えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

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第5章 公都

第171話 えっ!? えええっ!? 何でここに居るの!?

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 「旦那様、起きてください。旦那様」

 朝の弱いマギーに代わって、目覚ましの仕事を任されてるプラムが俺の肩をすってる。

 「ん……ああ、もう朝か」

 ゆっくりと目を開けると、ほっとした表情を見せる、可愛らしい雪毛ゆきげの少女の姿があった。

 朝陽がまぶしくて目に染みる。窓はもう開けてるのか。

 そう思いながら、まぶたが重くなりかけたところで、また揺すられた。

 「宿の前に馬車が止まりました。起きてください」

 その言葉を理解するのに少し時間が掛かった。

 「……ん? 今馬車って言ったか?」

 「はいっ! ヒルダ様が言うには、城からの使いだろう、です」

 「いや、可怪しいだろ!? 昨日別れて、一晩で謁見の時間が取れるか!? 最初からそこけとかねえと」

 そう言い掛けた時だった。ドカドカと、宿の階段を駆け上がってくる気配が近づいたと思った次の瞬間。バンッてノックもなく部屋の扉が開け放たれたのさ。

 「やっほーっ! ハクトのおっさん元気だった!?」

 そこに立っていたのは、久し振りに見る姫さん付き騎士団に居るはずの狼女騎士リリーだった。反応するまでにしばらく時間が過ぎる。

 「……」

 「お~い。わたしだよ、リリー・ビョルケルだよ? 忘れちゃった?」

 いや、覚えてるぞ。だが、不躾ぶしつけにも程があるだろ?

 「……」

 部屋の入り口に立ってピラピラと右手を振るリリーに、俺は黙ったまま左手のてのひらを上にしてちょいちょいと指招きする。下半身はシーツで隠れてるんだ。素っ裸だが、全身毛で被われた獣人だからな。恥ずかしくねえ。

 「な、何かなぁ~。あ、そっかノックし忘れてたね?」

 あはははと笑いながら、内側に開け放たれた扉を今更ながらノックして、俺の側に来るリリー。狼の顔で笑われてもな、ちっともなごみやしねえよ。

 「座れ」

 俺の前に来たので床に騎士を座らせる。この時点で色々アウトなのは承知の上よ。

 俺は平民。しかも雪毛の兎人で、座らせてる相手は公女殿下直属の騎士だ。即打ち首案件だろうが、言わんと気が済まん。

 「え、わたし騎士だよ?」

 「良いから座れ。お前が姫さん付きの騎士だろうが、貴族だろうが、関係あるか。この部屋の王様は俺だ。俺が座れと言ったら座るんだよ」

 我ながらぶっ飛んだ論法だとは思うが、寝起きであんまり頭が動かんのさ。

 「ん? 何か違うような気もするけど……。あたーっ!? ちょっ、何するのさ!?」

 俺の適当な理由付けに首を傾げながらも、床に腰を下ろしたリリーの頭をスパーンとはたいてやった。そしたら、ガウッて噛まれそうになったじゃねえか。っぶねえ!?

 「あのな、リリーさんや」

 「何よ」

 「朝っぱらから人の部屋に入るんだったら手順があるだろうが? 宿の女将さんか誰かに先触れしてもらって、ノックして入るのが普通じゃねえのか?」

 「うっ……それはごめんなさい」

 「で、何しに来やがった?」

 要件だけは聞いてやろう。今すぐ動ける状況じゃねえし、何よりシーツをぐられたら色々見た目がまずい。生まれたままの姿をしてるのが若干名居るのさ。

 「あ、そうだった! ハクトのおっさん王城に登城するよ! 近衛騎士は忙しくしてるからって、聖レリア騎士団のわたしが使いで来たの。さっ、時間ないからチャッチャと着替えてっ!」

 「あ、ちょっと待て……」「え……」

 止める間もなくリリーの手がシーツに掛かり、バサッと剥ぎ取られた。

 ええ、そりゃもう物の見事にベッドと、胡坐あぐらを組む俺。横向きに器用に丸まって寝てるプルシャンとマギーがあらわになっちまった……。おい、マギー。お前さん知り合いにバレちまったぞ?

 「ん~まぶしい~」「くしゅんっ」

 プルシャンが先に目を開けたが、マギーは可愛らしいクシャミをしただけで起きる気配がねえ。朝がポンコツだって一つ屋根の下で暮らすようになって判ったんだからな。マギーの尻にある小さい蜥蜴とかげの尻尾もピクピク動いてる。

 「ーーーーっ!!」

 零れ落ちんばかりに目を見開いて、パクパクと口を開け閉めしながら俺とマギーたちを見比べるリリー。ま、その反応が普通だろう。

 と言うか、お前狼だろ? 犬ほど鼻が利かんと言っても、流石に気付けよ。

 「ま、そういうこった」

 「この人でなしーっ! よくもマルギットに手を出したわねーっ!」

 「おわーっ! ちょっと待て! 襲ってねえって! よく見てみろっ! 襲われてこんな幸せそうな顔で惰眠だみんむさぼるか!?」

 つかみかかって来たリリーの両肩を押さえ、あごでマギーを見るように促す。いや、ガルルルッじゃねえって! 落ち着け!

