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第2章 巣喰う者
第286話 えっ!? あ~~その発想はなかったぜ!
しおりを挟む「ぶはあっ!? 皆、無事か!?」
暢気に水の下から月を眺めてる暇なんかねえよ!
ザバッと水飛沫と音を立てながら、浅瀬で立ち上がる。
「うむ。油断した」「あぎゃ!」「うわ~びしょびしょだよ」「問題ありません」「うん、わたしは大丈夫」「わたしも大丈夫です!」
5人と1匹から声が返って来た。良し。後は――。
「スピカは?」
『ここです~! 水に落ちたら飛べなくなるじゃないですか。だから、頑張って空に逃げたんです!』
羽音が上から降って来て、俺の濡れた頭の上に青い小鳥が降り立った。何にせよ、怪我がないんならそれで良いさ。
「ガイは? ああ、お前さんも吹き飛ばされたのな。一先ず、水から上がるぞ。さっきの爆風も気になるし――」
ガイの白い全身鎧姿は月下に良く映える。
《死ね――》
浅瀬で1歩足を踏み出した瞬間だった。目の前に牛の角みたいなものを頭から生えださせた、切れ長一重の美人が現れて、俺に貫き手を放って来たのさ!
「なっ!? ガハア――ッ!? クソがっ!」
「主君!?」「ハクト!?」「旦那様!?」「「ええっ!?」」「あぎゃっ!?」『ハクトさんっ!?』
咄嗟に両腕を胸の前で締めて防御したんだが、完全な形になる前に突破され、貫き手の衝撃が胸に入る。
辛うじて、女の踏み込んだ膝に足を乗せれたお蔭で後ろに跳べたが――。
勢いを殺せる訳もなく、額から触覚を生えださせ、背中に2対の黒翅を持った韓国美人っぽい女の顔を目に焼き付けて、激しく吹っ飛んじまった。
【人化】したって事か!?
「【骨釘】!」
水没する前に、女へ【骨釘】を打ち込む。
クソッ。毛が水を吸って重い。けど出し惜しみする余裕はねえっ!
「【粉骨砕身】!」
口の中に水が入って来るが知った事か!
足が湖底に着いた瞬間、ドンッと踏み込み水の上に飛び出す!
俺の視界に、ガイとマギー以外が吹き飛ばされてる瞬間が飛び込んで来た。青い小鳥と赤いチビ四翼竜は、上手い具合に闇へ紛れたようで、姿が見えん。
《しぶとい》
空中に出たのは誘いだ。
さっきまでの蛾の体なら考えなかった事だが、人型なら話は別だ。
奴の方が各上だと思い込んでいる内に、骨を抜いてやる!
ヒルダの作った光源もさっきの爆発みたいな騒ぎで消し飛び、今は月の明りでしか見えん。近くに来れば兎の目で良く見えるがな。
「げえっ!?」
驚いて見せる。ほら、来い来い!
《愚かな、毛虫。宙に逃げたことを悔いながら死ぬがいい》
高く宙に浮かぶ俺に向かって、在り得ねえ速さで下から飛来する黒蛾女。よく見りゃ、孤児の蜂の子が探してた、母親の首周りにあったような毛皮首巻きみたいな物を着けてるじゃねえの。
自前か、作り物かは判んねえが、真っ黒なファーだ。
「くっ、クソッ!」
《さっきは仕損じた。次は殺す。【黒蛾爪】》
何だ!? 俺と同じように爪に小細工したって事か!?
集中しろ!
どうせ空中だ。曲芸じみたことは出来ん。だったら、貫き手をギリギリで躱す!
足場は直にできるしな。
「【骨爪】」
この女、異様に硬かったからな。念の為だ。
何か絡繰りがあるんだろうが、今のとこ手詰まりで何も分からん。その解明も含めての次の一手だ。
《死ね――》
ギュンっと効果音でも付きそうな勢いで俺に肉薄する黒蛾女。俺と女の間に――。
「【骨槍】」
今まで見せてなかった【骨槍】を1本出してやる。俺の意思で撃ち出せるから、そう思わなきゃ宙に止まったままの便利な代物だ。
どうするよ?
《なっ!? 賢しげなことをっ! 槍ごときで私の【黒鱗粉】の盾を貫けると思ったか!?》
こいつ莫迦か!? 何サラッと自分の手の内を明かしてんの!?
「御目出度い、奴だぜ」
ご自慢の盾の強度を見せてもらおうか!
莫迦の一つ覚えのような貫き手を俺に放つ黒蛾女に向けて、【骨槍】を撃ち出すと貫き手じゃない左肩の肉と左翅を抉って、湖面に突き刺さる。
《ギィッ、貫かれた、ですって!? ちぃっ!》
それでもなお俺の喉に向かって突き出される貫き手を、手の甲と腕でくの字を作り受け流し、すかさず手首を返して女の右腕を掴む。
焦ってももう遅え!
俺の前に足場が出来た。
「【骨盗り】ぃっ!」
黒蛾女の右肩に足を掛け、肩を蹴る反動で一本背負いの様に腕を引く!
ずるんっ!
