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第5章 公都
第178話 えっ!? お、おい、頭から被るだけじゃねえのかよ!?
しおりを挟む「何かしらん? えっ!? ハクトちゃんが、何でこれをっ!?」
それに薄く興味を示してたオネエが、硬貨の刻印を見た瞬間、咬み付くような勢いでガバッと身を乗り出してきたーー。
直径7分の1ペースある白銅の硬貨には、表面に7つの頭を持つ大蛇が蜷局を巻いた浮き彫りが施してあり、裏面に“毒薬変じて甘露となる”と言う格言のような言葉が刻んである。
ヒュドラの会員証メダルだろうと俺は踏んでるがね?
「おわっ!? 咬み付く気かと思っちまったじゃねえか。怖えな。ったく。ああ、辺境の街でギルドの仕事を請け負っていた時にな拾ったのさ」
それはないとは思ってても体がビクッてなっちまうんだよ。判るか?
虎の顔が、ガオッてデケエ口を開けて迫ってくるんだぞ?
「拾った!? ……これを? ハクトちゃんこれが何か判ってるの?」
俺の苦情なんか聞いちゃいねえ。メダルを持ち上げて俺に見せながら訊いてくる声は、いつもと違ってある種の迫力があることに気付く。いや、こっちが素に近いのか?
「いや、金としては使えねえことは確認済だ。彫ってある魔物も格言の意味も知ってるが、それだけさ」
「首は?」
「首? んや、問題ねえぜ。何かあったか?」
パシッと首を叩いて見せる。
「ううん、良いの。こっちの話。そうね。確かにそのメダルがあれば入れなくもないけど……。再度確認するけど、拾ったんでしょ?」
「ああ。何か儀式したりとか、誓約書にサインした記憶はねえな。足元に転がってたメダルを拾っただけだ。それ以上でも以下でもねえ」
「傍に誰か居たの?」
「あ~これの持ち主だろう痩せたおっさんが死んでたな。これだけじゃなかったぞ? 金貨や契約書とか散らかってたな。多分、そいつの子飼いの連中だろう奴らが色々漁ってたのは覚えてる。恐怖か何かで締め付けてたのかね? 随分遠慮なく奪ってたから」
「……そう。このメダルの持ち主が何をしてて、どうしてそうなったかって言うのは興味ないわ。もう死んでるんでしょ? はい、これ。ありがとう」
ふ~ん、あんまり雰囲気変わらんな。もっと激昂するかと思ったが、案外冷静に受けとめてるじゃねえか。もしかしたら、遠い知り合い程度なんかも知れん。さてと、煽るのもこれくらいにしとくか。反応を見たいだけで怒らせたい訳じゃねえんだからな。
「んだな。つう事はだ。このメダルは会員証だが、俺は正規の会員じゃねえ。ここまでの理解であってるよな?」
カウンターの上をするっと滑らせて引き寄せたメダルを右手に持ち直し、キンと弾いて宙に舞わせてみた。視線をそのメダルに向けたまま聞いてみる。
「ええ、そうね」
「でだ、ここからは相談なんだが」
はしっと落ちてきたメダルを掴んで、指先に持ち直す。
「漸く本題、かしらん?」
「そんなとこだ。このメダルを使って1回だけ競売会場に入れねえもんかな?」
で、オネエの前に翳して見せた。
「え?」
「だから、競売会場を出る時にこのメダルは返すからよ。拾った駄賃ということで、中に入れねえかって聞いてんの」
「本気? 手ぶらじゃ入れないわよ? 後、命の保証もできないわ」
すうっとオネエの虎の目が細められる。流石、迫力が違うぜ。
「ああ、そこら辺は何となく予想してたよ。だから、中に入るのは俺だけだ」
「もうこの際だから言っちゃうけど、あたしはハクトちゃんからもらった皮を出すわ。そこら辺の市場で出回ってる物を出しても意味がない場所なのよ。参加者は皆、珍しい物を持ち寄って競りを楽しむの。あたしにあの皮を渡したハクトちゃんが、あれに匹敵するものを何か出せるのかしらん?」
珍しい物ねえ。
飛竜と森猪蛇であれだけ驚いたんだ。あれを出すにしても、2、3枚で止めてた方が良いだろうな。
そんな事を思い巡らしながら、俺はオネエにニヤリと笑って見せた。
「あるぜ? 飛びっ切りのやつがな」
「あら、気になるじゃない。教えて?」
「ダメだ。これは言ったら狙われる代物なのは間違いねえ。だから、言わねえ。けど、連れて行ってくれるんなら、あんたの顔に泥は塗らんさ」
「んふふふふ。いい顔するじゃない。あたしそんな顔に弱いのよね~……。分かったわ」
「おう、助かる!」
「ちょっと待って。連れて行くなんて一言も言ってないわよ? あんまり時間も無いんだけど2日もらえるかしら? 2日後の夜、陽が完全に落ちてからこの店に来てくれるかしら? その時点で、連れていけるかどうか返事をさせてちょうだい。まずは胴元に聞いてみないと何とも言えないわ」
そりゃそうだ。大きな競売なら、仕切る奴が居て当然だ。
「ああ、分かった。そりゃ確認してもらねえとな。勝手に連れて来ましたじゃ、話は通らんだろうよ。ごっそうさん。茶、美味かったぜ」
俺はそう礼を言って席を立つと、背中にヴォルフガングの鋭い視線が刺さるのを感じながら、背を向けたまま手を振って店を出るのだったーー。
◆◇◆
2日後の夜。空に双子月が昇る中、油灯を揺らしながら俺はオネエの防具屋を訪れた。
ヒルダやマギーには反対されたんだが、青い小鳥を連れて行くからということで納得してもらったよ。と言っても、防具屋に入る路地の前、大通りまでは馬車で一緒に来たんだがな。
