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第3章 迷いの樹海
第231話 えっ!? 何でそれをご存じなんですか!?
しおりを挟む「天界に転移してきそうになったのだ」
「えっ!? 何やってんの、あいつら!?」
姉貴の説明に思わず突っ込むと、俺の腹の毛に顔を突っ込んでるアルっ子の体がビクッと動いた――。
謝ってたからな。何かしらあるとは思ったんだが……。
「丁度その時、"水盤"で地上のお前たちをライエル・アル・アウラが観察していてな。急に現れたあやつを「やっ!」の一言で叩いてしまったのだ。間が悪い事に、叩き落とした先が……」
「オーケー。理解したぜ。エルフの国に災厄が降って来たってこった。アルっ子、気にすんな。悪いのはお前さんじゃねえよ」
「ふぇっ!?」
髪に指を入れてクシャクシャッと乱暴に頭を撫でると、驚いた顔が現れた。
「悪いのは、あの莫迦ども二人だ。今度会ったら灸を据えてやる。なあに、深淵の森に居た頃より俺も強くなったからな。アルっ子に心配掛けやしねえよ。戻って"水盤"で見てな」
「あたちを怒らないの?」
「何で怒らなきゃならねんだよ? それとも何か? 怒られたかったのか?」
心配そうに見上げて来るアルっ子に、にぃっと歯を見せるように笑い掛けると、慌てて首を横に揺ったよ。そりゃ怒られたくねえのは誰だってそうさ。
「ライエル・アル・アウラには甘いな」
姉貴の呆れた声が返って来た。
「んにゃ。女には基本甘いぞ? 姉貴も甘やかして欲しいのか?」
「止めろ。鳥肌が立つ」
「ははっ、冗談だって」
腕組みを解いて、顔の前で手を払う仕草を見ながら俺は小さく笑う。苦手なこともあるって事だな。
「まったくお前と言う奴は……。不測の事態で急遽"夢渡り"を使ったが、そう言う事だ。済まんが尻拭いを頼む。伎芸神殿の関係者が居たな。その者には神託を授けてある」
ジト目で睨まれながら、この際気になる事を聞いておく。
「あ~それと、姉貴、もう一つ良いか?」
「何だ?」
「樹を一本折っただけで俺の首が飛ぶような国だ。この国であれこれ無茶する免罪符が欲しいんだが? いや、ずっとじゃねえな。それこそ、王都のアルっ子を祀ってある神殿に行くまでで良い」
「ふむ。それくらいであれば造作もない。お前は我らの"使徒"なのだからな。ライエル・アル・アウラ、出来るな?」
「うん! ハクト、左手を出して欲しいの」
姉貴の言葉に応えて、ぱあっと花が咲いたような笑顔を俺に見せるアルっ子が、両手を俺の前で開いて左手を求めてくる。夢の中だから、手甲もなんも着けてねえから邪魔な物は何もねえ。
「左手? こうか?」
「ん……」
言われるままに左手を差し出すと、躊躇いもなく手の甲に口付けしたのさ。と同時に、手の甲がほわっと温かくなるのを感じる。
火傷した時のような熱さじゃなかったから、慌てて手を引っ込めることもなかったぞ? ゆっくりと手の甲を見ると、何やら文字の様な、象形のシンボルマークの様なモノが毛の下で光ってるのが見えた。
「お? 何だこれ?」
「これはあたちの聖印なの! 王都のあたちの神殿に来て、あたちの像を直したら消えるの!」
おいそりゃ、南方正教会の時みたいにしろって事か?