《あああっ!? わ、わ、私の腕がっ!? 毛虫! 何をしたぁっ!?》
手に女の腕から骨が抜ける感触が伝わって来た。
骨を放り捨て、そのまま体を丸めて落下速度を上げると、背中から爆音と火の粉が俺を追い越す。ヒルダの【火魔法】だろう。危機一髪だぜ。
《ぎゃあああ――ッ! 熱いっ!?》
鱗粉の盾とやらも完璧じゃねえって事か。勝手なそうぞうだが、翅が欠損すれば攻撃が通るようになるって考えると腑に落ちる。
「これを放っとく手はねえよな。【骨槍】! 【骨槍】! 【骨槍】!」
《ギィィィッ! おのれっ! おのれっ!》
グルッと体を伸ばすように半回転させると、頭が下に向く姿勢になる。炎に包まれている黒蛾女へ向けて【骨槍】を撃ち込むと、耳障りな悲鳴が聞こえて来た。
けど空中で出来ることなんか高が知れてる。
直ぐに姿勢を正して体を回転させた時、足元に黒い水面があった。
激しく水飛沫を上げながら体を起こすと、煤けた黒蛾女と目が合う。ああ、月明かりの下だが、兎の目は性能が良いようでな。判るのさ。
女の体に刺さってた【骨槍】が、時間の経過とともにボロボロと崩れ落ちた。3本ともしっかり命中したようだな。
致命傷にはなってなさそうだが、面倒な盾の効果は弱まった感じがする。
怒りに顔を歪めた女が黒い翅を広げ、俺に向かって急降下し始めた時だった――。
《は、放せっ!?》
瞬きする程の間に、白い影が俺の前を過ったと思ったらよ。餓者髑髏のデカイ骨の手に捕まってたじゃねえか。
怒りじゃなく、ありゃあ痛みで顔が歪んでんな。骨の手の中で藻掻く黒蛾女を呆気に取られた状態で見ながら、気付く。
そういやぁ、毛虫は!?
視線を、餓者髑髏の足下や"世界樹"の下に移す。ぱっと見、動いてる奴は見当たらねえ。つまり、この時間で喰い切ったって事か!?
マヂで!?
どんだけ腹減ってたんだよ!?
「主君、シャドウの様子が可怪しくないか?」
内心そうツッコんでると、ヒルダがシャドウを指差す。
Oh……。角あるやん……。
ヒルダの指差す先にある、シャドウの髑髏の額から見事な角が左右に1本ずつ生え出てるじゃねえの。
しかも全身がちょっと黒ずんで来てねえか!?
《この化け物め! 放さぬかっ! 貴様も鬼の眷属なら、私の――。待て! な、何をするっ!? や――》
ごりんぼきんぱきっ
「あ――」
喰っちまいやがった。
黒蛾女を喰っちまったよ。
予想外の流れに俺らは動けずにいた。
だってそうだろ? 毛虫を喰うのは百歩譲って「好物だったんだな」と思えたとしても、まさか人型とは言え、蛾まで食べると思うか!?
それにあの女、「鬼の眷属」って餓者髑髏のこと言ってたよな!?
オオオォォォ――――――ッ!!!
何て軽く混乱してたら、餓者髑髏の奴が双子月に向かってまた咆えだした。
本当、夜中にすまん。
それも、あいつの足元から黒い霧と言うか炎のような物が湧きだして、どんどん体が黒くなり始めてんだよ。
「ね、ねえ、ハクト。あれ拙いんじゃ?」
「ああ。俺もそう思ってたとこだよ」
マリアの声に応えながら、バシャバシャと水を蹴って岸に上がる。
凪の辺境伯の領都にあった迷宮の時みたいに、シャドウとの繋がりがぶっつり切れたような感覚はねえが、ヤバイってえのは解る。いや、感じる。
どうする? このまま放っとくのは悪手だぞ?
「だ、旦那さま……」
「どうした、プラム?」
「黒くなってるんなら……白くなるんじゃ……?」
「えっ!? あ~~その発想はなかったぜ! ありがとな、プラム!」
「ふああっ」
傍に来たプラムがそわそわと指を絡ませながら上目遣いで教えてくれた。プラムの頭をガシガシと撫でて、餓者髑髏へ足を向ける。
あの下から湧いてる物からはヤバさがビンビン伝わって来るからな。あれには触らないようにしてシャドウへ触る必要がある。
プラムが教えてくれた、いつも物作りの時に使ってる【骨法】だ。
それが効果があるかどうかは微妙なとこだが、やらずに後悔するよりもやって次を考えりゃ良い。
何となくだが、俺は殴られねえだろうという確信めいたものはあるんだぜ?
おう、勘だ。
いや、寒気の方じゃねえ。勘だ。勘。
でもまあ、念のためって事で背後から骨盤に飛び乗る。
ん~~……何か骨格もちょっと変わってね? いや、今はそこじゃねえ。検証は後ですりゃあ良い。今は黒くなってるのを抜くのが先だ。
「【白骨化】」
餓者髑髏の背骨に当てた左手から【骨法】が発動するように意識して、【白骨化】を使う。
そしたらよ、シャドウの体だけじゃなく、立ち昇る黒い霧のような、黒い炎のような物からも黒い物が抜けていって白く光る物に変わりだすじゃねえの。
月下で起きた幻想的な光景に、俺たちはただただ見惚れていた――。
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