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第1章 西挟の砦
第78話 えっ!? リーブラって何!?
しおりを挟む扉が開いて入って来たのは、芳しい香りを振りまくステーキの塩胡椒焼きだった。
見ると、後ろに店の客らしい人影が蠢いてるのが見える。
ああ、この匂いを振り撒きながら上がって来たんじゃそうなるわな。
「「ーーーー!!」」
キラキラと目を輝かせながら、目の前に置かれるプレートの上で良い香りを放っているステーキを見詰める姫さんとエレンさんの顔は、幼く見えた。無心で切られた肉を頬張り、頬を抑えて悶絶するその顔を見れただけでも良しとするか。
ヒルダも、プルシャンもってーー。
「早っ!? もう食ったのか!?」
ヒルダとプルシャン皿には、もうステーキはなく、肉汁と脂が光ってるだけだった。ナプキンで口元を拭く2人の視線が、俺の腹の方に向いてる……。
「うむ。胡椒と塩の相性は抜群だな、主君!」「うん、美味しいもん!」
「待て。これはやらん。俺だって楽しみにしてたんだ! んまっ!」
慌てて、肉へフォークを突き刺し頬張る。
香ばしさと肉の旨味が口の中に広がり、胡椒の辛味が下を刺激する。同時に、胡椒の香りが鼻に抜けるんだよ。ああ、これだ。肉って言ったらこうだろうが。
それよりも。それよりもだ。やっぱり飛竜の肉は美味い。
限りがある食材だ。大事に食わねえとな。
「ん?」
なんて思ってたら、俺に刺さる視線を感じた。
「ハクトさん狡いです。エレンたちはこれを3日も食べてたのですか?」
「いやいや。ワイバーンの肉は限りがあるから、大人数の時には出してませんよ。エレンさんも食べてません。食べてたのは猪蛇の肉です」
「「「「猪蛇っ!?」」」」
姫さんやシェフのおっさん。あとウエイターの兄ちゃんが驚くのは良いとして。「エレンさん、あんたまで驚かんでも良いでしょうが」と思ったが、ふと気が付く。
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「聞いてません! オークの肉とは比べ物にならないくらい美味しいとは思ってたんですが、まさか猪蛇とは……」
「申し訳ございません。ワイバーンの肉が貴重なのは承知の上で申し上げますが、下に居りますお客様たちがこの匂いを嗅いで騒ぎ始めまして、都合を付けて頂く訳には参りませんでしょうか?」
と、そこへシェフのおっさんが割り込んできた。まあ、扉の向こうの気配からそうだというのは察するがね。それとこれとは別だ。
「あ~悪いですが、ワイバーンの肉はお出しできません。飽くまで姫様に食して頂くために提供したのであって、他のお客様の為に用意したものではありませんから」
「仰る通りでございますが……そこをなんとか」
「とはいっても、わたしもそこまで冷たい人間ではありません。今話しに出た猪蛇の肉ならば、幾らか融通するのも吝かではありません」
「ありがとうございます! 勿論、それで結構でございます!」「但し!」
話を無理矢理進めようとするのを止めるのに、間を取る。主導権は渡さんよ。
「但し、無償でという訳にはいきません。わたしとシェフ、もしくはこの店とは縁も所縁もないんですからね? 殿下。それで宜しいでしょうか?」
「わたしに気兼ねする必要はありません。わたしはこの商談に関与していませんから」
「ということですが、いかがされますか?」
「むぐっ」
「では、この話はなかったことに」
「お待ちください。如何程の量をご用意いただけるのでしょうか?」
「ん~~、精々さっきの倍ですね」
20㎏と言っても通じんだろうからな。
「でしたら60リーブラで、銀貨1枚でいかがでしょうか?」
えっ!? リーブラって何!? 異世界のブラ?
「待たれよ、店主。それではこちらがあまりに損ではないか」
違う方向に意識を向けてたら、ヒルダが口を挟んでくれた。助かった。
「な、何をおっしゃいますか」
「侮って貰っては困るぞ、店主。先程のワイバーンの肉は30リーブラで金貨2枚は下るまい? 稀少性の高い魔物の肉だ、吾らに振る舞ってもかなりの量が手元に残ったであろう? それに値は付けぬと主君は言われているのだ。それなのに、店主。猪蛇の肉60リーブラが銀貨1枚だと? 桁が違う。金貨1枚は欲しいものだな」
30リーブラで金貨2枚!? 2,000万!? マヂかよ……。
元手はゼロ。ボロ儲けだろうが。
っうことはだ。リーブラって言うのは重さか!?
約10㎏が30リーブラ。約3.3㎏が10リーブラか。
っうことは、1リーブラ=333gって思っときゃ良いな。
で、猪蛇20㎏が1,000万かよ!? おいおいどうなってやがる。
魔物の肉を取り扱ってるってことは、普通に食べてるってことだよな。さっきもエレンさんがオークがどうのって言ってた気がする。オークってあれか? ド○クエ1だか2で出てきてた猪人間みたいなやつか?
あれを食うのかよ……。
「銀貨80枚でいかがでしょう?」
「店主。主君の善意とはいえ、吾らは旅の者だ。つまり金はなくとも、食料さえあればどうにでもなる。この肉も然り。旅をする上で吾らの生命線だ。それを投げ売り同然で払い下げては、吾らの旅も見通しも暗くなる。値を上げても良いのだぞ?」
おお。値下げで遣り合うのかと思いきや。値上げに出やがった。凄えな。
俺は、普通に値下げをして折り合いを付けるくらいしか思い付かんかったぞ。
確かに、金が無えと色々と困る部分はあるが、金じゃ腹は膨らまねえわな。おまけに、ヒルダとプルシャンは大食いと来た。結構な量を【無限収納】に確保してあるとはいえ、それもいつまで保つかだもんな。
「むぐぐっ。では、金貨1でお譲り下さいますか?」
「主君、宜しいですか?」
「ああ、良い交渉だったぞ。それで頼む」
姫さんを相手に出来るレストランだ。資金もそれなりに持ってるだろう。これは邪推かも知れんが、雪毛の兎人になるだけ払いたくないっという魂胆かもな。
ま、次からここに来ることもねえだろうから、吹っ掛けて正解だ。
えっと、60リーブラの猪蛇バラ肉をヒルダに渡し、ヒルダにシェフとの遣り取りを任せた。出来るだけ接触を控えた方が良い気がしたのさ。
お金の遣り取りをしてる横で、俺は姫さんたちからも距離を置こうと話を切り出す。
雰囲気があんまり良くねえ内にオサラバだ。
「姫様、お騒がせしました。陽も落ちたようですし、わたしたちも宿を探さなければなりません。そろそろお暇を頂きたく」
「そうでした。エレン」
「はい。ハクトさん。その心配には及びません。宿はすでに手配してあります」
Oh……。マジで?
逃げ道断たれたってことか?
姫さんに促されて笑顔で教えてくれたエレンさんの声を聞きながら、浮かしかけた腰を再び力なく戻す俺がそこに居たーー。
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