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第1章 西挟の砦
第83話 えっ!? 主君、これは大変なことなのだぞ!?
しおりを挟む礼拝堂に戻った俺たちは、司教に案内されるまま空いたスペースに来た。
スピカの立像の正面ではないが、まあその近くだ。
ヒルダもプルシャンもお祈りポーズが様になってるな。周りの参拝者たちがしてるように、両膝を突いて頭を垂れる姿は新鮮だ。ついプルシャンの横顔に見惚れてしまう。
いかんいかん。
見る限り、他の人らは両手の指を組んで向こうの教会とかで見たポーズなんだが、そのどれも俺には馴染みがない。なんで、片膝を突いて、片膝を立てる姿勢で祈ることにする。
片膝を突いてる方の手を片合掌にして、スピカのことを思うことにした。
頭の上に居たはずのスピカの気配がねえ。礼拝堂に入ったタイミングで飛び立ったのか……。その辺でも散策してんのかもな。ん?
何か周りが騒がしいな……。
『ハクトさん、上を見て下さい!』
頭上から届いたスピカの声に促されて、顎を上に動かす。
上? 何でまた上を見にゃならんのだ。
「んっ!」
スピカの立像の上にある礼拝堂の天窓から、斜めに光が差し込んでるのをモロに見てしまった。
眩しさで、一瞬目を瞑る。
ほんの少しの時間だが、周りが見えてない時に限って、どよめきというか、ざわめきが起きたのが判った。
何だ? 何が起きた?
「おおっ! 主君! 光りに照らされてる主君に、スピカ様の立像から青い小鳥が舞い降りたのです! 皆が驚くのも無理はありません!」
は? どういう事だ? それに何の意味がある!?
まだ状況が掴めてない俺に代わって、ヒルダが説明してくれた。声が嬉しさで弾んでるとこから察するに、拙い事が起きたらしい。
視力が戻って来て周りを見回すと、参拝しに来た者だけじゃなく、神殿の神官たちまで俺を指差してるじゃねえか。慌てて、司教の方に顔を向ける。
「おめでとうございます」
「何がだ?」
「農耕神殿内で、青い小鳥が止まることは使徒認定の最難関であり、最大の条件です」
おほほほ、と口を隠しながら嬉しそうに微笑みながら説明してくれる姿に、ゾワッと全身が粟立つ。「取ってつけたような条件じゃねえかよ!?」と叫ぼうとしたんだが、グッと堪えたよ。
周りの反応が、そうだって言ってる。
「マヂで!? いや、スピカ、何してくれてんの!?」
『はえっ? こうしとけば、雪毛だからって莫迦にされることはないかと思って……』
あ~良かれと思って空回りするパターン。久し振りに来た。ったく懲りてねえのかよ。
それが原因で、地上に落とされたってぇのに!
「あらあら、その小鳥は女神様と同じ名前なのですね?」
しまった! 司教の笑みで隠された目がキラリと光ったような気がしたぞ。
くそっ! ここがスピカを祀ってる神殿だって事を、もっと真剣に考えとくべきだった!
「ここに居たら、碌な事にならん! おい、行くぞっ!!」
「えっ!? 主君、これは大変なことなのだぞ!? わきゃっ!」
ヒルダを脇に抱え上げて駆け出す。頭はスピカの立像側で、尻が進行方向だ。
「んな事知るかよ! じゃあな、ばあさん!」『ああ、ハクトさん、追いてかないで下さい!』
すれ違いざまに挨拶のような言葉を乱暴にぶつけて、入り口を目指す。
「うん、分かった!」「うえっ! おっさん何者だよ!?」
「俺が聞きてえよ!」
俺を追って、スピカ、プルシャン、狼娘が続く。礼拝堂の中が騒然とした雰囲気になったが、長く居れば居るだけ俺の立場が悪くなるのは目に見えてるからな。
「あらあら、今回の使徒様は随分とそそっかしい方なのね。またお会いしたいですわね」
司教が何か言ってたようだったが、もう距離が有り過ぎて聞こえん。というか、どうせ使徒がどうたらとか言ってやがるんだろうさ。祭り上げられるなんざ、真っ平御免だね。
そう思いながら外へ駆け出ると、陽に照らされて温まった外気がむわっと体に纏わり付いたーー。
◆◇◆
ハクトたちが立ち去った神殿、特に礼拝堂は騒然としていた。
それもその筈。数百年前に現れて以来現れなかった使徒が生まれる瞬間を目の当たりにしたのだ。神殿関係者だけでなくとも、神話として語り継がれてきた光景を目にして我を忘れぬ者は居ないだろう。
1人を除いて……。
ざわめきが冷めやらぬ礼拝堂内に、パンッ! パンッ! と小気味良く空気を裂くような柏手が打たれる。
「静まりなさい」
それに次いで、老司教イドゥベルガの優しくそれでいて力強い声が皆の耳朶を打つ。
瞬く間に静まり返る礼拝堂を優しい微笑みを浮かべて見渡すと、イドゥベルガはゆっくりと口を開くのだった。
「今日見たことは忘れなさい。彼らは偶然、この神殿に立ち寄った只の旅人です。あの小鳥は、あの旅人が飼っている鳥だと聞いています。飼い主の下に戻ろうとするのは、愛情を沢山注いでもらっているからなのでしょう。さあ、皆さん。時間は有限です。些事で皆さんの予定が滞ることのありませんように」
彼らは、老いた司教の言葉に顔を見合わせながら、呟き始める。
「偶然であんな事が起きるのか?」「青い小鳥を飼ってるって羨ましい」「雪毛の兎人だったわ」「兎人が使徒とか無いわ」「油売ってないで、畑に戻るぞ」
現場を見た参拝客が姿を消し、新たに参拝に訪れる人々と入れ替わるようになったのを見計らって、神官たちがイドゥベルガの周りに群がるのだった。
「何を聞いても無駄です。わたしの言うべきことは先程言いました。あなたたちも自分の務めに戻りなさい」
彼らが口を開くよりも先に、司祭は浮ついた神官たちを正す。
先程参拝客に向けいていた表情とは違い、笑みはなく、鋭い眼差しだ。
口を開きかけたところで釘を刺された神官たちは、 気圧され口を噤む。誰ともなく顔を見合わせると、1人、また1人と各々の持ち場へと足を向け始めるのだった。
それを見届けたイドゥベルガは、側に立つ壮年の男性神官に声を掛ける。
「紛らわしい出来事で、変な噂が広まってはかないません。広まってあらぬ嫌疑を掛けられる前、に他の神殿へ釈明に行きます。馬車の準備を」
「はい。イドゥベルガ様」
「うふふふ。面白いことになってきたわね。どう自慢してやろうかしら」
誰も回りに居なくなった時、そうポツリと漏らす。イドゥベルガの吐露した言葉には、彼女の心情が色濃く現れていたのだが、誰の耳にも届かずその場で消えていくのだったーー。
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