後は農耕神殿で待つように言っておいた。いつ戻って来れるか判からんし。
とは言っても、俺が店に入ってしばらくは待ってくれるらしい。必ず競売にいけるという保証もねえからな。ダメだったら拾って帰ってくれるんだと。へっ、ありがたい話さ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
店の玄関扉の前に立ち、ノックする。……回数は決めてなかったな。
「誰?」
「俺だ。返事を聞きに来たぜ」
扉の向こうからオネエの声が聞こえた。店に日は灯ってねえが居たんだな。呼吸を整えて、耳を澄ます。1、2、3、4。4人か。衣擦れの音と、気配を数えると暗くて狭い店内に大きな気配が4つもあった。
1人はヴォルフガングだろう。後の3人は付き添いか、口封じかだな。頭に乗ってるスピカを掴み上げて懐に入れる。ハグレると拙い。
すんっ。
4人とも獣人か。つう事は夜目が利くって言うアドバンテージはねえな。
扉の前に立つ気配がしたと思ったら、ゆっくり扉が開いた。
「いらっしゃい、ハクトちゃん。胴元から許可が下りたわ一緒に行きましょう。その代わりに1つ条件があるわ」
「お、そりゃ嬉しい報せだな。良いぜ、命が取られたり気絶させられて身ぐるみ剥がされて売られたりするんじゃなければな」
「んふふふふ。やぁあね。そんなことしないわよ。会場に着いた後は保証できないけど」
入るのは簡単でも出るのが、って事だろうな。会員性で、場所の特定はされたくねえだろうし。簡単なのは、楽しませておいて「ハイ、それまぁ~でぇ~ヨォ~」で襲われちまいそうだな。
「まあ、会場に行けるんなら少々のことは我慢するさ」
ま、帰りは帰る時に考えりゃ良い。今は入ることだ。
「言ったわね?」
「ん?」
「我慢するって言ったわね?」
「お、おう」
何か嫌な予感が……。このゾゾゾッて背筋を走る悪寒はーー。
「わたしと」
「それは無しで頼む。俺の心が持たん」
「もうっ! 最後まで言ってないのに何で断るのかしらん?」
誰が言わせるか。
「危険察知だ。普通に野性の勘が働いたのさ」
「わたしにもあるわよ」
「どうかな? あんたは狩られるより狩る側だ。俺みたいな兎は狩られる側さ。根本的的な立ち位置が違う分、臆病になるってもんだ。で、何すりゃ良い?」
「もう、失礼しちゃうわ。これから、到着するまで手を縛らせてもらうわね。後、頭から麻袋を被ってもらうからそのつもりで居てちょうだい」
「ああ、ここに来てやっぱり止めた何て言わねえよ。やってくれ」
「んふふふ。そういう潔いとこ好きだわ~。さ、初めてちょうだい」「「ーー」」
オネエの合図に、獣人の男が2人動く。俺が持ってきた油灯の明かりが届かないとこに立ってたんだが、寄って来て判った。2人とも猫科の獣人だ。
柄から判断するに、1人はオネエと同じ虎人族で、もう1人は豹人族だろう。後の1人は輪郭は判るが、種族までは判らん。
「おいおい、鬱血しちまうだろうが、緩くは出来ねえだろうがもう少し考えてくれよ。莫迦力だけが能じゃねえんだろ?」
余りに縄でキツく縛ろうとするもんだからよ、文句言ってやった。
「……ちっ」
こいつ、聞こえてねえと思って舌打ちしやがったな。後で覚えてやがれ? ってーー。
「えっ!? お、おい、頭から被るだけじゃねえのかよ!?」
油灯の明かりの外から、大きな麻袋が2枚差し出されたのが見えた。一緒に黒い毛並みもな。黒毛の兎人か? いや、まだ判からねえ。
と言うか、2枚ということはだ、履いて、被ってって事だろうが!?
「あら、ごめんなさい? 歩かせちゃうと道を覚えられちゃうかも知れないでしょ? だから、担いで行くことにしたの」
聞いてねえよ。
「ちっ、これじゃまるで拉致されるみてえだな?」
「あら、酷いわ~。折角会場に連れて行ってあげるんだから、これくらいは我慢して欲しいわね。さ、履いて履いて」
目の前に差し出された、口の開いた麻の大袋に足を差し込む。
「うへっ、何だよ濡れてるじゃねえかよ。ちゃんと乾いた袋使えってんだ」
気持ち悪い。
「可怪しいわね。乾いた物用意させたはずだけど? ま、今から行くとこ少し濡れることもあるからちょうど良かったじゃない」
「良かねえよ。うわっぷ。上も濡れてるじゃねえか!? おいっ耳が潰れる、もう少し上げろ!」
「もうっ。連れて行ってもらえるのに注文が多いわね?」
「こんな連れて行かれ方、初めてだよ! がっ!? て、手前ぇっ」
そう言った瞬間だった。後頭部にかなり強めの衝撃が来やがったのさ。警戒はしてたし、気配は探ってたんだが、殺気のねえ殴打までは何も見えてねえのに躱せんかったわ。
痛みにはスキルで耐えれても、体の作りが変わらん限り気絶は防げんかーー。
しくったぜ。
「あら御免なさい。念には念を入れさせてもらったの。あなたとは良い関係で居たいから。さ、行くわよ。担いでちょうだい」
「「はっ」」
遠のく意識の中で、オネエの声と担がれる感覚が麻袋越しに伝わって来る。
そして、久し振りにあの声が頭の中に響いていたーー。
《耐麻痺を獲得しました。耐睡眠を獲得しました。耐精神汚染の【熟練度】が2に上がりましたーー》
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