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幕間
閑話 ヒルデガルド・セイツ・アイヒベルガーの回顧1
しおりを挟む吾の名はヒルデガルド・セイツ・アイヒベルガー。
由緒正しきアイヒベルガー侯爵家の出だ。
ああ、セイツは称号ではないぞ。
セイツは父の名で、アイヒベルガーが家名だ。
凪の公国では、貴族の名乗りは個人名・父名・家名となる。だから称号はない。
尤も、他の国では称号を使っている貴族もあったと記憶しているがな。
親しい者は吾のことをヒルダと呼ぶが、呼ばれなくなってどれくらいの月日が流れてしまただろうか。
吾がアイヒベルガー家は代々近衛魔術士を排出して来た家柄で大公の覚えも目出度い。
当然、吾も栄えある近衛魔術士に名を連ねた。
あの日まではーー。
うむ。吾がリッチと呼ばれる上位アンデッドになってしまったのも、この場所が大きく関係していると吾は考えている。
ここは深淵の森という、周辺諸国随一の魔境であり、資源の宝庫だ。
そして、古来より炎帝という“二つ名”を冠する凶悪な火竜が住む場所でもある。
察しが良くて助かるぞ。
そう、我らは諸国と連合を組み、火竜退治に挑んだのだ。
それを可能にしたのも、1人の勇者の存在が大きい。
吾の親友でもあるモナ・ユウキという気高き女性だ。
モナに言わせれば、家名が先に来るというのだが、異世界から来た“流れ人”は大概がそうだという。
特徴は黒髪に、黒い瞳。
この組み合わせを持つ人種はこの世界に存在しないらしい。
現在、黒髪黒眼の容姿をした者は“流れ人”か、流れ人の血を濃く受け継いだ“先祖帰り”だけだ。
その多くが特別な力を有しているのも特徴だろう。
それ故に、勘違いをしたまま早死した“流れ人”も多かったと伝え聞くが、真偽の程は与り知らぬ。
モナは違ったと言っておこう。
研鑽を積み、南方正教会やあのエルフどもからも支持を取り付けた彼女は、勇者と呼ばれても恥ずかしくない力を持つまでに成長した。
レベルも、人が辿り着ける域を越え、10000に届こうかと聞いていた。
その勇者が火竜討伐に赴くのだ。
諸国の士気も上がるというものだろう。
実際あの時、深淵の森に接する領土を持つ吾が凪の公国、獣王国、山麓の王国の3国と、邪竜討伐を掲げる南方正教会、エルフが連合を組み30,000人の精鋭と5,000人の魔術師部隊で深淵の森に向かった。
結果はーー。
ーー全滅。
吾の目の前でモナが喰い殺された。
あの光景を吾は忘れぬだろう。
零れ落ちたモナの首を泣き叫びながら這い寄って拾い上げ、【空間収納】に収めた吾が次に見たのは紅蓮の炎であった。
そして、次に気が付いた時ーー。
ーー吾はリッチになっていた。
強い怨嗟の念がこの森、特に火竜の周りにあった濃い魔素に反応したのだろう。
共に戦った、戦友の多くも名も無き骸骨へと姿を変えていた。
それ以来、吾は森を彷徨い、火竜を狩るべく力を蓄えていたのだが、面白い輩を発見したのだ。
軍隊骸骨という種になってしまった嘗ての輩に、追い回される獣人を。
故に、その中を跳ね回る雪毛種の兎男を見た時、躊躇せずに爆炎の魔法を奴らに見舞ってやった。魔法で死ねば、不死の環から抜け出せるかも知れぬからな。
この体になって、喜怒哀楽がかなり薄まったとも思う。
だが、あの兎男は爆炎を躱してみせたのに思わず目を見張る。
目はないのだが……。
誰か仲間が回りに居るのかと観察してみたが、その様子もない。
兎男の纏う鎧は、フォレストクレイフィッシュのものだ。
この森に獣人1人で生活していたと!?
この危険極まりない森でどうやって!?
ーー話を聞いてみたい。
自然とその気持ちが湧き上がった。
生前の気質が顔を覗かせと言っても良い。
リッチになってどれ程の月日が流れたのか今となっては数えようもないが、こんな気持ちになったのは初めてだった。
「枯れ地が騒がしいと思って来てみれば、風変わりな兎を見つけてな。吾も交ざりに来てみたという理由だ」
兎男が驚いているが、赤い瞳がじっと吾を見た。この感覚はモナがよく吾に使っていたからよく覚えている。
「ほう。面白い。吾を鑑定したか。雪毛の兎風情が【鑑定眼】を持つとな」
「いっ!? バレた!? っと!」
なる程、【鑑定眼】を見分けられる者とは遭ったことがないということか。
「当然だ。吾を誰だと思っているのだ」
「――初めまして」
「何と!? 吾を知らぬとな!?」
少し間を置いて返された挨拶に吾は目を瞠る。
目はないのだが……。
これでも凪の公国では有名な近衛魔術士だったのぞ!?
「すみま、せん、ねえっ! こちとら、昔、話に、興味、ないもんでっ!」
時の経過というのは無情なものだな。まあ良い。
「ふむ。吾の爆炎を躱したことと言い。【鑑定眼】のレアスキルを持っているといい。存外良い拾い物やも知れぬな」
「それは、どういう、ことでっ?」
しかし、話しながらよく躱せるものだ。
「うむ。どれくらいこの森に居るかは忘れてしまったが」
「ーーっ!」
無言で顔を顰めた兎男が何を言いたいのか、何となく分かってしまった。
モナがよく吾との会話で茶々を入れていたのを思い出す。
このような状況だ。警戒を解いているように見えぬし、解こうとも思わぬだろうが、久しくなかった吾の中で高まる思いに従ってみることにした。
「喋り相手が居らぬとつまらぬのでな。かと言って、あそこに出向いて消し炭になりたくはない。【फायर कोड़ा】」
なるだけ魔力を抑えた炎の鞭の魔法で、吾の傍に引き寄せることにしたーー。
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