観測者はゲートに降り立つ

アルガス タイター

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戦争の始まり

執行官

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 知らない天井。
 そもそもこれを天井として捉えていいのかは分からない。ゴツゴツとした岩肌がくっきりと見え、水の滴る音が鮮明に聞こえ、世に放たれる音は反響し寒々とした印象を与えるその場所で、見上げた先にあるその肌を天井として表現することは正しいことなのだろうか?
 ここは一体どこなのだろう?
 どこかの洞窟でしょうか?
 だとするとなぜ私はここに?

 私は声には出さず頭の中で疑問を一つ一つ解消していこうと考えた。
 なぜ私がここに居るかは、寝惚けた頭がやっと覚醒しその理由も直ぐにわかった。
 私は家族に勇者を召喚するという理由で触媒として犠牲になってしまうところをお兄様やお姉様に助けてもらった。私は国から逃げることになりここで夜を過ごした、ということ。
 時間的に狂いはなくまだ夜が開けて間もない頃だと感じた。外に続いているだろうと思う道の先には微かに明るい光が差し込んでいた。
 私が今いる場所は王都から出てすぐ近くの魔獣の森にあるどこかの洞穴。
 騎士達の目を欺いて一夜を過ごすにはうってつけの場所になる。昔、お兄様がどや顔で言っていた気がする。
 私は恐る恐るその洞穴から足を踏み出し、外の世界に目を向けた。世界がいきなり明るくなりとても眩しかった。少しずつ光に慣れ始め薄らと世界が見えるようになった。目の前に広がっていたのは魔獣の森にしてはとても神秘的でまるで童話の世界に潜り込んでしまったのではないかと思えるほど神々しい世界が広がっていた。


「これからどうしよ」


 場所もわかり時間もわかり理由もわかった今、私の思考はこのことだけが存在していた。
 これからは一人で生きていかないといけない。魔術の心得はあるから冒険者として暮らしていくのもいい。数学の知識があるから商人として生きていくのもいい。
 どれにしても恐らく私は私が育った国で私を産んで育ててくれた家族に地の果てまで追い回されることには変わらない。私は唯一の信頼を置いていた家族に裏切られ、自分を必死に護ってくれた騎士すらも私を裏切った。
 私を助けてくれた姉兄ですら信頼のおける立場の人間として認識することは出来なかった。死から助けてくれたことに感謝はするけど、黙秘を貫いていたことに変わりはなかった。結局は同列でした。魔道具作成の道具として使われ、宮廷魔導師として戦争にこき使われてきた絶望の日々は変わらない。
 絶望という鎖から解放された今、私を捕らえ続ける孤独という鎖からは解放してくれなかった。せめて着いてきて欲しかった。誰かがそばにいて欲しかったとそう願っていた。
 宮廷魔導師として外の世界に触れる機会は何度もあったが、私は所詮は王族。世間のことなど全くわからない。世界の右左、どこに何があるのかも分からない。


「おい!こっちに来てくれ!紋章入りの馬車がある!すぐ近くに居るぞ」


 ふと誰かが叫んでいる声が聞こえた。
 この近くに馬車があるとするとそれは私が乗ってきた馬車ということになる。内容からすると恐らく私を探しに来た冒険者もしくは騎士の人達。
 ここから逃げなくちゃ!もっと遠くに逃げないと捕まってしまう。
 私はすぐに身支度を整えると声が聞こえた場所とは反対方向の森に向かって走った。
 折角お兄様が逃がしてくれたのにこんな所で捕まってしまったら意味が無いじゃない!


「見つけたぞ!クレア様だ!」

「ひっ!どうしてっ、どうしてこんなことに!私はただ普通に生きていただけなのに!」


 私は魔導師ではあるけど戦士ではない。追ってきているのが冒険者である以上、私の脚では逃げ切ることは出来ない。だからといって私は市民の人を魔法で傷つけたくはない。

 もうすぐ後ろまでついてきている。もう逃げ切ることは出来ない。ならここで捕まってしまうのがいいのか。いや違う。クレアにとってここで捕まるわけにはどうしても出来なかった。自分を売った両親の思惑通りに事が運ぶのも、自分を逃がしてくれた家族の想いを無駄にはしたくなかった。
 クレアは覚悟を決めなくてはならない。ここから逃げるには追ってきている冒険者を殺さなくてはならないということを。


