えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

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幕間

閑話 7つ首の交錯(※)

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 なぎの公国の公都紫の都ヴァンガニ―シャヘルの地下に7つ首ヒュドラの隠れ家はある。

 時に非合法の競売きょうばいを行い、金と物と人を動かす会場になるが、普段は息を殺して潜む場だ。

 公都の下水道迷宮は広く、迷い込めば出られぬと噂される。現に、年間で行方不明になる数十人はこの下水道迷宮に入ったからだと報告されていた。

 理由は様々だ。下水道の清掃依頼を受けた者。下水道での行方不明になった者の捜索依頼を受けた者。酒に酔った勢いで迷宮入りする者。殺され、下水道に放り投げられる者。犯罪者の手から逃れるために逃げ込んだものの、迷ってしまった者。下水道で出遭であってはならぬ者に出遭ってしまった者。

 その多くが帰らぬ人となっていたのだ。

 下水道脇の狭い歩道や、黒くにごり異臭を放つ水底で横たわる、服や鎧を身に着けたむくろの数々が物言わぬ証人と言えるだろう。

 下水道迷宮の最奥で、彼らは集っていた――。



                 ◆◇◆



 5パッスス7.4m四方の広間の中央に、直系2パッスス2.96m程の円卓が置かれている。

 7つの椅子が円卓を囲むように置かれ、6人の男女が既に席を埋めていた。

 6人の背後には、それぞれ様々な表情を模す仮面を着けた1人の付き添いが立つ。

 だが、その広間はとても奇妙に装飾が施されていることに気が付く。

 天井にも、壁の上部にも明かりがないのだ。

 あるのは床と壁が接合する角にり貫かれたくぼみにある明かりだけ。

 それも、全ての窪みの上部にはひさしが付けられて上を照らさないように細心の注意が払われていた。

 四方の角に1つずつ。その間に1ずつの計8つの明かり。

 バテ―の卵を思わせるくらいの宝石に似た石が光を放っているのだが、光を透かして石が見えるくらいの光度だ。

 男女の輪郭りんかくや装いはおぼろげに判ったとしても、顔までは判別できないよう計算された造りであることがうかがえる。

 その中の1人、7番目の空席から2つ円卓を右に回った席に着く男がおもむろに立ち上がった。

 「先の総会で決めたように、この度はあたし、"五頭パーンチセル"のヴォルフガングが議長を努めさせてもらうわん。意義がある者は挙手によって意を示してくれるかしら?」

 体格の良いその男の野太い声に空気が震えるが、女言葉であるせいか、張り詰めた空気が緩む。その中で向かいの席に座る男が手を挙げた。
 
 「はい、"二頭ドーセルのイニゴちゃん。何かしら?」

 「ヴォルフガング。そのしゃべり方どうにかならないだろうか? アラン様がられる時にはまともに話していたと記憶しているが?」

 「あら、そんなこと? アラン様の前で素を出したら凄い目で見られちゃったの。ゾクゾクしちゃったけど、頑張ってアラン様の前では男言葉を使ってるのよ?」

 「それを我々の前でもしてもらいたいのだが?」

 「嫌よ」「っ!?」「ぷっ」

 イニゴの要望を間髪入れず拒否すると、失笑が起こる。

 「言ったでしょ? 頑張ってあの口調にしてるの。あの口調の間、全身がかゆくなってるんだから、あたしとしては死活問題な訳。わかる?」

 「"四頭チャーセル"は異議なし」

