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第4幕 世界樹の森 序章
第192話 えっ!? あたしっ!? 何っ!?
しおりを挟む「マヂかよ。旅の初日だって言うのに、どっから説明すりゃいいんだ」
そう呟いた時、しくっと下っ腹に小さな痛みが走った――。
「すんっ、あ、旦那様? 血が……」
プラムがシーツの上から臭いを感じ取って教えてくれた。
「血? すんすんっ、確かに新しい血の臭いがするな」
ベッドに横になったまま臭いを嗅ぐと、確かに血の臭いがする。昨日の夜、ヒルダから出た血はもう乾いて臭いも殆ど消えてるのに、だ。
「ねえ、ご主人様。これからどう呼べばいいの? 奥様?」
「阿呆。7日もすりゃ元に戻る。気にせずに今まで通りで良いに決まってるだろ」
ロサ・マリアの確認に答えると、「なぁんだ」とか言いながら物足らなそうにしてやがったら、すぱんっと頭を平手で叩いておいた。
「でも、だ……奥様。声も変わっておりますし、体型も男性と偽るには無理があるかと思いますが……。何より、旅の間はわたしたち以外の目もあります。花摘みや湯浴みはどうされるおつもりですか?」
マギーも奥様に言い直しやがったな。まあ、この姿じゃ俺が我慢するしかねえか。
「いつつ、腹が痛くなって来たな……。冷えたか? ああ、競売に潜り込んだ時に着けてた仮面着けて、袖なし外套着ときゃ良いだろ? 体の線はそれで胡麻化せる。声は風邪で喉やられたってしとけば」
「でもさ、7日も喉が治らないって、怪しんでくださいって言ってるようなもんじゃない?」
ぐっ、痛いとこを突いて来やがる。
ロサ・マリアの突っ込みにじろりと視線を向けるが、つんと知らん顔で流されたわ。まあ、契約する時そこまでのことを求めてねえから自由で良いんだが、自由過ぎるだろ?
いつつ。下っ腹が痛え。【耐痛】が最大熟練度まで上がってるが、瞬間的に痛みは感じるんだよ。痛みが持続しねえのが救いなんだが、それでもつんつんと刺さるというか、引っ張られるというか、何とも表現し辛い痛みが出て来たのさ。
血の臭いが濃くなって来た気がしたから、上半身を起こしてシーツを捲ってみる。
「げっ!? なんじゃこりゃっ!?」
尻の下が血の海になってやがったのさ。
「ああっ!? だん、奥様! 直ぐにベッドから降りてくださいっ! 血が下まで染みてしまいます。ロサ・マリア!」
「お、おう……。大丈夫なのか、俺?」
マギーに急かされ慌ててベッドから降りると、マギーが「失礼します」と言いながらシーツを細長く裂き、それを半ペースくらいの長さに折りたたんで、俺の股に当てるじゃねえか。
おい、これって……。
「えっ!? あたしっ!? 何っ!?」
マギーの呼びかけにビクッと飛び上がるロサ・マリア。呼ばれるとは思ってなかったんだろう
「直ぐに、神殿の人に掛け合って、赤不浄のための布を多めに貰って来てください。プラムも一緒に行って道案内をお願いします!」
「わ、分かったわっ!」「は、はいっ!」
赤不浄って、あれか? 女の月のモノか?
Оh……。マヂかよ。
生理痛かよ、これ。痛たた……。
「ヒルダ様。【清め】の【生活魔法】をお願いできますか?」
「うむ。まさか主殿が女子になるとは思ってもみなかったが、問題ないぞ。【清くあれ】。我らの体も清めておこう。【清くあれ】」
風呂の文化が下々まで広まってねえこの国では、大きめの平桶に湯を入れて体を拭くか、今のように【生活魔法】で体を清める事が主流だ。
ヒルダはもともと【生活魔法】は使えてたんだが、どうもしっくりこねえのさ。
俺をさっぱりさせておいて、ヒルダが自分やプルシャン、マギーの体を綺麗にしていくのを見ながら思い出した。
「ああ、マギー悪い。自分で押さえとくからよ、服着とけ」
「承知しました。それでは、一時手を放します」
「おう」
マギーの手と入れ替わって、前から手を伸ばしてあそこに布を当てる俺。蟹股で、少し前傾姿勢になるという、可哀想な姿だ。他の奴らには見せられん。
月のモノな。
ヒルダは今迄なかったんだが、プルシャンは周期的に起きてたのさ。マギーもそうだ。プラムは初潮自体まだ来てねえ。6歳だからな。
前の嫁さんの時もそうだが、生理の時はにゃんにゃんすることはねえ。後は……そうだな。出て行った血の補充という意味も込めて、肉を食べさせるようにしてたか。
こう言っちゃなんだが、色欲で年中盛ってる訳じゃねえ。
生理が来てるのに無理やりすることはねえんだが、何でヘゼ姉ちゃんの機嫌が悪かったのかってことだな。
今となっては7日をどうにかやり過ごさにゃならん。
厄介な話だ。
腹が痛くて憂鬱になるぜ。
チラッとマギーを見ると、ヒルダとプルシャンがまたもたもたと着ている中、いつの間にか服を身に着けてシーツを太字のTの字に切り出してるじゃねえか。
何やってんだ?