「け、警告です!これ以上私を追い掛けるのであれば攻撃します!」


 私の警告に対して冒険者は一度キョトンとしたあとに仲間たちと身をあわせそして笑った。人を嘲るように。私は何を警告しているのか。追われる立場が今まで反撃もせずただ逃げていただけの人間の脅しなんてなんの意味もない。


「ひひひひ。お姫様なんて滅多に追い掛ける機会なんてないし、ましてや魔導師と聞いてたから少しは手こずるかと思ってたが、どうやらただの少女だったみてぇだな!」

「あぁ、全くだ」

「てなわけで、お姫様には大人しく着いてきてもらうぞって言いたいところだが、依頼主からは生きていれば状態はどうでもいいって話なんだよ。あとは分かるよなぁ?」


 気持ち悪い笑みで下心丸出しの表情を向けてきた。私には既に退路はなかった。誰かに助けを乞う?一体誰に?早朝のこの森にたまたま冒険者がいましたなんてありえない。いたとしても恐らく状況を見て仲間に出来るなんて思えない。
 このまま森を進んでいけばどっかの街に出れるかもしれない。それが学園都市なら私の安全は保証される。でもそこまでこの人達は見逃してくれるわけが無い。本気を出せば私の全力なんて鼻で笑えるくらい簡単に捕まることだって出来たはず。それをしなかったは遊んでいるから。時間を掛ければ飽きて早めに片付けようとしてくる。それじゃダメ。


「はははは、私はもう既に詰んでたってこと...」

「ん?なんだ、遊びはもう終わりか?」

「なら、お姫様。俺たちゃ存分にその身体を楽しませてもらうとしますよ。すぐ気持ちよくなるんで怖がんなくていいっすから」


 あと数歩。卑しい目付きで冒険者の男は片手を伸ばしながら歩いてきた。私には抵抗する力なんてなかった。誰かに助けを乞う声すら出せなかった。でも心ではずっと叫んでいた。

“お願いだから助けてください!誰かたすけて!”

 ずっとこう叫んでいた。何故か声には出せなかった。恐らくそれは恐怖から来ているのだろうけど、私にはその恐怖から抗うことは出来なかった。
 ついに男の手は私の体に触れようとした時体が消し飛んだ。もちろん私の体ではなく男の体がだ。


「女の子一人に対して手練の冒険者五人で輪姦ですか。僕としては到底見逃すことが出来ない事案です」


 私の後ろから静かでとても優しい声が聞こえた。何故かこの声を聞いているだけで心が安心してしまうような感覚を覚えた。
 冒険者の人達はみんな唖然としていた。さっきまで仲間として存在していた男がいきなり血飛沫をあげながら消えたのだから。


「あ、あ?お、おいおいおいおい!そんなの聞いてねぇぞ!」

「煩わしい。ゴキブリみたいな鳴き声を晒して生きていて恥ずかしくないのですか?」

「てめぇーは誰なんだよ。ザギンに何をした?!」


 消し飛んだ男の名前はザギンと言うらしい。でも今はそんなことどうでもよかった。冒険者が言ったように突然現れた救世主が何者なのか、そちらの方が気になってしまった。


「僕はそうですね。僕というより俺の存在について定義するのであれば、“”といえば理解出来るのではないか?」


 執行官?どこかで聞いたことがあるような、ないような。それにしてもいきなり口調が変わった。その喋り方の方が素なのかな?


「ふざけるな!なぜ執行官がこんな所にいる!テメーらはこんな野蛮なところには現れないはずだ!」


 あ、思い出した。確か執行官って政府の上層部が作り上げた暗躍組織。その組織に所属する人間には執行官と呼ばれる称号を与えられるらしい。行動内容などは情報が隠蔽されていて余りその実態が明かされていない謎の組織という認識が強い。ほんとに存在していたのかと私は驚いていた。


「まぁ別に信じてもらう必要は無いんだけどな。ぼ、あーいや、俺としては彼女を助けるためにここに来させられたわけで助けない理由はまずないでしょ」

 なんとも気だるげに愚痴を零すと、その執行官は私を囲っていた冒険者を殺したい殺しそれも一瞬で。私が瞬きを一回したあいだに冒険者全員が血を吹き出しながら死んでいた。


「さてと片付いたことだし、まずは自己紹介から始めようか」

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