◇◆
「ん~~~~っ。我が家までとはいかんが、これで少し羽が伸ばせるな」
簡素なベッドに身を投げ出した俺はそう伸びをする。
その弾みでギシリと床が軋むのは、なかなか年季が入った宿件食堂だからだろう。
陽はまだ高い。夕飯にするにも、寝るにもちと早い、中途半端な時間帯だ。
ああ。あれから俺たちは近衛騎士たちや、ガルニカ塁砦の騎士たちと別れ、青牛騎士団の団長に教えたらもらった宿へチェックインしたとこさ。
ちと迷ったが、途中まで砦の騎士も一緒だったし、意外と楽できたな。
あと、大公との謁見な、あるらしい。くそっ、忘れてりゃ良いものを、しっかり釘を刺して行きやがった。オマケに、この宿まで例の女近衛騎士2人が迎えに来るのに探すと手間だからと、宿も押さえて帰りやがったよ。
どうやっても俺を合わせたいらしい。
逃げれん事もないが、何も悪いことしてねえのに逃げるのも癪だ。
面倒臭え事には代わりねえが、逃げたらもっと面倒臭え事になるのが目に見えてるよな。だったら、腹を括ってサクッと終わらせるに限る。
公都に着いたら、農耕神殿にも顔を出さにゃならんが、後回しで良いだろう。
「なあマギー」
「はい、何でしょうか?」
「鎧じゃなくてな、素材の持ち込みで袖なしの外套作ってくれそうな店知らねえか?」
そうさ。砦からここまでの移動で、冷えを感じ始めててな。本格的に冬になる前に、人数分防寒用の袖なし外套を手に入れようと思ったのさ。俺とプラムは人族が履く防寒用のブーツは履けん。それも含めて相談してえんだわ。
「あるにはるのですが」
「おっ。流石はマギー頼りになるな」
ガバッと上半身を起こしてベッドの上で胡坐をかく。
「ありがとうございます。ですが、1つ問題が……」
小さくお辞儀しながら答えるマギーだが、珍しく言い淀んだ。ん?
「言ってみな。余程じゃない限り、俺も歩み寄るように努力するからよ」
「そこの店主はとても腕の良い方なのですが、……その。……薔薇なのです」
「えっ!? 薔薇? 薔薇ってどういうこと!? 人族じゃねえってことか?」
意味分からん。薔薇の花がどうした? それともあれか? 刺があるってことか?
「あ、はい。店主は虎人族の男なのですがそうではなくてですね……」
何だよ。獣人族か。んじゃあ、薔薇ってどういうこった?
「何だよ歯切れが悪いな」
「主君」
「何だ?」
マギーへの助け船か、ヒルダが話に加わってきた。見兼ねてと言った方が良いか?
「百合は聞いたことがあるか?」
「百合? 花の名前だろうが?」
何言ってる。マギーと言いヒルダと言い。どうも要領を得ない話をしやがる。
「いや、隠語の方だ。薔薇はその逆の意味になる」
ヒルダの短い「察しろ」と言わんばかりの説明を聞いて、連想してみることにした。
「隠語? 花じゃねえ……百合。んで……薔薇。……っ!? マヂかよっ!?」
百合に、薔薇って事かよっ!?
驚きのあまり目を見開いてマギーの顔を見ると、何ともいえない表情をしてるじゃねえか。
「わたしたち女性相手は、採寸などあっという間に終わるのですが、その、男性客には……必要以上に体を触ろうとする方なのです」
マギーのきまり悪そうな説明を聞きながら、俺は尻尾の先から頭のてっぺんに向かって鳥肌が立つのを感じつつ、未だ感じたことのない恐怖で毛を逆立てていたーー。
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