 「ううっ。確かに……嫌ってる匂いは出てない……」

 「だろ?」

 「……」

 その目は信じてねえな? だからその口は閉じてても牙を見せるのは止めろって。

 「いや、俺も手を出さねえように我慢はしてたんだぜ? マギーの方から誘って来たらよ、男として応えん訳にはいかんだろうが?」

 「ん~……あ、犬」

 「狼よっ!」「ん……」

 騒がしいことに気が付いたプルシャンが上半身を起し、ぷるんと乳を揺らしながらリリーを指差して口走った。間髪入れずに突っ込みが入る。おお、プルシャンも指を噛まれる前に引っ込めたな。良い反射神経だ。

 一瞬、アメリカの古いアニメでブルドックに手を噛まれそうになりながらも、腕を引っ込める猫の姿がよぎっちまったぜ。「バウッ」って言う効果音付きさ。へっ。

 ま、リリーは狼の獣人だがな。

 何て内心ほめめてたら、マギーの身動みじろぎが足に伝わってきた。ん? 流石に気が付いたか?

 「マルギット! わたしよ、リリーよ。大丈夫なの!?」

 俺の腕を振り払い、マギーの前に両手を突いて肉薄するリリー。だからそれこええって。

 「ふぇっ…………何でリリーがここに? …………えっ!? えええっ!? 何でここに居るの!?」

 両目をこすりながらゆっくり上半身を起こすマギー。

 寝ぼけまなこにリリーを認知できた様だが、多分今夢と現実の区別がついてねえはずだ。次の瞬間、瞬間移動かって思うくらいの早さで俺の背中に隠れたマギー。うむ。良い肉感が背中にある。

 「……嘘……嘘よ。わたし以上に男っ気がないと思ってたマルギットに先を越されたなんて……。いつからなの?」

 ガクッと項垂うなだれるリリー。まあ騎士は出会いが少ねえわな。特に姫さん付きとなりゃ女ばっかりだ。こういう関係を望んで悶々もんもんとしてる人間が一人や二人居ても可怪しくねえ。

 「一緒に動くようになったのは彼此かれこれ三月みつき前だが、関係を持ったのは一月ひとつき前からか?」

 「そ、そうです。わたしから望んで旦那様に抱いていただきました」

 「旦那様!?」

 「あ~ほら、そこで怖がってるちびっこいのと、マギーはメイドで主従契約結んで」

 「解放しなさいっ! 何でマルギットがメイドなの!? 騎士団に帰れないじゃない!?」

 ガバッと俺に掴みかかって来るリリーを、両肩を押し返して止める。落ち着けって!

 「リリー、良いのです」

 「良くないっ!」

 「リリー!」

 おお。マギーの方が立場が上なのか……。

 「ううっ」

 シュンとするリリーを見ながらそう思っちまったよ。

 「この主従契約は女神ヴィンデミアトリックスの御導きによるもの、わたしもプラムも望んでそうしたのです」

 素っ裸で話す内容じゃねえと思うがな。俺を挟んでのベッド上の遣り取りに、思わず苦笑が漏れそうになるのを必死で堪える。けどこのままだとらちが明かねえから、視線と顎の動きでプルシャンに「摘み出せ」と合図を送る事にした。

 「はい、判ったら出て待っててねーっ! このまま外に出れないでしょ?」

 「あ、ちょっと、話がまだ終わってない!? ええっ!? 解けない!? わたし騎士なのよ!?」

 俺の意を上手い具合に汲んでくれたプルシャンがベッドから降りると、リリーの背後に回り込む。何をするのかと思えば、羽交はがい締めにしてそのまま入り口まで引きって行きやがった。

 ん? ああ、プルシャンも素っ裸のままだな。

 リリーを廊下にポイッと投げ捨て、扉を締めて戻って来るプルシャン。力負けしなくなったな。

 やれやれ、朝っぱらから勘弁してくれ。

 戻っていたプルシャンをねぎらいながら俺たちはプラムの運んでくれていたお湯で、体を拭き合う。流石に行く場所が行く場所だ。身綺麗にしねえとな。

 マギーとプラムが居れば大概の事はささっとできちまうのさ。頼り過ぎっていうのもあるんだが、そんなもんだと今は割り切ってる。

 プラムにヒルダを呼びに行ってもらわねえと、俺の体が乾かせれん。

 ああ、頼む。リリーは放っとけ。

 パタンと廊下に出ていくプラム。扉の向こうから聞こえる、リリーの騒がしい催促を聞きながら、俺たちはあわただしく登城の支度を始めたーー。





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