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第1章

第7話 安全なお仕事

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 俺はさらに数件の廃墟を回って野良モンスターを討伐したあと、自宅に〈帰還〉した。

 この〈帰還〉も、習得当初はホームポイントがひとつだけで、有効な距離も短かったのだが、いまやダンジョンのかなり深いところからでも、自宅に帰れるようにになっていた。

 転移ギアの登場で価値が下がったこの〈帰還〉だが、ダンジョンを越えて外にでられるものはまだ開発されていない。
 なので、一気にギルドの転移ポータルまで戻れる俺の〈帰還〉は、そこそこ評判がいいのだ。

「ンナァォゥン」

 玄関をあがると、いつものようにシャノアがまとわりついてくる。
 病気というのが信じられないくらい元気なのは、ライフポーションのおかげだ。
 むしろ同じ年頃の猫にくらべ、元気かもしれない。

 だがそれも、ライフポーションが切れたら終わりの健康だった。
 この子のためにも、俺はこれからも戦い続けなくてはならい。

「シャノア、メシはあるか?」

 そう言いながら自動給餌器のトレイを見ると、空っぽになっていた。

「おっ、ちゃんと食ってるな。いいぞ」

 俺は満足げにそう言いながら、〈収納〉からドライフードを取り出し、空になったトレイに追加してやる。
 数時間後には次のが出るが、俺がいるときくらいは多めに食べさせても問題ない。

「フガフガ……」

 ドライフードにがっつき始めたシャノアを横目に、俺はダイニングの椅子にどっかりと腰掛けた。
 午前中の仕事で少し疲れたが、1時間もすれば回復する。
 これも〈健康〉スキルのおかげだ。

「俺もメシにしよう」

 買っておいた弁当をいくつか取り出し、食べることにした。

「〈収納〉スキル、覚えててよかったよ」


 〈収納〉スキルもまた、収納ギア『ポーチ』の登場で価値が激減した。

 ポーチの性能については金次第だ。

 バックパックひとつぶんで100万円くらい、物置レベルで数千万、倉庫レベルともなると億単位となる。

「まぁ、いまなら当時の半額以下で習得できるんだけどな……」

 思わず呟き、苦笑を漏らす。

 〈収納〉スキルの現在の相場が1000万円ほど。
 育てれば億単位のポーチよりも性能はあがるのだが、それよりも金を稼いでいいものを買おうという冒険者のほうが多い。

 それにスキルも、無制限に習得できるわけではないので、代用できるものはギアを使うというのがいまの主流だった。

 ただスキルとギアとで大きく違う点があった。

 ギアは、魔素濃度が濃いものしか収納できないのだ。

 なので同じ死骸でも、ダンジョンモンスターは収納できるが野良モンスターは収納できないという違いがあった。

「こうやってメシをいつでも取り出せるのは、スキルのメリットだよな」

 そう呟いたあと、弁当の唐揚げをつまんで頬張った。

 加工食品のほとんどは魔素含有量が少なく、収納できない。

 ダンジョンでとれる食材や資源は本来多くの魔素を含んでいる。

 だがその魔素を維持したまま加工するには、〈料理〉や〈鍛冶〉などのスキルが必要になる。
 コンビニ弁当や冷凍食品など、工場での加工をすると魔素が抜けてしまうのだ。

 そのためポーチには、大量生産品を収納できないというデメリットがあった。

「おかげで、俺も食い扶持に困らないんだよなぁ」
「ニャア」

 俺の呟きに、シャノアが反応する。
 トレイに追加したドライフードを半分ほど食べたところで、満足したようだ。

 冒険者の多くは、食料をバックパックに詰めて運ぶのだが、ジンのように金のある上位冒険者はポーターを雇うこともあった。

 そこそこ報酬もいいので助かっているが、それだけでシャノアのライフポーション代を賄えるわけではない。

 そこで俺は、ダンジョン探索のない日に野良モンスターを狩るなどの依頼をこなしているのだ。

○●○●

 午後からは図書館での仕事をやることになっている。

「やぁ、アラタくん。待っていたよ」

 図書館に着くと、スーツ姿の中年男性が出迎えてくれた。
 ぽっちゃりとした体型で、頭の半分ほどがはげあがったこの男性は、図書館の館長だった。

「それじゃあブースのほうに全部用意してあるから、よろしくね」
「あ、はい」

 勝手知ったる様子で図書館を歩き、防音ブースに入る。
 そこにはオーディーオインターフェイスが接続されたPCが置かれていた。
 いうまでもなく、これも魔道具だ。

 画面上にはデジタルオーディオワークス――音声の録音や編集ができる音楽用ソフト――がすでに立ち上がっている。

 俺はいつものようにヘッドフォンを身に着け、『R』キーを押した。

 トラック1に収録されていた音声が流れ始めた。
 なにかの演説らしいその音声を、俺は復唱した。

 俺の声が、トラック2に録音されていく。

 俺の感覚としては日本語で聞こえるその音声を、同じ言葉で繰り返しているにすぎない。
 だが実際トラック1に収録されている音声は、どこかのマイナーな言語だった。

 これは〈翻訳〉スキルを使った音声翻訳作業だ。

 元々は現地の言葉で聞こえていたものが、同時通訳のような形で翻訳されていた。
 また、マイナーな言語ほど効果は低く、かなり集中しないとほとんど意味がわからなかった。

 だが長くこの仕事を続けているうちにスキルは成長し、いまやはじめて聞くような言語であっても、日本語に聞こえるようになっていた。

「おつかれさま」

 録音を終えてブースを出ると、館長が外にいた。

「いやぁ、北陸のほうでサーバールームが見つかったらしくてねぇ」

 ダンジョンが発生する以前、あらゆる情報が世界各地のサーバーを経由して各所に伝えられていた。
 そのため日本が孤立したあとも、残されたサーバーには世界中のデータが詰まっている。

 削除されたデータもできるかぎり復旧し、ひとつでも多くの情報を解析して後世に残すことを、文科省が決めたのだ。

 そこで役に立つのが〈翻訳〉スキルだった。

 日本が孤立した以上、まったく役に立たないスキルだと思われていた。
 だが状況が落ち着き、人々が文明を取り戻したいま、こうしてその価値が見直されるようになった。

「翻訳ギアはまだできませんか」
「冒険者には、無用の能力だからねぇ」

 ギアは冒険者支援がメインとなるため、それ以外のものがあと回しになるのは仕方がないことだった。

 俺にしたところで、ベーシックパックプラスに入っていなければ習得していなかっただろう。

 だが習得したおかげで、こうして安全に金を稼げる仕事にもありつけるのだから、人生なにが起こるかわからない。

 ちなみに館長を始め、ここの職員は〈翻訳〉スキルを習得済みだ。

「それじゃ、また頼むよ」
「はい、またよろしくお願いします」

 研究者や学芸員に人気のこのスキルは、ギア登場後も価値が下がらなかった、数少ない例だった。
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