「おう、それくらいお安いこった。ありがとな、アルっ子」
「えへへ、お安い御用なの!」
頭を撫でてやると、目を細めて気持ち良さそうに笑う姿に癒された。
プラムも可愛いが、アルっ子も違った可愛さがあるな。
「さて、ライエル・アル・アウラ。我らがハクトの夢に長居するのは良くない。"夢渡り"は仕舞いだ。帰るぞ」
「え~」
「聞き分けのない事を言うな。ザニアもこの様子を見ているのだぞ?」
「ザニア姉様、ごめんなさいなの! あたち、アウヴァ姉様と一緒に帰るの!」
どんだけザニア姐さん怖がってんだ。ザニア姐さんの名前が出た瞬間の、アルっ子の狼狽え様に吹き出しそうになっちまったが、ポンと背中をアウヴァの姉貴の方に押してやる。
「姉貴もアルっ子もありがとな。ま、何とかやってみるわ。皆に宜しく伝えといてくれるか?」
「ああ、分かった」「分かったの! あたちが伝えるの!」
「おう、頼むな、アルっ子」
そう二人に手を振ると、スピカの時みたく、水に溶ける絵の具のように姿が滲んで消えて行ったよ。その様子を見てボーっと見ていると、肩に誰かが触れたような感触が伝わって来た――。
◆◇◆
「――!」
「――様!」
「旦那様!」
耳元でマギーの声がはっきり聞こえて来た。体も揺すられてるのが判る。
ああ、そうだったな。さっきのは夢か。
ゆっくり目を開けると、目の前で安堵の表情を浮かべるマギーの顔があった。
「良かった! 旦那様、大変です!」
それも一瞬で、更にずいと鼻先まで顔を近づけて来るんだわ。
「……莫迦デカイ蛇でも降って来たか?」「「「「あっ!?」」」」
お強請りに答え、素早くちゅっと軽めのキスをすると、マギーの後ろから他の四人の声が聞こえて来た。知らん知らん。寧ろマギーが強かなのさ。
「えっ!? 何でそれをご存じなんですか!?」
嬉しそうに顔をにやけさせながら、マギーが驚いた声を上げる。
そう言う事か。
思ってた以上に近い場所に降って来たらしい。
「いや、ちょっと夢でお告げがな。今のはマギーの作戦勝ちだ。諦めろ。俺は深く寝入ってたみたいだから分からなかったんだが、結構揺れたのか?」
「うん! ドーン! って凄い音と揺れが一緒に来たよ!」「「「あっ!?」」」
マギーが目の前に居るからそう話を振ると、マギーの横をすり抜けてプルシャンが胸に飛び込んで教えてくれた。くれたんだが、これは明らかにお強請りだってのが判るくらいに、目がキラキラしてるのさ。
ああ、今は夜だが、この部屋はエルフの魔法技術の高さなのか、魔法の照明器具で照らされてるから明るくてよく見えるんだよ。
寝る前は油灯を灯してた記憶があるが、この部屋に居なかったロサ・マリアが居るとこを見ると、あいつが持って来てくれたんだろう。
キスしねえと俺の膝の上から動きそうにないから、マギーと同じようにプルシャンにも軽く唇にキスをして一緒にベッドから身を起こす。
それだけ揺れたのに起きねえって可怪しくねえか?
いや、"夢渡り"のせいだと思っとこう。それにしても、状況が判らねえ。この部屋はまだ切羽詰まった感じはねえからここまでは来てねえんだろう。
ベッドから降りて、部屋にある鎧戸の内閂を外して窓を開け放つと、むわっと生臭い臭いが鼻を衝く。
「臭えな」
蛇って臭いがしねえ生き物なんじゃねえのかよ?
「主君、あっちだ!」「ひぃっ!?」「な、何なんのよ! あれ!」
俺の左へ身を寄せるようにして窓から身を乗り出したヒルダが森の一角を指差すと、プラムとロサ・マリアが悲鳴に近い声を上げたのさ。
無理もねえな。俺も深淵の森であいつを見た時は、もっと驚いてた記憶があるぜ。と言うか、逃げたな。
マヂか。この騒ぎでも火の魔法は使わねえのかよ? 獣相手なら火が有効だろうに。と言うか、普通は使うだろ!?
徹底してやがるぜ。
そんな事を思いながらヒルダの指差す方向へ視線を向けると、森の大樹が一本、メキメキと音を立てながら倒れて行くとこだったよ。
森の木々よりも高い鎌首が、何かの映画かと錯覚するように持ち上がる。
怒号や悲鳴、森の大樹を圧し折る音が夜の集落に響き渡る中、双子月に照らされた"深淵の主"の腹がぬらりと光った――。
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