Tの字の上の横棒に当たる布がそこそこ長い……。ああ、褌か。
こっちに来て思ったのは下着、パンツがねえってこった。
深淵の森から出て来た時に助けた、騎士団の連中や姉ちゃんたちも無かった。上は着れても、下は丸見えだな。
じゃあどうするかって言ったら、下着を作るしかねえんだが、俺には縫製の知識も技術もねえ。だから日本の100円ショップで売ってた、あのパンツですら作れない。
だったら、先人の知恵を拝借って事で褌を作ってもらったのさ。
だから、俺は作れねえって。
あ~何処で作ってもらったかな~……。川辺の街じゃなかったな。じゃあ、辺境伯爵領の領都か。
そうそう、迷宮に入るようになった時にプラムもマギーも下着がねえって言うから、布屋で作ってもらったんだったな。
紐と長目の布があれば褌ができる。紐パンもできるから何枚か作ってもらったんだっけ。俺は褌を作ってもらったんだが……マギーのやつ、それじゃなくて使い回せる様にシーツからとったって事か?
メイドとして本当、よく頭が切れるぜ。
切り出したT字の横棒部分の布をクルクルッと捩じって紐状にすると、俺の前に膝立ちになってさっとそれを着けてくれたのさ。腹の前で捩じった紐を縛り、そこを通して布を前に垂らせば褌の完成だ。
「ありがとな」
あそこから手を離しながら、当て布の位置を整える。
日本の生理用品って良く考えてあるな。つくづくそう思うぜ。
「いえ、間に合わせで申し訳ありません」
「いや、それでも無いよりましだ。なんせ初体験だからな。分らねえことだらけさ。この中じゃ一番頼りになる。頼むな」
「はい。だん、奥様」
もうどっちでも良い。好きに呼んでくれ。動じることなく、優し気に微笑みながら肯いてくれるマギーを目で追っていると、ロサ・マリアたちが戻って来た。
「貰って来たよーっ! 何か話があるからって、え~っと、く、く、クラリットさんが来た!」
こいつもノック忘れるタイプの奴なのか。姫さん付きの騎士のワンころと同じレベルだって思っとかねえとな。バンと扉を開けて元気よく入ってくるロサ・マリアに、マギーの蟀谷にぴきっと青筋が浮くのが見えた。
今はプルシャンの着付けが終わり、ヒルダを手伝ってるとこだ。
「クラリッサです。ロサ・マリアさん」
「ゔ……ごめんなさい」
後ろからそう訂正しながら部屋に入ってくる、イドゥベルガ婆さんの娘に、ロサ・マリアは道を開けてぺこりと頭を下げる。
「赤不浄の方がいらっしゃると聞いたのですが……。ヒルダ様ですか?」
「いや、我は健康そのものだぞ」
「えっ!? ヒルダ様……ですか?」
「うむ。昨夜、漸く肉体が戻ってな。主殿の寵愛をいただいたとこだ」
クラリッサの問い掛けに、マギーに着付けを手伝ってもらっているヒルダが、顔だけクラリッサに向け肩に掛かる緋色の髪をふわりと払う。
「……主殿? えっと、では赤不浄の方は?」
「俺だ」
クラリッサの困ったような視線を呼び寄せる。
「えっと、どちら様でしょう? 雪毛の兎人族の女性はプラムちゃんだけだったはずですが、どうして成人した兎人族の女の方がいらっしゃるのでしょうか? と言うか、ハクト様はどちらに?」
雪毛に全身覆われているとはいっても、女の象徴である胸を出したまま褌一丁で突っ立ってる俺を、頭の上から足の先まで見ながらそう聞いてくるクラリッサ。
「目の前に居るだろうが」
認知してもらえねえ。
「失礼ながら、女性の方がその様な言葉遣いは如何なものかと思いますが」
「知るか。目が覚めたらこんな体になってるんだからよ」
「え……ハクト様?」
「おう」
「ご立派な胸がありますね?」
「不本意だがな。触ってみるか?」
「い、いえ。赤不浄は……?」
「さっき始まったとこだ。結構血が出るんだなって思ったぜ」
「え、え、え、え……!? 本当にハクト様ですか!? ヒルダ様が綺麗な人になってて、ハクト様が女の人になってて、赤不浄が来て……え、え、え、どう説明すればいいんですか!?」
あわあわと俺とヒルダを交互に指さしながら混乱するクラリッサに、ロサ・マリアがスタスタと歩み寄ると、奴隷らしからぬ振る舞いをし始めやがったよ。
ポンと、クラリッサの左肩に手を置いたロサ・マリアが口を開く。
「諦めなさい。ご主人様と居るとこんな事ばっかりよ。クラリット。ぴゃっ!?」
ウチに来て2日目のお前がそれを言うのかよ!? と思ったら、マギーが背後に回って、ロサ・マリアの耳を摘まむのが見えた。早えな。
「ですから、わたしの名前はクラリッサです。ロサ・マリアさん」
おまけに物覚えも悪いと来たもんだ。
「ロサ・マリア。出発前に色々とお浚いした方が良いようですね」
「ま、マギーさん、ど、どうしてあたしの右耳を掴んでるのかしら?」
「左耳から言ったことが抜けないようにしてれば、自ずと察することができると思いますが、どうやらそれも無理なのようですね。皆様、出発前の慌ただしい時ではございますが、少しだけお時間を頂戴いたします」
ロサ・マリアの右耳を左手でギュッと摘まんだままお辞儀して、開けっ放しになってる扉へ歩き出す。ロサ・マリアはそのまんま引っ張られる耳を救出しようと両手で抵抗するが、徒労に終わってる。
諦めろ。
「おう、行って来い」
「ちょっ、ご主人様!?」
「安心しろ。骨は拾ってやる」
「嘘でしょっ!? 痛い痛い痛いっ! マギーさん耳! 耳が千切れるよっ!? エルフって兎人族の次に耳を大事にしてるんだよ!? 耳、耳っ!? 引っ張らないでっ!! きゃああああああ―――――っ!!?」
廊下にロサ・マリアの悲鳴が響き渡る。
こうして、慌ただしく出発の朝が幕を開けた――。
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