 「同じく"六頭チェーセル"も異議なしよ」

 「フランちゃんもビーもありがとう!」

 女言葉の男の左右に座る女性たちが声を上げる。先程失笑した声は、"六頭チェーセル"と名乗った女性のものの様だ。

 「"三頭ティンセル"、異議なし」

 イニゴの左隣に座る男が野太い声で継続を促す。

 「イニゴ、今回は貴方の負けです。時間も惜しい。会議を始めましょう」

 「くっ。分った。進めて欲しい」

 イニゴ右隣に座る男に肩を叩かれ、イニゴは要望を取り下げるのだった。

 「良かったわ。じゃ、話を進めるわね」

 イニゴの言葉を受けたヴォルフガングはぽふっと拍手かしわでを打ち、おもむろに懐から羊皮紙の巻物を1巻取出す。

 「アラン様から指令書が届いているわ」

 その一言で緩んでいた空気が再び張り詰める。

 「これを開ける前に、あたしから皆に謝らなければならないことがあるの」

 「あら、何かしら? ヴォルが失敗するって珍しいわね?」

 "六頭チェーセル"が肩に掛かる髪を払う。

 「前に南狭砦なんさとりでから東北へ行ったところに宿営シヴィルを張ってるって報告したのを覚えているかしらん?」

 「確か、俺が議長をしていた時の話だな。数は5000だったな?」

 「ええそうよ。"三頭ティンセルの記憶の通りね。そこが半壊したわ」

 「「「「「――っ!?」」」」」

 声にならない驚きが、身動みじろぎに表れる。椅子を蹴るほどではないが、驚きで腰を浮かしたのだ。

 それも当然であろう。5000という数が人の数であれば、1つの小さな町を超える数だ。軍隊規模と言い換えても良いだろう。それが半壊。耳を疑うのもうなずける。

 「事が起きたのは1ヶ月前ね。報告では、深淵しんえんの森の森大蛇もりだいじゃに襲われたらしいわ」

 「……森のぬし、か?」

 「ええ。直ぐに確認で魔道具を使って調べたけど、間違いないみたいなのよね。そこに居合わせた・・・・・律令りつりょう神殿の勇者のお蔭で全壊は免れたんだけど、半壊」

 「宜しいでしょうか?」

 「はい、一頭イークセルのエリクちゃん」

 空席の左隣の席に座る男が居住いずまいを正す。

 「半壊したというのも驚きなのですが、何故そこに律令神殿の勇者が絡んで来るのですか?」

 「ん~~あたしもそこがに落ちないから何度も聞いたんだけど、本当か嘘か、深淵の森で格上げの狩りをしてたらしいわよ?」

 「「「「――っ!?」」」」

 「おいおいおい、正気かよ。深淵の森だぜ? 超越者でも生き残れねえって場所で格上げするなんざ、聞いたためしえ」

 "三頭ティンセルと呼ばれていた男が、両手のたなごころを上に押し上げるような仕草しぐさを交えてあきれた声を上げる。

 「ロドリゴちゃんの言いたいことも解るわ。でもね、見舞いだと言って、深淵種しんえんしゅの莫迦デカイ猪蛇いのへびを10匹も【空間収納】から取り出して見せたってのよ?」

 「じ、10!? マジかよ……」

 「大真面目おおまじめよ。3日前に10匹分の毛皮と骨と魔石が届いたから間違いないわん」

 「良いかしら?」

 「はい、ビー。何かしら?」

 "六頭チェーセル"が再び肩に掛かる髪を払う。

 「ここだけの話、"美食のきみ"も律令りつりょう神殿の幹部だと聞いたわ。けど、連れていた・・・・・勇者はせいぜい求道者ぐらいじゃなかったかしら? でも、あの子たちが深淵の森に行っても無駄死にするだけ。深淵の森に行ける実力があるなら、競売に卸せる品があっても良いでしょ? その勇者、本当に律令神殿の勇者なのかしら?」

