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第1章 西挟の砦
第75話 えっ!? 皺くちゃ!?
しおりを挟む「ダメだ!」とか言われて入れてもらえねえかと思ったが、問題なく入れた。
俺たちが居るのは、アーチ状になった門の内側だ。幌馬車もそこに止まってる。
その中にある衛士たちの詰め所で1人1人、身元を洗われてるとこさ。
俺たちの番はまだ来てねえ。多分、最後だろう。
何でも、犯罪歴があるかどうかをチェックできる魔道具があるんだとか。科学が発達してねえのは、魔法技術が発達してということだな。
防衛線と言うだけあって、入っても門と街を隔てる扉がもう1枚あるせいで、街は全く見えん。あるのは松明の明かりだけだ。煙が充満してないところを見ると、換気口はどっかにあるんだろう。
ガコン ギィィィィィィ――――。
んな事をぼーっと考えてたら、街側の二枚扉が開き新鮮な空気が流れ込んで来た。まだ完全に日は暮れてないのが判る。
何か来たな。馬車?
二枚扉が街の方に向って開くと、幌のない荷馬車を退いた馬が4両入って来た。1頭牽きだ。馬車を操っているのも女だが見覚えはない。けど、よく似た装備をしてるとこを見ると、エレンさんと同じ騎士団なんだろう。
俺たちの目の前をゆっくり通り過ぎ、弧を描くようにUターンして、馬車の頭を器用に街側に向け直してる技術に思わず見惚れてしまった。
巧いもんだ。
4両の荷馬車が縦に並んだとこで御者席から女騎士たちが降り、それぞれの馬車の前で直立姿勢で固まった。騎士たちの視線が俺たちじゃなく、入って来た扉の方に向けられててる事に気付いたので、追い掛けるように視線を向けると豪奢な馬車が1両遅れてやって来たじゃねえか。
十中八九、御偉いさんだろうな。
あ、どこ行ったのかと思ったら、あの馬車を帯同してるのエレンさんじゃねえか。
……呼びに行ったのか?
嫌な予感がする。
「最後だ。お前たち3人入れ」
どうやら姉ちゃんたちの潔白は証明されたようだな。豪華な馬車が止まる前に御呼びがかった。さっさと見えるとこから移動した方が良さそうだな。スピカはというと、さっきから俺の頭の上ですぅすぅ寝てる。
「ほら、ヒルダ、プルシャン行くぞ」
「うむ」「分かった!」
2人を促して詰め所に入ると、副団長さんと女騎士2人、衛士たちが4人居た。
その内の1人の衛士が机の向こう側で踏ん反り返り、俺たちを見ている。
詰め所のボスか?
「 雪毛か」
舌打ちが聞こえたぜ?
「身分証を出せ」
「ありません」
「何? 後ろの2人は?」
「ない」「ないよ」
「 目の前にある珠に触れ」
毛虫? ああ。そういうことか。今更だが、気が付いた。雪毛の兎人はいい目で見られねえってことだ。
こういう扱いが街で生活してると、嫌でも出喰わすってこったな。やれやれだぜ。
高圧的な衛士の言動に、ヨハンナさんたちが眉を顰めてくれたが、広角を上げて笑顔を見せておいた。ここで騒がれる方が面倒事になる。
「これでいいですか?」
余所行きの口調で訊ねる。口調が気に入らんっていちゃもんつけられたくねえしな。
「名前は?」
「ハクトです」
「出身は?」
「外縁の森」
本当は転生者ですなんて、口が裂けても言えねえ。
「何!? これまで犯罪を犯したことは?」
「ありません」
この問答は、ヒルダとプルシャンとも話して決めたことだ。余計なことは言わん。
俺の言葉に反応して、手を置いていた球が白く発光する。
「手を離していいぞ。入城を許可するが、身元を証明できるものが無いならなら小銀板3枚だ。それが払えないなら、入城は許可できん」
小銀板3枚って、3万円かよ!? 随分足元見るじゃねえか。
「随分高いんですね?」
「ふん。お前らみたいな奴らは信用できんからな。身分証ができれば持って来い。3日以内であれば金は全額返してやる」
「……そうですか。じゃあ、俺とこの2人の3人分です」
そう言って懐から巾着を取り出し、銀貨1枚をパチリと机の上に置く。これで9万円。
銀貨1枚で1年過ごせるんじゃなかったのかよ?
