理系転生 ～人類を根絶する目的で世界平和を目指す魔王と自身の好奇心を満たす目的で世界を破滅させる勇者の物語～

第H章：何故倒された魔物はお金を落とすのか

毒と薬/3：蒸し暑くはないが合理的に考えて脱ぐ

　一同は遠くから轟く雷の音に急かされつつ宿屋を探し、かろうじて雨が降る前に間に合ったことを安堵しつつ当面の部屋を確保。一方のシズクは、宿主の強引な静止を振り切って外へ飛び出し、その呪いの雨を十全に体に浴びた。降水量5mm程度の雨は半日ほど続くことになったが、シズクは2時間程度無人の街を堪能してから宿屋に戻ってきた。

　宿屋の軒下に事前に用意してあったタオルを手に取り、体を拭いていく。肌には火傷もなく、ひりついた感覚すらない。人差し指で肌についた水滴をすくい、ぺろりとひと舐めしてみたものの、アーモンドの香りもなく無味無臭。ここまではただの雨に思えたが、体を拭いたタオルが少し灰色に染まったのを見るに、雨は降っている時点で少し濁っているようだ。街頭に誰も居ないのをいいことに、念のためとその場ですべての衣類を脱ぎ捨てる。この服とタオルは後に焼却処分されるため安心してほしい。そのまま全裸で誰も居ないフロントを抜けて二階の部屋へ。予め二人には、しばらく対面接触を絶つように言ってあるため、この部屋はシズクの一人部屋となる。そんな折に、どんどんと壁が叩かれた。

「生きてるのか？」

　壁越しのリクは、幸いにもシズクが現在一糸まとわぬ姿であることに気付かない。

「今は生きてるよ。特にこれと言って体に問題は起きてない。拍子抜けかも」
「お前の命より好奇心を大切にするスタイルはおそらく誰ともわかりあえない」
「私はちょっとだけわかりますよ」
「イルマ、絶対にあんな大人になるんじゃないぞ」
「はいはい。それとリク君、イルマに変なことしないようにね」
「俺は犯罪者じゃない」

　その子、17歳だけど手を出しても犯罪じゃない17歳なんだよという言葉をかろうじて飲み込んだ綾崎シズクは現在全裸であり、世が世ならば東京都の迷惑防止条例第5条1項3号に規定されている「公共の場所または公共の乗り物において卑猥な言動をすること」に該当する露出行為により、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金に処される可能性があることは付け加えておかねばならない。

「とにかく、直近は問題なし。少なくとも3日、最長で1ヶ月くらい様子を見る。私は部屋に籠もるから、二人は魔物狩りしたりとか好きにしてて。ただ、イルマ。もしも私がお願いしたら、その時はよろしくね」
「はい。わかりました」

　最近流行りの現代異能系伝奇小説では、まだ一人も殺していない人物を指して「ルーキー」と呼ぶ風潮がある。人殺しとは法律以前に健全な人間の精神に強いストレスをかける禁忌であるが、少なくとも一人を実際に殺してしまうという、所謂初体験さえ済ませてしまえば、以後は作業のように殺せるという理屈だ。しかしこれは実際のところ創作的誇張が大きい。現実では、1988年以降のアメリカにおけるベトナム帰還兵の間で広く確認された精神障害からも見られるように、むしろ初体験後の精神状態を不安視するべきなのだ。

　死んでも死なないシズクを殺すとはどういうことなのかという話もあるのだが、その能力が強力な自己再生能力ではなく死からの蘇生復活能力である点を考えるにおいて、能力がトリガーした時点でシズクは死んでおり、殺されていると言える。であれば、イルマのキルマーク数は既に30を超えており、これはかの有名な切り裂きジャックの5人を大きく超える数字となる。戦場と政治闘争、及び、やむにやまれぬ場以外でこの数を殺した個人というのは、もはや世界史全体においても2桁に収まってしまう可能性が高い。

　そういう意味で、リクは本当にこの少女の未来が心配なのだが、これはこれで自分たちが来る前から医学的知見もなしに墓地を暴いて死体を解剖したり、絶対的確信もなく他者へのペニシリン医療を施した経験があるらしい狂人であるため、改めてまともな人間が自分だけであることにため息をつかざるを得ない。

　というか「その魔法は人に向けて使えば即死させられるか？」という質問が行われたところまでは聞いたのだが、その具体的な答えまでは聞いていない。願わくば、肯定を示したその答えが、予測によるものであり、実体験ではないことを望むばかりである。