 「……続けて」

 「むしろ、"わにの君"絡みと聞いた方がわたくしとしては腑に落ちるというお話ですの」

 「"わにの君"? 知らないねえ、誰だい?」

 ヴォルフガングを挟んだ右隣の女が右肘で頬杖ほおづえを突く。大きく胸元の空いたドレスからのぞく、たわわに実った膨らみが揺れて谷間を埋める。

 「その名前を言わないで頂戴ちょうだい。あの時の事が浮かんできて胃が痛くなるから」

 ヴォルフガングはそう言いながら、左手を胃の上に当て右手を頬に当てた。

 「ふふふ。フランも耳にしてないかしら? めすエルフに金貨1000枚積んだ酔狂な御仁ごじんが競売に来たって?」

 「1000枚!?」「ひゅ~っ。そりゃすげえ」「100倍ですよ!? まさかそのエルフは純血種エルフキルエルフですか!?」「いや、注目すべきはその財力でしょう」

 ビーと呼ばれた"六頭チェーセル"の話に一同が一気に食い付く。

 「"美食のきみ"と競り合ってその雌エルフを落としたんだけど、ヴォルの慌てぶりが今までで一番酷くて楽しかったわぁ~」

 「キーっ! 失礼しちゃうわ! 今思い出しても腹が立つ! でも、ハクトちゃんとの繋がりは感じなかったから、可能性は否定できないくらいの話よ?」

 「その方が納得しやすいというだけですわ」

 「オホンッ。良いだろうか?」

 「はい、イニゴちゃん。何かしら?」

 咳払いで注意を引いた男が挙手する。

 「そろそろ本題に入ってはどうだろう?」

 「あら、ごめんなさい。皆の食いつきが良かったから脱線しちゃったわね。イルクーツク、居るかしら?」

 「こちらに」

 ヴォルフガングの問い掛けに部屋の入り口付近の陰から、スッと燕尾服に身を包んだ老執事が現れ、うやうやしくお辞儀した。今の今まで気配を感じさせなかったとこを見るに、かなりの使い手であることがうかがえる。

 「これから皆にアラン様からの指令書の封印に異常がないか確認してもらうわ。その後、開封して代読して頂戴」

 「畏まりました。つつしんでお受けいたします」

 「はい、ビー。次はフランちゃんで回してね?」

  ヴォルフガングはそう言って、己の左隣の女性に手渡す。一頻ひとしきり確認した"六頭チェーセル"が背後に立つ従者に手渡し、順次列席者の手に渡って行くのだった。

 ろうで押された封印が偽造されていないかどうかの確認だ。然程さほど時間は掛からず羊皮紙の巻物が老執事の手に渡る。

 「では、失礼いたします」

 断りと共に懐から取り出した開封用ナイフで蝋をパキッと外し、静かに巻物を開くと内容を音読し始めるのだった。

 「こく貴卿きけいらは、直ちに魔法公国が公都悟りの都アトマギャンカシャヘルへ参集せよ」

 その一文だけで6人が色めき立つ。

 「一頭イークセルは、貴族屋敷の小間使いに使えそうな者を100名用意せよ。二頭ドーセルは凪の公国の店を信頼の置ける者に任せ、悟りの都アトマギャンカシャヘルにて白金貨1000枚の資金調達を任せる。三頭ティンセルは、一頭イークセルから100名を預り、暗殺者に鍛えよ。四頭チャーセル二頭ドーセルの資金調達の助けと情報収集を行うように。青楼せいろうはこちらで用意する。五頭パーンチセルは、騎乗できる兵を馬と共に中原ちゅうげんの王国の王都、草原の都チャラガッハシャヘルへ傭兵でも正規兵でも良い。潜り込ませよ。それ以外を悟りの都アトマギャンカシャヘル周辺の森に隠し時期を待て。六頭チェーセル悟りの都アトマギャンカシャヘルの地下競売の元締めを任せる。参集の期日は風の第1の月とする。繋ぎはこちらから送る。貴卿きけいらの忠実な働きに期待する。――以上でございます。ご覧になられますか?」

 「見せて頂戴」



 ――謀議ぼうぎは続く。



 足元を照らす明かりに目が慣れてくると、広間の様子も薄っすらと見えてくる。

 特に注意を引くのは中央の円卓の意匠だろう。

 円卓の外縁は当初の目的通り、書類や食事を置くために従来のテーブルと同じく凹凸はなく平面に仕上げられているのだが、真ん中はそうではない。

 1頭の獣、いや、魔獣がそこに彫られていたのである。

 金箔で、闇に浮かぶように躍動的に彫られた体を装飾されたそれは――。



 ――蜷局とぐろを巻き、7つの首をもたげるヒュドラ。



 その首は斬られてもまた生え出ると言われる、王金級オリチャルクムの脅威を持つ魔獣だ。

 その魔獣を模した闇の組織の首がゆるやかに絡み合い、交錯こうさくし始めた――。





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