身分証云々は、ここが切り抜けられてからの話だな。
「おい」「は」
どうやら向き合って座ってる男は位の高い奴らしく、俺の出した銀貨を横に立ってる衛士の1人に回収させた。「釣りを払わずに踏み倒すか?」と思ってたら、計算は出来るようで小銀板1枚が手渡される。
「次」
「はい! じゃあわたし!」
俺を押し退けるようにプルシャンが椅子に座る。変なこと言うんじゃねえぞ?
「名前は?」
「プルシャン」
「出身は?」
「外縁の森」
「……嘘を言うと只では済まさんぞ? もう一度聞く。出身は?」
「ん~外縁の森だよ?」
「その男との関係は?」
おい、そんなこと聞くのかよ!?
「旦那様」「ぶっ」
プルシャンの無邪気な一言に吹いてしまった。おぉ怖え。おっさん、そんなに睨むなって。
同じタイミングで、騎士団の3人が一斉に顔を背けたのが見えた。ヨハンナさんたちも、我慢してくれよ?
「 くっ。同じように珠の上に手を置け」
「これでいい?」
「ああ。これまでに犯罪を犯したことは?」
「ないよ」
プルシャンの返事に反応して、手を置いていた球が白く発光する。問題なし。
後は、ヒルダか。正直こいつが1番やべえ。どう乗り切るか……だな。
「……良いだろう。次」
「はい、ヒルダの番だよ」
「うむ」
プルシャンと席を入れ替わるヒルダを見る、おっさんの目付きが鋭くなった。
「最後に胡散臭い奴が来たな。声からしたら女のようだが。その仮面を外せ」
「おい」「良いのだ主君。吾に任せてもらえるか?」
抗議しようと身を乗り出したところで、ヒルダの肩まで挙げられた右手に遮られる。
仮面の下は骸骨だ。勿論、籠手の中もな。全身隈無く隠すための甲冑なり仮面なんだから、それを外ずってことは……なぁ。
ったく、任せろって言われたら退かざるをえねえだろうがよ。
ボリボリ後頭部を掻きながら一歩下がる。好きにしな。
「済まない。これでも、吾は女だ。故に羞恥心も人並みにも持っている。そこはご理解いただきたい」
「ふん。それとこれとは関係ない。外せぬ理由があるのか?」
そう軽くお辞儀するヒルダの頭に冷たい言葉が刺さる。ちっ。このおっさん。
「理由はある」
「ほう」
「吾は呪われていてな。この身はその呪いで醜く変容しているのだ」
まあ、そういう設定というか、実際にステータスにはそう出てるからな。間違っちゃいねえ。
ヒルダの言葉に衛士たちの表情が険しくなる。横に立つ衛士3人が重心を落とすのが分かった。手を出したら只じゃ済まさんぞ。
「……で?」
「仮面は最後に外すということで、先に進めてはもらえぬだろうか? 籠手なら外そう。検閲の魔道具は防具を付けていたら反応せぬしな」
そうか。ヒルダはこの魔道具の事を知ってる。対応は出来るということか?
いや。そもそも騙せねえだろうが。どうするつもりだ?
「……分かった。では、名前から訊かせてもらう」
「ヒルダ」
「出身は?」
「外縁の森」
「 隠すと為にならんぞ?」
「その男との関係は?」
「主君であり、敬愛すべき旦那様だ」「ぶっ」
ヒルダよ、お前もか!?
「 望み通りに籠手を外して珠の上に手を置け」
あ~、おっさん。さっきからあんたの独り言全部聞こえてるぜ?
「うむ」
「お、おい、ヒルダ」
スポッなのかズポッなのか、急激に空気を吸い込む音がヒルダの右肘から聞こえた。籠手を抜いた音だ。だが、俺、いや俺たちの目はその腕に釘付けになった。
えっ!? 皺くちゃ!?
籠手を外した右腕は、骨じゃなく、ミイラのように皺くちゃで、干乾びた姿だったんだーー。
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